23 / 68
【第四話 かつき君の不思議な夏の体験記】
【4-3】
しおりを挟む
★
夏休みはあっという間に過ぎてゆく。
一学期の遅れを自力で挽回しようとしたものの全然はかどらず、俺は焦りを覚えていた。
しかし頭を使っていなくても腹はあたりまえに減る。
両親は仕事で不在で、昼飯は適当にまかなうようにと言われていた。
だから財布とスマホ、それに家の鍵を持ち、最寄りのコンビニに昼飯を買いに行った。
そのコンビニはだいぶ昔からある個人経営店で俺の行きつけだ。
けれど『デイリースギヤマ』なんてほかに聞いたことはないし、ネットにも載ってない。
鬱蒼とした森のかたわらにあって陰気くさい。だから店は活気がなくて客足はちらほら。経営しているのは昔から近所に住んでいるおじいさんひとりときたものだ。
近くには整備された大通りがあって、有名店のコンビニがいくつも建っている。最近、だいぶ増えたから、こんなところには誰も足を運ばなくなった。
それでも潰れないのは、おじいさんが老後の趣味でやっているからだと、俺は思っている。
経営目的だったら食べていけるはずがない。むしろ売れ残りの食材がおじいさんの栄養源とみた。
そう思いながら自動ドアを通り過ぎ、足を踏み入れる。涼しい空気が俺の体をすり抜けてゆく――はずだったが、今日はそれがいつもよりもぬるくて快適とは思えなかった。
――この店の冷房、がっかりすぎるよぉ。
レジに立つおじいさんを見ると古びたもやしのように体が細い。痩せたおじいさんは暑さに鈍いのだろうか。
メンチカツとアメリカンドックを注文しようとレジに向かう。
ところが俺はショーウィンドウを見て落胆した。中にはそのどちらもなかったのだ。
――はぁ、このコンビニ、全然役立たないよぉ。
本命を諦め、しぶしぶとたらこスパゲッティとコーラを買い物かごに入れた。
会計を済ませ、釣り銭とレシートを財布の中にしまった。
入り口のそばには古い円卓がひとつに座椅子がふたつ。常時空席のイートイン。
俺はそこに腰を据える。気分転換として、ここで昼飯を食べようと思ったのだ。
みずほ先輩と喧嘩をして以来、もやもやとした気持ちがまとわりついて離れない。
ふと、ガラス越しの風景に飛び込んできたものがあった。
てん、てん、てん……。
目の前で止まったそれは、赤と黄色のカラフルな球体だった。和紙で作られた手毬のようだ。
たっ、たっ、たっ……。
こちらに近づく足音が聞こえた。
振り向くと小さな女の子が手毬を追いかけて走ってきた。
見た目には小学校の一、二年生くらいだろうか。色白でほっそりしていて、日本人形のような髪型。
浴衣を纏い下駄を履いている。白い生地に赤い金魚が泳いでいるデザインだ。
「うんしょ」
俺の目の前でしゃがみ、ていねいに両手で手毬を拾い上げ、顔を上げた。
その子の顔を見て俺ははっとなった。
まるでみずほ先輩を幼くした姿のように見えたのだ。
拾い上げた手まりを空に向かって軽く投げ、それから手のひらでリズムに合わせてつき始める。
「まるたけえびすに、おしおいけ、あねさんろっかく、たこにしき、しあや……あっ!」
失敗し、手毬はコロコロと道路に向かって斜面を転がってゆく。たどたどしい駆け足で追いかける。
見回すがほかに人の姿はなかった。まったく、こういうのが事故のもとなんだ。
この女の子をほったらかしにしている親にはほとほと呆れる。
そのとき、女の子は足をもつれさせ地面に倒れ込んだ。
「いった~い!」
うずくまったまま起き上がらない。
俺は急いでコンビニから飛び出し、女の子のそばに駆け寄る。
「だっ、大丈夫⁉」
女の子は浴衣をめくり、右膝を出してみせた。じんわりと赤い血がにじんでいる。
「ちょっとすりむいちゃった」
「血が出てる、痛そうだね」
「うん、いたいよ、でもなかないよ、まよはつよいこだもん」
「まよちゃんっていうんだ、いい子だね」
俺は女の子の我慢強さに感心した。そしてふと思った。
家族以外の誰かと話をしたのは、みずほ先輩と言い合って以来だと。
だから、みずほ先輩も幼くしたような姿のまよちゃんを放ってなんかおけなかった。
夏休みはあっという間に過ぎてゆく。
一学期の遅れを自力で挽回しようとしたものの全然はかどらず、俺は焦りを覚えていた。
しかし頭を使っていなくても腹はあたりまえに減る。
両親は仕事で不在で、昼飯は適当にまかなうようにと言われていた。
だから財布とスマホ、それに家の鍵を持ち、最寄りのコンビニに昼飯を買いに行った。
そのコンビニはだいぶ昔からある個人経営店で俺の行きつけだ。
けれど『デイリースギヤマ』なんてほかに聞いたことはないし、ネットにも載ってない。
鬱蒼とした森のかたわらにあって陰気くさい。だから店は活気がなくて客足はちらほら。経営しているのは昔から近所に住んでいるおじいさんひとりときたものだ。
近くには整備された大通りがあって、有名店のコンビニがいくつも建っている。最近、だいぶ増えたから、こんなところには誰も足を運ばなくなった。
それでも潰れないのは、おじいさんが老後の趣味でやっているからだと、俺は思っている。
経営目的だったら食べていけるはずがない。むしろ売れ残りの食材がおじいさんの栄養源とみた。
そう思いながら自動ドアを通り過ぎ、足を踏み入れる。涼しい空気が俺の体をすり抜けてゆく――はずだったが、今日はそれがいつもよりもぬるくて快適とは思えなかった。
――この店の冷房、がっかりすぎるよぉ。
レジに立つおじいさんを見ると古びたもやしのように体が細い。痩せたおじいさんは暑さに鈍いのだろうか。
メンチカツとアメリカンドックを注文しようとレジに向かう。
ところが俺はショーウィンドウを見て落胆した。中にはそのどちらもなかったのだ。
――はぁ、このコンビニ、全然役立たないよぉ。
本命を諦め、しぶしぶとたらこスパゲッティとコーラを買い物かごに入れた。
会計を済ませ、釣り銭とレシートを財布の中にしまった。
入り口のそばには古い円卓がひとつに座椅子がふたつ。常時空席のイートイン。
俺はそこに腰を据える。気分転換として、ここで昼飯を食べようと思ったのだ。
みずほ先輩と喧嘩をして以来、もやもやとした気持ちがまとわりついて離れない。
ふと、ガラス越しの風景に飛び込んできたものがあった。
てん、てん、てん……。
目の前で止まったそれは、赤と黄色のカラフルな球体だった。和紙で作られた手毬のようだ。
たっ、たっ、たっ……。
こちらに近づく足音が聞こえた。
振り向くと小さな女の子が手毬を追いかけて走ってきた。
見た目には小学校の一、二年生くらいだろうか。色白でほっそりしていて、日本人形のような髪型。
浴衣を纏い下駄を履いている。白い生地に赤い金魚が泳いでいるデザインだ。
「うんしょ」
俺の目の前でしゃがみ、ていねいに両手で手毬を拾い上げ、顔を上げた。
その子の顔を見て俺ははっとなった。
まるでみずほ先輩を幼くした姿のように見えたのだ。
拾い上げた手まりを空に向かって軽く投げ、それから手のひらでリズムに合わせてつき始める。
「まるたけえびすに、おしおいけ、あねさんろっかく、たこにしき、しあや……あっ!」
失敗し、手毬はコロコロと道路に向かって斜面を転がってゆく。たどたどしい駆け足で追いかける。
見回すがほかに人の姿はなかった。まったく、こういうのが事故のもとなんだ。
この女の子をほったらかしにしている親にはほとほと呆れる。
そのとき、女の子は足をもつれさせ地面に倒れ込んだ。
「いった~い!」
うずくまったまま起き上がらない。
俺は急いでコンビニから飛び出し、女の子のそばに駆け寄る。
「だっ、大丈夫⁉」
女の子は浴衣をめくり、右膝を出してみせた。じんわりと赤い血がにじんでいる。
「ちょっとすりむいちゃった」
「血が出てる、痛そうだね」
「うん、いたいよ、でもなかないよ、まよはつよいこだもん」
「まよちゃんっていうんだ、いい子だね」
俺は女の子の我慢強さに感心した。そしてふと思った。
家族以外の誰かと話をしたのは、みずほ先輩と言い合って以来だと。
だから、みずほ先輩も幼くしたような姿のまよちゃんを放ってなんかおけなかった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説


元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。


手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない
みずがめ
恋愛
宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

藤堂正道と伊藤ほのかのおしゃべり
Keitetsu003
ライト文芸
このお話は「風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-」の番外編です。
藤堂正道と伊藤ほのか、その他風紀委員のちょっと役に立つかもしれないトレビア、雑談が展開されます。(ときには恋愛もあり)
*小説内に書かれている内容は作者の個人的意見です。諸説あるもの、勘違いしているものがあっても、ご容赦ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる