13 / 58
俺を救う人
8_2_スワングダッシュ2
しおりを挟む
俺は歌を歌うけれど、即興とかは得意じゃない。原曲通りに弾いてもらわないと、自分らしく歌えない……。
——そうか、そういえばいいのか。
「げ、原曲通りに弾いてもらえると、聴いてても歌ってても、音に包まれて満ち足りた気分になるよ。スワングダッシュはアタックが強いのに伸びやかな音が繰り返されるから、いかにも波っていう感じがする。それを響かせて、響きたいところまででそうさせてあげて、消えたくなったら消してあげて。その繰り返しが生み出す空気の中に、真ん中に立っていたい。その時、すごく幸せな気分になれるから……」
俺がそう言い終わるか終わらないかのうちに、優しくて控えめでキラキラした音がアルペジオを奏で始めた。楽譜も無い、音源をきちんと聴いたわけでもない、それなのに、俺の中のイメージと寸分違わぬスワングダッシュだった。
音が生まれては伸びて、それが隣でも発生して、重なり合って、消えていく。消えた側から、また新しく生まれて、隣でも……アコギ一本で曲の世界観を壊さずに、それを表現していく。
「すごい……めっちゃ好きでしょ、チルカモーショナ」
下から上に昇るときに、弦の響きが残る具合が好き。降ってくる時も、薄く居座ったままの音が下で待ってる音を包み込む。それを、かき消すように、時折ストロークが感情をぶつけてくる。
「感情込められないんじゃなかったっけ?」
俺がそう呟くと、隼人さんは弾きながらニヤリと笑った。
「これは、原曲通り。お前が歌ってた歌のグルーヴを生かしただけだよ」
そして俺を、その世界へと呼び込もうとしている。
『入って来いよ、この音の中に。包んでやるから、飛び込め』
音色がそう言っていた。鳴り響くスワングダッシュが、隼人さんの目が、俺に安心して飛び込めって言ってる。
『やめてよ! いやだ……誰か助けて!』
それでもあの記憶が、俺の声を奪っていく。響かせてはならない、鳴らしてはならない。この身を守るためにも……二度と歌ってはならない。
『お前がそんな声で……そんな顔で歌うからだろ!』
頭の中に響く呪詛を追い払いたくて、拳を握ってこめかみに押し付けた。
——この音の中でなら、生きてるって思える。
だから歌いたい、そう思って口を開いた。声を出そうとして、息を吸い込んだ。それでも、言葉を発しようとした瞬間に、頭の中に情欲に囚われて俺に襲いかかって来る、谷山の姿が浮かんだ。
「……うっ!」
顔を手で覆い、俯いた。好きな音が目の前で鳴っている。それをくれる人がいる。それなのに、俺の体は、やっぱり歌うことを拒否している。
こんなにいい状況でも歌えないなら、もう絶対に歌える日は来ないんじゃないか……そう思っていると、突然パタリと音が消えてしまった。
「え……」
欲しくてやっと手にしたおもちゃを、意地悪にも目の前で壊されたような気分だった。隼人さんは眉根を寄せて俺を見ていた。さっきよりも一層厳しく唇を引き結んでいて、その中から優しい音は出てこないような気がするほどに、怖い顔をしていた。
——怒らせたんだろうか……。
そう思って、謝ろうとした。すると、隼人さんが俺を手招きしていた。
「な、なに?」
驚いて思わず近づいていくと、隼人さんはデスクに手をつきながら立ち上がった。そして、ギターを下ろして俺の後ろに立った。
「これ背負ってみろ」
「え?」
そういうと、俺の返事を聞かずにストラップを乱暴に俺の首にかけた。右手をピックガードに置かれる。そして、左手を隼人さんの手首を掴むような形にセットされた。
「バランス取り辛えな。座るぞ」
そう言って、右手で俺を抱き抱えるようにしてベッドに座る。隼人さんに後ろから抱き抱えられるようにして、ギターを持つ形になった。
「な、何してんの、これ?」
後ろを振り返ってそう訊くと、隼人さんはまるでイタズラを始める小学生のような顔をして笑っていた。
——そうか、そういえばいいのか。
「げ、原曲通りに弾いてもらえると、聴いてても歌ってても、音に包まれて満ち足りた気分になるよ。スワングダッシュはアタックが強いのに伸びやかな音が繰り返されるから、いかにも波っていう感じがする。それを響かせて、響きたいところまででそうさせてあげて、消えたくなったら消してあげて。その繰り返しが生み出す空気の中に、真ん中に立っていたい。その時、すごく幸せな気分になれるから……」
俺がそう言い終わるか終わらないかのうちに、優しくて控えめでキラキラした音がアルペジオを奏で始めた。楽譜も無い、音源をきちんと聴いたわけでもない、それなのに、俺の中のイメージと寸分違わぬスワングダッシュだった。
音が生まれては伸びて、それが隣でも発生して、重なり合って、消えていく。消えた側から、また新しく生まれて、隣でも……アコギ一本で曲の世界観を壊さずに、それを表現していく。
「すごい……めっちゃ好きでしょ、チルカモーショナ」
下から上に昇るときに、弦の響きが残る具合が好き。降ってくる時も、薄く居座ったままの音が下で待ってる音を包み込む。それを、かき消すように、時折ストロークが感情をぶつけてくる。
「感情込められないんじゃなかったっけ?」
俺がそう呟くと、隼人さんは弾きながらニヤリと笑った。
「これは、原曲通り。お前が歌ってた歌のグルーヴを生かしただけだよ」
そして俺を、その世界へと呼び込もうとしている。
『入って来いよ、この音の中に。包んでやるから、飛び込め』
音色がそう言っていた。鳴り響くスワングダッシュが、隼人さんの目が、俺に安心して飛び込めって言ってる。
『やめてよ! いやだ……誰か助けて!』
それでもあの記憶が、俺の声を奪っていく。響かせてはならない、鳴らしてはならない。この身を守るためにも……二度と歌ってはならない。
『お前がそんな声で……そんな顔で歌うからだろ!』
頭の中に響く呪詛を追い払いたくて、拳を握ってこめかみに押し付けた。
——この音の中でなら、生きてるって思える。
だから歌いたい、そう思って口を開いた。声を出そうとして、息を吸い込んだ。それでも、言葉を発しようとした瞬間に、頭の中に情欲に囚われて俺に襲いかかって来る、谷山の姿が浮かんだ。
「……うっ!」
顔を手で覆い、俯いた。好きな音が目の前で鳴っている。それをくれる人がいる。それなのに、俺の体は、やっぱり歌うことを拒否している。
こんなにいい状況でも歌えないなら、もう絶対に歌える日は来ないんじゃないか……そう思っていると、突然パタリと音が消えてしまった。
「え……」
欲しくてやっと手にしたおもちゃを、意地悪にも目の前で壊されたような気分だった。隼人さんは眉根を寄せて俺を見ていた。さっきよりも一層厳しく唇を引き結んでいて、その中から優しい音は出てこないような気がするほどに、怖い顔をしていた。
——怒らせたんだろうか……。
そう思って、謝ろうとした。すると、隼人さんが俺を手招きしていた。
「な、なに?」
驚いて思わず近づいていくと、隼人さんはデスクに手をつきながら立ち上がった。そして、ギターを下ろして俺の後ろに立った。
「これ背負ってみろ」
「え?」
そういうと、俺の返事を聞かずにストラップを乱暴に俺の首にかけた。右手をピックガードに置かれる。そして、左手を隼人さんの手首を掴むような形にセットされた。
「バランス取り辛えな。座るぞ」
そう言って、右手で俺を抱き抱えるようにしてベッドに座る。隼人さんに後ろから抱き抱えられるようにして、ギターを持つ形になった。
「な、何してんの、これ?」
後ろを振り返ってそう訊くと、隼人さんはまるでイタズラを始める小学生のような顔をして笑っていた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

記憶の代償
槇村焔
BL
「あんたの乱れた姿がみたい」
ーダウト。
彼はとても、俺に似ている。だから、真実の言葉なんて口にできない。
そうわかっていたのに、俺は彼に抱かれてしまった。
だから、記憶がなくなったのは、その代償かもしれない。
昔書いていた記憶の代償の完結・リメイクバージョンです。
いつか完結させねばと思い、今回執筆しました。
こちらの作品は2020年BLOVEコンテストに応募した作品です

Snow Burst~出逢ったのは、大学構内でもなくライブ会場でもなく、雪山だった~
夏目碧央
BL
サークル仲間とスキーにやってきた涼介は、超絶スキーの上手い雪哉と出逢う。雪哉が自分と同じ大学のスキー部員だと分かると、涼介はその場でスキー部に入部する。涼介は、良いのは顔だけで、後は全てにおいて中途半端。断るのが面倒で次々に彼女を取り替えていた。しかし、雪哉と出逢った事で、らしくない自分に気づく。
雪哉はスキーが上手いだけでなく、いつもニコニコ笑っていて、癒やし系男子である。スキー部員の男子からモテモテだった。スキー合宿から帰ってきた後、涼介の所属するアニソンバンドがライブを行ったのだが、そこになんと雪哉の姿が。しかも、雪哉は「今日も良かったよ」と言ったのだ。前にも来たことがあるという。そして、何と雪哉の口から衝撃の「ずっとファンだった」発言が!
蒼い炎
海棠 楓
BL
誰からも好かれる優等生・深海真司と、顔はいいけど性格は最悪の緋砂晃司とは、幼馴染。
しかし、いつしか真司は晃司にそれ以上の感情を持ち始め、自分自身戸惑う。
思いきって気持ちを打ち明けると晃司はあっさりとその気持ちにこたえ2人は愛し合うが、 そのうち晃司は真司の愛を重荷に思い始める。とうとう晃司は真司の愛から逃げ出し、晃司のためにすべてを捨てた真司に残されたものは何もなかった。
男子校に入った真司はまたもクラスメートに恋をするが、今度は徹底的に拒絶されてしまった。 思い余って病弱な体で家を出た真司を救ってくれた美青年に囲われ、彼が働く男性向けホストクラブ に置いてもらうことになり、いろいろな人と出会い、いろいろな経験をするが、結局真司は 晃司への想いを断ち切れていなかった…。
表紙:葉月めいこ様

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

目標、それは
mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。
今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる