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しおりを挟む氷の人形は、俺が短い時間で出来るだけ強化して構築したものだ。
そう簡単に、切り伏せられるものじゃないはずだ。それがあっけなく壊されたことに、衝撃を受ける。
「レイザード行こう。大丈夫だよ」
「ああ」
ジルベールに促されそう頷いたその時、風が唸る音が聞こえた。
俺は考えるより早く、音が聞こえた方角へ術を構築して氷の刃を放った。だがそれは屋根の上に現れた騎士によって、紙屑のように切り刻まれた。
「良い反応だ。楽しくなってくる」
氷の人形を、一刀のもとに切断した騎士だ。さっきの風の音からすると、こいつは風の適性をもっているのだろう。
ふと、騎士の姿がぶれたように感じた瞬間、ジルベールの体が後方に飛ぶ。さっきまでジルベールがいた場所には、騎士が立っていた。そのまま騎士は剣を振りかぶると、俺に向かって振り下ろした。
俺は慌てて後方に飛んで、避ける。だが気づくとすぐに、騎士が迫ってくる。それを何度か繰り返して気づいたときには、俺は屋根の端まで移動してしまっていた。
「これで終わりかな」
そういって騎士が、剣を構えた。
だがそのとき、刃が赤く染まっていく。火の力だ。まさかこいつもジルベールと同じように、2つの適性持ちなのか。余計に不利な状況に、あせる。
「まいったな」
騎士がそういうと、刃がゆがんで溶けた。
「近づくな」
声のした方に視線をむけると、腹部をおさて片膝をついたジルベールが騎士を睨みつけていた。さっきは速すぎて見えなかったが、何か知らの手段で腹部に攻撃を受けたようだ。
「それ以上、彼に近づくな」
痛むのだろう。わずかに顔をしかめながら、ジルベールが立ち上がる。視線は騎士に向けたままだ。
言葉が発せられると共に、ジルベールの周りで炎が躍った。
第二王子の時のように、制御ができずに暴走しているわけじゃない。
まるで意思を持っているかのように、一歩でも近づけは襲いかかってくるようなそんな炎だった。
「離れろ」
その言葉に応じるように、炎が騎士に襲い掛かる。炎はそのまま騎士を包み込んだ。
まずい、助かったけれど、このままだと焼死体が出来上がってしまう。ならなくても、重度の火傷を負うだろう。俺は慌てて鎮火しようと、術を構築し始める。
だがそのとき風の力がうねり、炎を飲み込んだ。風が炎を締め上げるようにして、逃げる炎を絞め殺しにかかっているようにも見えた。
そのすさまじい光景に、思わず後ずさる。
「一応、俺にもメンツがあってね。学生に負けられないでしょ」
炎が消えたあと、平然とした顔で騎士が姿を現した。どこも焦げている様子すらない。きっと炎に包まれた時に、風で自分を防御したんだろう。
騎士が腰に差していたもう1本の剣を、素早く抜き取るとその勢いのまま俺に攻撃を仕掛けてくる。
騎士の振りかぶった剣をよけようと、体の位置をずらした途端に足が滑った。
視界の端には、俺の放った術の余波でわずかな面積だけが凍った屋根が見えた。
「ッツ!」
足元が滑る。足が前に移動したせいで、体が後ろに倒れる。
屋根の端にいた俺の体は、前方にすべったことでそのまま空を舞った。
やたらと周りの動きがゆっくり見える。
ジルベールが驚愕に目を見開いて、俺に手を伸ばしている。その過程で、風の術を行使したのを感じた。
きっと屋根の上にあげた時のように俺を助けてくれるつもりなんだろう。
けれど上手くいかなかったようだ。そういえば使いやすさが、違うといっていた。俺を屋根に上げた時も、どこか恐々としていた。そうでなくても風の術は攻撃するより、対象に傷をつけない方が、遥かに高度な技術を要すると聞いたことがある。
そうだ、だからそんな顔をしなくてもいい。
俺を風の術で助ける事に失敗した、そう気づいた瞬間のジルベールの表情が絶望にゆがんだ。
落ちた建物の高さは、4階建てくらいだ。助かるだろうか、それともモブらしく死ぬんだろうか。
落ちている感覚も、浮遊感を感じた時の恐怖もあるのに俺はやたらとのんきに、そんなことを考えていた。
「よっと」
そう軽快な声を耳が拾った直後、落下していた体が上にわずかに引き上がる。
そしてあたりを風が包み込んだのを感じた。
「ジル……」
思わず名前を口にしかけて、俺は視界に入った顔に眉間に皺を寄せた。
視界に移ったのは、ついさっきまで戦っていた騎士だった。面倒くさいから騎士Aという事にする。そいつが俺を横抱きにして抱えている。
周りの風景を見るに、落ちている最中らしい。風の術の気配も感じる。
なんのことはない、ゆっくり落ちているように感じたのはこいつが俺の周りを風の力で覆っていたからだ。それで落下速度が下がっていたんだろう。どうりでのんきに考え事をしている時間があるはずだ。
「ごめんね。お友達じゃなくて」
俺の視線に気づいたんだろう。口角を上げて騎士Aが、笑った。
「はいここで、終了」
ゆっくりと、地面に到着する。
横抱きにしていた俺を降ろすと、頸動脈にナイフをあてて騎士Aは微笑んだ。
「レイザード!」
俺と騎士Aが、地面におりた数秒後にはジルベールも風の術を使い降りてくる。
「ごめんね。お友達も悪いんだけど、お兄さんたちと一緒に来てくれるかな?」
「彼から、ナイフを離せ」
「ごめん無理、だって離したら君ら逃げちゃうだろう?」
そういって首に当たっているナイフに、わずかに力がこもったのを感じた。この間も笑顔である。
笑顔って時と場合によっては、恐怖を増長するらしい。勉強になった。
どうやっても、これ無理だ。術を行使するより俺の頸動脈を切った方が早い。ジルベールも、それが分かっているのだろう。鋭い目をして騎士Aを睨みつけているが、動こうとはしない。
「ごめん、レイザード」
そういって、ジルベールの表情がつらそうにゆがむ。
いやいやなんで、こいつは謝っているんだ。俺が自分の行使した術の、氷で滑って屋根から落ちたせいだ。ようするに、この状況になっているの、全て俺のせいってことになる。
むしろジルベールがいたから、ここまで持ち堪えたんだろう。
「お前に、非は無い」
俺が言葉をかければ、ジルベールが眉間に皺を寄せて何かを堪えるように拳を強く握りしめた。
なんでお前悪くないって、言ったのにそんな顔をするんだろうか。
「じゃあ、そろそろ行こうか。あっ行き先は、君のお家ね」
首の動脈の位置に沿うように、刃を当てられたまま笑まれても全く和まない。
ちょっとは隙ができないかな。なんて期待していた、けれどこれは、身動きがとれない。
ここで少しでもおかしな動きを見せたら、俺の首から血しぶきが舞うはめになるだろう。後で首を切られるのと、いま此処でこの騎士に殺されるのどちらがいたくないだろう……
いや今さっくりやられるのは、駄目だな。確実にジルベールに血が降りそそぐ。トラウマになってしまうだろう。俺は抵抗するのをあきらめた。
せめて巻き込んだジルベールの助命を嘆願してみよう。それがどれだけの意味があるか、分からないけれど……
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