人魚皇子

けろけろ

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28.侯爵家の令嬢より

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 だが、その翌日。
 俺のもとへ、思わぬ客人が現れる。それは泣き腫らした目をした公爵家の令嬢だった。アポイントも取らずの来訪なので俺は驚き、しかし丁重に客間へ通す。侍女にお茶を持って来させる間にも令嬢はしくしくと泣いており、俺は思わずうろたえてしまった。
 暫く経つと令嬢は冷静さを取り戻し、突然に来訪した理由を話し始める。
「……私、以前より殿下をお慕い申しておりました。それを察した父が、皇帝陛下へお願いに上がりまして――」
 それから令嬢に、よくよく話を聞いてみれば。なるほど、皇族と血縁関係を結びたい公爵家が、娘の傷跡と想いを利用して近づいて来たという訳だ。そこに俺をヴィ家当主として盛り立てたい父の思惑が一致したという所か。
 令嬢はこの事実にひどく恥じ入っている。どうせ俺の父には母から話が行っているので、立ち消えになる縁談ではあるのだが、それでも謝罪したいとの事だった。俺はそんな令嬢を見据え、静かに頭を下げる。
「こちらこそ傷跡を残してしまってすまない。貴女の想いに応えられれば良かったのだが――俺は未だ、エドという人間を愛しているんだ」
 令嬢は涙を堪えながら頷く。その表情から見受けるに、どうやら俺の事情を知っているようだ。エドの為とはいえ戦へ参加し、派手に海を荒らしたせいかもしれない。
 俺がそのまま令嬢の動きを待っていると、彼女は自分の胸を押さえた。心を落ち着かせているような仕草だ。
 やがて穏やかな表情を取り戻した令嬢は、その薄い唇を開いた。
「殿下、本日は謝罪の他に、お話をしたい事がございます。最近、夜中の合唱でエド皇子に関して得た情報があるのです」
「エドの? 何があった?」
 俺の心中は穏やかでない。そんな俺に令嬢は、勿体つけず話してくれた。

 それは数日前のことだ。かなり沖合いの岩場で夜中の合唱を楽しんでいた令嬢たちのもとに、一隻の小船がやって来た。令嬢たちは警戒し、いつでも逃げられるよう海へ飛び込む。そこに、小船の人間が声を掛けた。
 その内容は、戦が完全に終結した事への礼と、記念に行われる婚姻の儀への祝福が欲しいという願いだった。察するに、人魚は未だ神扱いを受けているようだ。
 令嬢は、その人間から聞いた婚姻の詳しい日時を教えてくれる。それは奇しくも俺が父より伝えられた、この令嬢との婚姻日と同日。この情報を知ってどうするという気持ちもあるが、俺はそれを心に刻み、取り敢えずの礼を言う。すると令嬢はまた泣き出してしまった。
「私がこのような事を言える身分でも立場でもございませんが、愛する二人は一緒に居るべきだと思うのです……!」
「……そうだな。しかし世界は、なかなかに難しいんだ」
 真珠だらけの令嬢へ、これ以上説明をしても仕方ないだろう。俺は泳いできてくれた事への感謝を述べ、正面玄関まで送った。

 それからの俺は、ひどく悶々と過ごしていた。ただでさえエドの件があるというのに、気分転換で訪ねていたドロイまで消えてしまったのだから尚更だ。俺は、ひたすらロージオに八つ当たりした。
「まったく、どこへ行ったんだドロイは! ロージオもそう思うだろう!?」
「……殿下、これっていつもの事でしょ?」
「ま、まぁな」
 ドロイは気ままに遠方への調査やら、武器の実験やらをしに行く。それが長期に渡る事も珍しくない。その件を俺に報告する義務は無いが、研究予算で少しは融通をしてやっているのだから――という気持ちも拭えなかった。
 気晴らしが出来ないため、俺の気持ちはどうしてもエドの事ばかりに向かう。俺はエドを未だ愛していて辛い。婚礼の日付けまで聞いてしまったし、発情期も迎えつつあるのだから余計に。

 俺はロージオに引き続き八つ当たりしながら、その日を迎えてしまった。
 そう、エドの婚礼の日だ。
 朝からイライラしている俺に、ロージオは妙な提案をしてきた。
「殿下、そんなに気になるなら、婚礼の様子を少しだけ見てきたら?」
「おっ、お前! よくそんな事が言えるな!」
 何が悲しくて、目の前で他の女のものになるエドを見なければならないのか。俺がぷいと横を向くと、ロージオは場違いな微笑を寄越した。
「殿下はエド皇子への想いを今でも断ち切れない。思い切って荒療治してみたらどう? それとも怖い? 私の主君って、そんな人魚だったっけ?」
「うるさい! 放っておけ! ……ん? ああ、そうか」
 そこで俺は思い出す。今日が絶好の交尾日和だという事に。
「成程な。俺を追いやって、お前は交尾か」
「殿下の騎士ともなると、引く手あまたでね。まぁ子孫を残すのも人魚の務めだし断れなくて。特に今回は、誰かさんが交尾を拒否しているので余計に!」
「……ロージオが交尾に行くとなると、俺はこの屋敷に一匹だな」
 下手をすれば侍女も出払ってしまうだろうから――でもまぁいい。本でも読んで過ごせば、あっという間だ。
 と、思っていたのに。
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