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20.洗礼
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その小夜が、本日は俺を困惑させてくる。お付きの信者から子供用の聖書を借りているのは把握していたのだが、それを読んだ小夜から「健治は神様」の認定を受けるとは思わなかった。俺は無宗教だというのに。
俺と小夜はしばらく無言で見つめ合っていたけれど、神様扱いされていると思えばくすぐったくて、思わず目を逸らしてしまう。そこに小夜がぽつりと呟いた。
「……よく覚えてないけど、真っ暗だった場所から健治が私の世界を創った気がする。それで健治はいつも私の傍にいて、私を好きでいてくれる。これって神様でしょ?」
「いや、カミサマってのは別に居るんだよ。この教会に住んだり、通ってきてるヤツらは、みんなそのカミサマを信じてる」
「……ふうん? あっ、健治も信じてるんだよね!? 聴罪司祭だし!」
「ここじゃそういう事になってんな。なんで知ってんだ?」
「教会のみんなが教えてくれた! 健治ってすごいんだね! ……私も大きくなったら健治みたいになりたい。『ゆるしの秘跡』で沢山の人を助けてあげるの!」
随分と希望に溢れた発言は本気のようで、小夜が俺をキラキラした瞳で見つめていた。
「私、このまま教会に居れば聴罪司祭になれる?」
「いや~……たぶん無理じゃねぇかな」
「じゃあどうしたらいい!?」
「……ちょっと待ってろ」
二百年前の小夜は、酔うと「営業なんか誰でもできる、もっと特別な仕事がしたかった」なんて零していた。俺はその都度「特別じゃなくたって、お前は立派な社会人だ!」と言ってやるのだが翌朝には忘れている。
しかし現在の小夜は違った。小学校すら行けずとも「大きくなったら聴罪司祭になりたい」なんて特別な目標を持とうとしているのだ。それは悪くない事だと思ったので端末を使う。そうすると、ただの司祭になるだけでも高校や大学卒業後に神学校へ、などという今の小夜には絶対無理な条件が提示された。聴罪司祭になるには、もっと勉強が必要だ。
「うーん……」
「健治が難しい顔してる! 私、聴罪司祭になれないの?」
「いや……」
そこにコンコンというノックの音が響く。そういえば夕食の時間が近いので、お付きの信者が呼びに来たのだろう。
その予測は当たっていて、ドアの向こうから見慣れた顔が覗いた。小夜はターッとお付きの信者に駆け寄り、先ほどの希望を言う。お付きの信者は小夜の事を『救うべき哀れな存在』としか認識していない。しかしその小夜が俺に感化され聴罪司祭を目指したいというのには、うんうんと頷いていた。そして俺に「小夜さんの洗礼は済んでおられますか」と聞いてくる。「そんなモン知るか」という感じだ。なので俺は首を振る。お付きの信者はそれを見て「まずは洗礼からだね」と小夜に吹き込んだ。もちろん小夜は「センレイ、センレイ! 今すぐセンレイ!」と騒いでいる。
お付きの信者は、俺が洗礼の儀式をするように言って来たが、作法も知らないし『ゆるしの秘跡』の時みたいな『便利な洗礼係』にされても困る。なので、こちらの司祭の顔を立てて――のような話で誤魔化した。
小夜の洗礼は次の日曜に行われ、それを見学していた俺からすれば――白い服に身を包んだこの教会の司祭が、祈りの言葉などを挟みつつ、小夜を水にばちゃばちゃ浸けるだけという感じだった。ただまぁ俺も服が白っちゃあ白だし「ご一緒に」と言われたので、水に浸す儀式には参加する。貰った名前はアンナ。なんだか聞いた事がある。つまり普通な名前だけれど、平凡が一番だ。
その小夜は「やったー! これで健治とお揃いのキリスト教徒だ!」と手放しで喜んでいる。ひょんな事で良い風に転び、小夜が神学校へ行ける事もあるかもしれないし、俺も一緒に喜んでやった。
そうして、また楽しい暮らしに戻る。国内をあっちこっち行ったり、教会で大人しくしたり、通院したりの繰り返しだ。俺としては小夜の様子を見つつ、かなりの努力をしたつもりである。
出掛けた中で特に印象深かったのは南方の離島だろうか。まだ自然が残っていて、二百年前と同じ空気すら漂っている。小夜も気に入ったようで、次の通院までの三週間、ずっとその島に滞在しようと決めた。まぁ確かに海は綺麗だし、住んでいる人々も素朴でいい。難点を言えば、俺の格好で判断して、カトリックの信者が拝んでくる所だろうか。ここには寺と神社はあるが教会だけ無く、本島までミサに行っていた信者には俺という存在が喜ばしいようだ。気づくとホテルの部屋の前に季節の果物などがお供えしてある事もあった。あと、日曜日に後を付いてきたり。俺にはミサをやる知識が無いので「きちんと本島へ行け」と勧め、疑われないよう最後は「In nomine Patris, et Filii, et Spiritus Sancti. Amen.」で〆る。
ただまぁ一つだけ、洗礼だけはやってやった。手順を覚えていたというのもあるし、赤ん坊を連れて移動する母ちゃんが大変そうだったので。
そこから通院を経て、またしばらく教会で静養し、他の場所で思い出作りとやらを行う。
俺と小夜はしばらく無言で見つめ合っていたけれど、神様扱いされていると思えばくすぐったくて、思わず目を逸らしてしまう。そこに小夜がぽつりと呟いた。
「……よく覚えてないけど、真っ暗だった場所から健治が私の世界を創った気がする。それで健治はいつも私の傍にいて、私を好きでいてくれる。これって神様でしょ?」
「いや、カミサマってのは別に居るんだよ。この教会に住んだり、通ってきてるヤツらは、みんなそのカミサマを信じてる」
「……ふうん? あっ、健治も信じてるんだよね!? 聴罪司祭だし!」
「ここじゃそういう事になってんな。なんで知ってんだ?」
「教会のみんなが教えてくれた! 健治ってすごいんだね! ……私も大きくなったら健治みたいになりたい。『ゆるしの秘跡』で沢山の人を助けてあげるの!」
随分と希望に溢れた発言は本気のようで、小夜が俺をキラキラした瞳で見つめていた。
「私、このまま教会に居れば聴罪司祭になれる?」
「いや~……たぶん無理じゃねぇかな」
「じゃあどうしたらいい!?」
「……ちょっと待ってろ」
二百年前の小夜は、酔うと「営業なんか誰でもできる、もっと特別な仕事がしたかった」なんて零していた。俺はその都度「特別じゃなくたって、お前は立派な社会人だ!」と言ってやるのだが翌朝には忘れている。
しかし現在の小夜は違った。小学校すら行けずとも「大きくなったら聴罪司祭になりたい」なんて特別な目標を持とうとしているのだ。それは悪くない事だと思ったので端末を使う。そうすると、ただの司祭になるだけでも高校や大学卒業後に神学校へ、などという今の小夜には絶対無理な条件が提示された。聴罪司祭になるには、もっと勉強が必要だ。
「うーん……」
「健治が難しい顔してる! 私、聴罪司祭になれないの?」
「いや……」
そこにコンコンというノックの音が響く。そういえば夕食の時間が近いので、お付きの信者が呼びに来たのだろう。
その予測は当たっていて、ドアの向こうから見慣れた顔が覗いた。小夜はターッとお付きの信者に駆け寄り、先ほどの希望を言う。お付きの信者は小夜の事を『救うべき哀れな存在』としか認識していない。しかしその小夜が俺に感化され聴罪司祭を目指したいというのには、うんうんと頷いていた。そして俺に「小夜さんの洗礼は済んでおられますか」と聞いてくる。「そんなモン知るか」という感じだ。なので俺は首を振る。お付きの信者はそれを見て「まずは洗礼からだね」と小夜に吹き込んだ。もちろん小夜は「センレイ、センレイ! 今すぐセンレイ!」と騒いでいる。
お付きの信者は、俺が洗礼の儀式をするように言って来たが、作法も知らないし『ゆるしの秘跡』の時みたいな『便利な洗礼係』にされても困る。なので、こちらの司祭の顔を立てて――のような話で誤魔化した。
小夜の洗礼は次の日曜に行われ、それを見学していた俺からすれば――白い服に身を包んだこの教会の司祭が、祈りの言葉などを挟みつつ、小夜を水にばちゃばちゃ浸けるだけという感じだった。ただまぁ俺も服が白っちゃあ白だし「ご一緒に」と言われたので、水に浸す儀式には参加する。貰った名前はアンナ。なんだか聞いた事がある。つまり普通な名前だけれど、平凡が一番だ。
その小夜は「やったー! これで健治とお揃いのキリスト教徒だ!」と手放しで喜んでいる。ひょんな事で良い風に転び、小夜が神学校へ行ける事もあるかもしれないし、俺も一緒に喜んでやった。
そうして、また楽しい暮らしに戻る。国内をあっちこっち行ったり、教会で大人しくしたり、通院したりの繰り返しだ。俺としては小夜の様子を見つつ、かなりの努力をしたつもりである。
出掛けた中で特に印象深かったのは南方の離島だろうか。まだ自然が残っていて、二百年前と同じ空気すら漂っている。小夜も気に入ったようで、次の通院までの三週間、ずっとその島に滞在しようと決めた。まぁ確かに海は綺麗だし、住んでいる人々も素朴でいい。難点を言えば、俺の格好で判断して、カトリックの信者が拝んでくる所だろうか。ここには寺と神社はあるが教会だけ無く、本島までミサに行っていた信者には俺という存在が喜ばしいようだ。気づくとホテルの部屋の前に季節の果物などがお供えしてある事もあった。あと、日曜日に後を付いてきたり。俺にはミサをやる知識が無いので「きちんと本島へ行け」と勧め、疑われないよう最後は「In nomine Patris, et Filii, et Spiritus Sancti. Amen.」で〆る。
ただまぁ一つだけ、洗礼だけはやってやった。手順を覚えていたというのもあるし、赤ん坊を連れて移動する母ちゃんが大変そうだったので。
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