山鹿キリカの猪鹿村日記

伊条カツキ

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猪鹿村日記 その6

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「二人って、そんなに少なかったんですか?」

 自分も行かなかったから、言える立場ではないが、二人というのはあまりにも少なすぎる。移住してきた人は、少なくとも二桁はいるはずだ。

「そうなのよ。まぁ、私達みたいなフリーの仕事してる人って、夜型の人間多いからねぇ。予想はしてたんだけど」

 確かに、農業をしている人は夜に働くという事はあまりないだろう。そういう意味では村人と移住してきた人の生活のスタイルは真逆なのかもしれない。

「そういえば村の人って、年寄りばかりじゃなかったですか?」

 この村に下見に来た時も、引っ越しの時も、あまり若い人を見かけなかったし、こんな何にもない村に、移住者以外で若者がいるとは考えにくかった。

「若い男なら、二人いたわよ。一人は村長の秘書みたいな感じだったけど」
「あの村長も来てたんですか?」
「来ないわけにはいかないでしょ。そりゃぁ気まずかったわよ。村長の政策で村に呼んできた移住者の人達が、二人しかいないんだもの」
「もう一人は、どんな人だったんですか?」
「博多駅での説明会にはいなかったから、県外から来た人じゃないかしら。小太りの男性で、4,50代かしら?」

 桐谷さんが言うには、その小太りの中年男性は慣れた感じで村の人達の中に溶け込んでいたらしい。

「その秘書みたいな男の人が気使ってくれてね、何かと話相手になってくれたから助かったけど」
「なんか、すいませんでした」
「どうしてキリカさんが謝るの」
「いや、私も行ってないから」
「来なくて正解だったかもよ。大変だったんだから」
「大変?」
「ええ、それがね……」

 移住者の参加者は二名しかいなかったものの、お酒が進んでそれなりに宴も盛り上がり始めた頃、参加していた村の有力者と思える女性が村長と喧嘩を始めたという事だった。

「喧嘩、ですか?」
「私もよくわからないんだけどね、最初は仲良く飲んでたんだけど、急に口論になって」
「どんな内容だったんですか?」
「村の伝統がどうとかこうとか」
「伝統、なんですかそれ?」

 要約すると、こういうことらしい。私達移住者も村の一員になるのだから、積極的に村の行事などに参加して欲しい。特に高齢化が進んでいるこの村では、若い働き手は貴重だと。

「行事って、具体的にはどんなんですか?」
「梅田さん。あっ、私ともう一人いた男性の方なんだけどね。その人が言うには、田植えとか畑の収穫のお手伝いじゃないかって。田舎の集落なんかではよくあるらしいわ。お互いに困った時は助けあう相互扶助の仕組みがあるんですって」

 農業は時期が大切らしい。特に収穫などは、一日の遅れが品質に大きく影響もする。台風なんて来れば、一日の遅れで半分以上がダメになることもある。だから、そういう時はみんなで農作物を守る為に協力するという。

「それって給料でるんですかね?」
「それが、出ないんですって」
「はぁ、ありえないでしょ!」

 タイムカードを押せとまでは言わなくても、何かしらの労働の対価は貰わなければ割に合わない。私達は無料の労働力として、この村に移住してきたわけじゃないのだ。

「私、そんなの絶対出ませんよ」
「それはそうよ。それでね、その場で村長が、新しく来た人に村の伝統を押し付ける必要はないって言いきっちゃったの。そしたら、村の人達の顔色が変わって」
「祭りとかも、見るのはいいけど、参加したくないです」
「私だってそうよ。そんな暇あったら、仕事しないとね」

 桐谷さんの言う通り、クラウドワーカーは仕事の単価が低いぶん、量をこなさなければいけない。働かなければ、それはそのまま収入に直結するのだ。お金にならない労働をしている暇なんて無い。

「あっ、そういえばですね。こんな仕事依頼が来たんです」

 ここ猪鹿村での生活の記事執筆依頼の案件が来たことを話すと、桐谷さんは目を丸々させた。

「私にも、同じような案件が来たわよ」
「そうなんですか? あれっ、そもそも桐谷さんって何の仕事してるんですか?」
「私? 私は元システムエンジニアでね。主に携帯アプリの開発をてがけてたのよ」

 人はみかけによらないとは、まさにこの事だ。

「それで、どんな案件だったんですか?」

 桐谷さんに来たのは、ここの村人専用のアプリ開発の依頼だったそうだ。そんな利用者が限られたアプリを作って、どうすると言うのだろう。そんな疑問を問うと、いがいな答えが帰ってきた。

「あら、クローズドのアプリなんて珍しくもなんともないわよ」
「えっ、そうなんですか?」
「福岡の球団なんて、選手専用のiphonとアプリが支給されてて、成績とか詳細なデーターがいつでも確認できるようになってるのよ」
「知らなかった……」
「今はスポーツだってデーターとハイテク機器をいかに使うか、なのよ」

 Iphonを日本で最初に発売した会社が持っている球団なのだから、そのあたりは最先端の技術を取り入れているのだろう。その膨大なデーターが選手の育成やチームの強さに反映されているのかもしれない。

「おそらくだけど、集めたクラウドワーカー達に村関係の仕事を振っているんでしょうね。技術の地産地消ってとこからしら」
「あの村長、いったい何がしたいんでしょうね」

 この時の私にとっては、村長なんて遠い存在でしかなかったし、まさか自分がかかわるようになるなんて、夢にも思わなかった。




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