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【第五話 みずほ先輩の壮絶な生徒会長選挙】
【5-5】
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みずほ先輩は俺と宇和野先輩に小声で話しかける。
「わたし、ちょっと席外すね」
「えっ、でも演説が……」
「瑞穂、なに考えているんだ。猫の相手なんて後にしろ」
「宇和野先輩、質疑応答で時間を引き延ばしてください!」
「はぁ⁉」
「かつき君も一緒に来て、お願い」
「へっ、俺もっすか⁉」
「いいからっ!」
それからすっくと立ち上がり、俺の制服の裾を引く。
みずほ先輩の様子は尋常ではなかった。猫が助けを求めているとでも思ったのだろうか?
「わっ、わかりました」
下僕に断るという選択肢はない。
そそくさと外に出ると、猫は早足で立ち去った。猫は道案内のように振り返りつつ校舎の裏手へ回り込む。みずほ先輩と俺は猫の後を追う。
校舎の裏には、ロープが張られており、立ち入り禁止の標識が掲げられていた。
下水道を工事しているようだ。逆円錐形の大きな穴が掘られていた。
二匹の猫はその穴のふちで足を止め、振り向いて一度鳴いた。続いてもうひとつ、弱々しい子猫の鳴き声がした。
「あっ、猫ちゃん、もしかして……」
近寄って穴の中をのぞき込むと、出っ張った岩にしがみつく子猫の姿があった。
「あっ!」
親猫はみずほ先輩に向かって必死に鳴き続ける。間違いない、子供を助けてほしいと訴えているのだ。
「こいつら、みずほ先輩を頼ってきたんですね」
辺りは昨夜の大雨でぬかるみ、穴の底には水が溜まっている。落ちたらひとたまりもない。
猫がつかまっている岩は手を伸ばしても届かなそうな深さにあった。子猫は爪を立ててしがみついていたが、一瞬、ずるりと滑り落ちる。
「ああっ、危ない!」
そのまま落ちるかと思ったが、なんとか踏みとどまった。けれど限界が近そうだ。
「かつき君、わたしの足を押さえてくれる? 信じてるから!」
「え……?」
みずほ先輩は制服姿だっていうのに、迷うことなくぬかるみの上にうつ伏せになる。けんめいに穴の中に向かって手を伸ばした。
「早くわたしの足首を持って押さえて!」
「はい、了解っす!」
みずほ先輩には有無を言わせない気迫があった。すかさず足首をつかむと、穴の中に身を乗り出し、猫に向かって手を伸ばす。自身の運命を俺に預け、じりじりと身を穴に沈める。
親猫は穴の周りをおろおろするばかりだ。
「もう少し、あと少し……」
「んんん……重いですぅぅぅ……」
俺が滑ったら一貫の終わりだ。穴のふちでかかとを地面にめりこませ、歯を食いしばり両手に力を込める。
みずほ先輩はめいっぱい体を伸ばす。そしてついに――。
「よし、取ったよ!」
「オッケー、引き上げますよ!」
俺は綱引きのように全身を使い、みずほ先輩を引きずり出す。
幸い、うまく引っ張り出せた。
「「はぁ、はぁ、はぁ……」」
みずほ先輩の腕には猫が抱きかかえられていた。よかった、助けられた。ほっと胸をなでおろす。
外に降ろすと子猫は親元に駆け寄った。親猫はいつくしむように子猫の体をぺろぺろと舐め始めた。
「よかったぁ……」
みずほ先輩は脱力し、泥土の上に仰向けになった。制服の前も後ろもまっ茶色だ。俺も足が震えてその場にへたり込んだ。
「みずほ先輩って、猫の言葉がわかる特殊能力持ってたんですね」
「そんなことないわよ、でも、『助けて』っていう気持ちは伝わってきたよ」
ふふ、と満足そうな笑みを浮かべる。
みずほ先輩は猫にだって情に厚かった。それに泥にまみれてもきれいだと思う。
「こんな姿になっちゃったから、演説はできないよね……。ごめん、勝手なことして」
心底申し訳なさそうな顔をするみずほ先輩。でも、ここは俺が何とかしなくちゃならない。
「みずほ先輩、格好なんてどうだっていいです。要は中身ですから! とりあえずジャージに着替えてください。場は俺が持たせておきます」
「そっか、諦めるのはまだ早いかもね。やれるだけのことはやらなくちゃ、協力してくれたみんなにも悪いしね」
「じゃあ、先に戦地で待ってます!」
俺は立ち上がり、すぐさま体育館へと向かう。
「わたし、ちょっと席外すね」
「えっ、でも演説が……」
「瑞穂、なに考えているんだ。猫の相手なんて後にしろ」
「宇和野先輩、質疑応答で時間を引き延ばしてください!」
「はぁ⁉」
「かつき君も一緒に来て、お願い」
「へっ、俺もっすか⁉」
「いいからっ!」
それからすっくと立ち上がり、俺の制服の裾を引く。
みずほ先輩の様子は尋常ではなかった。猫が助けを求めているとでも思ったのだろうか?
「わっ、わかりました」
下僕に断るという選択肢はない。
そそくさと外に出ると、猫は早足で立ち去った。猫は道案内のように振り返りつつ校舎の裏手へ回り込む。みずほ先輩と俺は猫の後を追う。
校舎の裏には、ロープが張られており、立ち入り禁止の標識が掲げられていた。
下水道を工事しているようだ。逆円錐形の大きな穴が掘られていた。
二匹の猫はその穴のふちで足を止め、振り向いて一度鳴いた。続いてもうひとつ、弱々しい子猫の鳴き声がした。
「あっ、猫ちゃん、もしかして……」
近寄って穴の中をのぞき込むと、出っ張った岩にしがみつく子猫の姿があった。
「あっ!」
親猫はみずほ先輩に向かって必死に鳴き続ける。間違いない、子供を助けてほしいと訴えているのだ。
「こいつら、みずほ先輩を頼ってきたんですね」
辺りは昨夜の大雨でぬかるみ、穴の底には水が溜まっている。落ちたらひとたまりもない。
猫がつかまっている岩は手を伸ばしても届かなそうな深さにあった。子猫は爪を立ててしがみついていたが、一瞬、ずるりと滑り落ちる。
「ああっ、危ない!」
そのまま落ちるかと思ったが、なんとか踏みとどまった。けれど限界が近そうだ。
「かつき君、わたしの足を押さえてくれる? 信じてるから!」
「え……?」
みずほ先輩は制服姿だっていうのに、迷うことなくぬかるみの上にうつ伏せになる。けんめいに穴の中に向かって手を伸ばした。
「早くわたしの足首を持って押さえて!」
「はい、了解っす!」
みずほ先輩には有無を言わせない気迫があった。すかさず足首をつかむと、穴の中に身を乗り出し、猫に向かって手を伸ばす。自身の運命を俺に預け、じりじりと身を穴に沈める。
親猫は穴の周りをおろおろするばかりだ。
「もう少し、あと少し……」
「んんん……重いですぅぅぅ……」
俺が滑ったら一貫の終わりだ。穴のふちでかかとを地面にめりこませ、歯を食いしばり両手に力を込める。
みずほ先輩はめいっぱい体を伸ばす。そしてついに――。
「よし、取ったよ!」
「オッケー、引き上げますよ!」
俺は綱引きのように全身を使い、みずほ先輩を引きずり出す。
幸い、うまく引っ張り出せた。
「「はぁ、はぁ、はぁ……」」
みずほ先輩の腕には猫が抱きかかえられていた。よかった、助けられた。ほっと胸をなでおろす。
外に降ろすと子猫は親元に駆け寄った。親猫はいつくしむように子猫の体をぺろぺろと舐め始めた。
「よかったぁ……」
みずほ先輩は脱力し、泥土の上に仰向けになった。制服の前も後ろもまっ茶色だ。俺も足が震えてその場にへたり込んだ。
「みずほ先輩って、猫の言葉がわかる特殊能力持ってたんですね」
「そんなことないわよ、でも、『助けて』っていう気持ちは伝わってきたよ」
ふふ、と満足そうな笑みを浮かべる。
みずほ先輩は猫にだって情に厚かった。それに泥にまみれてもきれいだと思う。
「こんな姿になっちゃったから、演説はできないよね……。ごめん、勝手なことして」
心底申し訳なさそうな顔をするみずほ先輩。でも、ここは俺が何とかしなくちゃならない。
「みずほ先輩、格好なんてどうだっていいです。要は中身ですから! とりあえずジャージに着替えてください。場は俺が持たせておきます」
「そっか、諦めるのはまだ早いかもね。やれるだけのことはやらなくちゃ、協力してくれたみんなにも悪いしね」
「じゃあ、先に戦地で待ってます!」
俺は立ち上がり、すぐさま体育館へと向かう。
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