新説 六界探訪譚

楕草晴子

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6.第三界

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「おい、なんとか言えよ!」
 やばい。演説に聞き入ってて声が段々でかくなってたことに全く気付いてなかった。
 佐藤に追われて俺二号ともども元々佐藤がいた記念撮影スポットに戻ってる。
 声がデカいのもあるけど、今の一言が俺に直接言ってるように聞こえる。
 実際の佐藤は俺二号に詰め寄り、今にもつかみかかりそうだった。
 佐藤、たぶんその俺二号が俺そっくりの出来なら、お前の叫びに答える能力ないぞ。
 お前だって分かってるはずだ。
 多分『…?』か『どうやってこいつから逃げるか』、このどっちかでいっぱいいっぱい。
 第三者的に聞いてた俺でさえ、だいたい当たってそうっていうざっくりしたところと、佐藤も俺と同じおっぱい星人だってことぐらいしか理解できなかった。
 あれだけ女子引きつれておいて、安藤さんにも目つけているなんて。
 今の話自体、武藤さんあたりに聞かれてたらちょっとした修羅場じゃないのか?
 コウダはいつの間にか俺から5歩くらい離れた場所に移動してゲートを取り出している。
 俺も向こうに行かないと。今ならまだ。
「あっ、武藤さん!!」
 普段の佐藤でも『中』の佐藤でもない声。
 俺二号から発せられた、普段聞きなれない俺の声だった。
 佐藤が俺二号の指差した方を振り返る。
 やっぱ俺二号。ここで武藤さんの名前を出すとは。
 が、言うや否や、ソイツは向こうではなくこちら側に走ってきた。
 予想通り逃げることしか考えてねーーー!!
 よりによってなんでこっちなんだ。
 広場側に逃げりゃいいじゃんかよぉ!
 最高速度でやってくる俺二号。
 高台になっているあの植え込みから降りると、真っ直ぐに俺を見つめた。
 おいおい、手引きにあったダメパターンそのまんまだろ。
 俺がこの世界に2人。
 不整合。
 まてよ。てことはあいつもこっちに来るパターンじゃね?
 体は本能で動いた。
 数歩の距離を全力で走ってコウダの横へ。
 でも俺二号との差は全く縮まらない。 
 だよネーーー。
 俺二号も俺だもんネーーー。
「出るぞ!」
 コウダの横で貼りかけたゲートを見る。
 そして後方確認。
 俺二号は目の前。
 そしてそのまま俺に突進。
 コウダを巻き込んで俺をその場に押しつぶした。
「あっ」
 コウダがゲートをうまく貼れなかったようだ。俺の下敷になったゲートを引き抜いている。
 もう俺二号は退いたのか? 最初三段重ねだったから俺二号の下敷と言ってもいいか。
 いや、俺らの下敷?
 同じ人間が二人いるとややこしい!
 そのまま普通にしゃがみ直してるからコウダに怪我はないらしい。
 俺も姿勢を立て直さないと。よっと。
 そしたら丁度俺の顔の前にあった。
 俺二号の顔。
 …殺される。
 俺二号の瞳の中に、俺が写っていた。
 俺二号は俺の顔から視線を外す。
 ん?
 でもって後ろをチラッと見る。
 俺もそっちを見る。
 佐藤が来ていた。
 そして俺二号は、俺の顔を再び見て。
 親指を立ててグッと握るジェスチャーをすると。
 そのまま無言で走り去った。
 あいつ押し付けて逃げやがったなぁぁぁあぁあああアアあああ!!!!!!!
「貼れた!!」
 コウダは言うと同時に下半身をゲートにすべり込ませている。
 佐藤は!?
 いた。
 俺から約1m。
 初めてだ、あんな佐藤。
 顔が真っ赤。
 ただでさえデカい目が見開かれているとああも迫力があるか。
 背後から『ゴゴゴゴゴ…』とかってなんか出ててもおかしくない。
 おかしくないどころかむしろノー背景の今よりもそのほうがしっくりくるっていうか。
 その佐藤は俺二号から目を離し、瞬きもせず俺を凝視している。
 やばいやばいやばいやばいやばい!!
 コウダはもう出た。
 あとは俺。
 下半身をゲートに突っ込む。
 佐藤が左足を踏み込んだ。
 地面に手を付けて肘を曲げる。
 脚はゲートの外で廊下に着地出来たか?
 くそっ、もうちょい。
 入ったのは腰くらいの高さだった。まだつま先しか。
 でも貼ったゲートは地面すれすれで垂直。
 上半身と頭も地面に突っ伏したような姿勢になっている。
 ちょっとだけ首を上げて『中』を見上げた。
「ちょろちょろするのもお前で」
 佐藤の片脚が見えない。
 ってことは後ろに引いてる?
 俺の頭、思いっきり蹴る気か。
 空手とテニスとその他スポーツ諸々で鍛えた佐藤の脚力によるキック。
 当たったら首の骨折れる。
 今回は自力脱出するんだ俺!!
「『侵入者』もお前かよぉぉおおお!!!!」
 佐藤は右足を引いて斜めから蹴り出した。俺の頭に向かって。
 ほぼ同時に曲げた肘を全力で伸ばし、後ろに上体を移動させた。
 佐藤の足はゲートの中、俺の頭があったところを空振りしている。
 ゲートの貼られたその向こうには、男子便へと消える佐藤が見える。
 コウダがジッパーを閉めると、放射状に伸びる線と赤い点が浮かんでいた。
 戻ってきた。
 ぺりっとゲートを剥がしたコウダ。体の砂を払っている。
「もう俺行くから。お前も教室戻る前に砂はらってから行けよ。
  事後のあれこれは明日またいつもの時間と場所で」
 俺が砂を払いだすと、コウダは階段を下っていった。
 男子便は佐藤だけだろうか。物音もしない。
 東京駅じゃなくて、いつもの学校だった。
 戻るか。
 そう思って体を返したものの、足が重い。
 そりゃそうだ。1時間みっちり走り回ったんだから。
 まだ午後授業あんだよな。最悪。
 教室のドアをあけると冷房の効いた空気が涼しい。
 矢島と四月一日はもう弁当をしまっていた。
「おかえり」
「ただいま」
「アイちゃんなんか疲れてない? 便所でそんな頑張った?」
 頷くのが限界だった。
「調子悪いんだったら無理は禁物だよ。てかデコのあれは?」
 四月一日の優しい言葉はほぼ耳に入らず机に突っ伏する。
 枕にすべく出した腕に傷が当たった。痛てて。
「もー。いわんこっちゃない」
 ポケットから脱脂綿を取り出し、デコに貼り直し。
 その後、昼休みの残り全てを睡眠に割り当てたにもかかわらず、午後の授業全てで居眠りをかまし、その全てで教師に声をかけられたのはまた別の話だ。
 それらの居眠り群は全てバレなかった。
 よかった。
 今日までの一週間ツいてた。
 アウトにならず、スリーアウトにならず、ゲームセットにもならず。
 ああそうだ、あと一個あった。
 佐藤のあの叫び。分かってすげえすっきりした。
 やっぱ、うんこだったんだな。
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