溺れる僕

けろけろ

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溺れる僕

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 明日は優香さんと海へ行く。僕がねだった形で。季節はまだ梅雨。泳ぐにはだいぶ早いけれど、海の風情が好きだし、足だけでも浸かりたいと思う。波が引いた時、海に連れて行かれそうになる、素足の感覚を味わいたくて仕方ない。移動手段に車を選んだのも僕だ。海までも、海からの帰りも、優香さんと二人の空間が得られるから。

 大学二年生の優香さんがペーパードライバーで、レンタカーも用意しなければいけない事は知っていた。海なし県からの移動が長距離なのも解ってる。高校生の僕にだって、大変だろうなという事は理解できた。でもまぁ、お願いしてみる。年下であり、彼氏でもある特権だと思ってくれていい。優香さんはちょっと困りつつも了承。だから二人だけで海へ行ける。

 当日はスッキリした晴れ。朝が早いので母さんに二人分の朝食を持たされた。僕が作ったら良かったな、と思っていたら、優香さんは昼用のお弁当を持ってくる。一気にお昼が楽しみになった。
 でも取り敢えずは朝ごはん。車が走り出し、しばらくした高速のサービスエリアでおにぎりとソーセージなどを食べる。その際、一瞬だが優香さんが「あれっ?」という表情を見せた。気になった僕は優香さんに問いかけてみる。でも「なんでもない」と言うばかりだ。問い詰めても仕方ないので、気分を切り替え朝食の続き。車内なのをいい事に「はい、あーん」で食べさせた。優香さんは恥ずかしそう。そんな貴女も可愛いです。

 その後は楽しく会話しながら、車を走らせること二時間。なんと水族館に連れてこられた。僕は砂浜さえあれば良かったのだけれど。でも優香さんの心遣いが嬉しくて、さっそく水族館へ。中では様々な水槽と、イルカなどのショーが待っていた。楽しいし興味深い。

 夢中になって見ていたら、もうお昼。お腹もすいたので、優香さんのお弁当を頂こうじゃありませんか。
 そう伝えたら、優香さんはお弁当を車の中に入れっ放しにしていた、しかも水族館に併設のレストランで食べようと言ってくる。朝は放って置いたけど、今度は問い詰めなければ。
「何でですか? 言わないとここでキスしますよ?」
 これには優香さんも参ったらしく、話してくれたのは僕にとってどうでもいい内容。優香さんのお弁当は、母さんが作ってくれたお弁当と、内容が丸かぶりしているらしい。しかも母さんのお弁当の方が上手だとか。そんな事は問題になりません。優香さんが作ったお弁当が食べたい訳ですから。
 そう言うと、優香さんは明らかに照れていた。なので優香さんの手を引き水族館を出る。
 さぁ、後は楽しい昼食です。でも、車内ではなく場所を変えましょう。

 僕は車内のお弁当を回収して、砂浜がありそうな場所まで優香さんと一緒に歩く。もう海は見えているので、あとちょっと。
「あ、着きました……!」
 梅雨空でも晴れていた砂浜には誰もいなくて、僕と優香さんだけだ。何たる幸運。優香さんはレジャーシートも用意してくれていたので、そこに座る。
 そうして並べたお弁当は、確かに母さんの物よりは不出来だった。おにぎりはまん丸だし、卵焼きは甘すぎて所々ジャリッとする。でも僕はこのお弁当が一番食べたかった。そう伝えると「嬉しい……」という返答があった。優香さんの視線は波しぶきに向かっていて、僕の方を決して見ない。明らかに恥ずかしがってるので可愛いから、今度こそキスさせて貰った。「ちょっと、こんな場所で」と優香さんは言いますが、誰も居ないこんな場所だからこそですよ。

 美味しい昼食後、僕たちは海で遊んだ。海水浴が出来る訳でもないから、砂浜に漂着したものを興味深く眺めたり、その中に貝殻があれば拾ったり。
 そうしてもちろん僕は素足になって、足首まで海に浸かった。僕の足裏の砂が、波と一緒に持って行かれる。面白いし、心地よい。ずうっと同じ場所に立っていると、心まで引き寄せられそうになった。このまま全身を海に浸けたら、どうなるのかなぁ。
 そこで優香さんが僕の名を呼ぶ。なんと小魚を捕まえたらしい。だから僕は、波の中から帰って来られた。

 こうして、はしゃいだ後の帰り道は、寂しくて口数が少なくなる。でも隣の優香さんを見たらもっと寂しそうだったので、車を降りてもデートは続行。優香さんのアパートへ行く。寄り添うだけでは足りないから、キスをして次も。その最中、あちこちから海の匂いがするし、いつの間にか入り込んでいた砂がぽろぽろ落ちてきた。
 ああ、今も僕は海の続きにいるらしい。ただ、波ではなく優香さんに持って行かれてる、溺れてる。
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