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げに厄介は、人の気持ち
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テュードル王の第三王女、私――ナタリアの朝は早い。
「マシュー! ……マシュー? 居るの?」
「はい、ここに」
週明けの執務室は忙しかった。書類に埋もれた私を救出するため、専任騎士のマシューが駆けてくる。
「兄上にも困ったものだ……! さんざん安請け合いした挙句、私に仕事を回して……!」
「それは姫様を信頼なさってこそですよ」
苦笑する私だけれど、マシューの言葉は心地良い。
「まったく、出来た臣下だな」
「はは、おだてましたね? では、ぜひ、書類をお手伝いさせて頂きましょう」
何も言わずに、私は書類の束を差し出した。書式別に整理する事が、マシューへ言い渡すいつもの仕事だからだ。
「はい、かしこまりました」
マシューが一礼して書類を受け取る。執務室に、静かな時間が流れ始めた。
どれくらい時間が経っただろうか。
私はぽつりと呟いた。
「マシュー、この間の話、考えてくれたか……?」
「……あの時申し上げた通り、無理ですよ」
「そうか……」
私は書類から目を上げて、マシューを見つめる。
主君である私が、この専任騎士に恋心を抱いてから、もう何年になるだろう。ブルネットで黒い瞳の私と違い、金髪碧眼のマシューは眩しく、出会った頃から立派で、戦災孤児の面倒を見るほど優しいのだ。
最初は、傍に立たせておくだけで満足だった。
次に、仕事以外のことも話したくなり。
そのうち、触れたくなった。
そして、それ以上を望んだ――。
「ふん、お前は嘘つきだ。騎士になる時、血の一滴まで私に捧げると誓ったはずだぞ」
「申し訳ありません、血はもちろん全て姫様に、しかし恋心はステュアートに捧げたいんです。あの栗色の髪と、無邪気できょろっとした瞳が毎日私を悩ませています」
「……馬鹿ね、ステュアートとは男同士。もっと言えば、そんな関係でもないくせに」
溜息をつく私に、マシューは微笑を浮かべる。
「さ、姫様。もう少し書類を頑張りましょう」
「──遠乗り」
「は?」
「遠乗りに行きたい」
私は判りやすい交換条件を出した。ただ、書類を仕上げないと困るのは私なので、本当は交換条件になっていない。
でも、マシューは二つ返事で快諾してくれた。
私は満面の笑顔を見せた事だろう。
「どこまで行くかな……」
楽しく行き先を選定しながら、物凄いスピードで事務処理して行く私。マシューと遠乗りに行けると思えば当然だった。処理される書類の量を見て、マシューも喜んでいる。
私は体力こそ無いものの、特別に頭脳が秀でていた。このような事務処理の類から、チェスのようなボードゲーム、それに戦略戦術まで。だからお兄様にコキ使われて、マシューにも迷惑が掛かるのだけれど。
そこへ、こんこんというノックの音が聞こえてくる。
「すみません、聖騎士団のステュアートですが」
ドアの向こうからその声が聞こえた瞬間、私は立ち上がった。まるでバネのような動きだ。
「わ、私は留守だからな!!」
私がそう言い捨て、分厚いカーテンの隙間に入った。今、瞬時に隠れられるのはここだけとも言える。
「失礼します」
まだ入室の許可も与えていないのに、ステュアートはドアを開けたようだ。その途端、マシューの嬉しそうな声が聞こえてくる。
「やぁステュアート、私に用か?」
「そんな訳ないだろ!? ──姫様はどこ?」
「残念、お留守だよ」
「君が姫様を一人にするとは思えないな」
少しの間。
でもすぐに明るいステュアートの声が響く。
「カーテンに隠れるのはいいですけど、おみ足が少し見えてますよ……?」
そう言われ、ゆらゆらとカーテンが揺れてしまう。それは私の動揺からだ。
「姫様、このステュアートと遠乗りに行きませんか?」
「……書類がたくさんあるし、私は遠乗りが嫌いだ!!」
先ほど行きたがっていた遠乗り。なぜステュアートが誘って来たのか私は驚く。それはマシューも思っていたようだ。カーテンの隙間から、騎士らしくないあんぐりした表情が見える。
その間、私はずっとステュアートに誘われていた。
「息抜きって事で、いいじゃないですか。帰ってきたら私も書類整理を手伝いますから」
「聖騎士だというのに、暇な事だな……!!」
「それだけ平和という事で、喜ぶべきですよ? ……えいっ!」
私がステュアートにより、カーテンから剥がされた。そのままずるずると引き摺られて行く。
「くっ……! ステュアートよ、不敬罪だぞ……!」
「はいはい、馬の用意は済んでますからね」
「ステュアート!!」
私はステュアートに対し、本当の不敬罪に処すなどの厳しい態度に出られない。何故なら、愛するマシューがステュアートの事を想っているからだ。
また、マシューもステュアートの行動を止めない。多分ステュアートの想い人が私で、その気持ちを尊重したいからだと思う。
更に、ステュアートは私が強く出ないので、照れているだけだと勘違い──。
(……どうなっちゃうの、これ!?)
私はマシューに手を振られながら、行きたかった、いや、行きたくなくなった遠乗りに出発した。
「マシュー! ……マシュー? 居るの?」
「はい、ここに」
週明けの執務室は忙しかった。書類に埋もれた私を救出するため、専任騎士のマシューが駆けてくる。
「兄上にも困ったものだ……! さんざん安請け合いした挙句、私に仕事を回して……!」
「それは姫様を信頼なさってこそですよ」
苦笑する私だけれど、マシューの言葉は心地良い。
「まったく、出来た臣下だな」
「はは、おだてましたね? では、ぜひ、書類をお手伝いさせて頂きましょう」
何も言わずに、私は書類の束を差し出した。書式別に整理する事が、マシューへ言い渡すいつもの仕事だからだ。
「はい、かしこまりました」
マシューが一礼して書類を受け取る。執務室に、静かな時間が流れ始めた。
どれくらい時間が経っただろうか。
私はぽつりと呟いた。
「マシュー、この間の話、考えてくれたか……?」
「……あの時申し上げた通り、無理ですよ」
「そうか……」
私は書類から目を上げて、マシューを見つめる。
主君である私が、この専任騎士に恋心を抱いてから、もう何年になるだろう。ブルネットで黒い瞳の私と違い、金髪碧眼のマシューは眩しく、出会った頃から立派で、戦災孤児の面倒を見るほど優しいのだ。
最初は、傍に立たせておくだけで満足だった。
次に、仕事以外のことも話したくなり。
そのうち、触れたくなった。
そして、それ以上を望んだ――。
「ふん、お前は嘘つきだ。騎士になる時、血の一滴まで私に捧げると誓ったはずだぞ」
「申し訳ありません、血はもちろん全て姫様に、しかし恋心はステュアートに捧げたいんです。あの栗色の髪と、無邪気できょろっとした瞳が毎日私を悩ませています」
「……馬鹿ね、ステュアートとは男同士。もっと言えば、そんな関係でもないくせに」
溜息をつく私に、マシューは微笑を浮かべる。
「さ、姫様。もう少し書類を頑張りましょう」
「──遠乗り」
「は?」
「遠乗りに行きたい」
私は判りやすい交換条件を出した。ただ、書類を仕上げないと困るのは私なので、本当は交換条件になっていない。
でも、マシューは二つ返事で快諾してくれた。
私は満面の笑顔を見せた事だろう。
「どこまで行くかな……」
楽しく行き先を選定しながら、物凄いスピードで事務処理して行く私。マシューと遠乗りに行けると思えば当然だった。処理される書類の量を見て、マシューも喜んでいる。
私は体力こそ無いものの、特別に頭脳が秀でていた。このような事務処理の類から、チェスのようなボードゲーム、それに戦略戦術まで。だからお兄様にコキ使われて、マシューにも迷惑が掛かるのだけれど。
そこへ、こんこんというノックの音が聞こえてくる。
「すみません、聖騎士団のステュアートですが」
ドアの向こうからその声が聞こえた瞬間、私は立ち上がった。まるでバネのような動きだ。
「わ、私は留守だからな!!」
私がそう言い捨て、分厚いカーテンの隙間に入った。今、瞬時に隠れられるのはここだけとも言える。
「失礼します」
まだ入室の許可も与えていないのに、ステュアートはドアを開けたようだ。その途端、マシューの嬉しそうな声が聞こえてくる。
「やぁステュアート、私に用か?」
「そんな訳ないだろ!? ──姫様はどこ?」
「残念、お留守だよ」
「君が姫様を一人にするとは思えないな」
少しの間。
でもすぐに明るいステュアートの声が響く。
「カーテンに隠れるのはいいですけど、おみ足が少し見えてますよ……?」
そう言われ、ゆらゆらとカーテンが揺れてしまう。それは私の動揺からだ。
「姫様、このステュアートと遠乗りに行きませんか?」
「……書類がたくさんあるし、私は遠乗りが嫌いだ!!」
先ほど行きたがっていた遠乗り。なぜステュアートが誘って来たのか私は驚く。それはマシューも思っていたようだ。カーテンの隙間から、騎士らしくないあんぐりした表情が見える。
その間、私はずっとステュアートに誘われていた。
「息抜きって事で、いいじゃないですか。帰ってきたら私も書類整理を手伝いますから」
「聖騎士だというのに、暇な事だな……!!」
「それだけ平和という事で、喜ぶべきですよ? ……えいっ!」
私がステュアートにより、カーテンから剥がされた。そのままずるずると引き摺られて行く。
「くっ……! ステュアートよ、不敬罪だぞ……!」
「はいはい、馬の用意は済んでますからね」
「ステュアート!!」
私はステュアートに対し、本当の不敬罪に処すなどの厳しい態度に出られない。何故なら、愛するマシューがステュアートの事を想っているからだ。
また、マシューもステュアートの行動を止めない。多分ステュアートの想い人が私で、その気持ちを尊重したいからだと思う。
更に、ステュアートは私が強く出ないので、照れているだけだと勘違い──。
(……どうなっちゃうの、これ!?)
私はマシューに手を振られながら、行きたかった、いや、行きたくなくなった遠乗りに出発した。
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