BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている

青緑三月

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73話(ジルベール視点)

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 隣を歩けることが、すごく嬉しい。話しかけると顔を向けて、言葉を返してくれる。同じ時間を共有できることが、なによりの幸せに感じる。

 ―― あの人は、誰だろうか

  少し前の浮かれた気分が、冷水を浴びたようなものに変化する。
 微笑んでいるわけじゃない。なのにどこか優しげな雰囲気のレイザードに、焦燥がつのる。
 言葉にしなくても「ヴァル」と、呼んだその人を大切に想っているのが伝わってきた。

 ―― 痛い

  胸に走った痛みに、顔をしかめる。
 ちょっとした声の調子とか、視線の動きとかいつもと少しだけ違う僅かな差が、ヴァルと呼ばれたその人を特別だと言っている。

 ―― ああ、まずいな

 感情が、表情に出てしまいそうになる。ただでさえレイザードには、情けないところばかり見られているのにこれ以上の間抜けな自分を晒したくない。



『おまえは本当に好きな相手ができたら、苦労しそうだよな』
『いきなりなんだ』

 なぜだが昔に従兄に、言われた言葉が脳裏によみがえる。
 歳が五つはなれているせいか、子供扱いして揶揄ってくることが多かったあいつが嫌いだった。

『相手が寄ってくることあっても、自分から声をかけたことすらないだろう。勝手に好意を、向けられることはあっても向けたことがない。だから苦労するぞ。本当に思う相手が出来たとき、感情の整理を上手くつけられない』
『兄さん、止めなよ』

 穏やかだかれど、とがめるような声が聞こえる。
 生まれ育った環境が、同じでもこうまで違うのか。兄と弟であるはずの二人は、何もかもが正反対だった。

 あのときは年下の従弟を、からかう兄をいさめようとしてくれたのだろ。けれどいつものごとく、あいつの行動は変わらない。

『上手くいかないとき、相手に自分より大事にする誰かがいたとき、その事実を突きつけられたとき、湧き上がってくる感情を上手く処理できずに苦労する』
『兄さん、誰だって最初はそうだろう? 余計なお世話は、やめておきなよ』
『可愛い従弟に、優しく助言してやっただけだろう。怒るなよ』

 ―― うるさい

 思い出すだけでも腹が立つ。
 お前の言うとおりだったと、教えてやったら得意げな顔をするだろうあいつの顔が浮かぶ。

 ―― しょうがないだろう

 誰かを好きになった事なんてなかった。初めてなんだよ。振り向いてほしいって、好きになってほしいって、隣にいてほしいって思ったのは、レイザードが初めてだったんだ。

 大抵のことは、努力しなくても何でもこなせた。けど彼に関しては、全然ダメだ。格好いいって、思ってほしいのに真逆のところばかり見せている。
決定打になる言葉は、怖くて言えてないけれど態度で好意は示している。けど気づいてもらえない。

 脈があるなし以前の問題で、意識もしてもらえてない。けど何処かで、安心もしていた。彼の特別はいない。勝手に決めつけていた。自分が安心感を、抱くための思い込みだ。
 走った痛みに、拳を握りしめていた。 
 向けられたことのない瞳に、嫉妬が湧き上がる。

『優しい俺からの助言だ。頭で考えて駄目なときは、とにかく動け』
『……』

 散々に人をからかった後に、かけられた言葉に呆れを視線にのせて返す。

『うさんくさいものを見る目を、俺に向けるなよ。良いから聞けって。そのときが来たらって想像してみろ。お前が本気で好きになった相手が、別の誰かを全身で特別だって表現してる。けれど逆にお前は、まったく相手にされてない状況だ。
 その本気の相手が、出来るまで誰も本気になったことがないお前は湧き出た感情を上手く処理できない。
 困ったお前は、どんどん後ろ向きな考えに囚われてなにもできなくなる。そうなると、どうなると思う?』
『さあ』

 あのときはあいつの言葉が、心の底からどうでもよかった。ただ面倒くさくなって、ソファの背もたれに寄りかかる。

『最悪の事態が、訪れるんだよ。上手い対処ができないのに、頭の中でぐるぐる考えを廻らせて余計に落ち込んでいく。
 そんなことになってみろ。ただでさえ低い可能性が、ゼロになる。いいか勝手に自分を卑下して、可能性はないって諦めたら本当にそこで終わる。
 それよりはなんだろうが動いた方が、よっぽどマシだ。だからな意味のないこと考えて、沈んでないで動け。
 勝手に自己の中で完結させてる暇があるなら、相手の名の一つでも呼べ。側に行って同じ時を、過ごせ。まあお前は俺に似て、顔が良いからイヤな顔をする奴はそうそういやしないさ』

 よく回る口が、どうでも良い事を次から次へと紡いでいく。最後は自画自賛で、収束した。

 本当に、腹が立つ。いつもいつも子供扱いして、全部分ってるといわんばかりに言葉をつむぐ。顔に浮かんでいる余裕を現す笑みが、余計に腹立ちを募らせていく。

 ―― だけど

 苛立ちを覚えるけれど、現状はどうだ。全部あいつの言ったとおりになってるじゃないか。
 レイザードにとって、特別であろう人に嫉妬している。会話をしたこともない初めて見かけた赤の他人と、彼が話している姿をみてるだけだっていうのに感情が上手く処理できない。

 ―― 格好悪いな

 想いを告げる勇気もないくせに、彼と親しげに接する相手に嫉妬する。こんなことを考えてるって知ったら、レイザードはどう思うだろうか。

 ―― 呆れられてしまうだろか
 
「レイザード……」

 ―― その人は、君にとってどんな存在?

 嫉妬をにじませた言葉を、紡げるはずもなくなんとか絞り出したのは愛しい人の名前だけで―― 見せたい姿とはほど遠い、自分の情けない姿に心の中で溜息をついた。
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