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出会い

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ここ、ビークイーンの世界だ。



そう思った時には、間に合わなかった。



キキーッ!!
ドサッ



走っていた私にぶつかる前に、飾りから彩りまで荘厳な馬車が急ブレーキをかけて止まった。



道のど真ん中を走っていた遅刻イベ中のヒロインに、馬車を急がせていた悪役令嬢が危ないからと説教をするシーン。



ゆっくりと音もなく開かれた乳白色の扉から、美しいブロンズの縦ロール……ではなく。



長い箇所でも顎下くらいまでしかなく、ふんわりと短く仕上げられたボブの女性。



豊満な胸、細く華奢……ではなく、細いがしっかりとした腰のくびれ、制服の上からでもわかるすらりとした脚。



人形のような美貌は美しく、可愛さの頂点であるはずなのに甘い印象をまったく抱かない。



むしろ、優しげな笑みと凛々しい雰囲気が至高の美青年に仕上げている。



凝った細工のピアスを陽の光で煌めかせ、宝石のような角度を変えれば様々な青色を見せる瞳が、通りがかりの精霊すら魅了するようだ。



そんな美の結晶が、口を開いた。



紡がれるのは、罵倒か、説教か。



そう身構えていた私に降ってきたのは、心配そうに無事を確認する声と、彼女自身。



「大丈夫かい?」



えっ?



私が驚く頃には、彼女は馬車から飛び降りて恐怖で腰の抜けた私を姫抱きにしていた。



「ひぁっ」



「すまない、制服を汚してしまったようだ。



こんな事もあろうかと、Aタイプの制服も各サイズ用意してあるんだ。



ぜひ使ってくれ。



こちらはクリーニングに出したのち、すぐにでもお返しすると約束しよう」



にっこり。



人の良さそうな笑みを浮かべて、気遣いだけの裏のない言葉を並べた彼女。



この凛々しい女性が、なぜあのお堅い悪役令嬢と重なるのだろう。



けれど、それは些細な事だ。



今はただ、この頼れる貴族様の腕の中にいるという幸せを噛み締めたい。



「さあ、乗って」



「はい…」



このあと、お互いに自己紹介をしたところ衝撃の事実が判明した。



あの規格外悪役令嬢アンドレ=キャロライン=デルタは、この世界ではアンドリュー=キャロライン=デルタという名前だったのだ。



そして、彼女が嬉しそうに言ったその言葉で更なる衝撃の事実を知る。



「君も私も、同じイニシャルだ。



なんだか運命を感じるよ」



そう、目の前の悪役令嬢がアンドレだろうとアンドリューだろうと、D.Aというイニシャルであることは変わらないのだ。



これは、ビークイーン製作者側に何らかの意図があったと思っていいんじゃないか。



イケメンとふたりっきりの楽しい馬車の最後の会話は、そう探る私の目を彼女が叡智の顕現と表現したついでに、ラプンツェルほどではないが長いピンクブロンドや桃色の瞳を全女性の憧れだろうと褒めてくれたものだった。



あぁ、アンドリュー様が攻略対象者なら、もしかしたら強制力が働いてくれたかもしれなかったのに。



そう残念に思ったのは、私の立場がたとえ私じゃなくとも、同じことだっただろう。


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