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2.最高の贈り物
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季節はすっかり冬。その訪れを告げたのはうっすらと積もった雪。
ヴィータ国の姉姫リンシャは、雪が見える出窓に肘をつき、今日も騎士アレクの事を想っています。
「アレク……お前と結婚するには、どうしたらいいのだろうか」
少し前にピクニックに行った時、リンシャ姫と騎士アレクはお互いに愛し合っている事を知りました。しかしアレクは自分の身分が騎士だからと結婚を諦めているのです。
だから今日もリンシャ姫は、小さな溜息をついています。そこにアレクがお茶の用意を運んできました。
「姫様、お茶をいかがですか?」
「ありがとう、アレク」
アレクの好意に、リンシャ姫はとても嬉しそう。すぐに出窓を離れ、ぱちぱちと音を立てる暖炉のそばまで駆けていきます。
そこではアレクがお茶を淹れていました。リンシャ姫は、けっして上手ではない手際をうっとりと見つめながら、やっぱりアレクの事を考えていました。
「さ、どうぞ」
アレクが差し出した野いちごのカップとソーサーは、リンシャ姫の一番お気に入りの茶器。リンシャ姫は笑顔で受け取り、熱い紅茶を一口だけ飲みました。
「美味しいぞ」
「嬉しいです、姫様」
リンシャ姫は、少しだけ嘘をついています。本当はメイドが淹れた紅茶の方が美味しいのです。でも、アレクの笑顔があれば、どんな紅茶も最高の味になってしまいます。
リンシャ姫はお茶を飲み終わった後も、アレクの事を考えました。そして、素敵なアイディアを思いつきます。
その翌日。
リンシャ姫はアレクに内緒で、国王陛下へ会いに行きました。父親である陛下はリンシャ姫をたいそう可愛がっており、よく会いに来てくれたと喜んでいます。そんな陛下にリンシャ姫は言いました。
「父上、私とアレクを結婚させてください」
これには国王陛下も周りの侍従もびっくりです。騎士と姫の結婚は、それほどまでに身分違いなのでした。あまりの事に声を荒らげる陛下ですが、リンシャ姫は負けません。
「私は騎士アレクと愛し合っております。ですが、アレクは私の騎士であるがゆえ結婚を諦めると……」
そこでリンシャ姫は、咲き誇った薔薇のように美しいお顔を覆ってしまいました。細い指の隙間からは、透明な雫がぽたりぽたりと落ちています。
これには陛下も参ってしまい、それからすぐにリンシャ姫は、アレクと結婚する許しを得ました。
喜んだ姫はすぐに屋敷へ戻ります。屋敷ではリンシャ姫の不在に慌てているアレクが待っていました。アレクはリンシャ姫の姿を見るや否や、ものすごい勢いで近づいてきます。
「姫様! 一体どちらへ! そのウサギのような目もどうなさったんですか?」
「喜べアレク! 私は今、結婚の許しを得たんだぞ!」
「……えっ!?」
リンシャ姫は国王陛下との一件をアレクに話しました。するとアレクはぽろぽろと泣いてしまいます。
「かっ……格好が悪いですね、僕……!」
「そんな事はないぞ! ほら、私もウサギだから似合いだろう?」
「ひ、姫様……!」
そうしてリンシャ姫と騎士アレクは抱きしめ合いました。それからずっと寄り添っている二人でしたが、やがて午後六時を告げる柱時計の音で我に返ります。
「大変です姫様、今日は王宮でパーティが……」
「そんなものは行かなくていい! 私はお前と一緒に居るんだ!」
「それは困ります。大事な大事なお客様が来るのですよ?」
「いやだ!」
なかなか言う事を聞かないリンシャ姫に、アレクは溜息をつきました。本当はアレクだって、リンシャ姫と二人で居たいのです。でも、お仕事はお仕事。アレクは嫌がるリンシャ姫をメイドの傍まで連れて行き、支度をさせました。リンシャ姫は終始、ぶすっとふくれています。だから瞳と同じ紫色のドレスを着る支度には、だいぶ時間が掛かってしまいました。でも、部屋の外で待っていたアレクの姿を見て、リンシャ姫は瞳をきらきらさせます。アレクはいつもの騎士服でしたが、蒼いマントを纏っていました。これは特別な時にしか身に着けないので、リンシャ姫はどきどきしてしまいます。
「アレク、お前……?」
「今夜は僕も姫様と踊ります。それでご機嫌を直していただけますか?」
「……ああ、ああ! もちろんだ!」
リンシャ姫は弾けるような笑顔を見せました。何せアレクは今までのパーティでは傍に居るだけで、リンシャ姫が幾ら誘おうとも踊りを固辞していたのです。
リンシャ姫はアレクの手を取り、うきうきと馬車に乗り込みました。馬車の中で、なぜかアレクは静かです。リンシャ姫が話しかけると、頭の中で踊りの練習をしていると照れています。姫はアレクに踊りを教えてあげました。馬車は狭いので足元だけですが、アレクは嬉しそうです。
やがて二人を乗せた馬車が王宮に着きました。
会場の大広間に入ると、もうパーティは始まっています。みんながゆったりと踊っていたので、姫はアレクを見つめました。
そんな姫に、見知らぬ男の人が手を差し伸べます。意味も無く断るのはマナー違反です。姫は笑顔を作り、男の人と踊り始めました。独りになったアレクはリンシャ姫だけを見つめています。
アレクは姫がこの曲を踊り終えたら、今度は自分が手を差し伸べるつもりでした。しかし、今日のアレクはマントが素敵だったので、他の女性からお誘いをもらってしまいます。もちろん、断る事はできません。アレクは覚えたてのステップを踏み、見知らぬ女性のお相手をします。その様子をリンシャ姫は、とても悔しく思っていました。しかしリンシャ姫は美しいので、パーティに来れば次から次にダンスの相手が現れます。姫はマナー違反と知りつつ、やんわり断るのですが、それでも忙しいのでした。だからリンシャ姫とアレクは行き違いになり、なかなか一緒に踊る事が出来ません。
そこに、午後十時を告げる鐘が鳴りました。もうすぐパーティは終わりです。リンシャ姫はアレクと踊るため、アレクのもとへ駆け寄りました。アレクはそんな姫の手を取って、初めてのワルツを踊ります。いち、に、さん。いち、に、さん。二人が刻むステップは、王宮の毛足が長い絨毯に綺麗な跡をつけていきます。アレクのリードでふわりとターンすれば、蒼いマントと紫のドレスが風をはらんで舞いました。周囲の人たちはその美しさにほうっと息をつきます。でも、踊っているリンシャ姫は、もっともっと夢心地でした。大好きなアレクが自分だけを見つめ、微笑んでいるからです。
「ああ、私はとても幸せだ……」
姫はアレクの胸元に頬を寄せて呟きます。するとアレクが握っていた手の力を強くしました。その手がとても熱かったので、リンシャ姫のほほは真っ赤になります。
ちょうどその時、ワルツの演奏が終わりました。まわりの人たちは踊りを止めますが、アレクは姫の手を放しません。それどころか、すいっと姫の手を自分の口元に持っていきます。
「……どうした、アレク?」
不思議そうなリンシャ姫。アレクはそんな姫の手の甲にキスをしました。姫が耳まで紅く染まります。それに気づいたアレクは慌てて唇を離しました。
「姫様、申し訳ありません。あまりに可愛らしかったので、つい……」
「い、い、いや、問題ないぞ! 私とお前は結婚するのだからな!」
リンシャ姫が大きな声を出したので、まわりの人たちがざわめきます。中にはひそひそと悪口を言う人も居ました。それもそうです。王族とその騎士が結婚するなど前代未聞なのですから。
その意地悪な視線にとても怒った姫は、たくさんの文句を言おうとしました。ですが、それを制したアレクが姫の前に出ます。
「私と姫様は愛し合っております。何かご不満がありましたら、ぜひ私だけにお伝えください」
それでも会場のひそひそ声は止まりません。ですが、そこに国王陛下が現れて、二人の結婚を祝福すると、みんなぱちぱち拍手しました。これで身分違いと悪口を言う人は居なくなる事でしょう。
その時、リンシャ姫がふらりとよろけました。もう怒らなくて済むようになったので安心し、気が抜けたのです。アレクはそんなリンシャ姫を支えました。
「姫様、大丈夫ですか!?」
「しょ、少々疲れてしまったようだ」
まだふらふらしているリンシャ姫を見て、国王陛下は慌てます。陛下はすぐ屋敷へ戻って医者を呼ぶよう命じました。アレクはその命令を受け、リンシャ姫を抱き上げます。行き先は馬車、それから姫の寝所。
そこには待ちかねている医者と、薄紫の花束。同じ花で編んだ指輪も用意してありました。姫はすぐに指輪をはめ、花束の香りをすうっと吸い込みます。
すっかり元気になった姫を見て、医者はにこにこ帰っていきました。
「……アレク、ありがとう」
「指輪のサイズが判らなくて、その程度しか用意できず……申し訳ありません」
「何を言うアレク! 最高の贈り物だ!」
姫はアレクに抱きつき、瞼を閉じます。
そうして二人は、初めての口づけをしました。
ヴィータ国の姉姫リンシャは、雪が見える出窓に肘をつき、今日も騎士アレクの事を想っています。
「アレク……お前と結婚するには、どうしたらいいのだろうか」
少し前にピクニックに行った時、リンシャ姫と騎士アレクはお互いに愛し合っている事を知りました。しかしアレクは自分の身分が騎士だからと結婚を諦めているのです。
だから今日もリンシャ姫は、小さな溜息をついています。そこにアレクがお茶の用意を運んできました。
「姫様、お茶をいかがですか?」
「ありがとう、アレク」
アレクの好意に、リンシャ姫はとても嬉しそう。すぐに出窓を離れ、ぱちぱちと音を立てる暖炉のそばまで駆けていきます。
そこではアレクがお茶を淹れていました。リンシャ姫は、けっして上手ではない手際をうっとりと見つめながら、やっぱりアレクの事を考えていました。
「さ、どうぞ」
アレクが差し出した野いちごのカップとソーサーは、リンシャ姫の一番お気に入りの茶器。リンシャ姫は笑顔で受け取り、熱い紅茶を一口だけ飲みました。
「美味しいぞ」
「嬉しいです、姫様」
リンシャ姫は、少しだけ嘘をついています。本当はメイドが淹れた紅茶の方が美味しいのです。でも、アレクの笑顔があれば、どんな紅茶も最高の味になってしまいます。
リンシャ姫はお茶を飲み終わった後も、アレクの事を考えました。そして、素敵なアイディアを思いつきます。
その翌日。
リンシャ姫はアレクに内緒で、国王陛下へ会いに行きました。父親である陛下はリンシャ姫をたいそう可愛がっており、よく会いに来てくれたと喜んでいます。そんな陛下にリンシャ姫は言いました。
「父上、私とアレクを結婚させてください」
これには国王陛下も周りの侍従もびっくりです。騎士と姫の結婚は、それほどまでに身分違いなのでした。あまりの事に声を荒らげる陛下ですが、リンシャ姫は負けません。
「私は騎士アレクと愛し合っております。ですが、アレクは私の騎士であるがゆえ結婚を諦めると……」
そこでリンシャ姫は、咲き誇った薔薇のように美しいお顔を覆ってしまいました。細い指の隙間からは、透明な雫がぽたりぽたりと落ちています。
これには陛下も参ってしまい、それからすぐにリンシャ姫は、アレクと結婚する許しを得ました。
喜んだ姫はすぐに屋敷へ戻ります。屋敷ではリンシャ姫の不在に慌てているアレクが待っていました。アレクはリンシャ姫の姿を見るや否や、ものすごい勢いで近づいてきます。
「姫様! 一体どちらへ! そのウサギのような目もどうなさったんですか?」
「喜べアレク! 私は今、結婚の許しを得たんだぞ!」
「……えっ!?」
リンシャ姫は国王陛下との一件をアレクに話しました。するとアレクはぽろぽろと泣いてしまいます。
「かっ……格好が悪いですね、僕……!」
「そんな事はないぞ! ほら、私もウサギだから似合いだろう?」
「ひ、姫様……!」
そうしてリンシャ姫と騎士アレクは抱きしめ合いました。それからずっと寄り添っている二人でしたが、やがて午後六時を告げる柱時計の音で我に返ります。
「大変です姫様、今日は王宮でパーティが……」
「そんなものは行かなくていい! 私はお前と一緒に居るんだ!」
「それは困ります。大事な大事なお客様が来るのですよ?」
「いやだ!」
なかなか言う事を聞かないリンシャ姫に、アレクは溜息をつきました。本当はアレクだって、リンシャ姫と二人で居たいのです。でも、お仕事はお仕事。アレクは嫌がるリンシャ姫をメイドの傍まで連れて行き、支度をさせました。リンシャ姫は終始、ぶすっとふくれています。だから瞳と同じ紫色のドレスを着る支度には、だいぶ時間が掛かってしまいました。でも、部屋の外で待っていたアレクの姿を見て、リンシャ姫は瞳をきらきらさせます。アレクはいつもの騎士服でしたが、蒼いマントを纏っていました。これは特別な時にしか身に着けないので、リンシャ姫はどきどきしてしまいます。
「アレク、お前……?」
「今夜は僕も姫様と踊ります。それでご機嫌を直していただけますか?」
「……ああ、ああ! もちろんだ!」
リンシャ姫は弾けるような笑顔を見せました。何せアレクは今までのパーティでは傍に居るだけで、リンシャ姫が幾ら誘おうとも踊りを固辞していたのです。
リンシャ姫はアレクの手を取り、うきうきと馬車に乗り込みました。馬車の中で、なぜかアレクは静かです。リンシャ姫が話しかけると、頭の中で踊りの練習をしていると照れています。姫はアレクに踊りを教えてあげました。馬車は狭いので足元だけですが、アレクは嬉しそうです。
やがて二人を乗せた馬車が王宮に着きました。
会場の大広間に入ると、もうパーティは始まっています。みんながゆったりと踊っていたので、姫はアレクを見つめました。
そんな姫に、見知らぬ男の人が手を差し伸べます。意味も無く断るのはマナー違反です。姫は笑顔を作り、男の人と踊り始めました。独りになったアレクはリンシャ姫だけを見つめています。
アレクは姫がこの曲を踊り終えたら、今度は自分が手を差し伸べるつもりでした。しかし、今日のアレクはマントが素敵だったので、他の女性からお誘いをもらってしまいます。もちろん、断る事はできません。アレクは覚えたてのステップを踏み、見知らぬ女性のお相手をします。その様子をリンシャ姫は、とても悔しく思っていました。しかしリンシャ姫は美しいので、パーティに来れば次から次にダンスの相手が現れます。姫はマナー違反と知りつつ、やんわり断るのですが、それでも忙しいのでした。だからリンシャ姫とアレクは行き違いになり、なかなか一緒に踊る事が出来ません。
そこに、午後十時を告げる鐘が鳴りました。もうすぐパーティは終わりです。リンシャ姫はアレクと踊るため、アレクのもとへ駆け寄りました。アレクはそんな姫の手を取って、初めてのワルツを踊ります。いち、に、さん。いち、に、さん。二人が刻むステップは、王宮の毛足が長い絨毯に綺麗な跡をつけていきます。アレクのリードでふわりとターンすれば、蒼いマントと紫のドレスが風をはらんで舞いました。周囲の人たちはその美しさにほうっと息をつきます。でも、踊っているリンシャ姫は、もっともっと夢心地でした。大好きなアレクが自分だけを見つめ、微笑んでいるからです。
「ああ、私はとても幸せだ……」
姫はアレクの胸元に頬を寄せて呟きます。するとアレクが握っていた手の力を強くしました。その手がとても熱かったので、リンシャ姫のほほは真っ赤になります。
ちょうどその時、ワルツの演奏が終わりました。まわりの人たちは踊りを止めますが、アレクは姫の手を放しません。それどころか、すいっと姫の手を自分の口元に持っていきます。
「……どうした、アレク?」
不思議そうなリンシャ姫。アレクはそんな姫の手の甲にキスをしました。姫が耳まで紅く染まります。それに気づいたアレクは慌てて唇を離しました。
「姫様、申し訳ありません。あまりに可愛らしかったので、つい……」
「い、い、いや、問題ないぞ! 私とお前は結婚するのだからな!」
リンシャ姫が大きな声を出したので、まわりの人たちがざわめきます。中にはひそひそと悪口を言う人も居ました。それもそうです。王族とその騎士が結婚するなど前代未聞なのですから。
その意地悪な視線にとても怒った姫は、たくさんの文句を言おうとしました。ですが、それを制したアレクが姫の前に出ます。
「私と姫様は愛し合っております。何かご不満がありましたら、ぜひ私だけにお伝えください」
それでも会場のひそひそ声は止まりません。ですが、そこに国王陛下が現れて、二人の結婚を祝福すると、みんなぱちぱち拍手しました。これで身分違いと悪口を言う人は居なくなる事でしょう。
その時、リンシャ姫がふらりとよろけました。もう怒らなくて済むようになったので安心し、気が抜けたのです。アレクはそんなリンシャ姫を支えました。
「姫様、大丈夫ですか!?」
「しょ、少々疲れてしまったようだ」
まだふらふらしているリンシャ姫を見て、国王陛下は慌てます。陛下はすぐ屋敷へ戻って医者を呼ぶよう命じました。アレクはその命令を受け、リンシャ姫を抱き上げます。行き先は馬車、それから姫の寝所。
そこには待ちかねている医者と、薄紫の花束。同じ花で編んだ指輪も用意してありました。姫はすぐに指輪をはめ、花束の香りをすうっと吸い込みます。
すっかり元気になった姫を見て、医者はにこにこ帰っていきました。
「……アレク、ありがとう」
「指輪のサイズが判らなくて、その程度しか用意できず……申し訳ありません」
「何を言うアレク! 最高の贈り物だ!」
姫はアレクに抱きつき、瞼を閉じます。
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