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猪鹿村日記 その8
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それは、ちょっとした違和感から始まった。
一つ目は村からの発注で受けていた記事の執筆依頼が滞ったことだ。
私は定期的に記事を納入していた。それなのに、次の依頼が来なくなった。これまでの経験から、だいたい定期の仕事依頼が滞る時は、先方に何か問題が発生した時だ。
でもその時は「新しい試みなんだし、最初から上手く行くわけもないか」と簡単に考えていた。
他にもいくつかの依頼をこなしたり、新しい依頼に申し込んだりしていた。
夜はネットゲームに費やし、昼過ぎに起きて仕事をする生活が続いていた。基本的に家から出るのは、用事で福岡市内に出る時くらいだ。春や秋なら、まだ村の中を少し散歩しようという気にもなるのだろうが、ここは山の中なのでとにかく寒い。自然と半分引きこもりのような生活になっていた。
だから、基本的には村の人達と会うことは少なかったのだが、たまにすれ違えば会釈くらいは交わしていた。
それが、露骨に無視されるようになった。最初は気のせいかなと思ったが、そのうち、何となく敵意のある視線を感じるようになった。まぁ、別に実害があるわけでもないが、あまり気持ちの良いものではない。
今の生活なら、リアルな人との関わりなんて最低限でも生きていける。会社務めの時、嫌われたお局様に無視された事もあった。向こうは無視することで嫌がらせをしているつもりだったのだろう。好きな人に無視されるのであれば辛いが、嫌いな人に無視されるのは嬉しい。どんどん放っておいてくれという感じだった。
まあ、女性というのはえてして、無視するよりも嫌がらせするほうを選ぶのだが。
その日、いつものように勝手に訪問してきた桐谷さんが、いつもより鼻息が荒かった。
「聞いてよ。ひどい話なの」
「聞きますって。ちょっ、顔近いです」
桐谷さんが言うには、村の中で移住してきた人に対しての風当たりが強くなっているそうだ。中には完全に嫌がらせとしか思えない行為もあるという。移住者が利用申請した共用物を貸ししぶったり、わざと先の時間に車を借りて、ガソリンを入れないで返したりなどあったらしい。
これは、シェアリングエコノミーの欠点の一つだ。モノを共有するというシステムは、借りる人が全員、きちんとマナーを守るという前提があってこそ成り立つ。それこそ、中国で相次いで誕生した共用自転車が、捨てられたり、転売されたり、壊されたりして、あっという間に成り立たなくなったように。誰か一人でも自分勝手でワガママに使用する人がいたら、他の人がストレスや我慢を強いられてしまうのだ。
「でも。多少は仕方ないんじゃないですか。どんな場所でも、新参者は最初は歓迎されるけど、だんだん煙たがられるもんですよ」
人は異質なものを排除しようという習性があるのだと思う。特に《和をもって尊し》という言葉を持つ日本人はそうなのかもしれない。だから、お互い無関心であれば良いのに。
「私もね、別にみんなで仲良くしようなんて思ってはないの。人間なんだから、好き嫌いは当たり前でしょ。でもね、聞きづてならないのは、今度の選挙で村長を変えて、この村の政策を全部廃止しようって動きがあるらしいの」
「廃止?」
「そうよ。家賃無料や通信設備もよ」
「ええっ、そんなの困りますよ」
「そうでしょ、そうでしょ。冗談じゃないわよね。家賃や通信費が無料だっていうから移住先に選んだのに。一年もしないで撤廃されるとか、ありえないでしょ」
もしそれが本当なら、こんなにひどい話があるだろうか。家賃と通信料無料を掲げて人を集めておいて、来た人間が気に食わないからと言って、村長を変えてまで追い出そうとするなんて。ほとんど、いや完全に詐欺だ。そんな横暴が許されて良いわけはない。
「2月の頭に、演説会があるんですって」
「演説会って、誰が話すんですか?」
「現職村長の山鹿さんと、新しく立候補予定の猪瀬って人よ」
「猪瀬?」
「ほら。村の少し小高いとこに、大きな日本家屋があるでしょ」
「ああ、ありますね」
猪鹿村の端、少し小高い場所に大きな家があった。まるでこの村を見張っているかのような場所だ。桐谷さんが聞いてきた情報によると、猪瀬家というのはこの村の名家らしく、村の人達にはかなりの影響力を持っているということだ。
「前に話したでしょ。移住者の歓迎会で村長さんと喧嘩してた人」
「ああ、そういえばそんな事言ってましたね。確か、女の人じゃなかったんですか?」
「そう、その人が今度の村長選で、対立候補として出るの。それでね、キリカさん。演説会、見に行くわよ」
「えぇ、どうしてですか?」
「もし本当にそんな事言いだすのなら、野次の一つでも言わないと」
「でも選挙とか興味ないし」
「何言ってるの! 私達の生活がかかってるのよ!」
桐谷さんは、今まで見たことのない、驚くような剣幕でまくしたててきた。
「わかりました。で、どこであるんですか?」
「村はずれの集会所なんですって」
集会所と言えば、年末に村の人達が集まって、奇妙な唸り声が聞こえてきていた場所だ。
「私、あそこはちょっと……」
「キリカさん!」
「わ、わかりました。行きますよ」
桐谷さんに迫力負けして、私はしかたなく首を縦に振った。あれ以来、できるだけ近づかないようにしてきたのに。まさか、こんな事で行くことになるとは。
その演説会で事件は起きた。そして私は、この村が抱える秘密に引き寄せられて行くことになる。
※ 物語の続きは2月8日から行われる演劇公演でお楽しみください。
また、この後も不定期ですが、公演終了後までは、雑記をアップしていく予定です。
公演終了後には、後日談が掲載されます。
一つ目は村からの発注で受けていた記事の執筆依頼が滞ったことだ。
私は定期的に記事を納入していた。それなのに、次の依頼が来なくなった。これまでの経験から、だいたい定期の仕事依頼が滞る時は、先方に何か問題が発生した時だ。
でもその時は「新しい試みなんだし、最初から上手く行くわけもないか」と簡単に考えていた。
他にもいくつかの依頼をこなしたり、新しい依頼に申し込んだりしていた。
夜はネットゲームに費やし、昼過ぎに起きて仕事をする生活が続いていた。基本的に家から出るのは、用事で福岡市内に出る時くらいだ。春や秋なら、まだ村の中を少し散歩しようという気にもなるのだろうが、ここは山の中なのでとにかく寒い。自然と半分引きこもりのような生活になっていた。
だから、基本的には村の人達と会うことは少なかったのだが、たまにすれ違えば会釈くらいは交わしていた。
それが、露骨に無視されるようになった。最初は気のせいかなと思ったが、そのうち、何となく敵意のある視線を感じるようになった。まぁ、別に実害があるわけでもないが、あまり気持ちの良いものではない。
今の生活なら、リアルな人との関わりなんて最低限でも生きていける。会社務めの時、嫌われたお局様に無視された事もあった。向こうは無視することで嫌がらせをしているつもりだったのだろう。好きな人に無視されるのであれば辛いが、嫌いな人に無視されるのは嬉しい。どんどん放っておいてくれという感じだった。
まあ、女性というのはえてして、無視するよりも嫌がらせするほうを選ぶのだが。
その日、いつものように勝手に訪問してきた桐谷さんが、いつもより鼻息が荒かった。
「聞いてよ。ひどい話なの」
「聞きますって。ちょっ、顔近いです」
桐谷さんが言うには、村の中で移住してきた人に対しての風当たりが強くなっているそうだ。中には完全に嫌がらせとしか思えない行為もあるという。移住者が利用申請した共用物を貸ししぶったり、わざと先の時間に車を借りて、ガソリンを入れないで返したりなどあったらしい。
これは、シェアリングエコノミーの欠点の一つだ。モノを共有するというシステムは、借りる人が全員、きちんとマナーを守るという前提があってこそ成り立つ。それこそ、中国で相次いで誕生した共用自転車が、捨てられたり、転売されたり、壊されたりして、あっという間に成り立たなくなったように。誰か一人でも自分勝手でワガママに使用する人がいたら、他の人がストレスや我慢を強いられてしまうのだ。
「でも。多少は仕方ないんじゃないですか。どんな場所でも、新参者は最初は歓迎されるけど、だんだん煙たがられるもんですよ」
人は異質なものを排除しようという習性があるのだと思う。特に《和をもって尊し》という言葉を持つ日本人はそうなのかもしれない。だから、お互い無関心であれば良いのに。
「私もね、別にみんなで仲良くしようなんて思ってはないの。人間なんだから、好き嫌いは当たり前でしょ。でもね、聞きづてならないのは、今度の選挙で村長を変えて、この村の政策を全部廃止しようって動きがあるらしいの」
「廃止?」
「そうよ。家賃無料や通信設備もよ」
「ええっ、そんなの困りますよ」
「そうでしょ、そうでしょ。冗談じゃないわよね。家賃や通信費が無料だっていうから移住先に選んだのに。一年もしないで撤廃されるとか、ありえないでしょ」
もしそれが本当なら、こんなにひどい話があるだろうか。家賃と通信料無料を掲げて人を集めておいて、来た人間が気に食わないからと言って、村長を変えてまで追い出そうとするなんて。ほとんど、いや完全に詐欺だ。そんな横暴が許されて良いわけはない。
「2月の頭に、演説会があるんですって」
「演説会って、誰が話すんですか?」
「現職村長の山鹿さんと、新しく立候補予定の猪瀬って人よ」
「猪瀬?」
「ほら。村の少し小高いとこに、大きな日本家屋があるでしょ」
「ああ、ありますね」
猪鹿村の端、少し小高い場所に大きな家があった。まるでこの村を見張っているかのような場所だ。桐谷さんが聞いてきた情報によると、猪瀬家というのはこの村の名家らしく、村の人達にはかなりの影響力を持っているということだ。
「前に話したでしょ。移住者の歓迎会で村長さんと喧嘩してた人」
「ああ、そういえばそんな事言ってましたね。確か、女の人じゃなかったんですか?」
「そう、その人が今度の村長選で、対立候補として出るの。それでね、キリカさん。演説会、見に行くわよ」
「えぇ、どうしてですか?」
「もし本当にそんな事言いだすのなら、野次の一つでも言わないと」
「でも選挙とか興味ないし」
「何言ってるの! 私達の生活がかかってるのよ!」
桐谷さんは、今まで見たことのない、驚くような剣幕でまくしたててきた。
「わかりました。で、どこであるんですか?」
「村はずれの集会所なんですって」
集会所と言えば、年末に村の人達が集まって、奇妙な唸り声が聞こえてきていた場所だ。
「私、あそこはちょっと……」
「キリカさん!」
「わ、わかりました。行きますよ」
桐谷さんに迫力負けして、私はしかたなく首を縦に振った。あれ以来、できるだけ近づかないようにしてきたのに。まさか、こんな事で行くことになるとは。
その演説会で事件は起きた。そして私は、この村が抱える秘密に引き寄せられて行くことになる。
※ 物語の続きは2月8日から行われる演劇公演でお楽しみください。
また、この後も不定期ですが、公演終了後までは、雑記をアップしていく予定です。
公演終了後には、後日談が掲載されます。
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