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愛してる
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百合は美しい。そして、美しいものを汚すことは、悪だ。
そう誓ったあの日以来、俺は恋人同士となった彼女たちを、良き友人として遠からずも近からずの絶妙なポジションで見守っている。
……というか、随分と長い長い片想いを経て、やっと恋を実らせた梅香は、幸せすぎるのだろう。めちゃくちゃアホみたいになっている。とめどなく繰り出される、どうしようもない惚気話に、どう返したものかと脳内で審議しているうちに、次の話題になってしまったりで、ろくなリアクションを取れていない。それが、絶妙な距離感で見守っているっぽくなっている。というのが実際のところだ。
「はぁー、らいち。すっごい好き。可愛すぎる」
「はいはい。毎日一緒にいて、ずっとそんな感じなのすげぇな」
「え……だって、すごいよ、らいち……ふふっ」
梅香は何か言いかけて、ニヤけ、黙った。
晴れて高卒認定資格を手に入れたらいちは、ヘアメイクが学べる専門学校へ進学することにした。そのタイミングで、大学院へ進学していた梅香と首都圏でルームシェアというか、同棲をしている。
今日は、入学準備や引っ越しで色々と取りこぼした役所や銀行などの手続きのために、わざわざ二人でこっちに来ていた。らいちが用達しをしている間、梅香は手伝いと称して俺の店に遊びにきていた。
「店の手伝いに来たんじゃなかったのかよ……」
半ば独り言でぼやきながら、今では当店の人気メニューとなっている苺のフルーツサンドとコーヒーを梅香へ差し出す。
「いただきまーす」
梅香は一口食べて視線を上げた。
「ん? パンケーキじゃなくなってる?」
「うん。最終的にシフォンケーキになった」
「フルーツサンドかな? これ」
「挟んだらサンドだろ? どう、美味くない?」
「うま! んで、杏ちゃんは、また失恋したの?」
雑な感想だな。と思いつつも「失恋じゃねぇよ」と彼女の向かいの席に着いた。
「行きつけのサウナの熱波師で、ちょっといいなって思う人がいて、なんとか仲良くなったら……その人が彼女連れて店に遊びにきただけだよ」
要件を一気に伝えて、自分用に淹れたコーヒーを啜る。梅香の様子が気になって、チラと視線を向けると、彼女は両手で顔を覆っていた。
「……せめて笑ってくれ」
「うん……可哀想なのはそうなんだけど……杏ちゃん、チョロすぎっていうか、結構すぐに好きな人できるよね?」
誰のせいだよ。
反射的にそう思ってしまったが、そんなのは誰のせいでもない。俺が寂しいからだ。
「でも、ショックだよね。よしよし」
梅香は優しく笑顔で手を伸ばし、俺の髪を撫でた。
「愛してる。梅香」
「まじでチョロいな。杏ちゃん」
冗談を受け取るように、傷ついた人を気遣うように、彼女は声のトーンを変えずに突っ込む。
「らいちも愛してる」
調子に乗って、思ったことをそのまま話す。
タイミングが良いのか悪いのか、らいちが店に入ってきた。
「杏? どしたん?」
「らいち。愛してる」
勢いでもう一度。それを聞いた梅香は、俺とらいちの間に割って入った。
「は? 私もらいち愛してますけど? てか、付き合ってますけど?」
「知ってるよ。寂しいんだよ」
開店準備中の店内は、しんと静まりかえった。
らいちは梅香と連れあって、向かい側の席に着く。そして俺の手をとり、視線を合わせた。
「わかる。私も寂しい。好きなのは梅香だけど、杏のことは愛してるって思ってる」
ん? 何のつもりだ? 梅香の様子が気になって、らいちの隣の彼女へ視線を移す。梅香は俺の視線を認めると、少し照れたように頷いた。
「私もね、杏ちゃんに、少なからず縁というか、絆みたいなのを感じてる」
二人で俺を慰めようと申し合わせてきたのだろうか。だとしたら、余計に寂しい。「慰めてくれてありがと……」やっと絞り出した強がりは、かすれていた。
「慰めじゃないよ。私のわがまま」
らいちは俺の手を握る手に力を入れて、続ける。
「梅香は、大好きな私の彼女。杏は、最愛の私の彼氏。それじゃダメかな?」
「それって……どういう?」
理解が追いつかなくて聞き返す。らいちは梅香の食べかけのフルーツサンドを指差した。
「このイチゴのクリームが私で、こっちのシフォンケーキが梅香で、反対側のシフォン、これが杏!」
一通り説明をして、俺の顔へ視線を戻し、満足げな笑顔のらいち。その隣で伏し目がちに照れた表情の梅香が続けた。
「杏ちゃんのこと、私は恋愛対象として見れないけど、友達以上の気持ちはあるよ……」
こんな彼女を見たのは初めてかもしれない。単刀直入に可愛いと思った。
「杏ちゃん。あの、端的に言うとね……穴兄妹同士、らいちに二股されてもいいかなって思ってる」
端的すぎる。俺の可愛いを返してほしい。
「あとさ、杏ちゃんって、行きずりの熱波師にふらふらしたり、なんか心配だし? 放っておけないというか」
「杏だって、私も梅香も愛してるって言ってたし、やっぱこれしかなくない?」
女子二人は、さも名案とばかりに畳み掛ける。
待ってくれ。俺はまだ気持ちの整理がついていない。
でも……
「めちゃくちゃ名案だと思います。よろしくお願いします」
かくして、俺に『彼女もち』の彼女ができた。この関係がずっと、うまく続くかなんてわからないけれど、できる限り大切にしていきたいと思う。
俺はらいちも梅香も愛しているから。
そう誓ったあの日以来、俺は恋人同士となった彼女たちを、良き友人として遠からずも近からずの絶妙なポジションで見守っている。
……というか、随分と長い長い片想いを経て、やっと恋を実らせた梅香は、幸せすぎるのだろう。めちゃくちゃアホみたいになっている。とめどなく繰り出される、どうしようもない惚気話に、どう返したものかと脳内で審議しているうちに、次の話題になってしまったりで、ろくなリアクションを取れていない。それが、絶妙な距離感で見守っているっぽくなっている。というのが実際のところだ。
「はぁー、らいち。すっごい好き。可愛すぎる」
「はいはい。毎日一緒にいて、ずっとそんな感じなのすげぇな」
「え……だって、すごいよ、らいち……ふふっ」
梅香は何か言いかけて、ニヤけ、黙った。
晴れて高卒認定資格を手に入れたらいちは、ヘアメイクが学べる専門学校へ進学することにした。そのタイミングで、大学院へ進学していた梅香と首都圏でルームシェアというか、同棲をしている。
今日は、入学準備や引っ越しで色々と取りこぼした役所や銀行などの手続きのために、わざわざ二人でこっちに来ていた。らいちが用達しをしている間、梅香は手伝いと称して俺の店に遊びにきていた。
「店の手伝いに来たんじゃなかったのかよ……」
半ば独り言でぼやきながら、今では当店の人気メニューとなっている苺のフルーツサンドとコーヒーを梅香へ差し出す。
「いただきまーす」
梅香は一口食べて視線を上げた。
「ん? パンケーキじゃなくなってる?」
「うん。最終的にシフォンケーキになった」
「フルーツサンドかな? これ」
「挟んだらサンドだろ? どう、美味くない?」
「うま! んで、杏ちゃんは、また失恋したの?」
雑な感想だな。と思いつつも「失恋じゃねぇよ」と彼女の向かいの席に着いた。
「行きつけのサウナの熱波師で、ちょっといいなって思う人がいて、なんとか仲良くなったら……その人が彼女連れて店に遊びにきただけだよ」
要件を一気に伝えて、自分用に淹れたコーヒーを啜る。梅香の様子が気になって、チラと視線を向けると、彼女は両手で顔を覆っていた。
「……せめて笑ってくれ」
「うん……可哀想なのはそうなんだけど……杏ちゃん、チョロすぎっていうか、結構すぐに好きな人できるよね?」
誰のせいだよ。
反射的にそう思ってしまったが、そんなのは誰のせいでもない。俺が寂しいからだ。
「でも、ショックだよね。よしよし」
梅香は優しく笑顔で手を伸ばし、俺の髪を撫でた。
「愛してる。梅香」
「まじでチョロいな。杏ちゃん」
冗談を受け取るように、傷ついた人を気遣うように、彼女は声のトーンを変えずに突っ込む。
「らいちも愛してる」
調子に乗って、思ったことをそのまま話す。
タイミングが良いのか悪いのか、らいちが店に入ってきた。
「杏? どしたん?」
「らいち。愛してる」
勢いでもう一度。それを聞いた梅香は、俺とらいちの間に割って入った。
「は? 私もらいち愛してますけど? てか、付き合ってますけど?」
「知ってるよ。寂しいんだよ」
開店準備中の店内は、しんと静まりかえった。
らいちは梅香と連れあって、向かい側の席に着く。そして俺の手をとり、視線を合わせた。
「わかる。私も寂しい。好きなのは梅香だけど、杏のことは愛してるって思ってる」
ん? 何のつもりだ? 梅香の様子が気になって、らいちの隣の彼女へ視線を移す。梅香は俺の視線を認めると、少し照れたように頷いた。
「私もね、杏ちゃんに、少なからず縁というか、絆みたいなのを感じてる」
二人で俺を慰めようと申し合わせてきたのだろうか。だとしたら、余計に寂しい。「慰めてくれてありがと……」やっと絞り出した強がりは、かすれていた。
「慰めじゃないよ。私のわがまま」
らいちは俺の手を握る手に力を入れて、続ける。
「梅香は、大好きな私の彼女。杏は、最愛の私の彼氏。それじゃダメかな?」
「それって……どういう?」
理解が追いつかなくて聞き返す。らいちは梅香の食べかけのフルーツサンドを指差した。
「このイチゴのクリームが私で、こっちのシフォンケーキが梅香で、反対側のシフォン、これが杏!」
一通り説明をして、俺の顔へ視線を戻し、満足げな笑顔のらいち。その隣で伏し目がちに照れた表情の梅香が続けた。
「杏ちゃんのこと、私は恋愛対象として見れないけど、友達以上の気持ちはあるよ……」
こんな彼女を見たのは初めてかもしれない。単刀直入に可愛いと思った。
「杏ちゃん。あの、端的に言うとね……穴兄妹同士、らいちに二股されてもいいかなって思ってる」
端的すぎる。俺の可愛いを返してほしい。
「あとさ、杏ちゃんって、行きずりの熱波師にふらふらしたり、なんか心配だし? 放っておけないというか」
「杏だって、私も梅香も愛してるって言ってたし、やっぱこれしかなくない?」
女子二人は、さも名案とばかりに畳み掛ける。
待ってくれ。俺はまだ気持ちの整理がついていない。
でも……
「めちゃくちゃ名案だと思います。よろしくお願いします」
かくして、俺に『彼女もち』の彼女ができた。この関係がずっと、うまく続くかなんてわからないけれど、できる限り大切にしていきたいと思う。
俺はらいちも梅香も愛しているから。
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