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後日談、その8 山鹿行成
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「それで、何を知りたいのかね? 雨雲君」
「村長が知っていること、全てです」
アポ無しで病室を訪ねてきた彼は、身を乗り出しながら言った。
選挙結果を見届けた後、福岡市内の総合病院に入院した私はすぐに手術を行った。
病名は胃癌でステージ3だ。本当はあの選挙前、内臓痛で倒れた後の検査ですぐにでも手術をと言われていたが、選挙前に手術をする気にはならず、伸ばしていた。
手術は無事に終り、来週からは抗がん剤治療が始まる。まだ死ぬわけには行かなかった。猪鹿村の変革を成し遂げる為には。
「私も村の全てを知っているわけではないが……」
「それでも、山鹿家に伝わっている古文書や言い伝えがありますよね?」
「古い文章は存在する。私にはほとんど読めないけどな」
山鹿家の当主には、代々受け継がれてきた使命がある。信仰を守ることは当然だが、山で眠る方に欠かさず祈りを捧げること。外部の人間から村を守ることだ。そして村を守るためにのみ使用が許される金が存在する。
「君は村の人間達がどうやって秘密を守ってきたと思う?」
少し考え込むと、雨雲君は慎重に言葉を発した。
「潜伏キリシタンに関しては二つの説があります。250年もの間7世代に渡って信仰を守るとういうことが、本当に可能なのかとういう観点からです。一つは彼らには信仰を守っているという自覚が無かった。ただ、親から子へ語り継がれてきた風習を守っていただけだという説。もう一つは神の教えを教授する神父が排斥され不在だった為、ただ守ることしかできなかった。その為に純粋な思想のみが残された」
「君はどちらだと思う?」
「どっちもいたんじゃないですかね。何かに対する信仰心ってのが誰彼構わず常に一定だなんて、ありえないでしょう」
彼の言う事は理に適っている。多くの人達は極論で物事を決める。もちろん、それはある一面で正しい事もある。だが、人はもっと多様的なのだ。
「伝統と呼ばれる多くのものは、否定することで守られるんだ」
「否定?」
「若い人間が新たな考えなど持たないよう。思考停止させるよう。幼い頃から否定が繰り返される。これが伝統だから、前例が無いからと」
否定され続けた人は、新たな考えを持てなくなる。閉ざされた環境で比較対象となる情報がなければ、人は簡単に思考停止に陥る。新興宗教や極道社会がよくやる精神支配の構造だ。
「あの村はそうやって伝統を守ってきた。村の多くの者が伝統の意味も、なぜ余所者を排除してきたのかの意味も考えずに。ただ、そうしてきたからという理由で」
「ちょっと外から離れて見ると、アホらしく見えますけど。でも、俺らだって気が付いていないだけで、同じような事はありますからね」
ただ「前例が無い」「今までそうしてきたから」という根拠も何もない理由で続いている事が、世の中にはどれだけあるだろう。だが、インターネットの進化によってそれは変わった。比較対象となる情報が指先を動かすだけで、誰でも簡単に手に入る時代になったのだ。
「だからこそ、村の歴史の全てを明らかにするんですよ」
「君は、そうすれば村が変わると思うかね?」
「そんな事はわかりません。でも、やる価値はあるでしょ。何より面白そうだ」
面白そうと彼は言う。それは、村で育った人間でないから言える台詞でもある。だが、そういう外からの視点を私は求めていたのかもしれない。
「わかった。私も協力しよう。なんでも聞いてくれ」
「ありがとうございます!」
そう言うと彼はノートとペンを取り出した。こういうとこは、意外にアナログなんだな。
「この猪鹿村を作ったと言われる猪瀬彦左衛門、山鹿小十郎。彼らの名前を黒田家の分限帖に見つける事はできませんでした。だけど、猪瀬、山鹿の苗字を黒田直之の配下に見つけました」
「確かに、私達の先祖は黒田直之様に仕えていたと言われている」
黒田直之とは、黒田官兵衛の18歳年下の異母弟であり黒田八虎の一人に数えられている武将だ。キリシタン大名であった黒田官兵衛と同じように洗礼を受け、ミゲルという名を持つキリシタン武将であった。
関ケ原の闘いの後、黒田長政が筑前福岡藩主となり52万石を与えられると、黒田直之は秋月の地に1万2千石を与えられ秋月城代となった。
彼は長政の後見として藩政にも関わりながらも、秋月の地に教会や司祭の住む館を建てるなどし、秋月をキリシタンの地にしようと取り組んでいた。彼の配下であった猪瀬、山鹿の先祖もまたキリシタンであった。
「猪鹿村はある人物を匿う為に作られた隠れ里で、その成り立ちには黒田家も関わっていた。違いますか?」
「……関わっていたかはわからない。ただ、村の伝承だとその人は神の使いであり。奇跡を使い人々の病を治したという」
「奇跡?」
「そんなのはただの伝説にすぎないと私は思っている。何らかの医療技術を持っていたのではないかと」
「……確かに400年前なら西洋医術は、奇跡に見えたかもしれない」
雨雲君は何かに気づいたように顔を上げた。そして、右手の拳で左手を叩いた。
「そうか! 400年前。島原の乱に向かう軍勢から奪われた軍資金、キリシタンの隠れ里。神の使い、そして奇跡。だとすると、猪鹿村に匿われたのは一人しかいない。だから、村は江戸時代の間、秘密にされたんだ」
彼は興奮した様子で、私の事など構わずに一気にまくしたてた。
「猪鹿村は、天草四朗時貞の落ち延び先として作られたんですね!」
「村長が知っていること、全てです」
アポ無しで病室を訪ねてきた彼は、身を乗り出しながら言った。
選挙結果を見届けた後、福岡市内の総合病院に入院した私はすぐに手術を行った。
病名は胃癌でステージ3だ。本当はあの選挙前、内臓痛で倒れた後の検査ですぐにでも手術をと言われていたが、選挙前に手術をする気にはならず、伸ばしていた。
手術は無事に終り、来週からは抗がん剤治療が始まる。まだ死ぬわけには行かなかった。猪鹿村の変革を成し遂げる為には。
「私も村の全てを知っているわけではないが……」
「それでも、山鹿家に伝わっている古文書や言い伝えがありますよね?」
「古い文章は存在する。私にはほとんど読めないけどな」
山鹿家の当主には、代々受け継がれてきた使命がある。信仰を守ることは当然だが、山で眠る方に欠かさず祈りを捧げること。外部の人間から村を守ることだ。そして村を守るためにのみ使用が許される金が存在する。
「君は村の人間達がどうやって秘密を守ってきたと思う?」
少し考え込むと、雨雲君は慎重に言葉を発した。
「潜伏キリシタンに関しては二つの説があります。250年もの間7世代に渡って信仰を守るとういうことが、本当に可能なのかとういう観点からです。一つは彼らには信仰を守っているという自覚が無かった。ただ、親から子へ語り継がれてきた風習を守っていただけだという説。もう一つは神の教えを教授する神父が排斥され不在だった為、ただ守ることしかできなかった。その為に純粋な思想のみが残された」
「君はどちらだと思う?」
「どっちもいたんじゃないですかね。何かに対する信仰心ってのが誰彼構わず常に一定だなんて、ありえないでしょう」
彼の言う事は理に適っている。多くの人達は極論で物事を決める。もちろん、それはある一面で正しい事もある。だが、人はもっと多様的なのだ。
「伝統と呼ばれる多くのものは、否定することで守られるんだ」
「否定?」
「若い人間が新たな考えなど持たないよう。思考停止させるよう。幼い頃から否定が繰り返される。これが伝統だから、前例が無いからと」
否定され続けた人は、新たな考えを持てなくなる。閉ざされた環境で比較対象となる情報がなければ、人は簡単に思考停止に陥る。新興宗教や極道社会がよくやる精神支配の構造だ。
「あの村はそうやって伝統を守ってきた。村の多くの者が伝統の意味も、なぜ余所者を排除してきたのかの意味も考えずに。ただ、そうしてきたからという理由で」
「ちょっと外から離れて見ると、アホらしく見えますけど。でも、俺らだって気が付いていないだけで、同じような事はありますからね」
ただ「前例が無い」「今までそうしてきたから」という根拠も何もない理由で続いている事が、世の中にはどれだけあるだろう。だが、インターネットの進化によってそれは変わった。比較対象となる情報が指先を動かすだけで、誰でも簡単に手に入る時代になったのだ。
「だからこそ、村の歴史の全てを明らかにするんですよ」
「君は、そうすれば村が変わると思うかね?」
「そんな事はわかりません。でも、やる価値はあるでしょ。何より面白そうだ」
面白そうと彼は言う。それは、村で育った人間でないから言える台詞でもある。だが、そういう外からの視点を私は求めていたのかもしれない。
「わかった。私も協力しよう。なんでも聞いてくれ」
「ありがとうございます!」
そう言うと彼はノートとペンを取り出した。こういうとこは、意外にアナログなんだな。
「この猪鹿村を作ったと言われる猪瀬彦左衛門、山鹿小十郎。彼らの名前を黒田家の分限帖に見つける事はできませんでした。だけど、猪瀬、山鹿の苗字を黒田直之の配下に見つけました」
「確かに、私達の先祖は黒田直之様に仕えていたと言われている」
黒田直之とは、黒田官兵衛の18歳年下の異母弟であり黒田八虎の一人に数えられている武将だ。キリシタン大名であった黒田官兵衛と同じように洗礼を受け、ミゲルという名を持つキリシタン武将であった。
関ケ原の闘いの後、黒田長政が筑前福岡藩主となり52万石を与えられると、黒田直之は秋月の地に1万2千石を与えられ秋月城代となった。
彼は長政の後見として藩政にも関わりながらも、秋月の地に教会や司祭の住む館を建てるなどし、秋月をキリシタンの地にしようと取り組んでいた。彼の配下であった猪瀬、山鹿の先祖もまたキリシタンであった。
「猪鹿村はある人物を匿う為に作られた隠れ里で、その成り立ちには黒田家も関わっていた。違いますか?」
「……関わっていたかはわからない。ただ、村の伝承だとその人は神の使いであり。奇跡を使い人々の病を治したという」
「奇跡?」
「そんなのはただの伝説にすぎないと私は思っている。何らかの医療技術を持っていたのではないかと」
「……確かに400年前なら西洋医術は、奇跡に見えたかもしれない」
雨雲君は何かに気づいたように顔を上げた。そして、右手の拳で左手を叩いた。
「そうか! 400年前。島原の乱に向かう軍勢から奪われた軍資金、キリシタンの隠れ里。神の使い、そして奇跡。だとすると、猪鹿村に匿われたのは一人しかいない。だから、村は江戸時代の間、秘密にされたんだ」
彼は興奮した様子で、私の事など構わずに一気にまくしたてた。
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