上 下
27 / 44

しおりを挟む
 最近はらいちのことで、ちょっと心がささくれ立っていたので、グミさんとのなんてことないお喋りに安心しちゃってるだけなんだと思う。
 決して、好きとかそういったやつじゃない。うん。きっとそう。
     
 ━━━━そんなことをここ三日、ずっと考えている。少しでも時間があると、また初めから同じことを延々とループしてしまうので、最近店内で設立された水泳部に参加して、プールに通い出した。ということで、今はプール施設内のジャグジーで泡に包まれている。とても気持ちいい。
「杏ぉ~、雨が降ってきちゃったー! お洗濯ベランダに干してきたわよね?」
 いつの間にか隣に座っていたドラゴンさんが話しかける。
「あーそうですね……ドラゴンさん、プールの後って直接店でしたっけ?」
「そうなのよねぇ……今日は知り合いが顔出すって言ってたからさぁ、家戻れないわぁ」
 ドラゴンさんはジャグジーの泡に揺られながら、雰囲気で指示を出した。
「じゃあ、俺先に上がって家帰りますね」
「悪いわねー」
 なんてことはない。スケジュール的に俺が先にプールから上がって、洗濯物を取り込んだり、場合によってはもう一度洗い直したりするのが効率良い。
 わかっているけど、天気に予定を左右されるのは気分が悪い。
「らいち~」
 プールサイドで水分補給をするらいちを見かけて、声をかける。
「あ、お兄ちゃん。ちょうどよかった、洗濯物お願いしていい? なんか私、最近少し太ったかもって思ってて、もうちょっと泳いで絞らなきゃないかなって……」
「そう?」
 改めてらいちを観察する。彼女は少し背が低いので、近距離で眺めると見下ろす形になる。そうなると胸の大きさ以外の情報が入ってこない。今日もいつも通り、胸は大きい。こいつは家内安全のために、しっかり運動をして、夜ぐっすり寝てもらわないと困る。
「わかった」
「む。やっぱり太ったよね? ああ~……泳がないと!」
 俺の不躾な視線を、どう解釈したのか。らいちは慌ててプールの方へ去っていった。
 結局、家で一人、洗濯物を始末することになってしまった。市民プールから出ると、思ったより強い雨に、干す前よりも濡れたタオルを想像して、絶望的な気分になった。
 傘を忘れていたので、上着を頭から被る。ドラゴンさん達に傘を届けないといけないな。などと考えながら足速に家へ向かう途中。公園に見覚えのある人影があった。
「グミさんだ……」
 見たものがそのまま独り言で出てきた。距離的に声が聞こえたわけじゃないと思うけれど、彼が振り向く。そして、俺を見つけて右手を軽く振った。

「グミさーん。何してるんですか?」
「見ての通りだよ」
 促されるまま、彼の様子を伺う。雨の平日、午前中に公園の東屋で一人、コンビニの惣菜と缶ビール、缶酎ハイを広げている。
「わかんないすね」
「実は僕もわかんない。けど、乾杯」
 グミさんは新発売と思しき、可愛らしいパッケージの缶ビールを飲み干して呟く。
「ほら、君らの店まだ開いてないから」
「あー……でも、家で飲めば良くないですか? 雨だし」
「なんっかさぁ……家じゃないんだよね」
「へー」
 なんとなく。本当になんの気無しに、彼の隣に腰掛ける。
「一本どう?」
 グミさんに酒を勧められた。
「すみません。この後洗濯物洗い直してコインランドリー行って、乾かす間にドラゴンさんに傘届けて、学校行って、その後店に入ってーなんで、飲んでる場合じゃないですね。てかビール以外全部9%だ」
「酔うために飲んでるからね。酔っ払ったついでに言うけどさ、さっきの全部フケちゃえば?」
 グミさんはかなり酔いが回っているのか、ふにゃふにゃ笑っている。
「不良だなグミさんは……」
 でも確かに。
 バイトも今日はドラゴンさんがいるし、学校も別に行かなくてもいいやつだ。洗濯も今取り込んだところでずぶ濡れだし、傘なんか俺だって傘なしで移動してるんだから、彼らだって濡れて歩けば良い。
 9%の缶酎ハイのプルタブに、指をかける。ドラゴンさんとらいちには、「友達とばったり会ったので遊びに行きます。バイト入らなくても大丈夫ですよね?」とだけメッセージを入れた。
「杏くんは不良だな。僕なんか仕事ちゃんと終えて飲んるだけなのに」
 グミさんが缶を傾けてにやけている。可愛い。
「なんか今、全部どうでも良くなって、悪魔の囁きにたぶらかされましたね」
「そっか、いいよいいよ。全部僕のせいにしちゃってフケよ。かんぱーい」
 中身が半分になった缶同士をぶつける。
 やらなきゃいけないと思っていたことを全部投げ捨てたけれど、どうってことはなかった。
 雨の中、ずぶ濡れで昼間から飲む。サラダチキンは安定の味だし、卵の燻製は食べたことがなかったので、新しい発見だった。多分、次も買う。ずぶ濡れついでに二人並んで、ブランコに乗る。低くて足が引っかかるから立ち漕ぎしかできない。いい歳して馬鹿みたいだ。グミさんも俺も、毒にも薬にもならないどうでもいい話ばかりして笑い合った。どうでも良すぎて内容なんて覚えていない。
 ただ、楽しくて、勝手に頬が緩む。憂鬱な日が、特別な日に思えた。

 俺は、過去に色々とやらかしたことがあるので酒を控えていた。なので、酔っぱらったのはかなり久しぶりだった。
「いやぁグミサァーンっ! なんか、いいですねースッゲー楽しい」
 雨降りの昼中、公園で酒を飲み、酔っ払いついでに遊具で遊んでいる。楽しい。
「あはは。僕もここまではっちゃけると思わなかった」
 ブランコに腰掛け、ずぶ濡れではにかむグミさんは、相変わらず可愛らしい。
「かわいぃなぁ。グミさん? スッゴイ可愛いですね!」
「杏君は意外と酒乱だね」
 苦笑いも可愛いグミさん。

 俺は酒色々とやらかしているから……控えていた……筈。

 彼の顔を覗き込む。会話が途切れ、目を合わせたまま数秒が経過した。なんでもいいから話をしたくて口を開く。
「グミさん。好きです」
「はいはい。ありがと」
 何も響いていないように受け流された。

 だからつい、ムキになった。

「好きってセックス前提の好きです。わかりますか?」
「はいはい。わかるわかる。そろそろ帰ろうか?」
 グミさんは変わらない様子で、後始末を始めた。

 酒は色々と……やらかしてしまう
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

コンプレックス

悠生ゆう
恋愛
創作百合。 新入社員・野崎満月23歳の指導担当となった先輩は、無口で不愛想な矢沢陽20歳だった。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

全体的にどうしようもない高校生日記

天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。  ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ネットで出会った最強ゲーマーは人見知りなコミュ障で俺だけに懐いてくる美少女でした

黒足袋
青春
インターネット上で†吸血鬼†を自称する最強ゲーマー・ヴァンピィ。 日向太陽はそんなヴァンピィとネット越しに交流する日々を楽しみながら、いつかリアルで会ってみたいと思っていた。 ある日彼はヴァンピィの正体が引きこもり不登校のクラスメイトの少女・月詠夜宵だと知ることになる。 人気コンシューマーゲームである魔法人形(マドール)の実力者として君臨し、ネットの世界で称賛されていた夜宵だが、リアルでは友達もおらず初対面の相手とまともに喋れない人見知りのコミュ障だった。 そんな夜宵はネット上で仲の良かった太陽にだけは心を開き、外の世界へ一緒に出かけようという彼の誘いを受け、不器用ながら交流を始めていく。 太陽も世間知らずで危なっかしい夜宵を守りながら二人の距離は徐々に近づいていく。 青春インターネットラブコメ! ここに開幕! ※表紙イラストは佐倉ツバメ様(@sakura_tsubame)に描いていただきました。

八尺様

ユキリス
ホラー
ヒトでは無いナニカ

処理中です...