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【第三話 みずほ先輩と情熱的なラブレター】
【3-7】
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★
それから数日後。
俺は『影武者』の意味を調べ、「表に立つ人物を陰で支える者」という意味があることを知った。みずほ先輩の言っていた『か――』はそのことだと確信を得たので安心して眠りにつくことができた。目覚めはすっきりだ。
けれど一方の猪俣は対照的で、命の灯火が消えそうなほどにどんよりとしていた。
その様子から、無謀にもみずほ先輩にアタックして玉砕したのだと俺は察した。
みずほ先輩からは何も聞かされなかったが、下僕に打ち明けることでもないだろうし、あのひとにとっては日常茶飯事なのかもしれない。
けれどその一件のせいで、猪俣と白石の距離はひどく遠のいてしまったようだ。
白石にとっては提案した作戦が実を結ばなかったわけだし、猪俣はその件で白石に謝らせてしまった形になった。お互い気まずいことこのうえないはず。
白石は猪俣の様子を遠巻きに見ながらも、声をかけることすらできずにいた。
見るに見かねた俺は、授業が終わると同時に白石に声をかけ、放課後の屋上に呼び出した。
城西高等学校はモダンな雰囲気漂う衛星都市にあり、眺める街並みは緑と人工建築物が調和していて見栄えがいい。北側を見渡すと山々の稜線が一望できる。自然に溶け込む野鳥の鳴き声も趣がある。
雲の隙間から光が差し込み、しっとりと雨に濡れた風景を輝かせている。もうすぐ梅雨が明けそうだ。
そんな景色を眺めながら、俺はとなりの白石に語りかける。
「なぁ、俺、ふたりを見て思ったんだけどさ。――あいつは白石がいるから、なんでも前向きになって頑張れるんじゃないかな」
ふてくされた横顔で返事はなかった。けれど耳を傾けてくれているようだ。
「もしもどんなに失敗しても、気持ちがよりかかれる場所があるなら頑張れる。男ってそんなもんだよ」
言いながら俺は自覚していた。みずほ先輩は俺の中に沸き立ついろんな気持ちを感じ取ってくれるし、受け止めてくれるのだ。
そして俺たちよりもずっと長い時間をともに過ごしている白石と猪俣。そんな稀有で貴重な存在は、ちょっとやそっとのことで手放してはいけない。
「だから、白石が支えになってやらなくちゃ、あいつはなんにも頑張れなくなっちゃうと思う。応援してるんだろ?」
「そりゃそうだけど……」
白石はしずくが水に落ちるようにぽつりと答える。
「あいつ、ほんとに鈍いよな。目の前の宝石すら見つけられないんだから」
「私なんてただの石ころだよ。清川先輩に比べたらさ」
自信喪失するのも無理はない。みずほ先輩の魅力に太刀打ちできる女子なんて、世の中にそうそういるものじゃない。そのことは素直に認める俺である。
けれどほかの誰かと比べるものじゃない。大切なのは白石自身の心の温度だ。
「そんなことないって。心の底から想えるって、誰でもできることじゃないんだよ」
「馬鹿にしてるでしょ。私、憐れみなんていりませんから!」
とげのあるていねい語で返した白石。けれど俺だって引いていられない。
「あのラブレター、本気度がすっげー伝わってきたよ。偽物と見せかけて、言えなかった本心を全力で伝えたんだもんな。史上最高の告白大作戦だよ」
当初、『真夜中にテンション上がっちゃった系のラブレター』と評したことは口が裂けても言えない。真相を知って読み直すと全然違った印象だった。
「もう言わないでよ、終わったことなんだからさ」
「終わってなんかいないよ、始めればいいんだ。――これからの未来であいつを好きになった、ってことにすればいいだろ? なにせ、あいつは今の白石の気持ちなんてまるで知らないんだからさ」
俺の提案に白石は目をまん丸にした。
「高校生活、まだ始まったばかりじゃん。チャンスはいくらだってある。いっそのこと、俺が白石の相談役として結託してもいいから」
「黒澤君って、やっぱりいい男なんだね」
照れくさそうにはにかむ笑顔は、俺が初めて見る表情で、確かに彼女の本心を映していた。
「やっぱりって何だよ、この俺のどこがいい男なんだよ」
「いやいやそんな。清川先輩が気に入ったの、わかるわぁ」
今度はにかっと白い歯を見せる。
ああそうですか、どうせ俺はみずほ先輩の下僕で影武者だよ。からかうのはほどほどにしてくれ。
でも、元気が戻ってきたみたいでほんとによかった。
「まあ、むせ返るほど焦げ臭くて、砕けても眩しいのがアオハルなんじゃね?」
「なんでそんな名言出てくるわけ? きみはいったい何者なのよ」
「ただの広報誌手伝ってる生徒会員っす」
「ったく、謙遜しちゃってさ。――まあ、猛司の出る大会、よかったら取材に来てやってよ」
「じゃあ、みずほ先輩と一緒に応援しに行くから待っててくれな!」
「まじでいってんのかよ! あいつの傷をぐりぐりえぐるなっつーの!」
からからと笑う白石は、もう、希望しか見えていないらしい。
彼女の焼け焦がした胸の熱量は、きっと、明日を駆けるエネルギーになる。
もうすぐやってくる夏はとびきり熱くなるな、と俺は思った。
それから数日後。
俺は『影武者』の意味を調べ、「表に立つ人物を陰で支える者」という意味があることを知った。みずほ先輩の言っていた『か――』はそのことだと確信を得たので安心して眠りにつくことができた。目覚めはすっきりだ。
けれど一方の猪俣は対照的で、命の灯火が消えそうなほどにどんよりとしていた。
その様子から、無謀にもみずほ先輩にアタックして玉砕したのだと俺は察した。
みずほ先輩からは何も聞かされなかったが、下僕に打ち明けることでもないだろうし、あのひとにとっては日常茶飯事なのかもしれない。
けれどその一件のせいで、猪俣と白石の距離はひどく遠のいてしまったようだ。
白石にとっては提案した作戦が実を結ばなかったわけだし、猪俣はその件で白石に謝らせてしまった形になった。お互い気まずいことこのうえないはず。
白石は猪俣の様子を遠巻きに見ながらも、声をかけることすらできずにいた。
見るに見かねた俺は、授業が終わると同時に白石に声をかけ、放課後の屋上に呼び出した。
城西高等学校はモダンな雰囲気漂う衛星都市にあり、眺める街並みは緑と人工建築物が調和していて見栄えがいい。北側を見渡すと山々の稜線が一望できる。自然に溶け込む野鳥の鳴き声も趣がある。
雲の隙間から光が差し込み、しっとりと雨に濡れた風景を輝かせている。もうすぐ梅雨が明けそうだ。
そんな景色を眺めながら、俺はとなりの白石に語りかける。
「なぁ、俺、ふたりを見て思ったんだけどさ。――あいつは白石がいるから、なんでも前向きになって頑張れるんじゃないかな」
ふてくされた横顔で返事はなかった。けれど耳を傾けてくれているようだ。
「もしもどんなに失敗しても、気持ちがよりかかれる場所があるなら頑張れる。男ってそんなもんだよ」
言いながら俺は自覚していた。みずほ先輩は俺の中に沸き立ついろんな気持ちを感じ取ってくれるし、受け止めてくれるのだ。
そして俺たちよりもずっと長い時間をともに過ごしている白石と猪俣。そんな稀有で貴重な存在は、ちょっとやそっとのことで手放してはいけない。
「だから、白石が支えになってやらなくちゃ、あいつはなんにも頑張れなくなっちゃうと思う。応援してるんだろ?」
「そりゃそうだけど……」
白石はしずくが水に落ちるようにぽつりと答える。
「あいつ、ほんとに鈍いよな。目の前の宝石すら見つけられないんだから」
「私なんてただの石ころだよ。清川先輩に比べたらさ」
自信喪失するのも無理はない。みずほ先輩の魅力に太刀打ちできる女子なんて、世の中にそうそういるものじゃない。そのことは素直に認める俺である。
けれどほかの誰かと比べるものじゃない。大切なのは白石自身の心の温度だ。
「そんなことないって。心の底から想えるって、誰でもできることじゃないんだよ」
「馬鹿にしてるでしょ。私、憐れみなんていりませんから!」
とげのあるていねい語で返した白石。けれど俺だって引いていられない。
「あのラブレター、本気度がすっげー伝わってきたよ。偽物と見せかけて、言えなかった本心を全力で伝えたんだもんな。史上最高の告白大作戦だよ」
当初、『真夜中にテンション上がっちゃった系のラブレター』と評したことは口が裂けても言えない。真相を知って読み直すと全然違った印象だった。
「もう言わないでよ、終わったことなんだからさ」
「終わってなんかいないよ、始めればいいんだ。――これからの未来であいつを好きになった、ってことにすればいいだろ? なにせ、あいつは今の白石の気持ちなんてまるで知らないんだからさ」
俺の提案に白石は目をまん丸にした。
「高校生活、まだ始まったばかりじゃん。チャンスはいくらだってある。いっそのこと、俺が白石の相談役として結託してもいいから」
「黒澤君って、やっぱりいい男なんだね」
照れくさそうにはにかむ笑顔は、俺が初めて見る表情で、確かに彼女の本心を映していた。
「やっぱりって何だよ、この俺のどこがいい男なんだよ」
「いやいやそんな。清川先輩が気に入ったの、わかるわぁ」
今度はにかっと白い歯を見せる。
ああそうですか、どうせ俺はみずほ先輩の下僕で影武者だよ。からかうのはほどほどにしてくれ。
でも、元気が戻ってきたみたいでほんとによかった。
「まあ、むせ返るほど焦げ臭くて、砕けても眩しいのがアオハルなんじゃね?」
「なんでそんな名言出てくるわけ? きみはいったい何者なのよ」
「ただの広報誌手伝ってる生徒会員っす」
「ったく、謙遜しちゃってさ。――まあ、猛司の出る大会、よかったら取材に来てやってよ」
「じゃあ、みずほ先輩と一緒に応援しに行くから待っててくれな!」
「まじでいってんのかよ! あいつの傷をぐりぐりえぐるなっつーの!」
からからと笑う白石は、もう、希望しか見えていないらしい。
彼女の焼け焦がした胸の熱量は、きっと、明日を駆けるエネルギーになる。
もうすぐやってくる夏はとびきり熱くなるな、と俺は思った。
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