新説 六界探訪譚

楕草晴子

文字の大きさ
上 下
122 / 133
14.第六界

6

しおりを挟む
 そっか。あの広場だ。
 出店は無いし、地面は相変わらず基板で埋め尽くされてるものの昼間にイベントやってる状況と何となく被る。
 さっきまでと違って上に銅線とかがない分、上空が開けてて見た感じが近かった。
 ここは二谷堀駅。
 でも、こっから先は?
 桜の木々の向こう側は多分暗闇だ。
 一応あの辺ーーいつもスーパーに行く方向ーーは道ありそうだな。
「取り敢えずあの三角のやつの周り、ぐるっと回ってみる?」
「そうだな」
 真ん中のそれの側に行くべく、近付いた。
 ぶっピッ
 コウダも俺も足の動きを停止させた。
 またあの電子音。
 たったらーったたーらたったらーったたーら
 運動会の入場曲のアレだ。
 でもイントロだけで止んだ。
 イントロクイズかよ。テストに出るかもって思ったりしたけど、だからって露骨だ。
 自分の記憶力に愚痴ってると、代わりに明らかに今迄のとは違う、生演奏っぽい音がちょっと遠いとこから聞こえてきた。
 …笛だ。
 リコーダーとかじゃなくて、日本のやつ。
 あと、あの金属のやつ叩く音と、太鼓の音。
 今鳴ったの、鈴か?
 足音がする。
 音のリズムに合わせ、凄い数の足音が。
 多分一つ一つは大きな音じゃない。
 小さな小さな音が合わさり、集団の音になって。
 それはスーパーの向こう側からやってきた。
 先頭がプラカードを持ってる。
 そこにはでかでかと、その集団のコンセプトが書かれていた。
『踊らにゃ損ソン』
 わかりやすっ!
「お前阿波踊りすんの?」
「全然。
  じいちゃんが好きだったんだ。
  親父はできるらしいけど見たことない」
 最後に見たのももう随分前なんだけど。
 あー、そうそう。こんな感じにわーっと来て、わーっと居なくなる感じだったな。
 今まだわーっと来てるとこだけど。
 でもなぁ。踊り連の人達なんてそんな覚えてないけど、少なくとも衣装は全員揃ってたはず。
 こんな普段着とかちぐはぐじゃ…。
 いや、違う。
 プラカードを持つチャイナ服で丸っこい顔の中国人ーー一昔前の中華料理屋の看板に書かれるような、嫌味なぐらいテンプレのーーらしき男は満面の笑み。
 その胸に、でかでかとゼッケンが付けられている。
 『ア』の文字。
 向こうの女子は。あと、あっちにいるのは。
 この集団…。
「あの『ア』ってでっかく胸に書いてあるやつ、何?」
 コウダは疑問に思ったらしい。
 そりゃそうだ。現実にあんな変な格好の人いないから。
 こんな時でも危機管理を忘れない。泥棒の鏡だな。コウダ。
 でも安心して欲しい。この人そんなんじゃないから。
 この人のことは、全部知ってる。
 訳知り顔で説明できた。
「『ア』さん」
 コウダが変な顔になる。
「昔っからずーっと、俺より名簿順で前になる奴いないかなーと思ってて」
 アとイとウが繋がってる俺の名字。俺が2番になるのは絶望的。
 日本人の苗字だと一文字ってまず有り得ない。
 でも中国系なら。現に呉さんは『ゴ』で1文字。
「『ア』さんならいるんじゃないかなーって。阿部の『阿』とか…。
 今んとこ空想止まりだけど。
 あっちの女子は同じ感じで『アイ・山本』さん。
 ハーフ設定で」
「その『アイ』は名前なんだから名簿順は『ヤマモト』の『ヤ』だろ」
 しまった! そうじゃん!
 今の今まで必死すぎて気が付いてなかった。
 ああー、じゃあ名字が『アイ』じゃないとダメなのか…。
 勝手にはっとして勝手に落胆してる俺に、コウダはなんか言いたそうだ。それも凄く。
 機を取り直そう。
 アイさんの後ろは現実にいる。向井。
 あっちは八百屋のおっちゃん。向こうは魚屋の。
 矢島に、四月一日に、佐藤に、武藤さんでしょ? 鈴木でしょ?
 あっちは確か…親父の会社の人で、一回家に来たことある。
 向こうはえっと…そうだ。スーパーのレジの人だ。
 安藤さん、弐藤さん、川藤さん。
 げ、ホームベース。恵比須にチビメにイワさんに。
 あれは…『中』で見た緑のモヒカン。バーコード。
 ああ、あれ、保育園のまりちゃん先生でしょ。あっちは弐藤さんのお父さんとお母さん。
 おっと佐藤の『中』で走ってたマンガキャラもいるし、綿部さんも、あのかぐや観光のアバターも。
 コンビニの店員、エーッシャさん、田中、着物姿の御婦人。山田と山田さんと?
 みんな笑ってる。
 宵中霊園の運動会みたい。でも。
 違うのは、全員が俺達のほうを可能な限りガン見してること。
 目が笑ってないこと。
 全員裸足ってこと。
 そして列で踊る全ての人に、何かしら覚えがあること。
 俺が過去に見たり想像したりした人、全部いるんじゃね?
 物凄い人数が、5人1列で押し寄せる。
 一糸乱れぬ隊列。
 人も変だけど、阿波踊り的にもちょっと変だ。
 男の踊り方と女の踊り方が違うはずだけど、男女の踊り方はごちゃごちゃ。
 先頭の列から2~3列ずつで男踊りと女踊りに別れて交互になってる。
 何より一番変なのは、皆が片手に持ってるものが、団扇・提灯っていう定番アイテムじゃないこと。
 てかさ…。
 よりによってなんで中身満タンのケチャップのポリ容器なんだよ。
 スーパー近いから?
 初めてコウダに会ったあの日偶々買いに行ってたから?
 自分の深層意識が醸成したアニバーサリー感。
 恥ずかし過ぎだった。
 顔から火が出そうになってると、うんざりしたような声色でコウダが魅力的な提案を示してくれた。
「これ、見なきゃいけないわけじゃないなら、向こうの隊列が来たほう行ってみるか?」
 なるほどね!!
 完全に乗り気で列が来た向こうの方を覗き見た時、隊列が急に崩れ出した。
 こっちに来る。
 しかもリズムを無視した、高速阿波踊りで。
 うわわわわっ!!
 阿波踊りの顔見知りの面々は背後に回り込み、俺とコウダを一緒くたに灰色の四角錐に寄せていった。
 待て、おい。
 ちょ、待てってば!!
 俺の『中』の癖に俺の意思ガン無視かよ!
 ぐいぐいと押し出され、つっかえつっかえ歩いていく。
 いつの間にか用意されてる俺んちのダイニングテーブルと椅子。
 テーブルにはガラスビンに薔薇の花。
 安藤さんの『中』で見たあのみっしりした花は、胡麻油のガラス瓶から伸びる茎の先で生き生きと咲いていた。
 スポーツウェアっぽい服にスポーツキャップを斜めにかぶったお兄さんと、警備員のおばさんが椅子を引いている。
 座れってことか?
 止むことがない後ろからの圧力。
 罠でも、そこに座るしかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。 実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので! おじいちゃんと孫じゃないよ!

富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜
キャラ文芸
東大医学部卒。今は港区の大病院に外科医として勤める主人公。 親友夫婦が突然の事故で亡くなった。主人公は遺された四人の子どもたちを引き取り、一緒に暮らすことになった。 資産は十分にある。 子どもたちは、主人公に懐いてくれる。 しかし、何の因果か、驚天動地の事件ばかりが起きる。 幼く美しい巨大財閥令嬢 ⇒ 主人公にベタベタです。 暗殺拳の美しい跡取り ⇒ 昔から主人公にベタ惚れです。 元レディースの超美しいナース ⇒ 主人公にいろんな意味でベタベタです。 大精霊 ⇒ お花を咲かせる類人猿です。 主人公の美しい長女 ⇒ もちろん主人公にベタベタですが、最強です。 主人公の長男 ⇒ 主人公を神の如く尊敬します。 主人公の双子の娘 ⇒ 主人公が大好きですが、大事件ばかり起こします。 その他美しい女たちと美しいゲイの青年 ⇒ みんなベタベタです。 伝説のヤクザ ⇒ 主人公の舎弟になります。 大妖怪 ⇒ 舎弟になります。 守り神ヘビ ⇒ 主人公が大好きです。 おおきな猫 ⇒ 主人公が超好きです。 女子会 ⇒ 無事に終わったことはありません。 理解不能な方は、是非本編へ。 決して後悔させません! 捧腹絶倒、涙流しまくりの世界へようこそ。 ちょっと過激な暴力描写もあります。 苦手な方は読み飛ばして下さい。 性描写は控えめなつもりです。 どんなに読んでもゼロカロリーです。

異世界無知な私が転生~目指すはスローライフ~

丹葉 菟ニ
ファンタジー
倉山美穂 39歳10ヶ月 働けるうちにあったか猫をタップリ着込んで、働いて稼いで老後は ゆっくりスローライフだと夢見るおばさん。 いつもと変わらない日常、隣のブリっ子後輩を適当にあしらいながらも仕事しろと注意してたら突然地震! 悲鳴と逃げ惑う人達の中で咄嗟に 机の下で丸くなる。 対処としては間違って無かった筈なのにぜか飛ばされる感覚に襲われたら静かになってた。 ・・・顔は綺麗だけど。なんかやだ、面倒臭い奴 出てきた。 もう少しマシな奴いませんかね? あっ、出てきた。 男前ですね・・・落ち着いてください。 あっ、やっぱり神様なのね。 転生に当たって便利能力くれるならそれでお願いします。 ノベラを知らないおばさんが 異世界に行くお話です。 不定期更新 誤字脱字 理解不能 読みにくい 等あるかと思いますが、お付き合いして下さる方大歓迎です。

異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】

ちっき
ファンタジー
異世界に行った所で政治改革やら出来るわけでもなくチートも俺TUEEEE!も無く暇な時に異世界ぷらぷら遊びに行く日常にちょっとだけ楽しみが増える程度のスパイスを振りかけて。そんな気分でおでかけしてるのに王国でドタパタと、スパイスってそれ何万スコヴィルですか!

人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖
ファンタジー
アーリア戦記から抜粋。 帝国歴515年。サナリア歴3年。 新国家サナリア王国は、超大国ガルナズン帝国の使者からの宣告により、国家存亡の危機に陥る。 アーリア大陸を二分している超大国との戦いは、全滅覚悟の死の戦争である。 だからこそ、サナリア王アハトは、帝国に従属することを決めるのだが。 当然それだけで交渉が終わるわけがなく、従属した証を示せとの命令が下された。 命令の中身。 それは、二人の王子の内のどちらかを選べとの事だった。 出来たばかりの国を守るために、サナリア王が判断した人物。 それが第一王子である【フュン・メイダルフィア】だった。 フュンは弟に比べて能力が低く、武芸や勉学が出来ない。 彼の良さをあげるとしたら、ただ人に優しいだけ。 そんな人物では、国を背負うことが出来ないだろうと、彼は帝国の人質となってしまったのだ。 しかし、この人質がきっかけとなり、長らく続いているアーリア大陸の戦乱の歴史が変わっていく。 西のイーナミア王国。東のガルナズン帝国。 アーリア大陸の歴史を支える二つの巨大国家を揺るがす英雄が誕生することになるのだ。 偉大なる人質。フュンの物語が今始まる。 他サイトにも書いています。 こちらでは、出来るだけシンプルにしていますので、章分けも簡易にして、解説をしているあとがきもありません。 小説だけを読める形にしています。

錬金術師カレンはもう妥協しません

山梨ネコ
ファンタジー
「おまえとの婚約は破棄させてもらう」 前は病弱だったものの今は現在エリート街道を驀進中の婚約者に捨てられた、Fランク錬金術師のカレン。 病弱な頃、支えてあげたのは誰だと思っているのか。 自棄酒に溺れたカレンは、弾みでとんでもない条件を付けてとある依頼を受けてしまう。 それは『血筋の祝福』という、受け継いだ膨大な魔力によって苦しむ呪いにかかった甥っ子を救ってほしいという貴族からの依頼だった。 依頼内容はともかくとして問題は、報酬は思いのままというその依頼に、達成報酬としてカレンが依頼人との結婚を望んでしまったことだった。 王都で今一番結婚したい男、ユリウス・エーレルト。 前世も今世も妥協して付き合ったはずの男に振られたカレンは、もう妥協はするまいと、美しく強く家柄がいいという、三国一の男を所望してしまったのだった。 ともかくは依頼達成のため、錬金術師としてカレンはポーションを作り出す。 仕事を通じて様々な人々と関わりながら、カレンの心境に変化が訪れていく。 錬金術師カレンの新しい人生が幕を開ける。 ※小説家になろうにも投稿中。

美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう
ファンタジー
いつもと変わらない日常が一変するのをただの会社員である芽依はその身をもって知った。 世界が違った、価値観が違った、常識が違った、何もかもが違った。 意味がわからなかったが悲観はしなかった。 花嫁だと言われ、その甘い香りが人外者を狂わすと言われても、芽依の周りは優しさに包まれている。 そばに居るのは巨大な蟻で、いつも優しく格好良く守ってくれる。 奴隷となった大好きな二人は本心から芽依を愛して側にいてくれる。 麗しい領主やその周りの人外者達も、話を聞いてくれる。 周りは酷く残酷な世界だけれども、芽依はたまにセクハラをして齧りつきながら穏やかに心を育み生きていく。 それはこの美しく清廉で、残酷でいておぞましい御伽噺の世界の中でも慈しみ育む人外者達や異世界の人間が芽依を育て守ってくれる。 お互いの常識や考えを擦り合わせ歩み寄り、等価交換を基盤とした世界の中で、優しさを育てて自分の居場所作りに励む。 全ては幸せな気持ちで大好きなお酒を飲む為であり、素敵な酒のつまみを開発する日々を送るためだ。

グーダラ王子の勘違い救国記~好き勝手にやっていたら世界を救っていたそうです~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
ある日、ティルナグ王国の自堕落王子として有名なエルクは国王である父から辺境へ追放を言い渡される。 その後、準備もせずに木の上で昼寝をしていると、あやまって木から落ちてしまう。 そして目を覚ますと……前世の記憶を蘇らせていた。 これは自堕落に過ごしていた第二王子が、記憶を甦らせたことによって、様々な勘違いをされていく物語である。 その勘違いは種族間の蟠りを消していき、人々を幸せにしていくのだった。

処理中です...