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ホホジロザメの献身
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もっと城石ウミを知りたい。
そう思い立った翌日。朝練以来の早起きをして、秘密基地へと足を運んだ。
日課の水遣りを済ませ、新校舎へ向かう途中。数学の冴島(確かウミのクラスの担任だった。)が、校舎裏で一服する姿が目に入った。「校内は禁煙」という決まりをあの教師が破っていることは、旧校舎へ出入りするようになった頃から知っている。
そんなことより、今は城石ウミだ。
鞄を教室へ置き、一限の準備をしてから1-Bへ向かおうとしていると、談話室に入っていくウミと冴島の姿が見えた。
部屋の前で携帯をいじるフリをしている内に、中から低い声が聞こえてくる。
「そのくらいのことで、いつまでも反抗的な態度をとるのは止めませんか?」
それくらいのこと――?
遺言をノートへ残すほどに、城石ウミは追い詰められている。
奥歯で頬の内側を噛み、腹から湧き上がりそうになる声を何とか抑えた。
「俺がついています。だから教室に来てください、ね?」
限界だ。
冴島が己の評価を落とさないがために、ウミを説得しているとしか聞こえなくなってきた。
これ以上冴島に喋らせまいと力を込め、談話室のドアをノックする。
「失礼します」
「あぁ、君は水泳部の」
偽善めいた笑顔の教師から、怯えの色を瞳に宿した下級生へと視線を滑らせる。
これが、城石ウミ――。
目を開けている彼女をいつまでも見ていたい気持ちを抑えて、冴島に狙いを定める。
「冴島先生に聞きたいことがあるんです」
適当に話を進めると、思惑通り冴島はウミを教室へと帰した。
冴島と二人きりになったところで、さっそく交渉を開始する。
「冴島先生、校内は禁煙ってご存じですよね? さっき校舎裏で吸っているところを見たのですが」
当然、冴島は動揺を悟られないよう否定する。ここで携帯の画面を見せてやると、必死の装いが一瞬で崩れ去った。
「これ、教育委員会に送り付けたら……どうなるでしょうね?」
何かに使えるかも、と撮っておいたネタが、こんなところで役に立つとは。
情けなく懇願する冴島に、救いの手を差し伸べる。
「私からのお願いは1つ。城石ウミへの指導は今後、副担の先生に任せてください」
こちらの要求に首を傾げたものの、冴島は深く頷いた。
念のため保険をかけ、ポケットの中身も預かることにする。
今日はまだ、ウミは秘密基地へ来ていないようだ。朝干しておいたマットレスに家から持ってきたシーツをかけ、来るかも分からない彼女を待つ。
綺麗なベッドに寝転び、暇つぶしに冴島から没収したライターとタバコを取り出した。一本くわえてみたが、中々火が点かない。
「うぇっ」
吸った勢いで、煙が肺に流れてきた。咳き込みながら火を消せるものを探していると、廊下から軽快な足音が響いてくる。
まずい――!
ジョウロの中の水にタバコを落とし、準備室に駆け込んだ。
ウミが来たに違いない。
しばらく息を殺していると、微かな寝息が聞こえてきた。保健室に戻り、ウミの眠るベッドに近づく。
今回もノートを頭上に置いて寝ている。前回書いた「またおいで」の下には、夢で出会ったというサメの話が綴られていた。
「いつ……食べるの」
か細い問いかけが、桜色の唇から漏れた。
寝言に答えてはいけないと聞いたことがある。それでも、眠りながらに泣く彼女をただ見ていることなどできなかった。
「いつかね」
シーツに流れる黒髪をそっと撫で、小さな体を抱きしめる。そうして熱を感じた後、「またここで」とノートの隅に書き残した。
そう思い立った翌日。朝練以来の早起きをして、秘密基地へと足を運んだ。
日課の水遣りを済ませ、新校舎へ向かう途中。数学の冴島(確かウミのクラスの担任だった。)が、校舎裏で一服する姿が目に入った。「校内は禁煙」という決まりをあの教師が破っていることは、旧校舎へ出入りするようになった頃から知っている。
そんなことより、今は城石ウミだ。
鞄を教室へ置き、一限の準備をしてから1-Bへ向かおうとしていると、談話室に入っていくウミと冴島の姿が見えた。
部屋の前で携帯をいじるフリをしている内に、中から低い声が聞こえてくる。
「そのくらいのことで、いつまでも反抗的な態度をとるのは止めませんか?」
それくらいのこと――?
遺言をノートへ残すほどに、城石ウミは追い詰められている。
奥歯で頬の内側を噛み、腹から湧き上がりそうになる声を何とか抑えた。
「俺がついています。だから教室に来てください、ね?」
限界だ。
冴島が己の評価を落とさないがために、ウミを説得しているとしか聞こえなくなってきた。
これ以上冴島に喋らせまいと力を込め、談話室のドアをノックする。
「失礼します」
「あぁ、君は水泳部の」
偽善めいた笑顔の教師から、怯えの色を瞳に宿した下級生へと視線を滑らせる。
これが、城石ウミ――。
目を開けている彼女をいつまでも見ていたい気持ちを抑えて、冴島に狙いを定める。
「冴島先生に聞きたいことがあるんです」
適当に話を進めると、思惑通り冴島はウミを教室へと帰した。
冴島と二人きりになったところで、さっそく交渉を開始する。
「冴島先生、校内は禁煙ってご存じですよね? さっき校舎裏で吸っているところを見たのですが」
当然、冴島は動揺を悟られないよう否定する。ここで携帯の画面を見せてやると、必死の装いが一瞬で崩れ去った。
「これ、教育委員会に送り付けたら……どうなるでしょうね?」
何かに使えるかも、と撮っておいたネタが、こんなところで役に立つとは。
情けなく懇願する冴島に、救いの手を差し伸べる。
「私からのお願いは1つ。城石ウミへの指導は今後、副担の先生に任せてください」
こちらの要求に首を傾げたものの、冴島は深く頷いた。
念のため保険をかけ、ポケットの中身も預かることにする。
今日はまだ、ウミは秘密基地へ来ていないようだ。朝干しておいたマットレスに家から持ってきたシーツをかけ、来るかも分からない彼女を待つ。
綺麗なベッドに寝転び、暇つぶしに冴島から没収したライターとタバコを取り出した。一本くわえてみたが、中々火が点かない。
「うぇっ」
吸った勢いで、煙が肺に流れてきた。咳き込みながら火を消せるものを探していると、廊下から軽快な足音が響いてくる。
まずい――!
ジョウロの中の水にタバコを落とし、準備室に駆け込んだ。
ウミが来たに違いない。
しばらく息を殺していると、微かな寝息が聞こえてきた。保健室に戻り、ウミの眠るベッドに近づく。
今回もノートを頭上に置いて寝ている。前回書いた「またおいで」の下には、夢で出会ったというサメの話が綴られていた。
「いつ……食べるの」
か細い問いかけが、桜色の唇から漏れた。
寝言に答えてはいけないと聞いたことがある。それでも、眠りながらに泣く彼女をただ見ていることなどできなかった。
「いつかね」
シーツに流れる黒髪をそっと撫で、小さな体を抱きしめる。そうして熱を感じた後、「またここで」とノートの隅に書き残した。
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