シャイな異形領主様に代わりまして、後家のわたくしが地代を徴収(とりたて)いたします。

見早

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1章 ギルド創設への道

12話 領主代理たるもの

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「あなたは、エルフ族の長?」

 シオンでは犬猿の仲で有名な、ゴーレム族とエルフ族。それはあくまでも種族間の問題だとして、なぜエルフ族の長が正体を隠し、シカクの背中に乗っていたのか。

『エメル、これは』

 ガタガタと身体を鳴らして慌てるシカク、すぐさまフードを被り直すエルフ族の長――何となく察しがついてきた。

「もしやお二人は、秘密のともだ……」
「恋人です! あっ、ちちちがいます」

 まさかの、予想を上回る関係だった。

『ミス・グラニー、大切なソンザイ。でもトーさん、彼女と険悪』

 そういえば町でシカクと出会った時、彼女とシカクの父が揉めているところを目撃した覚えがある。

『エメル、このこと、トーさんには』
「当然内密にいたしますわ」

 シカクは大切なビジネスパートナーだが、もはやシオンで数少ない友達の1人でもある(と、こちらは勝手に思っている)。せめてこの場だけでも気兼ねなく過ごせるよう、秘密のデートを応援しなければ。
 彼女の弟――シスコンのナノが知ったら、エルフとゴーレムの全面戦争が勃発しそうだが。

「ではどうぞ。『ブナ・カフェ』のコンサルタント兼ウェイトレスが、お席までご案内いたします」

 本日初めての客に嬉しそうなシンシアへ目配せし、店の裏に設置したテラス席へ案内すると。

『良かった、ボク入ったら、店壊れる』
「ええ。様々な種族の方が快適に過ごしていただけるよう、外に席をご用意しました」

 新装開店とはいっても、外観に変化はない。が、席はこれまでと一味違う。このカフェを、種族関係なく集える憩いの場にできたら――そう願い、森の中にも席を増やしたのだ。

「メニューをどうぞ」
『アレ? コーヒー、100~1000ソロン、この幅なに?』
「当店のコーヒーは、お客様の『なりたい』を叶える特別な一杯。効果のグレードによって、価格が変動する仕組みとなっております」
「それは面白いですね! ええと、『なりたい』のサンプルは……『魔力増強』が気になります」

 さすがは魔法を得意とする魔族のチョイスだ。

「では、効果時間と強化度合いを3段階からお選びください」

 どのバフ効果にせよ、段階的に効果が上がる仕組みになっている――といっても、シンシアがコーヒーに入れる『お守りキノコ』の量が変わるだけ。作り手に負担がかからないよう考慮したつもりだ。

「一番上の1000ソロンだと、効果が1日も持続するのですね。では、こちらでお願いします」
「ありがとうございます!」

 永続的ではない、「お守り」程度の効果。それでも1日続くとなれば、やはりほとんどが一番上のグレードを選ぶだろう。それだけ、このキノコの効果は価値がある。

『ボク、ここにない効果の頼みたい。できる?』
「ええ。ご相談いただければ、近い効果のものを用意できるかと」

 シンシアによると、『お守りキノコ』を効果別に分けた場合の種類は200以上。彼女が見分けられるものだけでも、それくらいはあるという。

『じゃあ、恋人と、もっとラブラブになれる効果』
「しししシカクさん? そんな恥ずかしい……」

 どんな時も笑顔で対応――それはゲームではなく、リアルの仕事で培ったスキルだ。
 それにしても意外なのは、普段はおっとりしているシカクが、恋人の前で見せる顔。頬を林檎のようにしているミス・グラニーも、往来で風魔法を放っていた時とはまるで印象が違う。

「では、ご注文を繰り返します。『魔力増強コーヒー』ランク3と、『愛情ラブラブ増強コーヒー』ランク3、それぞれおひとつずつですね?」
「あ、あまり大きな声で繰り返さないで……他のお客さんに聞こえます」

 先に甘い砂糖を食らわせられたのだから、これくらいの仕返しは許して欲しい。それに、彼ら以外客はいないのだが――ともあれシンシアに注文を通すため、一度テラス席を離れることにした。

「ん? なんか正面が騒がしいな」

 群衆に混ざり、背中を押してくれたアレスターがさっそく来たのだろうか。ロッジの正面に回ると――カフェの前から森の中まで、行列ができていた。セイレーン、ゴーレム、スライム、数えるときりがない。

「おっ、これは素敵なウェイトレスさんがおるではないか」

 滑るように近づいて来たのは、今しがた思い出していた執事だった。

「アレスター! これ、どういうこと?」
「なに、ゲルダがショーを閉じただけのこと。お主を妨害するつもりで集めた群衆を宣伝に使われ、自棄になったのじゃろう」

 するとショーの妨害さえなければ、これだけの数がカフェに期待してくれていたということか。一時はどうなることかと肝を冷やしたが――今は、温かい熱が目の奥に込み上げる。

「エメル! オーダー通したら、すぐテイクアウトの対応に回ってくれない?」

 初めて聞くシンシアの焦り声に、ふと我に帰った。

「はいっ、ただいま!」

 最初のオーダーを通してから、それ以降の記憶がない。ロッジを包む笑い声、それからコーヒーの香りだけが感覚に残っていた。
 閉店後に残ったのは、積み上がった伝票と、最終目標の半分に届く売上金だ。

「たった1日で、100万ソロン……何かの間違いじゃないわよね?」

 シンシアはもう何度も紙幣を数え直している。横で泥のように眠っているニシカのイビキを、もろともせずに。

「はぁ……さすがに、一族総出で来られると疲れるな」

 もはや、ご令嬢口調を続ける余裕などない。カウンターで眠るニシカの横に伏せ、シンシアの方を向くと――視界が暗くなり、コーヒーの香りに包まれた。

「ありがとう、エメル」

 ハスキーな声を間近に聞いてようやく、シンシアに抱き締められたのだと気付いた。自分よりずっと小さな腕のはずなのに、全身が毛布に包まれているかのように暖かい。

「売り上げ10倍どころか、1000倍になっちゃったわね」
「さすがに、ここまで上手くいくとは思わなかったです」
「でもね。実はお金のことは、どうでもいいの」

 シンシアの言葉に、胸がチクリと疼いた。結果おかねがすべてではないのか。それがなければ、領民の安全を確保できる施設は造れないのだから。

「人間のアナタが、私たちノームのためにここまで身を砕いてくれた。こんなこと、長く生きてきて初めてよ」

 シンシアの温かい心が、触れている小さな身体から伝わってくる。

「……そう、ですか」

 転生してから、輪郭を失ってしまった「私」――早く役に立つと示さなければ、と焦りを感じていた。しかし今はエメルレッテではない。この世界では名前のない「私」が、彼女に抱き締められているような気がした。

「奥方殿、来たぞ!」

 突然の声にドアを振り返ると。頭に粉雪をかぶったアレスターが、小さな紙を掲げて立っていた。アレは会計の時みんなに配った、「次回誰かと来れば1杯サービス券」だ。

「お、お疲れ……」

 アレスターの後ろから、おそるおそる顔を出したのは――。

「ドラグ様?」

 同じく頭に雪をかぶったドラグの手には、シャンパンのボトルが握られていた。

「イベント、上手くいったって聞いて……お疲れだと思うけど、少しお祝いしないかなって」
「主人の作った弁当もあるぞ!」

 鼻の頭を赤くした2人の笑顔を見た瞬間、全身の力が抜けていった。今夜はもう、何も考えずに過ごそう。

「待って! まだ寝るのは早いんだ……君に、お客さんが」

 ドラグの後ろから現れたのは、青いブロック型の頭だ。

「シカク? お帰りになったのでは」

 彼は中に入ることができない。重い身体を起こし、外へ出ようとすると。

『外、人間には寒い。ここで用件だけ、話す』

 シカクがドラグ経由でこちらへ渡したのは、厚めの書類だった。そこには工程表や、図面らしきものが書かれている。

「これは……まさか、もうできたのですか!?」

 間違いない、ギルド増設のための計画書だ。しかしまだ、前金すら支払っていないのだが。

『今日エメルの仕事、見せてもらった。このビジネス、絶対うまくいく、確信した』

 なんとシカクは、こちらがイベントの企画を詰めている間に、この計画書を進めていたのだという。
  
『イベント終わったら、すぐ、工事入る。いい?』

 ギルド増設に漕ぎ着けるまで、最低でも3ヶ月は覚悟していたというのに。それがワンクリックで建築がはじまるゲームのように、上手くいくことがあるのだろうか。

「ぜひ、ぜひお願いいたします!」

 工事が始まってからは、本当に一瞬だった。
 シカク本人と、カフェを気に入ってくれた彼の会社のゴーレム5体。重機と一体化した巨人のように、とんでもない効率でカフェを3階建てにしてしまったのだ。

『ギルドに来る客の宿も、3階に造った。ご覧の通り、ボクたち6体で押しても、ゼンゼン倒れない作り』

 しかも『ブナ・カフェ』最大の特徴であった、「キノコ型のロッジ」という形を維持している。

「すっ、すごい……」

 完成した『ブナ・カフェ&ギルド』を、まじまじと見上げていると。

「グスッ……ありがとう、シカク……今日は貸切でお祝いよ」

 隣で震えるシンシアの熱い涙が、こちらにまで伝染しそうだ。

「シンシア……」

『実はお金のことはどうでもいいの』――イベント初日にシンシアがくれた言葉が、今少しだけ理解できた。1日で100万ソロン稼いだ時よりも、彼女の涙交じりの笑顔を目にした今の方が、ずっと満たされている。

「娘たちもじきに帰ってくるわ。さぁ、みんな料理を運ぶのを手伝ってちょうだい」
「はい、マスター!」

 シンシア率いるノーム族、シカクとその同僚たち、そしてドラグとアレスター。ここまで揃ったところで、先に乾杯をすることになったのだが。ガーデンパーティーの小さな主催は、グラスを置いてしまった。

「その前に、エメル。アナタに渡したいものがあるの」

 みんながシンシアを囲む中、中心に来るよう促された。差し出されたのは、こげ茶のキノコの刻印が施された封筒――中にはイベント初日の売り上げの、半分近い金額が入っている。

「謝礼なんて頂けませんわ! ギルドを増設してほしいとお願いしたのは、むしろこちらで」
「エメル、いいえ領主夫人。そちらは地代です」
「……ちだい?」
「ええ。アナタは宣言通り、いえそれ以上のことを、私たちにもたらしてくださったわ。この土地シオンの主に感謝を込めて、こちらを受け取って頂けませんか?」

 この世界に来てからというものの、あまりに遠く感じていた言葉で、つい脳内変換が追いつかなくなっていたが――地代。ついに回収することが叶った。
 ドラグに「私が地代を回収します!」、と宣言してから、はや幾日。幸いシンシアやシカクなど、良き仲間に恵まれたおかげで、こんなに早く第一目標を達成できたわけだが。

「こちらは、皆さんの生活をより良くするために使わせていただきます……ありがとう」

 熱く込み上げるものが喉につっかえて、うまく言葉が出てこない。代わりに顔を上げ、ここまで助けてくれた彼らの笑顔を見渡した。

「あの……この流れで、僕もいいかな」

 人前に出ることが苦手なはずの夫が、輪の中心へ出てきた。かすかに震える手の中に何かを持ち、覚悟した様子でこちらを見つめている。

「最初に君が地代を回収するって屋敷を出た時、絶対に無理だって思った。人間のか弱いお嬢様が……って」

 そちらは気弱なドラゴンのくせに――と言い返したくなったが、なんとか言葉にせず呑み込んだ。

「でも君は今、その『絶対に無理』なことをやり遂げた。とてもすごいことだ。あっ……僕の称賛なんか、何の説得力もないと思うけど」
「いいえ、嬉しいです。あなたに認めていただけて」

 心からの言葉とともに微笑むと、揺れていた金色の瞳がこちらを捉えた。

「そ、そう……とにかくこれ、君に贈呈します」

 ドラグが開けた手のひらに乗っているのは、青緑の揺らぎを放つ宝石――。

「極光石のブローチ、ですか?」

 あの首飾りについていたものより、さらにひと回りも大きい。

「シオン領領主の証。これだけは、何があっても売ったり渡したりはできないって、隠してたんだけど」

 ドラグの手がそっと伸びてきて、胸元のリボンの結び目にブローチをつけてくれた。

「きれい……って、なぜ私に?」
「君へ、正式に『領主代理』の権限を与えたい」
「えっ……?」
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