シャイな異形領主様に代わりまして、後家のわたくしが地代を徴収(とりたて)いたします。

見早

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1章 ギルド創設への道

6話 ニセ領主あらわる

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「掃除は後にして、とりあえずお話を」

 有無を言わさずドラグを寝室へ連行し、部屋の真ん中に陣取っているガラスケースを指差した。

「その首飾りはお返しします。理由はお分かりですね?」

 窓辺に仁王立ちしたまま、グロウサリア家の財政状況について尋ねると。大理石の上に正座をしたドラグは、小声で白状した。「当家にはメイド1人を雇う金もない」、と。

「これが、あなた方の隠していた『問題』だったのですね」
「でっ、でも今アレスターが国の支援金を受け取りに行ってるんだ。あんまり贅沢はさせてあげられないけど、食べるくらいはそれでどうにかなるから!」

 国から降りる資金は、ふつう領主の生活費に充てはしない。土地の整備や公共物の修理費に消えていくはずだ。そう指摘すると、肩を萎ませていた夫はさらに小さく腰を丸めた。

「嫁いできたばかりの君に、心配をかけたくなくて……」
「だとしても! 国のお金を私的に使うのはいけません。領主の収入源は、いわゆる地代のはずでしょう。領民から回収できていないのですか?」

 壁側に逃げる青白い顔を、強引にこちらへ向かせると。観念したドラグは、青緑の炎を小さく吐き出した。

「領民は僕の言うことを聞くような連中じゃない。顔を見るだけで殴りかかってくる奴もいるんだから、こうして家にいるしか……」
「つまり他の種族から地代を集めるのが怖くて、ずっと家に引きこもっていた、と?」

 顔を背ける夫に、ため息しか出てこない。
 家のことに私を関わらせたくなさそうだったのは、こういうわけか。

「君はアイツらを知らないから……勇敢だった父と比べて、うまく飛べもしない欠陥品の僕をなめてるんだよ」

 また欠陥品――シビュラゲームでは、ドラゴンが物理的に一番強い種族だったはずなのに。アレスターが「元々こうではなかった」と言っていたが、過去に何かあったのだろうか。
 それも気にはなるが、今はお金の問題だ。

「でも、お義父上ちちうえの遺産とかあったのでは? 領民の皆さんに慕われていた領主様なら、それなりに」
「……遺産はもうないよ」

 それだけ口にすると、今度こそドラグは黙り込んでしまった。彼が使い込んだとは考えにくいのだが、なぜ頑なに口を割らないのだろうか――これ以上ダンマリを決め込むというのならば、こちらも相応の手段に出なければ。

「お話しくださらないと、そのご立派なツノに触れますよ」

 たしかドラゴンは、ツノを他人に触られるのが嫌だったはず。

「ほらっ、黒くてツヤツヤのねじれたツノに、私の指紋がついてしまいますよ?」

 手をドラグに向けて伸ばすと。彼が自ら頭を垂れたため、思わず指先がツノに触れてしまった。

「あっ、ごめんなさい! 本当に触るつもりは」
「別に触ってもいいよ……妻なんだから」

 脅しのつもりだったのだが。純粋な物言いに、怒りや焦りが萎んでしまった。まったくこの竜は――「夫婦のスキンシップはとらない」、という条件を忘れたのだろうか。

「ツノのことはさておき。そんなに話したくないのですか? 遺産の行方について」
「遺産がないのは、『前妻の浪費癖』のせい、じゃろ」
「そう、前妻の……はい?」

 突然、天井から大量の黒い影が降ってきた。声にならない悲鳴とともに飛び退くと、コウモリの群れが固まって人の姿へと変わっていく。

「アレスター……通気口から入るのはやめてよ」
「おおっ、すまぬな。次は窓から入ろうかの」

 いや、問題はそこではない。

「さっき、とおっしゃいました?」
「婚前に何度も確認したはずじゃ、『主人はバツイチじゃが良いか?』と」

 まさかエメルレッテが後妻だったなんて、初耳だ。なぜか少し胸が詰まるが、今はそこに衝撃を受けている場合ではない。

「前妻の浪費が原因って、どういうことです?」

 それぞれため息を吐く竜人と吸血鬼を、交互に見比べていると。

「ほれ、ドラグよ。『金の問題』を先延ばしにしても良くないと進言したじゃろうに」
「うん……」

 ついに観念したドラグの口から語られたのは、前妻ドラゴンのことだった。幼い頃からの許婚で、5年前に結婚したものの。ひと月後に離縁を言い渡されたという。

「ひと月ってまさか! たったその間に、遺産をすべて使い込まれたのですか?」
「主に領外豪遊にな。気づいたら遅かったというわけじゃ……さすがのワシも、アレには相当参ったわ」

 どんな豪遊をしたら、いち領主が生涯貯めたお金を使い切れるのか――もう、国からの支援金以外あてはないらしい。

「その支援金じゃが。ここ数年で頻繁に申請したせいで、シオンに監査官を送り込むと言われてしまっての」
「え……今回はもらえなかったのか?」
「そういうことじゃな」

 国はあてにならず、領主の家はすっからかん。おまけに夫はノミの心臓。暴君というウワサは謎だが――こうなれば選択肢はひとつだ。

「私が地代の回収に行きます」

 覚悟を決めるしかない。このままでは領地を立て直すどころか、明日の生活だって怪しいのだから――それに領主家が没落すれば、ドラグから領主の座をいただく計画まで消えてしまう。

「人間の……か弱い令嬢が交渉に行くなんて、危ないよ」

 どの口が言うのだろうか。

「でしたら、ドラグ様が行ってくださいます?」
「いやそれは……で、でもウチの領民は厄介なんだ。君も見ただろ? プライドの高いエルフとか。何より親父殿が亡くなってからはアイツらが……」
「回収ついでに用心棒も探しますから、ドラグ様は引き続き家のことをお願いしますね」

 領主の生活が成り立たなくて、領地が潤うわけがない。きっと事情を話せば、みんな地代を払ってくれるはずだ。

「手始めに、丘の麓のカフェから参りましょう。コーヒー代もお支払いしなければ」
「えっ、エメルレッテさん待って……やっぱり僕も行く!」

 追いかけてくるドラグを待たず、勢いでお屋敷を飛び出したは良いが。

「はぁっ……あ、息が……っ」

 やはりこの身体、丘を駆け降りるだけで胸が苦しくなる。

「大丈夫? て、手を貸す?」

 いつの間にか並走していたドラグは、息ひとつ切らさずにこちらへ手を差し伸べている。
 軽い呼吸困難に陥っている今は、「夫婦のスキンシップが」などと言っている場合ではない――ドラグの言葉に甘えると。人間よりも硬く滑らかな感触が、そっと手のひらに触れた。

「わっ。小さ、やわっ、壊れないよね?」
「壊さないでくださいね」

 それにしても、どういう風の吹き回しだろうか。「他種族が怖い」と、5年もの間地代回収へ出ていなかったくせに。

「丘の下にあるノームの店へ行くんだよね……? あそこはつい最近できたばかりだから、まだアイツらも来ないだろうし」
「アイツら?」

 答えの代わりに、隣の夫は青白い顔で目を逸らした。
 それにしても、こうしてゆったり丘を降りていると、改めてこの領が「荒れた田舎」であることを実感する。町以外を通る道はすべて獣道で、廃れた空き家ばかり。田畑も荒れ放題。お屋敷では「私が回収します」、などと啖呵を切ってしまったが――。

「経済が回っていないのでは、地代の取りようがありませんわね」
「……親父殿が生きてた頃は、もっと活気があったんだ。でも僕の代になってからは、アイツらを制御できないせいで、力が弱い種族はよそに出て行っちゃって」

「アイツら」とは、先ほどから誰のことを言っているのだろうか――訊き返しても、ドラグは俯くだけだった。
 やがて丘の麓にたどり着くと、おそるおそる触れていた手が離れていく。

「エスコート、ありがとうございました」
「うん……いつでも手を貸すから」

 本当に彼は、気弱なところを除けば気が利く紳士だ。前妻のドラゴンは、彼の気弱なところが気に入らずにお金を使い果たしたのか。それとも、ただの手に負えない浪費家だったのか――どちらにせよ、ひと月で離縁された彼が不憫に思えてきた。

「とりあえず、カフェでお話を聞きましょうか」

 キノコの扉を屈んでくぐり抜ける夫に続き、『ブナ・カフェ』へ入ると。

「いらっしゃいませ……あらまぁ! さっきのお客さん」

 カウンター越しに迎えてくれたのは、上品に目を伏せたノームの女店主だ。

「先ほどは支払いもせず出てきてしまい、申し訳ありませんでした」
「支払いって……?」

 そういえば。ここで話を聞いたことを、まだドラグに伝えていない。とりあえず小銭を借りてコーヒー代を返しがてら、追加の注文をしてカウンターに落ち着いた。

「お客さん、この土地にお知り合いがいらしたのね。それもドラゴンのお方だなんて」
「あっ……ど、どうも」

 やはりドラグは領主として認識されていないようだが、この店主は最近シオンに来たと言っていたから当然だろう。

「あの、さっき聞いた話をもう一度お願いできませんか?」
「えぇ? でも……」
「大丈夫です! この方、訳あって長いこと家から出ていらっしゃらなくて。領内のことに疎いんです」

 竜族のお家騒動の話を、当事者である竜人の前でするのがためらわれるのだろう。状況説明のつもりで、とお願いしたところ。店主はドラグの顔色をうかがいつつも、先ほどと同じことを話してくれた――5年前に代替わりした領主の息子が暴君で、一族の者は屋敷から出て行き家が傾いた、と。

「暴君……って」

 この反応、やはり。家が傾いたことは否定していないが、本人の性格とは真逆な風評については、ドラグも心当たりがないらしい。

「一応尋ねますけど。なぜこのようなウワサが?」
「分かんないよ、外のことはアレスターに任せてたから」

 混乱するドラグとコソコソ話していると、目の前にカップが2つ出てきた。先ほどはゆっくり飲めなかったが、このコーヒーは絶品だ。苦みがほど良く、身体中に染みわたる。

「おばあちゃん特製のコーヒーを飲めば、きっと元気がわいてきますよ」
「おばあちゃん? マスターが?」

 美肌で腰もまっすぐな彼女が自称する「おばあちゃん」とは、いったい何歳のことなのか。

「こう見えても私、今年で28歳よ。人族の方はご存知ないかもですけど、ノーム族はあなたたちの3倍の速さで年をとるの」
「え……じゃあもう、人間でいうと84歳ってこと?」

 そういえば。種族の年齢は、見た目で判断できないというのが『シビュラ』ゲームの常識だった。

「ところで。マスターは領主のウワサを、一体どなたからお聞きになったのですか?」
「誰って言われてもねぇ。カフェには毎日、誰かしらいらっしゃるから」

 職業柄、個人の名前や種族名は出さないのだろう。しかし人の出入りが多いカフェのマスターに真実を知ってもらえば、ウワサを正すきっかけにはなるかもしれない。

「あの、実はこちらのお方がりょ――」

 真実の告白は、乱暴に扉を閉める音によってかき消された。振り返ると、ひと目で竜族と分かるツノと翼をもつ、二人組の男が立っている――と言うより、黄と青の鱗をもつ彼らのことはよく知っている。

「ドラグ様の側近の、ロードンとボロネロじゃん! 擬人化するとこうなるんだー」
「あぁん!? だぁれが、だぁれの、『側近』だって?」

 しまった。見知った顔の登場に、思わず口が滑ってしまった。
 見るからに粗暴な筋肉ドラゴンは、ドラグ様の護衛を務めていたロードン。そしてこの空気の中、カフェの内装に興味津々の美形ドラゴンは、同じく護衛のボロネロ――だったのは、あくまで『シビュラ』ゲームでの話。

「ロードンうるさい。キノコかわいい」
「お前は黙っとけボロ公。それより人間の女! 俺らのことを知ってるみてぇな口ぶりだが、肩書が間違ってるぜぇ」

 ロードンが指差したのは、いつの間にかカウンターの下で震えているドラグだった。
 まさかドラグが度々口にしていた、「アイツら」とは――。

「そこの引き籠りに代わって地代を回収する俺こそが、シオンのトップ! サマだ」
「……は?」
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