BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている

青緑三月

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<ジルベール>シリアス ルート

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『ウサギしゃん……』
『――様』
 しゃくりあげる子供の声と、静かな動揺を乗せた声が聞える。
 ぼやけていた視界が、少しクリアになって静かな人の姿が見えてきた。線の細い女の人かと思ったけれど、手の骨格で男の人だと分かる。ただ顔はよく分からない。

『ただいま! 泣いてるのか?』
『――様』
 扉が勢いよく開く。視線を向ければ両腕を広げた男の人がいた。同じように、顔は見えない。
 勢いよく開いた扉の音に、びっくりしたんだろう。子供の泣き声が、ぴたりと止んだ。

  ―― さっきから、気になるな
 きっと名前を呼んでいるのだろうけれど、聞えない。ただ語尾に、様という敬称が必ずついている。地位があるか、金持ちか。どっちかだろうと思うのだけれど、家の中であろう室内に豪華さはない。そこそこ広さはあるけれど、金持ちという感じはしなかった。

『どうしたんだ?』
『ウサギしゃんが、死んじゃった』
『あの雪で作ったウサギが、溶けてしまいまして……』
 屈んで子供と目線の高さを合わせてから、男の人は穏やかに声をかけてくる。それにまた涙声になった子供が、応えて返す。子供に聞えないように配慮してるのが分かる小声で、細い男の人が耳元で呟くのが聞えた。

『そうか。なあ――ウサギしゃんは、死んでないぞ。ウサギしゃんは、氷のウサギしゃんになったんだ』
 笑みを向けられた気がした。見えないけれど、優しく子供に向かって微笑んだように感じる。
 10センチくらいだろうか。少し離して合わせた両手から、丸い球体の水が現れた。どうやら水の適性を持つ人らしい。まばたきをする程度の時間で、氷に変化した水は兎の形になる。

『うさぎしゃん!』
 嬉しそうに子供が、兎に手を伸ばす。子供の声に反応するように、動いた兎が子供の腕に抱かれる。

『あっ、待って!』
 腕から飛び降りて掛けだした兎を、追いかけて室内を駆け回る。とても楽しそうだ。

 ―― すごい人だな
 水から氷に変化させる時間と、氷を兎の形にする時間がとんでもなく早い。それに兎の動きに、不自然さが全くない。作った兎になにか術を施しているのか、氷の兎は子供から一定以上の距離を開けることはせずに動いている。あと子供が危なくないようにか、家具とかぶつかりそうなものからは距離をとって動いていた。

 ―― 俺もこんな風に出来たら良いな
 ジルベールに協力してもらっても、ぎこちない蝶の動きを思い出す。こんな風に出来たら嬉しいけれど、モブのレベルを考えたらここまでなのかも知れないと思う。でもどこか諦めきれなくて、もっとレベルを上げたいと強く思った。



「……ジルベール?」
「お目覚めかな」
 いきなり景色が変わった思ったら、ジルベールと目が合う。兎を追いかけてはしゃぐ子供も、他の二人も何処にもいない。机を挟んで、微笑むジルベールがいるだけだ。
 鈍い思考でどういうことかと考えて、寝ていたのだと気づく。
 どうやら寝落ちしていたらしい。

 ―― 夢か
 やたらとリアルな夢だった。色々とぼやけて聞えないものもあったけれど、空気とか雰囲気とかがすごくリアルに感じた。

「すまない」
「気にしないで、疲れていたんだろう?」
 夢のことは、置いておこう。まずはジルベールに、謝るのが先だと頭を下げる。
 なんせ寝落ちする前までジルベールに協力してもらって、この前作った蝶について意見をもらっていたからだ。色々と意見を聞いて考えて、ノートに書き留めている内に寝てしまっていたらしい。

 冷えるからと気遣ってくれたのか、ジルベールの上着も掛っている。協力を仰いでおいて、途中で寝落ちする。酷すぎるし申し訳なさ過ぎて土下座したくなったのを堪えて頭を下げると、いつも通り穏やかな声が帰ってきた。

 こいつは一度くらい俺に対して、怒ってもいい気がする。もしやあれか、唯一できた同性の友達を、怒ったら失うとか考えているのか。理不尽な怒りはごめんだが、正当なものはしっかりと受け止めるしそこまで器は小さくない。けど同性ボッチのジルベールには、そこらへんの加減が分からないのだろう。
 ―― よし、ちゃんと伝えよう

「ジルベール、ムカつくならムカつくと言っても良いんだぞ。それくらいで友達を止めたりしない」
「えっいや別に、君に対して腹を立てることなんてないよ」

 ―― いや、結構あったろ
 今までの自分の所業を思い出す。結構アレな気がするのだけれど、いつもジルベールは怒ることをしない。どうやらこいつの器は、そうとう大きいらしい。

「あのレイザード聞いてもいいかな」
「なんだ」
 ジルベールの器の大きさに感心していると、意を決したような顔をして声をかけてくる。なぜか聞き辛そうな雰囲気を出していた。

「構わない。なにを聞きたい」
「ウサギのこと好きなのかなって」
 なぜいきなり脈絡もなく兎の話題になるのか。頭を捻って考えて、嫌な結論に行き着く。

「ジルベール、俺はなにか寝言を言っていたか?」
「えっいや」
「はっきり言え」
「ウサギしゃんって……」
 嫌な予感は大当たりした。夢の中で子供に合わせてウサギしゃんウサギしゃんと、大人まで連呼するからだ。

「違う」
「うん」
 即座に、否定を返す。
 もの凄く気恥ずかしいし、輪をかけて気まずい。

「俺が言ったんじゃない」
「うん」
「笑いたければ笑え」
 目が僅かに細まっている。きっと腹を抱えて笑いたいのを、我慢しているのだろう。この際だ、盛大に笑われてやる。しょうがない全ては、寝言でウサギしゃんなんて発言した俺が悪い。

「あっ誤解しないでレイザード、馬鹿にしたわけじゃないんだ。嬉しくて」
「嬉しい?」
 全くもって意味が分からない。同性の友達が寝言で、ウサギしゃんなんて言うことのどこが嬉しい発言に繋がるのか。俺はジルベールが、そんな寝言を言っても嬉しくないぞ。

「うん君の知らない一面が、知れて嬉しいってだけ」
 理解できないが意味不明な寝言を、聞いたことがよほど嬉しいらしい。画面越しのイベントでみたら、ガッツポーズをしたくなるくらいの笑みを向けられる。

 ―― 謎だ
 いくら考えても、嬉しい意味が理解できない。だがジルベールが喜んでいるなら、それでいいかと納得はしないが考えるのを止めた。



 後日、なにを誤解したのかジルベールから、巨大な兎のぬいぐるみを贈られた。俺は兎を好きとも嫌いとも答えていない。 
 いや可愛い、確かに可愛いが。こんな巨大なぬいぐるみをもらって、狭い家の何処に置けというのか。

 抱きかかえるように持ち帰り、狭い玄関の扉に押し込めるように室内にはいり溜息をつく。
 いらないと言えれば、問題なかった。けれど少しだが目を輝かせたジルベールに、否とは言えずに受け取った。友達にプレゼント渡して、いらないと返された悲しいだろ。いくら俺が真性ボッチでも、それくらいは察することができる。

「なにか台を、作るか」
 巨大すぎてベッドに置けば、眠る場所がなくなってしまう。かといって床に置く気にもなれない。しょうがなくぬいぐるみを置くための台を、作ることにして術の構築を始めた。
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