山鹿キリカの猪鹿村日記

伊条カツキ

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後日談、その5 梅田省吾

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「はぁ。やっぱりサクラちゃん、可愛いなぁ」

 部屋に籠って動画の編集をしている時が、僕にとって至福の時間だ。なんていっても、あの「どっこい少女隊」で推しメンだったサクラちゃんの動画なのだ。
 同じ選対メンバーの桜庭さんが、あのサクラちゃんだと知った時は本当に驚いた。しかも、そのサクラちゃんがここ猪鹿村の公式チャンネルのレポーターとなり、その動画編集を僕が任されたのだ。これを運命と言わずしてどうする。

「やっぱり4Kカメラとディプレイ、買ってよかったぁ」

 4Kの映像で50インチのディスプレイに映し出されるサクラちゃんを見ながら編集を楽しんでいると、チャイムが鳴った。

「こんな遅くに誰だ?」
「梅田さーん。まだ起きてる?」

 それはボクの天敵、雨雲晴哉だった。

「なになに、こんな遅くに」
「ちょっと梅田さんにも見て欲しいんだ。大きな画面のほうが何かわかるかなって」

 そう言いながら、彼はスマホを取り出した。仕方なく家に上げると、スマホをディスプレイにつないで、画像を表示させる。それは、羽金山のどこかと思われた。

「こっそり、撮ったんだけどさ。あの爺ちゃんが言うには、誰かのお墓らしいんだ」
「お墓? 埋蔵金の在処じゃなくて?」
「この墓が、この村の本当の秘密らしい」
「うーん。それ、信じられるの埋蔵金の事は僕も調べてみたけどさ」

 羽金山の埋蔵金伝説をネットやなんかでも調べてみたところ、確かに羽金山には埋蔵金伝説があった。しかし、現在一番有力な説は黒田忠之は50万両もの軍資金を準備できておらず、幕府に取り繕うために山賊に10万両を奪われたという事にしたのではないかということだった。

「黒田忠之は1万8千人の軍を率いていたんでしょ。普通に考えたらそれだけの軍隊を相手に軍資金を奪うとか、無理じゃない」
「確かに、島原の乱が起きたのは1637年。戦乱が治まっていたといえ、戦の経験がある人間は残ってただろうしな」
「君の説だと軍資金を奪ったのは山賊じゃなくて、キリシタンの一味だったんだろ。それなら、山賊のほうがまだ可能性あるよ」

 キリシタンが武器を持っていたとは思えないし、そんなに数がいたとも思えない。結局、伝説は伝説なのだ。

「いや、キリシタンって言っても、当時は民衆だけじゃ……あっー!」
「なに?」
「もしかしたら、軍資金は奪ったんじゃなくて、与えられたんじゃ」
「どういうこと?」
「黒田忠之の父親である長政、そして祖父である黒田官兵衛はともにキリシタンだったんだ」

 そう言えば、官兵衛は洗礼名をドン・シメオン。長政はダミアンだったかな。何年か前の大河ドラマで黒田官兵衛が放送された時、そんな記事を読んだような気がした。

「熱心なキリシタンだった黒田官兵衛は、亡くなった時に遺言でイエズス会に多額の寄付をして博多の町に教会を建てることを願っていた。だけど、キリシタンの弾圧は激しくなっていたから、その遺産がイエズス会に渡ることはなかった。もしかしたら、奪われた軍資金ってのは……」
「ちょっと待って。それじゃあ、この猪鹿村は黒田の殿様公認だったってことになるじゃない」
「もしかしたら、順序が逆なのかもしれない」
「どういうこと?」
「あの墓の人物を匿う為に、この村が作られたのだとしたら……」

 彼は一人でブツブツと呟き始めた。おそらく、いろんな事が頭の中でまわっているのだろう。だとしても、自分の部屋でやってくれよ。

「この村を作った猪瀬と山鹿の先祖、確か猪瀬彦左衛門と山鹿小十郎って言ったな。もしかしたら分限帖に載ってるかもしれない。大学で調べてみるか……」

 独り言を呟く彼を横目に、映し出された映像を見ていると、岩の下に何かを見つけた。

「あれっ、これなんだ?」

 それは、自然のものではなかった。僕が指摘すると、彼は画面に食い入るように見入った。

「なんだろう……陶器?」

 それは陶器のカケラだった。原型はわからないが、おそらくこの墓に供えられていたものの名残だ。

「あぁ、もっと詳細に調べないと。だけど、面白くなってきたぞ。この村の秘密、必ず俺が暴いてやる」

 一人でやる気になっている彼を眺めながら、僕はふと前から聞きたかったが聞けなかった質問をぶつけてみた。

「そういえば、どっこい少女隊の誰推しだったの?」
「ん? もちろんサクラですよ。こんな田舎の村で会えるなんて、思ってもなかったけど」

 あっさり白状しやがった! やはり、この男は油断がならない。

「あぁ、でも雨雲君はキリカちゃんの為に選挙の手伝いに来たんだったよね。やっぱり、彼女の事が好きなの?」
「そういうの違うんで。単純に面白そうだなって思っただけですから」
「あぁ、そ、そうなんだ……」

 キリカちゃん推しだと思っていたのに。サクラちゃんがこんな男になびくとは思えないが、気をつけなければ……。

「しっかし、あれですよね。前に村の婆さんからも言われたんですけど、どうして年配の人って、男と女の関係を恋愛関係抜きで見れないんですかねぇ」
「えっ? そ、そうだね」
「価値観が古いんだよなぁ。そう思いません?」
「雨雲君は、男女の友情とか信じちゃうタイプなんだ」
「そっか、梅田さんも世代的にはあっち側ですよね。超肉食系世代」

 言葉の最後に(笑)とでもつけたような言い方に、カチンときた。

「そういう君たちは、草食系って言われる世代だろ」
「まぁ、相対的に見るとですよ。僕達が草食なんじゃなくて、上の世代が肉食過ぎるだけですよ。男女二人で食事に行ったら、ホテルに誘うのはマナーだ、なんて思ってる。まぁ、言ってみれば、動物的なんですよね」

 この男、僕に喧嘩を売ってるのだろうか。さっさと帰ってもらおうと考えていると、彼が少し困った顔をして言った。

「実は蝶野の爺さんが、孫娘を紹介するってうるさいんですよ。この村の住人になるわけだから、むげに断れないし。本当、困ったもんです」

 蝶野さんの孫娘なら、何度か見かけたことがある。村のテレワーク施設で働いてる、胸の大きな娘だ。

「いいんじゃないかな! うん、一度くらいデートしてみたら!」
「な、何ですか急に」
「蝶野さんのお孫さんなら、村の秘密の事も何か知ってるかしれないだろ」
「確かに、そうですね」


 サクラちゃんを守る為なら、僕は何だってやってやる。改めてそう誓った。



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