31 / 44
メルト
しおりを挟む
どうしよう。
とってもよかったけど、多分良くない。右手で目元を覆って項垂れる。
「そんなに落ち込まないでよ。傷つくよ」
傷つくと言いながらも、らいちは穏やかな笑顔だ。
立ち上がった彼女の腹筋に縦の線が入っていて、きれいだと思った。そして、自分の貧相な体が恥ずかしくなる。水泳にハマっているらいちの方が、下手するといい腹筋がついているかもしれない。そんな、どうでもいいことしか考えられない俺をさておいて、らいちは散らかった部屋を見回す。
「ドラゴンさんが帰ってくる前に証拠隠滅しないとね、とりあえずお風呂入っちゃお」
らいちは床に落ちていた下着を拾い、裸のまま部屋を出て行った。取り残された俺は、もそもそと服を着る。そして、今度は両手で頭を抱えて項垂れた。
どうしよう。らいちとやってしまった。
どうしてこんなことになったのか、朝から1日を思い返す。
今日は、俺の体調がまだ怪しかったし、ドラゴンさんも忙しいからと、店は臨時休業。らいちは様子の悪い俺を気遣い、家でダラダラしようと提案してくれた。そうと決まったら仕事は早かった。ピザを取り寄せたり、デザートはらいちがコンビニまで走ってくれたり、それぞれゲームをしたり、動画を観たりと、思い切りだらだらした。
そして、そうできるようにちょいちょい世話をしてくれている、彼女の思いやりが嬉しかった。だから自然と「ありがとう」なんて言葉が出てきた。
「うん。落ち着いた? なんか、様子が変だったから心配してたんだよ」
らいちがホッとしたように微笑んだ。正直、二人きりだと妙に近かったり、迫られたりするのが日常になっていたので、今日のいい感じの距離感が嬉しかった。
「うん。すごく落ち着いてゆっくりできた。ありがとう」
「で?」らいちが一歩距離を縮める。
「何があったの?」
「あー、ええと……なんていうか……失恋?」
「は?」
しまった。
らいちの顔色で、リラックスしすぎた自分の軽率さに気がつく。しかし後の祭りだ。
「色々聞かせてもらおうか?」
らいちは真顔で立ち上がり、冷凍庫からカップに入ったアイスクリームを二つ取り出して、ひとつをこっちに差し出した。
「ふむふむ。おにーちゃんは、グミさんにラブだったのね」
らいちはアイスクリームを両手で温めながら、何かの専門家のように難しい顔で頷いた。結局、俺は失恋の経緯を聞かれるままに白状した。もちろん、告白のセリフなどはオブラートに包んでいる。
「おにーちゃん、かわいそう。あのおっさんが、妻子もちなのを知らないで告白してたなんて……」
らいちは憐れみの眼差しを向けた。
「そんな目で見るな。また落ち込んじゃうから」
「……おにーちゃん。あのさ……昔、キッペーにキスしたりしてたけど、あの……もしかしてゲイなの?」
「え?」
多分それは違う。
女性経験はあるが、男性経験はない。そして一番好きなのは百合だ。
「今回はたまたま好きになった人が妻子もちの男だっただけだよ。あとキッペーはただの興味本位。多分」
らいちは宙に浮いた俺の回答を、上目遣いに眺めて暫く考え込んだ。
「……そんなものなの?」
「少なくとも、俺はそんなもんだよ」
「私は妻子もちのおっさん以下?」
「上下とかないよ。俺はグミさんが好きなだけだよ」
「好きなんだ?」
「すぐ嫌いになれなくない?」
「……わかる。食べな」
らいちは半分溶けたアイスクリームをスプーンで掬って、俺の口に押し込んできた。
「溶けてる」
「このくらいがベストなの。美味しい?」
笑顔のらいちを改めて可愛いと思った。
そして、なんとなく。そのまま、そうなってしまった。
とってもよかったけど、多分良くない。右手で目元を覆って項垂れる。
「そんなに落ち込まないでよ。傷つくよ」
傷つくと言いながらも、らいちは穏やかな笑顔だ。
立ち上がった彼女の腹筋に縦の線が入っていて、きれいだと思った。そして、自分の貧相な体が恥ずかしくなる。水泳にハマっているらいちの方が、下手するといい腹筋がついているかもしれない。そんな、どうでもいいことしか考えられない俺をさておいて、らいちは散らかった部屋を見回す。
「ドラゴンさんが帰ってくる前に証拠隠滅しないとね、とりあえずお風呂入っちゃお」
らいちは床に落ちていた下着を拾い、裸のまま部屋を出て行った。取り残された俺は、もそもそと服を着る。そして、今度は両手で頭を抱えて項垂れた。
どうしよう。らいちとやってしまった。
どうしてこんなことになったのか、朝から1日を思い返す。
今日は、俺の体調がまだ怪しかったし、ドラゴンさんも忙しいからと、店は臨時休業。らいちは様子の悪い俺を気遣い、家でダラダラしようと提案してくれた。そうと決まったら仕事は早かった。ピザを取り寄せたり、デザートはらいちがコンビニまで走ってくれたり、それぞれゲームをしたり、動画を観たりと、思い切りだらだらした。
そして、そうできるようにちょいちょい世話をしてくれている、彼女の思いやりが嬉しかった。だから自然と「ありがとう」なんて言葉が出てきた。
「うん。落ち着いた? なんか、様子が変だったから心配してたんだよ」
らいちがホッとしたように微笑んだ。正直、二人きりだと妙に近かったり、迫られたりするのが日常になっていたので、今日のいい感じの距離感が嬉しかった。
「うん。すごく落ち着いてゆっくりできた。ありがとう」
「で?」らいちが一歩距離を縮める。
「何があったの?」
「あー、ええと……なんていうか……失恋?」
「は?」
しまった。
らいちの顔色で、リラックスしすぎた自分の軽率さに気がつく。しかし後の祭りだ。
「色々聞かせてもらおうか?」
らいちは真顔で立ち上がり、冷凍庫からカップに入ったアイスクリームを二つ取り出して、ひとつをこっちに差し出した。
「ふむふむ。おにーちゃんは、グミさんにラブだったのね」
らいちはアイスクリームを両手で温めながら、何かの専門家のように難しい顔で頷いた。結局、俺は失恋の経緯を聞かれるままに白状した。もちろん、告白のセリフなどはオブラートに包んでいる。
「おにーちゃん、かわいそう。あのおっさんが、妻子もちなのを知らないで告白してたなんて……」
らいちは憐れみの眼差しを向けた。
「そんな目で見るな。また落ち込んじゃうから」
「……おにーちゃん。あのさ……昔、キッペーにキスしたりしてたけど、あの……もしかしてゲイなの?」
「え?」
多分それは違う。
女性経験はあるが、男性経験はない。そして一番好きなのは百合だ。
「今回はたまたま好きになった人が妻子もちの男だっただけだよ。あとキッペーはただの興味本位。多分」
らいちは宙に浮いた俺の回答を、上目遣いに眺めて暫く考え込んだ。
「……そんなものなの?」
「少なくとも、俺はそんなもんだよ」
「私は妻子もちのおっさん以下?」
「上下とかないよ。俺はグミさんが好きなだけだよ」
「好きなんだ?」
「すぐ嫌いになれなくない?」
「……わかる。食べな」
らいちは半分溶けたアイスクリームをスプーンで掬って、俺の口に押し込んできた。
「溶けてる」
「このくらいがベストなの。美味しい?」
笑顔のらいちを改めて可愛いと思った。
そして、なんとなく。そのまま、そうなってしまった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる