追いかけて

皆中明

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俺を救う人

8_2_スワングダッシュ2

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 俺は歌を歌うけれど、即興とかは得意じゃない。原曲通りに弾いてもらわないと、自分らしく歌えない……。

——そうか、そういえばいいのか。

「げ、原曲通りに弾いてもらえると、聴いてても歌ってても、音に包まれて満ち足りた気分になるよ。スワングダッシュはアタックが強いのに伸びやかな音が繰り返されるから、いかにも波っていう感じがする。それを響かせて、響きたいところまででそうさせてあげて、消えたくなったら消してあげて。その繰り返しが生み出す空気の中に、真ん中に立っていたい。その時、すごく幸せな気分になれるから……」

 俺がそう言い終わるか終わらないかのうちに、優しくて控えめでキラキラした音がアルペジオを奏で始めた。楽譜も無い、音源をきちんと聴いたわけでもない、それなのに、俺の中のイメージと寸分違わぬスワングダッシュだった。

 音が生まれては伸びて、それが隣でも発生して、重なり合って、消えていく。消えた側から、また新しく生まれて、隣でも……アコギ一本で曲の世界観を壊さずに、それを表現していく。

「すごい……めっちゃ好きでしょ、チルカモーショナ」

 下から上に昇るときに、弦の響きが残る具合が好き。降ってくる時も、薄く居座ったままの音が下で待ってる音を包み込む。それを、かき消すように、時折ストロークが感情をぶつけてくる。

「感情込められないんじゃなかったっけ?」

 俺がそう呟くと、隼人さんは弾きながらニヤリと笑った。

「これは、原曲通り。お前が歌ってた歌のグルーヴを生かしただけだよ」

 そして俺を、その世界へと呼び込もうとしている。

『入って来いよ、この音の中に。包んでやるから、飛び込め』

 音色がそう言っていた。鳴り響くスワングダッシュが、隼人さんの目が、俺に安心して飛び込めって言ってる。

『やめてよ! いやだ……誰か助けて!』

 それでもあの記憶が、俺の声を奪っていく。響かせてはならない、鳴らしてはならない。この身を守るためにも……二度と歌ってはならない。

『お前がそんな声で……そんな顔で歌うからだろ!』

 頭の中に響く呪詛を追い払いたくて、拳を握ってこめかみに押し付けた。

——この音の中でなら、生きてるって思える。

 だから歌いたい、そう思って口を開いた。声を出そうとして、息を吸い込んだ。それでも、言葉を発しようとした瞬間に、頭の中に情欲に囚われて俺に襲いかかって来る、谷山の姿が浮かんだ。

「……うっ!」

 顔を手で覆い、俯いた。好きな音が目の前で鳴っている。それをくれる人がいる。それなのに、俺の体は、やっぱり歌うことを拒否している。

 こんなにいい状況でも歌えないなら、もう絶対に歌える日は来ないんじゃないか……そう思っていると、突然パタリと音が消えてしまった。

「え……」

 欲しくてやっと手にしたおもちゃを、意地悪にも目の前で壊されたような気分だった。隼人さんは眉根を寄せて俺を見ていた。さっきよりも一層厳しく唇を引き結んでいて、その中から優しい音は出てこないような気がするほどに、怖い顔をしていた。

——怒らせたんだろうか……。

 そう思って、謝ろうとした。すると、隼人さんが俺を手招きしていた。

「な、なに?」

 驚いて思わず近づいていくと、隼人さんはデスクに手をつきながら立ち上がった。そして、ギターを下ろして俺の後ろに立った。

「これ背負ってみろ」

「え?」

 そういうと、俺の返事を聞かずにストラップを乱暴に俺の首にかけた。右手をピックガードに置かれる。そして、左手を隼人さんの手首を掴むような形にセットされた。

「バランス取り辛えな。座るぞ」

 そう言って、右手で俺を抱き抱えるようにしてベッドに座る。隼人さんに後ろから抱き抱えられるようにして、ギターを持つ形になった。

「な、何してんの、これ?」

 後ろを振り返ってそう訊くと、隼人さんはまるでイタズラを始める小学生のような顔をして笑っていた。
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