上 下
7 / 30

猪鹿村日記 その7

しおりを挟む

 猪鹿村に移住してきてから一ヶ月以上が過ぎた。様々な手続きも終ると、徐々に生活のパターンも決まってきた。

 以前よりもはるかに時間の余裕があるのは、やはり通信費と家賃が無料なおかげだ。
実際、クラウドワーカーとして生活を成り立たせようとすれば、一日の仕事量は結構なものになる。
 私は一つの記事を書くのがそんなに早いほうではない。毎月、ギリギリの生活だったが、今では少し仕事を減らすこともできた。

 携帯も格安スマホに変えた。部屋の中はもちろんのこと、この村全体を覆っている無料wifiはかなり快適な通信速度だ。福岡市のシティwifiのように、繋がるけど通信速度が遅すぎてイライラすることもない。通話もラインで済ませば、極端な事を言えば端末さえあればいいのだ。
 まぁ、村から出た時に困るので、さすがにそこまではしていないのだが。


 久しぶりに友達から連絡があり、日曜日に天神でランチをしようという事になった。村専用アプリからシェアリングカーの項目を開いて、車の空き状況を確認すると、夕方まで一台空いていたので、使用を申し込んだ。

 このアプリでは車だけはなく、様々なシェアリング情報が流されている。少し昔に流行ったレイコップや、ダイエット用の乗馬マシーン、たこ焼き器なんかもある。買ったのはいいが使用しなくなったものが、村全体で共有されるようになっている。

 使用したい場合は、アプリで使用申請をすればいい。使用料はクレジットで払われ、何割か引かれた後所有者に入る仕組みだ。自分で購入したモノを月に1,2回しか使わないものであれば、共有するほうが経済的ではある。他にもメルカリのように、不必要になったモノの譲渡、売買情報などもある。

 この村専用アプリのバージョンアップやメンテナンスには、桐谷さんも関わっているらしい。村に住む人達が村専用のアプリを作るのではなく、アプリを作れる人を村人にしたのね。としきりに感心していた。

 そういう私も、村の移住記事を書く仕事を始めていた。今では村のホームページに掲載されている。猪鹿村公式のyoutubeチャンネルもできるそうだが、こちらは進行が遅れているそうだ。
 桐谷さんが聞きつけた噂だと、レポーター候補として村に移住してきた子がしぶっているらしい。


 久しぶりの天神なので、多少のオシャレとメイクをすると、村の外れにある共用車置き場に向かった。その途中、村の人達をやたらと目にした。私はあまり村を出歩かないし、近所付合いもほとんどしていない。だから、先住の村人で仲の良い人もいないのだが、お店のお爺ちゃんを見つけたので声をかけてみた。

「お爺ちゃん」
「おぉ、あんたは確か、前に店に来た。そうか、この村に住んどったとね」
「今日、何かお祭りでもあるの?」
「まぁ、そうやな。似たようなもんたい。あんたも参加するね」
「いやいや、私用事あるんで。それじゃね」

 お爺ちゃんたちは、村の外れにある集会所のような建物に集まっているようだった。興味あると思われて、一度でも参加してしまえば面倒くさいことになりそうなので、さっさとその場を離れて車置き場へと向かった。

 久しぶりの福岡市内は、当たり前だが人で溢れかえっていた。村では絶対に食べれないだろうスイーツのお店に入り、とりとめのない話を数時間した後、年末はカウントダウンのイベントに行こうと約束して別れた。


 村に戻ると、まだ集会所には灯りがついていた。車から降りて歩いていると、集会所の方から、奇妙な声が微かに聞こえてきた。最初は歌かと思ったのだが、聞いたことのない感じで、唸り声とでもいうのだろうか、少し不気味な感じがした。

 聞いてはいけないものを聞いたような気がして、小走りに家に急いだ。

 年末年始は友達とカウントダウンのイベントと旅行で村を離れていた。

 私には家族はいない。小さい頃に親戚の家に預けられたという私は、両親の顔も知らない。親戚だと言う老夫婦は実の娘のように扱ってくれたし、私もそう思っていた。

 小学生の頃、苗字が違うという事が普通ではないと知った時、初めて私はどこかに本当の親がいるという事を理解した。それでも会いたいとは思わなかった。家庭環境に対して特に不満がなかったし、自分を捨てた両親に対して興味もなかった。ただ一度だけ、苗字を変えたい。一緒にしたいとお願いしたことがある。

 しかし、義父は哀しそうな顔をして首を横に振っただけだった。それから、同じ話題を口に出すことはなくなった。

 そんな義父も私が大学生の時に亡くなった。その半年後、義母も後を追った。そして、私に身寄りはいなくなった。義母は亡くなる前、病床で私名義の預金通帳を渡してくれた。そこには、定期的に入金がされており、それなりの金額が残っていた。まぁ、それも今では、ほとんど底をつきかけているのだが。


 年が明けて村に帰ってきた私は、遊び疲れて昼過ぎまで寝ていたところを、テンションの高い桐谷さんの訪問を受けた。

「あけましておめでとぅ!」

 そういって桐谷さんは、手にいっぱい抱えたビニール袋を渡してきた。中を覗くと、タッパーに詰められた筑前煮や玉子焼きが見えた。

「どうしたんですか、これ?」
「おせちよ。作りすぎちゃったから、お・す・そ・わ・け」
「おもてなし、みたいなノリで言わないでもいいですから」
「一人で食べるのも味気ないでしょ。そうそう。それより、ちょっと聞いてよ。何だか、妙な事になってるの」
「妙なこと?」

 そう言うと、桐谷さんはズカズカと家に上がり込んできた。この人のペースに乗せられると負けだ。

「ほら、今年って統一地方選挙の年でしょ」
「そうなんですか?」
「そうよ。だから、この村でも村長選挙が行われるの。でもね、こんな小さな村の場合、だいたい候補が一人しかいなくて、そのまま当選、みたいになるんだけど。どうも、対立候補が立ちそうなんだって」

 桐谷さんはテキパキとタッパーの中身をお皿に盛りつけ、さらにビールの缶を並べていった。

「こんな狭い村で、村長候補が二人も出るんですかね?」
「まだ噂だけどね。まぁ、実際この村をここまで便利にしたのも、今の村長の手腕なわけだし、便利になって人口も増えてるんだから、反対する人なんていないでしょうけどね」
「それもそうですよね」

 桐谷さんの作ったおせち料理はお世辞抜きに美味しかった。久しぶりに食べる、家庭の味というやつだ。もっとも、桐谷さんに家庭があるのか、あったのかは知らない。いがいに、自分の事は話さない人だ。

「田舎で食べるおせち料理って、何かいいですね」

 こうして、私はこの村での初めて迎える正月を、飲んだくれて過ごした。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...