山鹿キリカの猪鹿村日記

伊条カツキ

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後日談、山鹿キリカの猪鹿村日記。

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 ひょんなことから移住した猪鹿村の村長として出馬する事になり、当選してしまった。正直に言えば村長なんて単なるお飾りで、ハンコ捺すくらいの仕事しかないだろうと思っていた。物事を決定しなければならない立場というのが、責任を負うという事がこんなにも大変だとは思わなかった。未だに自分が村長という立場になったのが不思議で仕方がない。

 村を歩きながら、私は改めてこの猪鹿村の存続について考えていた。
 村の過疎化と高齢化は思っていた以上に深刻だ。移住者やUターンしてきた若者がいるとはいえ村に子どもはほとんどいない。

 選対のメンバーはこの村が隠れキリシタンの里であることや、埋蔵金のことを明らかにして観光資源にしようとしている。だけど私は、そうすることで観光客が来たとしても、根本的な解決にはならないと思う。

 人が来ることと住むことはまったくの別物だ。観る魅力と住む魅力は違う。世界遺産になっている白川郷の合掌造りを観たいとは思っても、そこに住みたいと思うだろうか。
 京都などでは観光客によって住環境が脅かされる観光公害という言葉まで生まれている。

 住環境に必要なのは突き詰めていけば水光熱のインフラ環境と日用品が購入できるお店だ。スポーツ施設や文化施設といったものは、ある程度近くにあればいい。文化施設など近くにあると騒がしいだけだ。マンション販売だって静謐な住環境とか、スーパー隣接が歌い文句になっている。

 だからこそ前村長の政策は理解できる。通信環境は今の若い人達にとっては必須だ。デジタルネイティブと呼ばれる生まれた時からネット環境がある中で育った世代にとっては、ネットに繋がらないのが信じられない。

 5Gと呼ばれる第5世代通信規格の実験特区にも前村長は申請をしていた。過疎化が進む地域に高速通信網を引くことによって、この猪鹿村をハイテク村のモデルケースにしようとする政策だ。

 前村長は言っていた「通信と流通の発展は地域間格差を無くす」と。今ではスマホさえ繋がれば、ボタン一つで海外の製品だって購入できるのだ。

「キリカさん。ここに居たんですか」

 青井さんが私を見つけて駆け寄ってきた。 

「全員集まってますよ。後はキリカさんだけです」
「わかった。すぐに行くわ」

 かつて私の選挙対策チームとして協力してくれたメンバーに集まってもらっていた。次の村議会で私に対して不信任決議が出されるのではないかという噂は聞いていた。

「それで、どうするのキリカちゃん?」

 桐谷さんを含め、全員が事情を理解しているようだった。青井さんが説明してくれているのだろう。

「まず、次の村議会で私に対しての不信任決議が出されるという噂を、村中に流して欲しいの」
「どうしてそんな事を?」

 月影さんが同然の疑問を口にする。

「村議会に、できるだけたくさん人を集めるためよ。大変な事が起きそうだって噂が広まればみんな興味を持つでしょ」
「相手の策を逆に利用するんだね」
「それから、議会の様子をネットで生配信するわ。梅田さん、準備は大丈夫?」
「大丈夫。宣伝も任せといてよ」

 梅田さんが、新しく購入したカメラを自慢気に見せる。

「私もツイッター再開したの。みんなに見て貰えるようにたくさん呟くね」

 猪鹿村の公式youtubeチャンネルのレポーターとして活動してる咲良さんは、元ローカルアイドルでツイッターのフォロワーも多かった。引退してからは封印していたと聞いていた。

「ありがとう咲良さん」
「じゃあ、全てを明らかにするんだな」

 雨雲さんがこれまでで調べた村の歴史、秘密など教えてくれた。全てが正しいかはわからない。それでも村の成り立ちや猪瀬、山鹿が抱えていた秘密を私はみんなに知って欲しいと思った。

「本当にいいの?全てを知るということが良いことか悪い事か、わからないわよ」

 後見人である猪瀬京香は初めは反対した。それでも私は決断した。それが私の村長としての最後の仕事になるとしてもだ。

「私、選挙をやって思ったんです。世の中って知らないことばかりだったんだって。以前はそれでもいいと思ってた。でも、知らないと何も感じないし何も考えられない。難しいから、理解できそうにないからって知ろうとすることを諦めたら、それこそ試合終了ですよね」

 村議会をリアルタイムでネット配信する。コメントも受け付ける。終ったあとも動画としてアップする。どれだけの人が見てくれるかなんてわからない。それでも、こんな小さな村でも、通信によって発信できる何かがあるかもしれない。

 こうして私は村の歴史、真実を公開することを決めた。
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