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後日談、その9 赤井紀夫
しおりを挟む「それで、私にも村長への不信任決議に賛成して欲しいと?」
「はい。猪鹿村の未来をあんな小娘に任せるわけにはいかないとは思いませんか」
「選挙の結果だ。村の人間が彼女ば選んだ」
「果たして本当にそうでしょうか? 投票結果は僅差でした。移住者達の票が無ければ勝っていたのは京香さんです。つまり、山鹿キリカを村長にというのは村人の意思ではありません。言うなれば余所者の意思です」
「……しかし、不信任決議を出せば」
「おそらく議会は解散という事になるでしょう。心配はいりません。その後の事も任せてください。最大限の支援はさせて頂きます」
「その話、信じていいんだろうな」
胸ポケットから取り出した厚みのある封筒を渡す。何も言わなくも、それだけで十分だ。
「……わかった。村の意思か、考えておこう」
「ありがとうございます」
これで、半数以上の村議を抱き込むことができた。次の議会で山鹿キリカに対して不信任決議が出されるはずだ。その報復として議会は解散されるだろう。そうすれば、現在計画されている第二次移住者の受け入れも頓挫する。
これ以上村に住民を増やすわけにはいかない。この村には限界集落として終わりを迎えてもらわなければ。その為に、猪瀬京香を担ぎ出し山鹿行成の政策の撤廃を後押ししたのだ。
選挙でまさか猪瀬京香が敗れるとは思ってもいなかった。その後の彼女の行動に関しては失望しかない。敵だった山鹿行成の要請に応じるなど彼女も女だったということか。
このままだと計画に支障が出てしまう。猪瀬と山鹿を除くほぼ全ての村の土地売却は交渉済みだった。昔は大地主であった両家も時代と共に親族などに譲渡や売却しているので、そんなに多くは持っていない。
半分以上の買占めが成立すれば村に中華系企業のリゾート施設を誘致する。段取りは何年も前から取っていた。4年前、山鹿行成が村長にならなければもっと早く計画は進んでいたはずだったのだ。
そもそもだ、親父が村を出た猪瀬京香を迎えになど行かなければ、私が養子となり猪瀬家を継げるはずだった。村を捨てた者など放っておけばよかったのだ。あの時、都合良く猪瀬と山鹿の両家の跡取りがこの村からいなくなったのだから。
赤井家はもとを辿れば猪瀬の分家だ。猪瀬家に男子がいない場合、赤井家から養子として入るのが決まりとなっている。
そうやって猪瀬の名を継いできた。それは、山鹿家に対する青井家と同じだ。名を遺すなど前時代的でくだらない考えだが、猪瀬の名を継ぐ価値はあった。
未だ残されていると言われる数十億の埋蔵金。その在処を知る手がかりが手に入るのだ。猪瀬京香の駆け落ち事件の時、中学生だった私は絶好の機会だと考えた。
村に伝わる埋蔵金の事を私は知っていた。祖父が晩年、酔っぱらった時にこぼした話を覚えていたからだ。昭和の初め、日本全土が不況に覆われた時、多くの農村は貧因に喘いでいた。しかし、猪鹿村には有事の際に猪瀬と山鹿が協力して村を救うという教えが生きており難を逃れたという。
最も恐れているのはあの女、現村長である山鹿キリカの存在だ。
立候補した時は、たまたま同じ苗字だった女を連れてきたのかとしか思わなかった。しかし、父が猪瀬京香を村に連れ戻した時、彼女には娘がいたことを思い出した。
彼女に対する猪瀬京香の態度を私は見逃さなかった。もし、山鹿キリカが山鹿行成と猪瀬京香の娘なら、早々に村を追い出さなければいけない。猪瀬と山鹿の血を引く者。それはつまり、埋蔵金の在処を知ることができる者だ。
幸いあの女は自分がそうだと気づいていない。山鹿行成も猪瀬京香も共にそれをカミングアウトする気はなさそうだ。本人が気づく前にこの村から追い出してさえしまえば、どうにかなる。
埋蔵金の隠し場所などわからなくても、この村さえ手にいれてしまえばリゾート地の建設と同時に、山ごと掘り起こせばいいだけの話だ。あちらもそろそろ痺れを切らしている。早々に片を付けなければ、私の身も危ない。
現村長、山鹿キリカをその座から追い落としこの村から追い出す。その為には、まだ決め手が不足している。
「なにか、スキャンダルが必要か……」
他人をおとしめるのに一番有効な方法は男女関係のスキャンダルを探すか、作り上げることだ。
かつて、沖縄返還協定をめぐる機密をすっぱ抜いた記者がいた。だが彼は、その情報を既婚者を酒で酔わせベットの上で聞きだしていた。その事が明かされると世論は一斉に記者を責めた。そして、その機密はうやむやになり忘れられていった。人は自分が理解できない難しい話題より、簡単に責めることができる男女関係などに注目する。
「そう考えると、山鹿キリカの出自は有効なカードになりえるかもしれんな……」
山鹿キリカは自分が山鹿行成の実の娘という事を知らない。だとしたら、そこを問い詰める効果はある。山鹿行成は入院中の為、村議会には出てこれない。猪瀬京香が自らその事を公にする可能性は少ない。
「議会であの女の出自を責め立てれば……」
山鹿行成の実の娘ではないと告白すれば、それは選挙の為に嘘の報告をしたことになる。
自分が山鹿行成と猪瀬京香との娘であることがわかれば、山鹿キリカが冷静でいれるわけはないし、そのスキャンダルに村人は猪瀬、山鹿の両家に対して信頼を無くす可能性は高い。
「どちらに転んでも良いか……」
買収した議員に村長の出自に関しての質問をさせ、それを1つの理由として不信任決議を提出させる。
次の村議会は面白いことになりそうだ。
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