9 / 58
俺を救う人
6_2_駆け抜ける2
しおりを挟む「うわっ……!」
足が絡んだ状態で、椅子を巻き込みながら派手に倒れ込んだ俺は、近くにあるものを薙ぎ倒してしまい、かなりの物音を立てた。その音に驚いた孝哉が、隣の部屋から慌ただしく走って駆けつけてくれた。
「隼人さんっ! どうしたの!?」
「あー、悪い。バカだから、松葉杖使い忘れてさあ……」
いい年して何をやってるのかと、自分に呆れながら顔を上げ、孝哉へ照れ笑いを向けた。その俺に、「気をつけてよ、リハビリ長くかかると、あとが大変でしょ?」と声をかけてくれた孝哉は、目が真っ赤になっていて、頬に幾筋もの涙の乾いた跡があった。
「お前……それ、どうしたんだ? 泣いてたのか?」
「あ、これ……うん、ちょっとね。あ、もう大丈夫だから。心配しないで。はい、松葉杖」
そう言って孝哉は、松葉杖を渡しながら、反対の腕で、床に倒れ込んだ俺を抱え上げた。ベッドや椅子から立ち上がるのはそう困ることは無いが、床に座り込んでしまうと、なかなか一人では立てない。
俺よりも小柄で細身の孝哉に、しがみつくようにして立ち上がった。
「おっも……、もう慌てないようにしてよ。これ結構腰が痛くなる……」
松葉杖を手にして立ち上がった俺を見て、孝哉は安心したように笑った。その、小首を傾げた拍子に、首にうっすらとあざができているのが見えた。
「孝哉、首どうしたんだ? 打ったのか?」
「え?……いてっ、あ、ほんとだ、打ってるみたい」
「なんだそれ。結構あざ大きいぞ。普通気づくだろ」
「うん……多分、これが出来た時のこと、覚えてないんだと思う。ちょっと過呼吸になったから……」
孝哉は、そう言って首のあざを抑えたまま、ぎゅっと目を瞑った。
「痛むのか?」と俺が声をかけると、その差し出した手をパシッと払い除けた。そして、「大丈夫、大丈夫だから」と小さな声で呟き始めた。
「おい、どうした?」
ぶつぶつ何かを呟いていたと思ったら、突然体がぐらりと揺れ始めた。まるで意識を失っているように、体がぐにゃりとコントロールを失っていく。
「孝哉!?」
倒れ込む孝哉を抱き止めた瞬間、思わず思い切り足をついてしまった。まだ治りきれていない状態で、人を抱えて思い切りついた足は、何かで刺されたかのように、鋭く痛みが走り抜けていった。
「いでっ!」
その痛みに俺もバランスを崩し、尻餅をつくように床へ落ちてしまった。その時、何かに思い切り手をついた。すると、ベッドサイドに置いてあるスピーカーから、大音量で音楽が流れ始めた。
「うわっ! え、なんかどんどん大きくなってる……あ! リモコン踏んでる!」
俺の手が弾き飛ばしたリモコンが、孝哉の足の下にまで飛んでいっていた。運悪く、その足はプラスボタンを押し続けているようで、どんどん音量を上げ続けていた。
まるでライブハウスの中にいるかのように、爆音が鳴り響く室内で、俺は自由に動く足を必死に動かしてリモコンを手元へと手繰り寄せた。
「くっそ、いってえ、腹が攣りそうだ……っし、これでなんとか……」
そうやって、どうにか手元で音量を下げ始めた時だった。
何度かマイナスボタンを押し、音量が下がるにつれ、俺の周りに柔らかい音の輪が見えたような気がした。その音の輪は、連動するような光のドームのようなものに包まれていた。
それはまるで、オーディオビジュアライザーのようで、かすかに聞こえる音に連動して、光が明滅しては形を変えていた。
「なんだこれ……共感覚か? 今までこんなの見たことがないのに、なんで……」
その元となっている声は、俺の胸の近くから生まれていた。透明感と丸みがあり、それでいて真が太い、不思議な音。それが、俺の体を揺らしていた。
「孝哉……? 歌ってるのか?」
それは、小さな、小さな声だった。蚊の鳴くような声とは、まさにこれのことだろうと思わせるような、小さな声だ。音量は小さい、それなのに、この爆音のロックの洪水の中でも、しっかりと聞こえる不思議な存在感がある。
その声に揺らされる俺は、以前孝哉が言っていた言葉を思い出した。
『足の裏から頭の先まで、体の中に金色の泡が駆け抜けていくみたいに』
きっと、これがそうなのだろう。その声に揺らされる体は、何かに労わられるように、じわじわと幸福感にくすぐられた。
——ヤバイ、なんだこれ。意識が飛びそうだ。
声が、体を包んでいく。体に溜まっていく高揚感が、じわじわと臨界点を迎えつつあった。それとともに、眠気が侵襲してくる。このまま眠れば、おそらくとても安らげるだろう。でも、孝哉が心配だった。
——どっか行ってしまったら、死んじまうかも知んねえからな。
俺は孝哉が逃げないように、隣に寝かせてきつく抱きしめた。そうして安心した瞬間、張り詰めていたものがぷつりと切れ、そのまま夢の世界へと落ちていった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

Re:asu-リアス-
元森
BL
好きな人はいつの間にか手の届かない海外のスターになっていた―――。
英語が得意な高校2年生瀬谷樹(せや いつき)は、幼馴染を想いながら平凡に生きてきた。
だが、ある日一本の電話により、それは消え去っていく。その相手は幼い頃からの想い人である
人気海外バンドRe:asu・ボーカルの幼馴染の五十嵐明日(いがらし あす)からだった。そして日本に帰ってくる初めてのライブに招待されて…?
会うたびに距離が近くなっていく二人だが、徐々にそれはおかしくなっていき…。
甘えん坊美形海外ボーカリスト×英語が得意な平凡高校生
※執着攻・ヤンデレ要素が強めの作品です。シリアス気味。攻めが受けに肉体的・精神的に追い詰める描写・性描写が多い&強いなのでご注意ください。
この作品はサイト(http://momimomi777.web.fc2.com/index.html)にも掲載しており、さらに加筆修正を加えたものとなります。

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
春風の香
梅川 ノン
BL
名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。
母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。
そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。
雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。
自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。
雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。
3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。
オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。
番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結

Endless Summer Night ~終わらない夏~
樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった”
長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、
ひと夏の契約でリゾートにやってきた。
最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、
気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。
そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。
***前作品とは完全に切り離したお話ですが、
世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる