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〇後日談、その2 月影満
しおりを挟む「こんなのどうですか。隠れキリシタンから名前をとって、キリタン」
「へぇ、それでどんなデザインなの?」
タブレットを桐谷さんに見せる。そこには、マリア観音をもとにしたゆるキャラ、キリタンが描かれていた。猪鹿村が隠れキリシタンの里だったという事を外に宣伝するために描き上げたものだ。
「……い、いいんじゃないの。今流行りのキモカワ路線ってわけね」
「何言ってるんですか。思いっきり可愛い路線じゃないですか」
「えっ、そうなの!……ま、まぁ、いいんじゃない。キリカちゃん、村長が良いって言えば」
「それがですね、あんまり乗り気じゃないみたいなんですよね。いい観光資源になると思うんだけどな。隠れキリシタンの里」
この村が隠れキリシタンの里だったという事実は、移住してきた人達に知れ渡った。それを知って、気持ち悪く思う人もいた。でも、特別な教義を押し付けてくるわけでもないので、多くの人は気にしていないというのが現状だ。
あの選挙戦後、キリカちゃんの選対メンバーが中心になって、《猪鹿村盛り上げ隊》というチームが結成された。羽金山の埋蔵金伝説と隠れキリシタンの里を全面的に打ち出し、村に観光客を呼び込もうという作戦だった。ところが青井さんもキリカちゃんも、あまり乗り気ではないのだ。僕達としては、肩透かしをくらった感じだ。
「ねぇ、それよりもこんなイベントはどう?」
桐谷さんがノートパソコンの画面を見せてきた。そこには「田舎へGO 猪鹿村合コン」と書かれていた。
「なんですか、これ?」
「やっぱり、村の未来を考えたら若い人を呼ぶだけじゃなくて、カップルを誕生させなきゃって思うのよね。子どもって地域の活力じゃない」
「それ、今の僕に言いますか?」
「あら、次の恋に進むいいチャンスじゃない」
僕には遠距離恋愛の彼女がいた。過去形なのは、選挙が終わってから一緒に暮らそうと連絡したら、他に好きな人ができたと別れを告げられたからだ。
選対の活動に集中するあまり、彼女との連絡が疎かになっていた。元々はこの村への移住を決めたのも、彼女との結婚を考えていたからだ。
フリーの仕事は収入が不安定だ。イラストレーターだって選挙と同じだ。選ばれなければ、仕事は来ない。収入を安定させるのに、一番は箔をつける、つまりは何かの賞を取ることだ。東京五輪のマスコットキャラなどは、プロアマ問わずに集まった2042作品から3つに絞られ、その後、小学生の投票で選ばれた。2042分の1に選ばれるのは、大変なことだ。
それでも、この村へ移住してから、仕事も斡旋してもらえるようになり、生活は比較的安定していた。本当はすぐにでも彼女を呼びよせようと思ったのだが、そんな時にあの選挙騒動が起きた。だから、キリカちゃんが村長になり、住居と通信費の補助が継続されると決まってから、彼女を呼びよせて一緒に暮らそうと思っていた。その為に選対の活動を頑張っていたのに。
「そういえば、桐谷さんって大学生の子どもがいるんでしたよね」
「ええ、そうよ」
「シングルマザーってことですよね」
「そうなるわ」
「桐谷さんって、いくつなんですか?」
何気ないつもりの質問だったが、返ってきたのは無言の殺気だった。
「す、すいません」
桐谷さんがスッと立ち上がる。反射的に頭をガードする。
「私、キリカちゃん、いや村長のとこに行ってくるから。このイベントチラシの原案、考えといてね!」
「は、はい」
桐谷さんは合コンの企画書を持つと、意気揚々と去っていった。ほっと胸を撫でおろしていると、撮影に行ってたはずの梅田さんと咲良ちゃんが戻ってきた。
「いやぁ、参ったよ」
入るなり、椅子に座り込んだ梅田さんが溜息混じりの声を出した。
「やけに早かったですね。どうかしたんですか?」
「どうもこうもないよー」
「あのですね。山に入るのを村の人達に反対されちゃったの。私、少し怖かった」
「大丈夫だよ。何かあっても、僕が守ってあげるからね」
あの選挙以来、梅田さんは何かと咲良ちゃんの世話を焼いている。その梅田さんが言うには、山の撮影を妨害しようとしたのは、先の選挙で猪瀬京香に投票したグループだろうと言うことだった。選挙で選ばれて村長になったキリカちゃんだが、当然の事ながら全員が票を入れたわけではない。実際はかなりの僅差だった。移住者の票が無ければ、危うかったかもしれない。そう考えれば、実質村人の半分くらいは村長を認めていないという事になる。
「まぁ、選挙の結果キリカちゃんが村長になったからって、全てが解決するわけじゃないとは思ってたけど。手伝ってくれとまで言わないから、邪魔はしないで欲しいよね」
「青井さんが言ってたけど。これまでは村で生まれて、村で育った人じゃないと村長にはなれなかったんだって。だから、キリカさんは初めての村の外で育った村長だって」
咲良ちゃんは急に真剣な表情になると、こう付け加えた。
「余計に真実味が出てくるわよね、埋蔵金」
もし本当に10万両の埋蔵金が埋まっていて、村の人達がその秘密を知っているとしたら、どうだろう? 今の価値で言えば100億にはなるという。その1%の1憶でもあれば、村を出ても生きていける。
そんな財宝が本当に村に伝わっていたとしたら、400年もの間、誰にも手がつけられずに残されてるなんてこと、あるだろうか。普通に考えたら、誰かがとっくに掘り出してるはずだ。もしくは、埋めた場所が簡単にはわからなくなるような、なんらかの仕掛けが必要になるんじゃないだろうか。
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