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「買いすぎた……」
ずり落ちそうになった袋を抱え直す。袋の中に入っているのは、数冊の本だ。そこまで多くはないのだが、一冊一冊が分厚くてかさばるうえに重い。
ギルドの帰りに、外食して帰ろうとしたのだがつい本屋に足が向いた。本屋に行くと、出費がかさむのは分かっている。だからそこまで頻繁には行かないんだが、氷の置物の売れ行きがよくて余裕もあった。だから少しくらいならいいかと立ち寄ったんだ。
そろそろ本屋に寄ったら、少しくらいにならないのを学習すべきだな。そう大量の本を抱えて、本屋から出て来たとき思った。
重い、財布は軽くなったのに、反比例して本が重すぎる。このまま食事に行く気にもなれず、いったん本を置いてから出かける事にした。
いつもなら重くて嫌になるが、妄想にふけっていた俺は疲れ知らずである。
あと面白そうな魔物全集も買ったから、後で読むのが楽しみというのもあった。
この世界には、魔物が存在する。なんといってもファンタジーな世界だからな。でも町が襲われると言った、ダークな展開は存在しない。ここはダークファンタジーではないんだ。
この本のお勧めは、ドラゴンだ。見ているだけでカッコいい。実際にあうのは、怖すぎるのでごめんこうむりたいが本の中なら問題ない。
それにここら辺は、ドラゴンの生息地じゃないから間違っても会う事はないだろう。
「やあ、久しぶり」
「お久しぶりです。なんで、いらっしゃるんですか」
家に戻り、さあ食事に行くか。何を食べようか。
そんなことを、考えながら玄関を開けると奴がいた。
おかげでさっきまで、良かった気分が急降下していく。最悪である。
なんで騎士Aがここにいる。というか人の頸動脈に、短刀を押し付けておいてまたくるな。あんなことをしておいて、笑顔で話しかけてくるとか一体どういう神経をしているんだ。
……とりあえず、こわいから離れてほしい。切実に距離を、あけてほしい。
前に家に来たことがあってから、それからは一切姿を見せていなかった。だから安心していたのに、なぜまたくるのか。
「といわけなんだよ。おかしいだろう」
「そうですね……ところで、なんで同じ席に座っているんですか。他は全部、空いてますけど」
騎士Aは、外に食べに来た俺の後をついてきて同じ席に座った。
今日はいい天気で、席はテラスの席だ。普通なら、いい気分になれるはずである。だがこいつのせいで、だいなしだ。
周りには客が、一人もいない。この店は味はいいのに、店主が頑固者の偏屈親父で、あまり客が多くない。ぶっきらぼう過ぎて、初見の客はみんな逃げて行く。だからこいつも、そうなってくれることを期待したんだが……笑顔で注文して支払いを済ませていた。期待外れである。
「そんなの俺が、君とおしゃべりしたかったからにきまってるじゃん」
「盛大に迷惑です」
頬杖をついて、目を細めてくる。顔立ちは整っている方だろう。笑顔を浮かべて、
優しい言葉でもかければ女子にキャーキャー言われそうな顔をしている。だがあいにくと、俺は男に興味がない。俺が興味があるのは、主人公と絡むやつだけだ。
単体でいる男が、いくら顔立ちが整っていようとどうでも良い。あっこいつは、主人公が、絡んでいても御免こうむる。近づきたくもないし、陰から見守りたくもない。
それにしてもなにが、じゃんだ。わざとらしいくらいに、似合わない語尾をつけやがって。
軽薄そうに、振舞っても俺はこいつの恐ろしさをしっている。天地がひっくり返っても、俺ではこいつにかなわない。ジルベールがいた状況でも、敗けたんだ。勝てっこない。
……せっかくの美味い料理の味が、こいつのせいで良くわからないな。
無愛想で偏屈の店主に、味の分からない料理、俺の命を一瞬で、奪えそうな目の前の男、なんとも最悪の組み合わせ出る。
「あはははっ! レイザードは本当に、はっきりいうな!」
「笑って流さないでくれますか。……本当に何の用なんですか」
怖い、外からは全く怖がって見えないだろうか。怖い。絶対に敵わない。そう思った時の恐怖と絶望が消えずに残っている。
ジルベールが、来てくれないか。そう思って、馬鹿な考えを追い出す。また巻き込むことになる。こいつがなんで、俺に接触してきたかわからない。けどもうこいつと、ジルベールを関わらせるわけにいかない。
王子の騎士、王族の部下、国家権力の従僕
――早く、早く逃げないと危ない
どうやって、逃げればいい? こいつには、かなわなかった。
――人混みに紛れればいい
関係ない人も、殺されないだろうか。
――危ない、危ない
分かってる。けど捕まったら……
「なんで貴方が、彼と一緒にいる」
テーブルを叩く音に、意識が戻る。
「……ジルベール」
「大丈夫かい? 何もされていない?」
ちょうど俺と騎士Aを隔てるようにテーブルに腕が見える。
テーブルに置かれた手を上に辿ると、ジルベールの姿がみえた。
なんでこいつが、ここにいるのだろうか。そう思って、以前にこの店に連れてきたのを思い出した。色々迷惑をかけているから、詫びのつもりだったんだ。
店主の接客態度の悪さに、驚いていたが料理が口に合ったらしい。良いお店を紹介してくれてありがとう。そう言っていたから、気に入っていたんだろう。食事に来たのかもしれない。
「問題ない」
「酷い言い草だなー。俺はただ彼と、楽しくおしゃべりしながら食事をしていただけだってのに」
無表情な顔で、めっちゃくちゃ怖かった。そう言っても、なんの説得も力もないので、大丈夫だと首を横に振って見せる。
騎士Aは、肩を竦めてジルベールに向き直った。
「ふざけないでもらえますか。なぜあのとき、あの方と共にいた貴方がまた彼に接触した。何が目的ですか。返答次第では……」
「俺を倒す? あのとき、敵わなかったのに?」
珍しく、言葉に怒気をのせてジルベールが言葉を発する。
初めてジルベールを、尊敬した。あんな圧倒的な差を、見せられてそれでも毅然とした態度をみせる。完全にビビって、店までついてくるこいつに強くいえない俺とは凄い違いだ。
それにしても騎士Aは、性格が悪いな。薄ら笑いを浮かべて、挑発するようにジルベールに視線を向けている。
でも実際、二対一でも敵わなかったからこいつの余裕の態度も分かるけどな。けどあれだぞ。あの時は俺が、足を引っぱったから敗けたのであってジルバールだけならなんとかなった可能性もあるんだ。ジルベールを舐めていると痛みをみることになる。まあ俺のことは、舐めていても痛い目は見ないと思うけどな。
「それでも、彼に何かするつもりなら盾になってでも止めますよ」
「盾どころか。逆じゃないの? 君がした事は」
「なっ」
発せられた言葉に、ジルベールが息をのむのが聞こえた。
知っているのか? この前の事を、騎士Aは知っているというのだろうか。出所は、どう考えても学園だよな。闇の術師関連だから、報告がいったのだろうか。
あとでサイジェスに、確認をしてみるか。答えてくれるかは、わからないが念の為だ。
「彼は被害者ですよ。その言い方は、止めていただけますか」
「……レイザード」
腹が立ったので、元々ない勇気を総動員して騎士Aに言い返す。
確かに俺は、ジルベールの術で怪我を負った。けどジルベールは、操られていたんだぞ。自分の意思と関係なく、人を傷つける羽目になった。こいつだってその事で、心に傷を負っている。巻き込まれたロイが、なにか言うのは分かる。けど第三者な上に、赤の他人のこいつがおちょくるように責めていいわけがあるか。
「ごめん、ごめん悪気はなかったんだ」
――悪意しか感じない
軽く言い返してきた騎士Aに、物申したくなる。だがすまないジルベール、さっきので俺のミジンコほどの勇気を使い果たしてしまった。軽かろうが、なんだろうが謝ってきたこいつに、これ以上つっこむ気概は俺にはない。
ここにいるのが、俺じゃなくてロイだったら絶対に言い返していただろう。それでそのあといい雰囲気に……いかん、今は妄想をしていい場面じゃない。
「安心しなよ。レイザードに用はない。ほらあんな事があったあとだろう? こちらとしても、本当に君が大丈夫か。確認しに来ただけだよ。用があったのは、お友達の方ってこと。探しても見つからなくてね。彼のところにいれば、接触できるかと思って一緒にいただけだよ」
「もうしわけないのですが、信用できません」
庇うように、ジルベールが俺の前に立つ。その背中をみたとき、何かが頭に浮かんだ。
誰かが、俺の前に立っている。体格から、男の人だと言うのは分かった。
誰だろう。後ろ姿だから、顔が見えない。誰だか分からない。
――逃げて。危ないから。――なら、大丈夫だから、逃げて――さん!
「……近づくな」
「レイザード?」
ジルベールの戸惑いを含んだような声が、遠くから聞こえる。
制御できない。突如として、湧いて出た怒りが全身を駆け巡る。なんでこんなに、怒りを覚えているのかが自分の事なのに分からない。
「それ以上、近づくな」
「レイザード!」
名を呼ばれて、温かさを感じる。なぜだかジルベールが、俺に抱き着いていた。
―― 一体どういう状況だろうか
何かの軽い音が、次々に聞こえてくる。地面を見ると、氷の刃が落ちていた。一つや二つじゃない。パッと見ただけで三十はありそうに見える。
――なんだ?
ジルベールは火と風の適性で、騎士Aは風なはずだ。ならこれは俺がやったのか。意識しないで、氷の刃を作ってなにをしようとしたのか。
「大丈夫だよ。大丈夫だから、落ち着いて」
軽い力で規則的に、背をたたかれる。
尖った氷の刃が、むいている先は騎士Aだ。俺はこいつを攻撃しようとしたのか。
なんでだ、かなわないのはわかっているのに。なんでそんなことを……そうか怒りだ。制御できないくらいの、激しい怒りが俺を包んだ。倒さないといけない。そう思った。そうしなければ、また――また、なんだろうか。
変な声と脳裏に浮かんだ映像のせいだ。またバグだろうか。いくらモブのバグ程度、影響がないからといって放置されているのか。
いい加減にしてほしい。意識しないで、人を攻撃するなんてただの危ない奴である。これ絶対他のキャラに、組込まれるはずだったものがバグをおこして俺に入ってるとかそんな感じだよな。ジルべールが、とめてくれなかたら大変なことになってたぞ。
もう大丈夫だと言う意味を込めて、ジルベーの背を叩く。気遣う様な表情のジルベールに、平気だと告げてる
「申し訳ありませんでした」
「いや俺は全然かまわないよ。当たってないし」
深く腰を折って、騎士Aに向かい頭を下げる。
当たってないじゃない。全て防いだが、正しいだろう。切断されて、落ちている氷の刃が幾つも見える。
「あのなにか、お詫びをしたいのですが……」
さすがに、ごめんなさいしてさようならという訳にはいかなだろう。いくら騎士Aが、嫌いだからと言ってさすがにそれはない。こいつが攻撃を防いでくれなかったら大惨事になっていたのは明白だ。
「あっ本当? ならまた会ってくれるかな?」
「いや……わかりました」
――嫌です。物凄く嫌です
全力で、拒否したい。したいが、状況が状況だけにできるわけがなかった。
「お友達も、そう睨まないでよ。会う時は、同席してもいいからさ」
「なら事前に連絡いただけますか。絶対に同席しますので」
「あははは! 俺って、信用ないな」
あるわけないだろう。そうツッコミたくなるのを、必死に我慢する。
今この状況で、言い返せるわけがない。こいつが笑って流してくれなかったら、捕まっていても文句が言えない状況なんだ。
そう考えれば、こいつに少しは感謝すべきなのかもしれない。
笑顔で去っていく騎士Aに、もう一度礼をして見送る。そのときちょうど地面に転がる氷の刃が見えた。このままだと、確実に迷惑になるだろう。水に戻してから、気化させておく。
――なんか、疲れた。どっと疲れが押し寄せてきた。
途中までは、いい日だなと思っていたのになぜこんなことになったのか。
募る疲労を追い出すように、長いため息をついた。
ずり落ちそうになった袋を抱え直す。袋の中に入っているのは、数冊の本だ。そこまで多くはないのだが、一冊一冊が分厚くてかさばるうえに重い。
ギルドの帰りに、外食して帰ろうとしたのだがつい本屋に足が向いた。本屋に行くと、出費がかさむのは分かっている。だからそこまで頻繁には行かないんだが、氷の置物の売れ行きがよくて余裕もあった。だから少しくらいならいいかと立ち寄ったんだ。
そろそろ本屋に寄ったら、少しくらいにならないのを学習すべきだな。そう大量の本を抱えて、本屋から出て来たとき思った。
重い、財布は軽くなったのに、反比例して本が重すぎる。このまま食事に行く気にもなれず、いったん本を置いてから出かける事にした。
いつもなら重くて嫌になるが、妄想にふけっていた俺は疲れ知らずである。
あと面白そうな魔物全集も買ったから、後で読むのが楽しみというのもあった。
この世界には、魔物が存在する。なんといってもファンタジーな世界だからな。でも町が襲われると言った、ダークな展開は存在しない。ここはダークファンタジーではないんだ。
この本のお勧めは、ドラゴンだ。見ているだけでカッコいい。実際にあうのは、怖すぎるのでごめんこうむりたいが本の中なら問題ない。
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「やあ、久しぶり」
「お久しぶりです。なんで、いらっしゃるんですか」
家に戻り、さあ食事に行くか。何を食べようか。
そんなことを、考えながら玄関を開けると奴がいた。
おかげでさっきまで、良かった気分が急降下していく。最悪である。
なんで騎士Aがここにいる。というか人の頸動脈に、短刀を押し付けておいてまたくるな。あんなことをしておいて、笑顔で話しかけてくるとか一体どういう神経をしているんだ。
……とりあえず、こわいから離れてほしい。切実に距離を、あけてほしい。
前に家に来たことがあってから、それからは一切姿を見せていなかった。だから安心していたのに、なぜまたくるのか。
「といわけなんだよ。おかしいだろう」
「そうですね……ところで、なんで同じ席に座っているんですか。他は全部、空いてますけど」
騎士Aは、外に食べに来た俺の後をついてきて同じ席に座った。
今日はいい天気で、席はテラスの席だ。普通なら、いい気分になれるはずである。だがこいつのせいで、だいなしだ。
周りには客が、一人もいない。この店は味はいいのに、店主が頑固者の偏屈親父で、あまり客が多くない。ぶっきらぼう過ぎて、初見の客はみんな逃げて行く。だからこいつも、そうなってくれることを期待したんだが……笑顔で注文して支払いを済ませていた。期待外れである。
「そんなの俺が、君とおしゃべりしたかったからにきまってるじゃん」
「盛大に迷惑です」
頬杖をついて、目を細めてくる。顔立ちは整っている方だろう。笑顔を浮かべて、
優しい言葉でもかければ女子にキャーキャー言われそうな顔をしている。だがあいにくと、俺は男に興味がない。俺が興味があるのは、主人公と絡むやつだけだ。
単体でいる男が、いくら顔立ちが整っていようとどうでも良い。あっこいつは、主人公が、絡んでいても御免こうむる。近づきたくもないし、陰から見守りたくもない。
それにしてもなにが、じゃんだ。わざとらしいくらいに、似合わない語尾をつけやがって。
軽薄そうに、振舞っても俺はこいつの恐ろしさをしっている。天地がひっくり返っても、俺ではこいつにかなわない。ジルベールがいた状況でも、敗けたんだ。勝てっこない。
……せっかくの美味い料理の味が、こいつのせいで良くわからないな。
無愛想で偏屈の店主に、味の分からない料理、俺の命を一瞬で、奪えそうな目の前の男、なんとも最悪の組み合わせ出る。
「あはははっ! レイザードは本当に、はっきりいうな!」
「笑って流さないでくれますか。……本当に何の用なんですか」
怖い、外からは全く怖がって見えないだろうか。怖い。絶対に敵わない。そう思った時の恐怖と絶望が消えずに残っている。
ジルベールが、来てくれないか。そう思って、馬鹿な考えを追い出す。また巻き込むことになる。こいつがなんで、俺に接触してきたかわからない。けどもうこいつと、ジルベールを関わらせるわけにいかない。
王子の騎士、王族の部下、国家権力の従僕
――早く、早く逃げないと危ない
どうやって、逃げればいい? こいつには、かなわなかった。
――人混みに紛れればいい
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――危ない、危ない
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「なんで貴方が、彼と一緒にいる」
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「……ジルベール」
「大丈夫かい? 何もされていない?」
ちょうど俺と騎士Aを隔てるようにテーブルに腕が見える。
テーブルに置かれた手を上に辿ると、ジルベールの姿がみえた。
なんでこいつが、ここにいるのだろうか。そう思って、以前にこの店に連れてきたのを思い出した。色々迷惑をかけているから、詫びのつもりだったんだ。
店主の接客態度の悪さに、驚いていたが料理が口に合ったらしい。良いお店を紹介してくれてありがとう。そう言っていたから、気に入っていたんだろう。食事に来たのかもしれない。
「問題ない」
「酷い言い草だなー。俺はただ彼と、楽しくおしゃべりしながら食事をしていただけだってのに」
無表情な顔で、めっちゃくちゃ怖かった。そう言っても、なんの説得も力もないので、大丈夫だと首を横に振って見せる。
騎士Aは、肩を竦めてジルベールに向き直った。
「ふざけないでもらえますか。なぜあのとき、あの方と共にいた貴方がまた彼に接触した。何が目的ですか。返答次第では……」
「俺を倒す? あのとき、敵わなかったのに?」
珍しく、言葉に怒気をのせてジルベールが言葉を発する。
初めてジルベールを、尊敬した。あんな圧倒的な差を、見せられてそれでも毅然とした態度をみせる。完全にビビって、店までついてくるこいつに強くいえない俺とは凄い違いだ。
それにしても騎士Aは、性格が悪いな。薄ら笑いを浮かべて、挑発するようにジルベールに視線を向けている。
でも実際、二対一でも敵わなかったからこいつの余裕の態度も分かるけどな。けどあれだぞ。あの時は俺が、足を引っぱったから敗けたのであってジルバールだけならなんとかなった可能性もあるんだ。ジルベールを舐めていると痛みをみることになる。まあ俺のことは、舐めていても痛い目は見ないと思うけどな。
「それでも、彼に何かするつもりなら盾になってでも止めますよ」
「盾どころか。逆じゃないの? 君がした事は」
「なっ」
発せられた言葉に、ジルベールが息をのむのが聞こえた。
知っているのか? この前の事を、騎士Aは知っているというのだろうか。出所は、どう考えても学園だよな。闇の術師関連だから、報告がいったのだろうか。
あとでサイジェスに、確認をしてみるか。答えてくれるかは、わからないが念の為だ。
「彼は被害者ですよ。その言い方は、止めていただけますか」
「……レイザード」
腹が立ったので、元々ない勇気を総動員して騎士Aに言い返す。
確かに俺は、ジルベールの術で怪我を負った。けどジルベールは、操られていたんだぞ。自分の意思と関係なく、人を傷つける羽目になった。こいつだってその事で、心に傷を負っている。巻き込まれたロイが、なにか言うのは分かる。けど第三者な上に、赤の他人のこいつがおちょくるように責めていいわけがあるか。
「ごめん、ごめん悪気はなかったんだ」
――悪意しか感じない
軽く言い返してきた騎士Aに、物申したくなる。だがすまないジルベール、さっきので俺のミジンコほどの勇気を使い果たしてしまった。軽かろうが、なんだろうが謝ってきたこいつに、これ以上つっこむ気概は俺にはない。
ここにいるのが、俺じゃなくてロイだったら絶対に言い返していただろう。それでそのあといい雰囲気に……いかん、今は妄想をしていい場面じゃない。
「安心しなよ。レイザードに用はない。ほらあんな事があったあとだろう? こちらとしても、本当に君が大丈夫か。確認しに来ただけだよ。用があったのは、お友達の方ってこと。探しても見つからなくてね。彼のところにいれば、接触できるかと思って一緒にいただけだよ」
「もうしわけないのですが、信用できません」
庇うように、ジルベールが俺の前に立つ。その背中をみたとき、何かが頭に浮かんだ。
誰かが、俺の前に立っている。体格から、男の人だと言うのは分かった。
誰だろう。後ろ姿だから、顔が見えない。誰だか分からない。
――逃げて。危ないから。――なら、大丈夫だから、逃げて――さん!
「……近づくな」
「レイザード?」
ジルベールの戸惑いを含んだような声が、遠くから聞こえる。
制御できない。突如として、湧いて出た怒りが全身を駆け巡る。なんでこんなに、怒りを覚えているのかが自分の事なのに分からない。
「それ以上、近づくな」
「レイザード!」
名を呼ばれて、温かさを感じる。なぜだかジルベールが、俺に抱き着いていた。
―― 一体どういう状況だろうか
何かの軽い音が、次々に聞こえてくる。地面を見ると、氷の刃が落ちていた。一つや二つじゃない。パッと見ただけで三十はありそうに見える。
――なんだ?
ジルベールは火と風の適性で、騎士Aは風なはずだ。ならこれは俺がやったのか。意識しないで、氷の刃を作ってなにをしようとしたのか。
「大丈夫だよ。大丈夫だから、落ち着いて」
軽い力で規則的に、背をたたかれる。
尖った氷の刃が、むいている先は騎士Aだ。俺はこいつを攻撃しようとしたのか。
なんでだ、かなわないのはわかっているのに。なんでそんなことを……そうか怒りだ。制御できないくらいの、激しい怒りが俺を包んだ。倒さないといけない。そう思った。そうしなければ、また――また、なんだろうか。
変な声と脳裏に浮かんだ映像のせいだ。またバグだろうか。いくらモブのバグ程度、影響がないからといって放置されているのか。
いい加減にしてほしい。意識しないで、人を攻撃するなんてただの危ない奴である。これ絶対他のキャラに、組込まれるはずだったものがバグをおこして俺に入ってるとかそんな感じだよな。ジルべールが、とめてくれなかたら大変なことになってたぞ。
もう大丈夫だと言う意味を込めて、ジルベーの背を叩く。気遣う様な表情のジルベールに、平気だと告げてる
「申し訳ありませんでした」
「いや俺は全然かまわないよ。当たってないし」
深く腰を折って、騎士Aに向かい頭を下げる。
当たってないじゃない。全て防いだが、正しいだろう。切断されて、落ちている氷の刃が幾つも見える。
「あのなにか、お詫びをしたいのですが……」
さすがに、ごめんなさいしてさようならという訳にはいかなだろう。いくら騎士Aが、嫌いだからと言ってさすがにそれはない。こいつが攻撃を防いでくれなかったら大惨事になっていたのは明白だ。
「あっ本当? ならまた会ってくれるかな?」
「いや……わかりました」
――嫌です。物凄く嫌です
全力で、拒否したい。したいが、状況が状況だけにできるわけがなかった。
「お友達も、そう睨まないでよ。会う時は、同席してもいいからさ」
「なら事前に連絡いただけますか。絶対に同席しますので」
「あははは! 俺って、信用ないな」
あるわけないだろう。そうツッコミたくなるのを、必死に我慢する。
今この状況で、言い返せるわけがない。こいつが笑って流してくれなかったら、捕まっていても文句が言えない状況なんだ。
そう考えれば、こいつに少しは感謝すべきなのかもしれない。
笑顔で去っていく騎士Aに、もう一度礼をして見送る。そのときちょうど地面に転がる氷の刃が見えた。このままだと、確実に迷惑になるだろう。水に戻してから、気化させておく。
――なんか、疲れた。どっと疲れが押し寄せてきた。
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モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、
そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。
甘えたくても甘えられない――
そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。
過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの
じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。
今度こそ、言葉にする。
「好きだよ」って、ちゃんと。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
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