20 / 152
2章 クリスタル族の虹色研究
19話 元OLの全力プレゼン【後編】
しおりを挟む
博士のコアは、青く弱い光を放っている。ここまで来て、いったい何が不安なのだろう。
『……貴様は「燃やすだけ」、と簡単に言ってくれるがな、それが1番の難題だ。薬液の量や器の強度、炎魔法の加減によりエネルギーが過度に増幅し、爆発を引き起こすからな』
それが昨日の爆発騒ぎに繋がったというわけか。
「器の強度は、そう簡単に上げられないのですが?」
『あの巨大フラスコは、ブルームーン・トロイカのドワーフに頼んだ特注品だ。あれの小型版がいくつか残っているだけだが……はたして増幅する魔力に耐えうるかどうか』
たしかにドワーフの工芸品や鍛冶に対する技術は抜きん出ているが、魔法といえば魔族の専売特許。そして身体が結晶石でできている彼らクリスタル族は、シオンでもトップクラスの魔力を誇るはずだ。それを博士は知らないのか――なぜ自分の魔力で器の強化をしないのだろう。
「そうです! 皆さんで力を合わせれば、きっと器は割れないはず」
さっそく小型フラスコの中に魔性ツリーの加工材を入れ、その周囲にお手伝いのクリスタルを何体か呼び出すことにした。
『ただの炭鉱夫に何をさせようというのだ?』
「まぁ見ていてくださいませ。そちらのボディが赤と黄と白の方々! この器を包み込むように、魔力を放出してくださいませんか?」
パッと見で身体が大きなクリスタルに声をかけたのだが、彼らは不安定な光を灯している。
『俺らはパープルと違って、魔法があんまり得意じゃないぜ』
「ですがモノは試しと言いますし」
クリスタル族は、全員結晶石の塊だ。魔法が得意ではないことなどあるのだろうか――とにかくまずはやってみるべきだ、と彼らにフラスコの周りへ移動してもらうと。赤、黄、白の半透明な腕が、恐る恐るフラスコの周りを囲んだ。
『じゃあやってみるか…………ムンっ』
色とりどりの光を反射するフラスコを、博士もじっと見つめている。この先は彼にも予想がつかないのだろう。
少しずつ、少しずつ光が増幅し、中の資材がオレンジ色に燃えはじめている。息を呑む間に炎がフラスコの中を巡り、直視できないほどの光を放ちはじめた。
「わあっ……!」
『これは……』
『初めて目にする輝き』――隣で立ち尽くす博士は、静かにそうこぼした。半信半疑だったクリスタルたちも、今は全員がフラスコの光に見惚れている。
『すごい! 俺らにこんな力が……』
感動の声を上げる赤いクリスタルが、軽く飛び跳ねたその時――フラスコが弾け、ガラスが溶けるように霧散してしまった。
一瞬のことだった。
「どうして……」
やはり膨大な魔力に耐え切れず、割れてしまったのか。それとも中と外の魔力が釣り合わなかったのか――隣の博士は、割れて半分になったフラスコをまだ見つめている。
『ほら、やっぱりダメだっタ』
低い女性の声が、混乱する頭に突き刺さる。
黒いクリスタルが背を向けると、他のクリスタルたちもそれに続いた。魔力を送ってくれた赤いクリスタルは、『やっぱり俺じゃ無理だったんだ』、とうなだれて出ていった。
「そんな……博士、途中まですごくいい感じでしたよね? ここからまた微調整をしていけば――」
『今は1人にしてくれ』
いつになく力のない声に、それ以上言葉が出てこなかった。
博士のテントにも、クリスタル族の住居窟にも居場所がない。ドラグとのこともあって一度山を降りたいが、ひとりでは降りられない。
「はぁ……どうしよう」
ドラグが飛んで行ってしまった崖から、麓の町を眺めていると。ごうっと鳴る何かが近づいてきた――音の方を向くより早く、目の前を赤い線が通り過ぎていく。
「なっ……!?」
炎の矢文だ。どこからか飛んできて、いつの間にか岩肌に刺さっている。とっさに周囲を見回すが、誰の姿もない。
「いったいどこから……てか、次の査定は3か月後って言ってなかったっけ」
実験の失敗ムードで大変な時に、いったいなにごとか――炎の消えた矢から手紙を外し、薄い紙を破らないよう慎重に開けると。
新エネルギー実験の失敗:マイナス3点
領主夫妻のケンカ:プラス3点
現在の評価:10点
「『プラマイゼロです。監査官』――って、変化なしならわざわざ送ってくるな! それに『領主夫妻のケンカ』って項目なんなの!? プラスだし!」
ひたすら息を切らして暴れた後。風だけがうなる崖に静寂が流れ、虚しさに襲われた。ため息交じりに肩を落とし、破り捨てたい衝動を抑えて手紙を懐にしまう。
「ほんとみんな、何なの……」
行き場のない寂しさと失敗の余韻が重なり、肺が重く感じる――私はどうすれば良かったのか。ただの人間である自分は、実験を眺めていることしかできなかった。
「『周りは人外ばかりで』ついていけない! そのお気持ち、痛いほど身に染みます」
「そうそう……って」
突然の声に崖を振り返ると――岩に寄りかかっていたのは、面をつけた男だった。男の手には、かすかに赤い火花が散っている。
「だっ、だれ……っていうか! それ!」
あの面は見間違えようがない。『幻想国家シビュラ』の顔出しNGプロデューサーが、取材や放送の時につけている面だ。そう気づいた途端、長らく忘れていた元の世界のことが、滝のように頭の中へ流れ込んできた――そうだ、私は本来「別世界の人間」だったのだ。
「ドラグ様をデフォルメした『ちびドラ』の面……なんで?」
人間とほぼ同じ大きさの男は、ふっと笑いをこぼすだけで答えない。「そんなことより」とこちらに向き直り、流れるようにお辞儀をした。
「私この度『神域』より遣わされました、シオン領監査官……そうですね、今は『ちびドラ』とでも申しておきましょうか」
「は……?」
『……貴様は「燃やすだけ」、と簡単に言ってくれるがな、それが1番の難題だ。薬液の量や器の強度、炎魔法の加減によりエネルギーが過度に増幅し、爆発を引き起こすからな』
それが昨日の爆発騒ぎに繋がったというわけか。
「器の強度は、そう簡単に上げられないのですが?」
『あの巨大フラスコは、ブルームーン・トロイカのドワーフに頼んだ特注品だ。あれの小型版がいくつか残っているだけだが……はたして増幅する魔力に耐えうるかどうか』
たしかにドワーフの工芸品や鍛冶に対する技術は抜きん出ているが、魔法といえば魔族の専売特許。そして身体が結晶石でできている彼らクリスタル族は、シオンでもトップクラスの魔力を誇るはずだ。それを博士は知らないのか――なぜ自分の魔力で器の強化をしないのだろう。
「そうです! 皆さんで力を合わせれば、きっと器は割れないはず」
さっそく小型フラスコの中に魔性ツリーの加工材を入れ、その周囲にお手伝いのクリスタルを何体か呼び出すことにした。
『ただの炭鉱夫に何をさせようというのだ?』
「まぁ見ていてくださいませ。そちらのボディが赤と黄と白の方々! この器を包み込むように、魔力を放出してくださいませんか?」
パッと見で身体が大きなクリスタルに声をかけたのだが、彼らは不安定な光を灯している。
『俺らはパープルと違って、魔法があんまり得意じゃないぜ』
「ですがモノは試しと言いますし」
クリスタル族は、全員結晶石の塊だ。魔法が得意ではないことなどあるのだろうか――とにかくまずはやってみるべきだ、と彼らにフラスコの周りへ移動してもらうと。赤、黄、白の半透明な腕が、恐る恐るフラスコの周りを囲んだ。
『じゃあやってみるか…………ムンっ』
色とりどりの光を反射するフラスコを、博士もじっと見つめている。この先は彼にも予想がつかないのだろう。
少しずつ、少しずつ光が増幅し、中の資材がオレンジ色に燃えはじめている。息を呑む間に炎がフラスコの中を巡り、直視できないほどの光を放ちはじめた。
「わあっ……!」
『これは……』
『初めて目にする輝き』――隣で立ち尽くす博士は、静かにそうこぼした。半信半疑だったクリスタルたちも、今は全員がフラスコの光に見惚れている。
『すごい! 俺らにこんな力が……』
感動の声を上げる赤いクリスタルが、軽く飛び跳ねたその時――フラスコが弾け、ガラスが溶けるように霧散してしまった。
一瞬のことだった。
「どうして……」
やはり膨大な魔力に耐え切れず、割れてしまったのか。それとも中と外の魔力が釣り合わなかったのか――隣の博士は、割れて半分になったフラスコをまだ見つめている。
『ほら、やっぱりダメだっタ』
低い女性の声が、混乱する頭に突き刺さる。
黒いクリスタルが背を向けると、他のクリスタルたちもそれに続いた。魔力を送ってくれた赤いクリスタルは、『やっぱり俺じゃ無理だったんだ』、とうなだれて出ていった。
「そんな……博士、途中まですごくいい感じでしたよね? ここからまた微調整をしていけば――」
『今は1人にしてくれ』
いつになく力のない声に、それ以上言葉が出てこなかった。
博士のテントにも、クリスタル族の住居窟にも居場所がない。ドラグとのこともあって一度山を降りたいが、ひとりでは降りられない。
「はぁ……どうしよう」
ドラグが飛んで行ってしまった崖から、麓の町を眺めていると。ごうっと鳴る何かが近づいてきた――音の方を向くより早く、目の前を赤い線が通り過ぎていく。
「なっ……!?」
炎の矢文だ。どこからか飛んできて、いつの間にか岩肌に刺さっている。とっさに周囲を見回すが、誰の姿もない。
「いったいどこから……てか、次の査定は3か月後って言ってなかったっけ」
実験の失敗ムードで大変な時に、いったいなにごとか――炎の消えた矢から手紙を外し、薄い紙を破らないよう慎重に開けると。
新エネルギー実験の失敗:マイナス3点
領主夫妻のケンカ:プラス3点
現在の評価:10点
「『プラマイゼロです。監査官』――って、変化なしならわざわざ送ってくるな! それに『領主夫妻のケンカ』って項目なんなの!? プラスだし!」
ひたすら息を切らして暴れた後。風だけがうなる崖に静寂が流れ、虚しさに襲われた。ため息交じりに肩を落とし、破り捨てたい衝動を抑えて手紙を懐にしまう。
「ほんとみんな、何なの……」
行き場のない寂しさと失敗の余韻が重なり、肺が重く感じる――私はどうすれば良かったのか。ただの人間である自分は、実験を眺めていることしかできなかった。
「『周りは人外ばかりで』ついていけない! そのお気持ち、痛いほど身に染みます」
「そうそう……って」
突然の声に崖を振り返ると――岩に寄りかかっていたのは、面をつけた男だった。男の手には、かすかに赤い火花が散っている。
「だっ、だれ……っていうか! それ!」
あの面は見間違えようがない。『幻想国家シビュラ』の顔出しNGプロデューサーが、取材や放送の時につけている面だ。そう気づいた途端、長らく忘れていた元の世界のことが、滝のように頭の中へ流れ込んできた――そうだ、私は本来「別世界の人間」だったのだ。
「ドラグ様をデフォルメした『ちびドラ』の面……なんで?」
人間とほぼ同じ大きさの男は、ふっと笑いをこぼすだけで答えない。「そんなことより」とこちらに向き直り、流れるようにお辞儀をした。
「私この度『神域』より遣わされました、シオン領監査官……そうですね、今は『ちびドラ』とでも申しておきましょうか」
「は……?」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日7時•19時に更新予定です。
旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう
おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。
本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。
初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。
翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス……
(※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)
【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する
ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。
きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。
私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。
この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない?
私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?!
映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。
設定はゆるいです
【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~
魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。
ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!
そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!?
「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」
初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。
でもなんだか様子がおかしくて……?
不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。
※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます
※他サイトでも公開しています。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる