13 / 20
13.花華クリニック
しおりを挟む
しばらく経つと、輝は滅茶苦茶デカい報告をしてきた。遂に輝の夢だった医院を開業するというのだ。診療科目は予定通り、精神科、心療内科、整形外科、内科。整形外科と内科は輝の専門じゃないので、知り合いの医者に頼むらしい。そして、初診の患者の問診票は全て輝がチェック。憑いていそうな患者は、輝が診てから希望の科へ通すとか。これなら「肩が重くて」とか「疲労感がずっと取れない」など、よくある主訴で悪霊にやられていた患者は、輝が手をかざした瞬間に救われる。そこで取りこぼしても、他の科に悪霊や呪いの気配が感じられれば即除霊へ向かうそうだ。私は輝の方針に賞賛を送るが、そんな凄い医院の屋号を『花華クリニック』にするのだけは戴けない。華とは多分、私の名前の一部だろう。私がそう思っていると、輝は見透かしたように「あの一千万円、開業資金に使わせていただきました。なので花華です」と微笑んできた。いやいや、開業資金の中の一千万円が微々たる金額というのは、素人の私でも解る。私が喋れたなら全力で遠慮したいが、悲しいかな輝にそれを伝えられない。
クリニックを建てるのと一緒に、輝は職場の近くへ引っ越した。一戸建てには興味が無いようで、なんだか豪華っぽいマンションだ。医者ならこんなモンか。でもベッドはセミダブルのままだった。石像の私とくっ付いて寝たいという輝の想いは嬉しいが、だいぶ広い寝室なので見劣りする。ただ、寝室には大きな書棚三つに机と椅子、ソファと揃いのテーブル、テレビなどの家電が置かれ、その他にクロゼットもあるし、何というか水周り関係以外は全てここで済んでしまいそうな勢いだった。輝に新居を案内してもらった時「けっこう部屋数があるなぁ」と思っていたから勿体無い。でも、毛利と吉岡夫妻、未だ独身の大久保が来て新年会をした際、それぞれに一部屋ずつ宛がっていたから、全くの無駄でもないと思い直した。個室があるので奥さんと子供は先に寝られるし、男衆も好き放題に飲める。
この面子は何かと輝の家に遊びに来て、まずは輝と私に挨拶、そこから持ち寄った酒と肴で飲んだり食ったり。輝や毛利、吉岡、大久保の会話は懐かしい上に笑えたし、奥さん同士もすっかり仲良くなって――例えば今は『幼児がいても、すぐウマおかず!』のレシピを披露していて楽しい。もちろん日に日に大きくなっていく毛利と吉岡の子供も、舌足らずなお喋りが可愛い過ぎる。
こんな感じだから、輝のクリニックが開業する直前にもお祝いを持って駆けつけてくれた。お祝いの品はステーキ用の肉が三箱と生牡蠣。ステーキは輝の大好物だが、生牡蠣は最高に苦手な食品である。生牡蠣に対し「ちょっとしたジョークだ」と言った大久保は、耳を摘ままれ持ち上げられていた。よく千切れなかったなと思う。
一通りの挨拶が終わると、輝はクリニックに皆を案内した。私も当然のように連れて行かれる。どんな建物なのか多大な興味があったので嬉しい。
まず輝は、出来上がったばかりの外構なんかを見せてくれる。『花華クリニック』というデカい看板は、やはり恥ずかしかった。他にはゆとりのある駐車スペースが幾つか。しかし患者が歩く通路と思しき部分も広め、地面が味気ない程ぺったんこだ。まるで車道のように。私の意見を言わせて貰うなら、敷石を置いたりすればデザイン的に良くなると思う。ただまぁ、その他の部分には芝生と、まだ細い桜が何本も植えてあった。ベンチも用意してあるので「この桜で花見が出来るくらい、輝のクリニックが続けばいいなぁ」などと願う。
その後、輝はぺたんこな通路を歩いてクリニックの玄関へ向かった。大きくしたカフェみたいな、あまり医療機関っぽくない温かみのある建物が見えてくる。内装は落ち着く濃いめのグレーとアイボリー、間接照明を多用しており、お洒落な感じはするのだが――観葉植物の鉢なんかが置いていないので、どこか無機質だ。あと、床はあくまでぺったんこなのに、待合室にはわざわざ高い床を作っての畳敷きコーナーがあったりする。何となくのミスマッチは奥さん連中も感じたようで、輝に軽く質問が投げかけられた。
「ああ、床がフラットなのも、あの畳も、整形外科の患者さんへの配慮です。デコボコしてると車椅子や杖の患者さんが困っちゃいますし、畳はソファに座れない――例えば腰をやっちゃって横向きで寝ているのがラクとか、膝が曲げられないとか、そういう患者さんが使うんですよ。高さがあるのは座った姿勢から動く方が簡単なので。畳がいいかなぁと思ったのは、利用者がご高齢の患者さん中心と想定しての事ですね」
その目線で見れば、通路のぺったんこや床に観葉植物を置かない理由にも納得だ。あの辺に緑があればいいんじゃないか? という壁にはしっかり手摺りが付いている。
後は一番から十番まである診察室、レントゲン室、マッサージやリハビリする部屋を見せてもらい、私としては満足した。毛利たちも「大きいね~」「すごいなぁ」を連発している。そんな中、二~三歳だろう吉岡の子供がタタッと移動し、輝の脚に抱きついた。
「はながわくん」
「なんだい?」
「いちばんしゅきなのどれしか?」
「……ん? イチバンシュキナノドレシカ……?」
これを聞き、私の頭の中には何故かカーボンナノチューブとドレッシング、鹿せんべいが浮かんでくる。輝もピンと来なかったようだけれど、吉岡が「この建物の中で一番好きなのは、どの部分かという事です……すみません」と笑いながら翻訳してくれたので理解できた。
「ええと、このクリニックで僕が一番好きな部分は、診察室の奥に廊下があって、全ての部屋が繋がってる所だよ。お陰で僕は好き勝手に移動できる」
「しゅごーい!」
何が凄いのか吉岡の子供には解らないと思うのだが、チビはチビなりに感じるものがあったらしく、ぱちぱちと拍手する。つられて毛利の子供も意味無く拍手するのが面白い。
ただまぁ私は「ああ、そうだったか」と今さら気づいた感じだ。輝は内科だろうと整形外科だろうと、怪しい気配を感じればすぐ顔を出して除霊するつもりなのだから、好き勝手に移動できればさぞかし便利と思われる。
その辺でチビどもが退屈し始めたので、見学は終了。「今日はお祝いだけですし……」と固辞する奥さんたちを押し切り、男衆は大久保を筆頭に輝の家へ戻って飲み会に突入した。普段の持ち寄り式じゃないから、輝は「いただいたお肉でステーキでも」と考えたらしいが、独り者には七人分の食器が無い。そこに「おなかしゅいたー、おしゅしぃ」と泣き始める毛利の子供。輝は「おしゅしぃ……お寿司だね!?」と今回は解読し、サビ入り大人用五人前、サビ抜き子供用二人前を発注。寿司はすぐに届いたが、なぜかどれもサビ抜き子供用であった。ちなみに、冷蔵庫にワサビの在庫は無し。『金持ち喧嘩せず』なのか、寿司屋に苦情も入れずワサビを買いに行こうとする輝に、ちょっと酔った大久保が「お前が主役なんだから座っとけ! チビは女房が面倒見とけ!」と言い、同じく酔っ払い気味の毛利と吉岡を引き連れて買い物へ。そうして持ち帰って来た物が『ビール、日本酒、つまみ、西洋ワサビのチューブ』だったので、これには輝も奥さんたちも爆笑だ。結局、寿司は醤油だけで食べられ、西洋ワサビのチューブは冷蔵庫へ。たぶん一度も使われずに賞味期限を迎えてしまう気がする。
クリニックを建てるのと一緒に、輝は職場の近くへ引っ越した。一戸建てには興味が無いようで、なんだか豪華っぽいマンションだ。医者ならこんなモンか。でもベッドはセミダブルのままだった。石像の私とくっ付いて寝たいという輝の想いは嬉しいが、だいぶ広い寝室なので見劣りする。ただ、寝室には大きな書棚三つに机と椅子、ソファと揃いのテーブル、テレビなどの家電が置かれ、その他にクロゼットもあるし、何というか水周り関係以外は全てここで済んでしまいそうな勢いだった。輝に新居を案内してもらった時「けっこう部屋数があるなぁ」と思っていたから勿体無い。でも、毛利と吉岡夫妻、未だ独身の大久保が来て新年会をした際、それぞれに一部屋ずつ宛がっていたから、全くの無駄でもないと思い直した。個室があるので奥さんと子供は先に寝られるし、男衆も好き放題に飲める。
この面子は何かと輝の家に遊びに来て、まずは輝と私に挨拶、そこから持ち寄った酒と肴で飲んだり食ったり。輝や毛利、吉岡、大久保の会話は懐かしい上に笑えたし、奥さん同士もすっかり仲良くなって――例えば今は『幼児がいても、すぐウマおかず!』のレシピを披露していて楽しい。もちろん日に日に大きくなっていく毛利と吉岡の子供も、舌足らずなお喋りが可愛い過ぎる。
こんな感じだから、輝のクリニックが開業する直前にもお祝いを持って駆けつけてくれた。お祝いの品はステーキ用の肉が三箱と生牡蠣。ステーキは輝の大好物だが、生牡蠣は最高に苦手な食品である。生牡蠣に対し「ちょっとしたジョークだ」と言った大久保は、耳を摘ままれ持ち上げられていた。よく千切れなかったなと思う。
一通りの挨拶が終わると、輝はクリニックに皆を案内した。私も当然のように連れて行かれる。どんな建物なのか多大な興味があったので嬉しい。
まず輝は、出来上がったばかりの外構なんかを見せてくれる。『花華クリニック』というデカい看板は、やはり恥ずかしかった。他にはゆとりのある駐車スペースが幾つか。しかし患者が歩く通路と思しき部分も広め、地面が味気ない程ぺったんこだ。まるで車道のように。私の意見を言わせて貰うなら、敷石を置いたりすればデザイン的に良くなると思う。ただまぁ、その他の部分には芝生と、まだ細い桜が何本も植えてあった。ベンチも用意してあるので「この桜で花見が出来るくらい、輝のクリニックが続けばいいなぁ」などと願う。
その後、輝はぺたんこな通路を歩いてクリニックの玄関へ向かった。大きくしたカフェみたいな、あまり医療機関っぽくない温かみのある建物が見えてくる。内装は落ち着く濃いめのグレーとアイボリー、間接照明を多用しており、お洒落な感じはするのだが――観葉植物の鉢なんかが置いていないので、どこか無機質だ。あと、床はあくまでぺったんこなのに、待合室にはわざわざ高い床を作っての畳敷きコーナーがあったりする。何となくのミスマッチは奥さん連中も感じたようで、輝に軽く質問が投げかけられた。
「ああ、床がフラットなのも、あの畳も、整形外科の患者さんへの配慮です。デコボコしてると車椅子や杖の患者さんが困っちゃいますし、畳はソファに座れない――例えば腰をやっちゃって横向きで寝ているのがラクとか、膝が曲げられないとか、そういう患者さんが使うんですよ。高さがあるのは座った姿勢から動く方が簡単なので。畳がいいかなぁと思ったのは、利用者がご高齢の患者さん中心と想定しての事ですね」
その目線で見れば、通路のぺったんこや床に観葉植物を置かない理由にも納得だ。あの辺に緑があればいいんじゃないか? という壁にはしっかり手摺りが付いている。
後は一番から十番まである診察室、レントゲン室、マッサージやリハビリする部屋を見せてもらい、私としては満足した。毛利たちも「大きいね~」「すごいなぁ」を連発している。そんな中、二~三歳だろう吉岡の子供がタタッと移動し、輝の脚に抱きついた。
「はながわくん」
「なんだい?」
「いちばんしゅきなのどれしか?」
「……ん? イチバンシュキナノドレシカ……?」
これを聞き、私の頭の中には何故かカーボンナノチューブとドレッシング、鹿せんべいが浮かんでくる。輝もピンと来なかったようだけれど、吉岡が「この建物の中で一番好きなのは、どの部分かという事です……すみません」と笑いながら翻訳してくれたので理解できた。
「ええと、このクリニックで僕が一番好きな部分は、診察室の奥に廊下があって、全ての部屋が繋がってる所だよ。お陰で僕は好き勝手に移動できる」
「しゅごーい!」
何が凄いのか吉岡の子供には解らないと思うのだが、チビはチビなりに感じるものがあったらしく、ぱちぱちと拍手する。つられて毛利の子供も意味無く拍手するのが面白い。
ただまぁ私は「ああ、そうだったか」と今さら気づいた感じだ。輝は内科だろうと整形外科だろうと、怪しい気配を感じればすぐ顔を出して除霊するつもりなのだから、好き勝手に移動できればさぞかし便利と思われる。
その辺でチビどもが退屈し始めたので、見学は終了。「今日はお祝いだけですし……」と固辞する奥さんたちを押し切り、男衆は大久保を筆頭に輝の家へ戻って飲み会に突入した。普段の持ち寄り式じゃないから、輝は「いただいたお肉でステーキでも」と考えたらしいが、独り者には七人分の食器が無い。そこに「おなかしゅいたー、おしゅしぃ」と泣き始める毛利の子供。輝は「おしゅしぃ……お寿司だね!?」と今回は解読し、サビ入り大人用五人前、サビ抜き子供用二人前を発注。寿司はすぐに届いたが、なぜかどれもサビ抜き子供用であった。ちなみに、冷蔵庫にワサビの在庫は無し。『金持ち喧嘩せず』なのか、寿司屋に苦情も入れずワサビを買いに行こうとする輝に、ちょっと酔った大久保が「お前が主役なんだから座っとけ! チビは女房が面倒見とけ!」と言い、同じく酔っ払い気味の毛利と吉岡を引き連れて買い物へ。そうして持ち帰って来た物が『ビール、日本酒、つまみ、西洋ワサビのチューブ』だったので、これには輝も奥さんたちも爆笑だ。結局、寿司は醤油だけで食べられ、西洋ワサビのチューブは冷蔵庫へ。たぶん一度も使われずに賞味期限を迎えてしまう気がする。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
完結まで執筆済み、毎日更新
もう少しだけお付き合いください
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる