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19.恋の秘密

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 学校に戻ると、魔王はまだ中庭を見ていた。
「ま、魔王! 大変なんだ!」
 俺は先ほどの経緯を魔王に話す。すると魔王がにんまりした笑顔になった。
「ヤダ~! トンちゃん、恋しちゃったのかしら!」
「恋……俺が?」
「一目惚れってやつね、でも相手は人間……猫獣人のトンちゃんには荷が重いけど、うちのメイドにも人間とのハーフは居るし、大丈夫かも」
「いや、俺はそこまで考えていない! ただ、その少女に擦り寄りたいと思ってしまっただけで」
「それが証拠よ!」
 魔王に決めつけられて、俺はドギマギしてしまった。
「ま、ま、魔王、俺は過去に恋をした事はあるのか?」
「記憶にある限り無いわねぇ。でも恋心を隠していた可能性はあるわ」
「……そうか」
「トンちゃんの恋、アタシは応援したい。幸せになればそれでいいし――いざとなれば、残酷だけれどメアリーの記憶を失わせて、何も無かった事にできるわ」
「それでいい。獣人の記憶なんか持っていても気持ち悪いだけだろう……」
「その女の子がどこかへ行ってしまわないうちに、せめて名前と住所くらいは知りたいわね……案内して頂戴」
 魔王にそう言われ、まだ居るかどうか判らない先ほどの場所へ急ぐ。すると少女は今も馬車を眺めていた。でも、すぐ俺に気づく。
「あっ! お帰りなさい! 急にどこかに行っちゃうんだもん、びっくりしちゃっ……あれ? 今度はお友だちと一緒なの?」
「アタシはこの人――トンちゃんの……そうね、お友だちで合ってるわ」
「トンちゃんって言うんだ! 私メアリー! あなたは?」
 メアリーは魔王の方を向いている。なので魔王も名乗ろうとするが、いや人間界で『魔王』と言ったらダメそうだ。
 結局、魔王はマオウルとかいう偽名を使った。
 そこまで挨拶したところで、魔王が耳打ちをしてくる。
「ずいぶん小さくて可愛い子じゃないの! ……匂いは判らないけど」
「今もいい匂いがする、擦り寄りたい」
「そういうのは、了承を取らなくちゃダメよ! トンちゃんは紳士でしょ!」
「どうしたらいい?」
「そうね、馬車にでも乗ろうかしら?」
 魔王はそう言い、メアリーの家を尋ねる。メアリーがたたっと駆け出したので、魔王と俺は付いていった。
「ここがメアリーのお家!」
「……そうか」
 そこは決して裕福とは言えない家だった。
「ママー! お客さんー!」
 メアリーが叫ぶと、中から赤ちゃんを抱いた優しそうな女性が出てくる。一緒にこの家で飼っているらしい黒猫も現れた。黒猫はにゃおんとメアリーにスリスリしている。俺はそれが羨ましい。
 その間、魔王はメアリーの母親と話していた。メアリーが馬車に乗りたがっている事、こちらも観光でその辺を一周したい事、よかったらお母様もご一緒に、などなど。母親は大変恐縮していた。
「初対面の御方に、そこまでお世話になる訳には……」
「お気遣いなく、私も私の従者も、馬車に乗ったメアリーちゃんの笑顔が見たいのです」
「えっ! メアリー、馬車に乗れるの!? 乗りたい! 乗りたい!!」
 こうなってしまっては、母親も断れない。不安だから付いて行こうとしたらしいが、赤ちゃんが居るので無理だった。
 そんな母親に、魔王がぺらりと名刺を出す。
「……まぁ! 勇者学校の校長先生でいらっしゃるのですか!」
「はい、ですからご安心ください」
 魔王がニコッと笑う。この平々凡々な顔つきが、かえって母親を安心させたようだ。
「どうぞよろしくお願いします」
「お任せください。さ、メアリー、行きましょう」
「うん!」
 こうして、魔王と俺、メアリーは馬車の停留所へ向かう。もう夕暮れの停留所では、観光用の馬車が選び放題だった。
「魔王、どれにする?」
「そうねぇ、一番よさそうなのは、これかしら?」
 魔王の目は確かだったようで、街を一周するだけで王国金貨が二枚だった。その価値は確かに存在し、ふかふかの座席にメアリーが喜んでいる。
「わー! 本物の馬車だ!」
「そうかそうか、良かったな」
 俺は思わずメアリーの頭を撫でた訳だが。こんな幼気な少女に俺が恋をしていると思えば微妙だった。
「トンちゃんはメアリーの向かいに座りなさいな」
「隣じゃなくてか?」
「向かいの方が、よく姿が見えるでしょ。ただでさえフードを被ってるんだから」
「なるほど……」
 メアリーの隣には魔王が座り、いざ出発。馬車がゆっくり走り出した。車窓を流れる景色はゆっくりだが、観光スポットでは御者が説明をしてくれるので、なかなか楽しめる。
 そんな中、馬車に異変が起こった。急にがくんと停止したのだ。目の前を子供が通ったらしく、それ自体は別に気にしないのだが――問題は、その拍子に俺のフードが外れてしまった事だ。慌てて被りなおしたが、メアリーには発見された。
「大きい猫ちゃんだ!」
「すまない、騙すつもりは無かった」
「ううん、メアリー猫ちゃん大好きだもん……これ、あげるね」
 そう言いながらメアリーが取り出したのは、小さな巾着袋。その巾着袋で、俺は寝転がり酩酊状態になる。
「アラヤダ! メアリー、これって……」
「マタタビだよ! うちの猫も大好きなの!」
「トンちゃん……残念ながら恋ではなかったようね……」
 俺はマタタビに夢中だった。でも魔王が巾着袋を取り上げたので我に返る。
「お、俺は一体……」
「マタタビは転送の呪文で、どこか知らない場所に送ったわ。あれは猫が大好きな植物よ」
「そうか、俺は猫獣人だから……マタタビに反応して……」
 もうすっかりメアリーからは、いい匂いが消えていた。うっすら漂っているのは、巾着袋を持っていたせいだろう。でも、これくらいなら擦り寄りたいとは思わない。
 メアリーは俺をただの猫と認識したらしく、今は景色に夢中だ。でもまぁ、俺はフードを深く被り直した。
「……魔王、メアリーの記憶を消すのか?」
「必要ないわ。メアリーにとって、馬車は夢物語だもの。家に帰って母親に『大きな猫ちゃんがいて~』と話しても、流されて終わりよ」
 俺はホッとした。メアリーが無事に馬車の思い出を持って帰れるからだ。
 ちょうどその頃馬車が一周し、今度は静かに停まった。魔王と俺は、メアリーを家まで送ってから、俺のリクエストで『りんごのパイ』がある広場へ向かった。
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