9 / 68
【第二話 みずほ先輩は女優さんに怒られる】
【2-6】
しおりを挟む
★
みずほ先輩と俺は、話題のドラマの主演たちと並んでモニターを見ている。
モニターにはサイドアングルから映されるふたりの憂いた表情。あたかも恋の終わりを匂わせているような雰囲気。奥には俺たちふたりが映っていた。
シリアスなムードとは対照的に、その後ろに写るカップルは陽気に盛り上がる。彼女役の女子が鼻の頭に白いクリームをつけて怒りだした。それから彼氏役の男子がクリームを拭き取ると、女子は顔を赤らめてあわてふためく。
万一この画像が放送されれば、みずほ先輩と俺だとわかるくらい、顔が鮮明に映っていた。
「こんな映像、使えるわけないじゃない!」
火に油を注いだかのように、鈴音さんの怒りは勢いを増す。俺はみずほ先輩と顔を見合わせ、一緒に表情をこわばらせた。
「まあまあ、次も見てみましょう」
戦々恐々とした雰囲気の中、桜木さんが温和な口調で鈴音さんをなだめる。
次のテイクではみずほ先輩が俺に向かってクリームを噴き出すシーンが映っていた。困り顔の俺とは対照的に顔を真っ赤にして悶絶している。しかし、改めて見ると、このひとはほんとうによく赤くなるし、ころころと表情が変化する。
「こっちもろくな映像じゃないわ。――それで桜木さんは何が言いたいの? 何もなければ私、もう帰りますね」
鈴音さんはモニターから視線を切ってきびすを返す。
すると、桜木さんが優しげな声で鈴音さんの背中に語りかけた。
「彼女の笑顔、鈴音さんの若い頃にそっくりだ」
鈴音さんが、えっ、と声をあげて振り向く。桜木さんは鈴音さんの顔を見てかすかに笑みを浮かべる。
「高校生の頃の鈴音さん、表情が豊かで、モニターの中でもすごく映えていました。僕が芸能界に憧れたのは、あなたの演技を見て感銘を受けたからなんです」
「えっ、そうなの……?」
鈴音さんの顔から怒りが一瞬にして引いてゆく。俺は互いの表情を目で追っていた。桜木さんの自信にあふれた視線は、まるで鈴音さんを包み込んでいるようだ。
「だからこのドラマの撮影、僕はすごく楽しみにしていたんです。でも――」
それから一息ついて続ける。
「鈴音さんが怒るのも無理はありません。あなたは一流の女優さんで、けれど一流ゆえの多忙な毎日が、あなたの心をむしばんでしまっているのでは、と僕は心配になりました」
「桜木さん……」
「いままで自分のやりたいこともできず、ただ仕事に忙殺される毎日。視聴者やドラマ制作スタッフの期待があなたをじわじわと締めつける。僕はあなたに少しだけ近い立場になって、それが理解できたような気がしたんです」
鈴音さんの表情は刺々しさを失い、別人のような素直な顔になってゆく。
「だから青春を謳歌できる彼らを羨ましく思い、苛立つのも納得できました。けれどもし、あなたの気持ちの受け皿がないのなら、僕がその受け皿になりたいとも思いました。そのためにもこのドラマを成功させ、笑顔でクランクアップを迎えませんか。――ぽっと出の僕が、手の届くことのないあなたにそんなことを言うのは、少々差し出がましいとは思ったのですが」
けっして演技とは思えない、すがすがしい笑顔を彼女に向けた。
鈴音さんは潤んだ瞳で桜木さんを見つめている。まるでドラマのワンシーンのような雰囲気だ。
鈴音さんは思案した後、ぽつりと返事をした。
「――わかったわ。撮影を続けましょう」
「ありがとう、鈴音さん」
それから桜木さんは俺たちに向かってウインクをした。
「君たち、僕らに青春を思い出させてくれてありがとう。ほんとうに素敵なカップルじゃないか」
「いやぁ……」
立派な俳優さんに褒められ、どう反応していいのかわからない。みずほ先輩も照れ笑いを浮かべるのがせいいっぱいのよう。
そこで突然、監督が両手を上げ、大きくひとつ手を打ち鳴らす。
「ようし、せっかくだから記念撮影しような!」
「「あっ、はい!」」
そうして僕らは豪華なメンバーに囲まれる。必死なつくり笑いが堂々と撮影用カメラに収められた。
監督は最後に含み笑いの顔で、俺にこんなことを吹き込んで背中を叩いた。
「あいつの言うことが嘘か真かは、俺は知らねぇ。だが、誠実さってやつは万国共通の魔法なんだぜ。お前さんもそんな男を目指せよ」
みずほ先輩と俺は、話題のドラマの主演たちと並んでモニターを見ている。
モニターにはサイドアングルから映されるふたりの憂いた表情。あたかも恋の終わりを匂わせているような雰囲気。奥には俺たちふたりが映っていた。
シリアスなムードとは対照的に、その後ろに写るカップルは陽気に盛り上がる。彼女役の女子が鼻の頭に白いクリームをつけて怒りだした。それから彼氏役の男子がクリームを拭き取ると、女子は顔を赤らめてあわてふためく。
万一この画像が放送されれば、みずほ先輩と俺だとわかるくらい、顔が鮮明に映っていた。
「こんな映像、使えるわけないじゃない!」
火に油を注いだかのように、鈴音さんの怒りは勢いを増す。俺はみずほ先輩と顔を見合わせ、一緒に表情をこわばらせた。
「まあまあ、次も見てみましょう」
戦々恐々とした雰囲気の中、桜木さんが温和な口調で鈴音さんをなだめる。
次のテイクではみずほ先輩が俺に向かってクリームを噴き出すシーンが映っていた。困り顔の俺とは対照的に顔を真っ赤にして悶絶している。しかし、改めて見ると、このひとはほんとうによく赤くなるし、ころころと表情が変化する。
「こっちもろくな映像じゃないわ。――それで桜木さんは何が言いたいの? 何もなければ私、もう帰りますね」
鈴音さんはモニターから視線を切ってきびすを返す。
すると、桜木さんが優しげな声で鈴音さんの背中に語りかけた。
「彼女の笑顔、鈴音さんの若い頃にそっくりだ」
鈴音さんが、えっ、と声をあげて振り向く。桜木さんは鈴音さんの顔を見てかすかに笑みを浮かべる。
「高校生の頃の鈴音さん、表情が豊かで、モニターの中でもすごく映えていました。僕が芸能界に憧れたのは、あなたの演技を見て感銘を受けたからなんです」
「えっ、そうなの……?」
鈴音さんの顔から怒りが一瞬にして引いてゆく。俺は互いの表情を目で追っていた。桜木さんの自信にあふれた視線は、まるで鈴音さんを包み込んでいるようだ。
「だからこのドラマの撮影、僕はすごく楽しみにしていたんです。でも――」
それから一息ついて続ける。
「鈴音さんが怒るのも無理はありません。あなたは一流の女優さんで、けれど一流ゆえの多忙な毎日が、あなたの心をむしばんでしまっているのでは、と僕は心配になりました」
「桜木さん……」
「いままで自分のやりたいこともできず、ただ仕事に忙殺される毎日。視聴者やドラマ制作スタッフの期待があなたをじわじわと締めつける。僕はあなたに少しだけ近い立場になって、それが理解できたような気がしたんです」
鈴音さんの表情は刺々しさを失い、別人のような素直な顔になってゆく。
「だから青春を謳歌できる彼らを羨ましく思い、苛立つのも納得できました。けれどもし、あなたの気持ちの受け皿がないのなら、僕がその受け皿になりたいとも思いました。そのためにもこのドラマを成功させ、笑顔でクランクアップを迎えませんか。――ぽっと出の僕が、手の届くことのないあなたにそんなことを言うのは、少々差し出がましいとは思ったのですが」
けっして演技とは思えない、すがすがしい笑顔を彼女に向けた。
鈴音さんは潤んだ瞳で桜木さんを見つめている。まるでドラマのワンシーンのような雰囲気だ。
鈴音さんは思案した後、ぽつりと返事をした。
「――わかったわ。撮影を続けましょう」
「ありがとう、鈴音さん」
それから桜木さんは俺たちに向かってウインクをした。
「君たち、僕らに青春を思い出させてくれてありがとう。ほんとうに素敵なカップルじゃないか」
「いやぁ……」
立派な俳優さんに褒められ、どう反応していいのかわからない。みずほ先輩も照れ笑いを浮かべるのがせいいっぱいのよう。
そこで突然、監督が両手を上げ、大きくひとつ手を打ち鳴らす。
「ようし、せっかくだから記念撮影しような!」
「「あっ、はい!」」
そうして僕らは豪華なメンバーに囲まれる。必死なつくり笑いが堂々と撮影用カメラに収められた。
監督は最後に含み笑いの顔で、俺にこんなことを吹き込んで背中を叩いた。
「あいつの言うことが嘘か真かは、俺は知らねぇ。だが、誠実さってやつは万国共通の魔法なんだぜ。お前さんもそんな男を目指せよ」
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説


元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。


手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない
みずがめ
恋愛
宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
猫と幼なじみ
鏡野ゆう
ライト文芸
まこっちゃんこと真琴と、家族と猫、そして幼なじみの修ちゃんとの日常。
ここに登場する幼なじみの修ちゃんは『帝国海軍の猫大佐』に登場する藤原三佐で、こちらのお話は三佐の若いころのお話となります。藤原三佐は『俺の彼女は中の人』『貴方と二人で臨む海』にもゲストとして登場しています。
※小説家になろうでも公開中※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる