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触感
1.最優秀生の教室遊戯
しおりを挟む新学期早々スポーツディなんて。学校行事というものは、ずいぶんと健全に組まれているものです。
ミセス・シフォンの追跡をかわして忍び込んだのは、本来施錠されているはずのホームルーム――自分専用デスクを窓辺まで運び、生徒の皆さまが競技に励んでいらっしゃるアクティブスペースを見下ろすと。パンケーキをフライパンでひっくり返しながら走るラヴィンナが盛大に転んでいました。
さてどうするでしょうか、と様子をうかがっていたところ。よろよろと立ち上がったラヴィンナは、照れた笑顔で先を急ぎます。
「ふふっ、諦めの悪い子ね。やっぱり嫌いじゃないわ」
その後も最後尾から巻き返そうとするラヴィンナを目で追っていると、足音がひとつ廊下から響きました。この重量感のある駆け足はミセス・シフォンではないようです。
やがて開いたドアの前には、運動着のまま息を切らしたジルが立っていました。
「いきなり呼び出して何の用ですか? 出番の直後だったんですけど……」
最高学年になってまで行事に積極的だなんて、本当に真面目です。
「晩餐会以来ですね、先輩」と微笑みながらデスクから飛び降り、早鐘を打っているジルの胸に手を添えました。
「あんなに大胆なことをしておいて、まさか忘れたわけではありませんよね?」
忘れていてもいなくても、視線が合わないのはいつものことですが。今日の彼は、最初から顔を斜め下に逸らしています。
「その、話すならせめて行事が終わってから、学外でお願いします」
「ダメ。不本意ながら、アレは人生初の屈辱だったのよ」
今回ばかりは手加減するつもりもありません。ジルの背後に回って両手を素早く拘束し、背中を押してデスクに座らせます。
「待って! 今汗かいていて……」
かがんでベルトを外したところ。彼の素直な欲望は、すでに半分立ち上がっていました。
「行事が終わってからとか言って、実は期待していたんですね。それともあの時のことを思い出しました?」
ジルは諦めたのか、沈黙のまま目を伏せていましたが。口を大きく開けて肉の塊を含もうとすると、顔を両腿で挟まれました。
「な、な、何しようとしてるんですか!?」
「言ったでしょう? 人生初の屈辱だったって。だから私も、あなたに極上の屈辱を差し上げたいのよ」
本来の機能とは違う肉体の使い方は、敬虔な教会信徒の間では許されないそうです。
命をいただく口でこのような行為をすれば、彼にとってはとんでもない屈辱になるはず――妨害する足を強引に開かせ、透明な滴のついた先端へ舌を這わせると。怯えていた肉の塊が固さを増しました。
「その唇はシスターのためにとっておいたんじゃ……っ」
「『聖女さまへ心を捧げるつもり』とは言ったけれど、これは愛のないただの行為だもの。キスを禁止したから、何か勘違いなさっているのですか?」
口淫は木製の梁型でしか練習していませんでしたが、ぶっつけでも意外とうまくやれるものです。
強さと角度を調整しつつ、快楽に耐えるジルを見上げていると。「見ないで」と頭を押さえつけられましたが、「『触るな』って約束、年が明けて忘れてしまったの?」とお利口でない手を締め上げました。
「聖職者の卵がこの私をいいようにするなんて、何かの間違いだったんだわ」
声を噛み殺して悶える姿を観察していると、ウィンター・ホリデーの間に蓄積していた鬱憤が嘘のように晴れていきます。ですがいくら刺激を与え続けても、果てる兆候は見られません。
「どうしたの? この間簡単に出てしまったのは、香油のせいだったのかしら」
「アゴが疲れたわ」、と一度塊を口から外し、濡れた口元をハンカチで拭いていると。後ろ手に縛ったはずの腕が、こちらの手を掴んできました。
まさか――当家特注の枷を、彼が外せるはずありません。この私が甘い縛り方をするはずもないのですが。
「……せっかく我慢してたのに」
「え?」
何を我慢していたのか問いかけても答えません。代わりに、掴んだ手を強く引き寄せられました。
「こうやって人をいいようにして、自分はどうなんですか? この間のアレは何かの間違いなんかではないですよ」
いつになく調子に乗っているジルを静かにさせようと、半ば本気で睨み上げると。
「男を誘うような声を上げて、何度も僕の手で果てていましたよね?」
真っ直ぐこちらに向いた深緑の瞳は、ゾッとするような暗い光を宿していました。
「……アレは叔父さまに指導されていたからでしょう。あなたは言う通りにしただけ。あなたひとりの力で私をどうにかできるなんて思わないことね」
すると手首を握っていた手に、骨が軋むほどの力を込められました。
「では試させてください。『僕から触らない』というルールを敷いたのは、主導権を握られるのが怖いからでしょう?」
そのルールを設けたのは、「他人から触られるのが嫌」といった理由なのですが――ここで声を荒げれば相手の思うつぼです。
「いいでしょう。その安い挑発に乗って差し上げます」
肩が触れただけで動揺する彼に、いったい何ができるというのでしょうか。
いざとなれば生殖能力を奪って再起不能にできますし、様子見がてら拘束を外して差し上げることにしました。
「このままだと外から見えますから、体勢変えます」
まずは床にジルが両足を組んで座り、その上に座るよう指示されます。
威嚇するつもりで向き合うように腰を落とすと。何をするのかと思えば、壊れ物でも扱うかのように抱きしめられました。
密着すると濃厚になる、芳醇な肉の香――誘うような匂いに呼吸を浅くし、何とか平静を保ちます。
「何ですかこれ? 子どものお遊びじゃないんですよ」
ジルはこちらの煽りには答えず口でタイを緩めると、ブレザーとシャツのボタンを丁寧に外しはじめました。胸当てを取るのに苦労するのではと思っていましたが、つまらないことに難なく外してしまったのです。
「忘れていましたけれど、最低限の教育は受けていらっしゃったのでしたね」
一方的な会話を続けているうちに、乳房の外側へ温かい手のひらが触れました。脇下から胸の膨らみをなぞるようにして、指先が何往復もしています。そのゆるゆるとした刺激にもどかしさを覚えてきた頃、首筋へついばむように口づけられました。
「くすぐったい」とジルの腕を掴んだところ、いつもは簡単に拘束できる腕が少しも動きませんでした。
弓を引くという話でしたし、長い間教会にいたのであれば僧兵の仕事をしていたかもしれません。もしかすると普段は隠しているだけで、実は腕力に長けていたのでしょうか――ジルは一言も喋らないまま、乳頭を避けて乳房全体を撫ではじめました。その間、猛犬のように荒い息が首筋にかかり続けます。
「この程度で興奮できるなんて、お手軽で羨ましい限りですね」
「ちょっと黙っててくれませんか……やっと触れたんだから」
久しぶりに口を開いたかと思えば、言い返す間もなく首筋に強く吸い付かれました。痺れるような刺激とより濃厚になる彼の匂いに、全身の皮ふが粟立ちます。
この程度のことで体が震えるなんて――帝王学と同時に純潔教育を受けはじめた私が、彼に翻弄されるなどあってはならないことです。
「そんな呑気にやっていたら、誰か戻ってくるかもしれませんよ?」
それでも彼は焦ることなく、スカート越しに胎の上を撫でています。やがて痛いほどに固くなっていた乳頭を、いきなり指で弾かれました。
「あっ……!」
勝手に喉をすり抜ける声を短い呼吸で逃がそうとしていると。物欲しげな視線で、じっと顔を見つめられていることに気がつきました。
「汗、かいていますね」
「……暑いだけ。わざわざご指摘ありがとうございます、先輩」
その余裕と自信はどこから来ているのでしょう。
考える暇も与えられないまま、左右の乳頭を交互に弾かれました。凝り固まった先端をそのまま指で優しく撫でられていると、甘い刺激が頭と胎に蓄積していきます。
「右より左の方が反応いいですね」
「それはっ、んんっ」
とうとう呼吸で声を制御できなくなり、手で口を塞ぎました。
これは確実に変です。純潔教育でも、マチルダに個別指導された時もこんな風になった覚えはありません。
思い当たることと言えば、彼から放たれるこの芳醇な肉の匂い――特に感じる左の乳頭を強く吸われた瞬間、組み上げ途中だった思考がすべて消し飛びました。
「も、いいですからっ」
離れようと身を引けば、背中を押さえつけられてしまいました。そのまま突き出た左胸を舐められ続けると同時に、胎の上を軽く押されると。息ができなくなり、ついに口を塞いでいた手が外れます。
「これ、気づいてますか?」
力の抜けた腰を持ち上げられると、ストッキングと下着を貫通した粘液が垂れ、ジルの張りつめた股間との間に半透明の糸を引いていました。
「……最悪」
「最悪? お気に召さなかったのなら、もっとひどくしてあげましょうか」
「もういい、分かったから。生理的反応には私でも逆らえないの。だからこれは決してあなたが欲しいわけではなくて、私は誰とも結ばれる気はなくて……」
少し湿った胸板を押すも、ジルは腰を掴んだまま離そうとしません。そのままストッキング越しに、濡れた股間を擦りつけてきました。
「もういいって言っているでしょう!」
離れようと抵抗する間に必死な顔が迫り、汗に濡れた額と額が触れた直後。勝手に声が漏れる唇に余裕のない唇が近いたところで、「ダメですか」と懇願するような息がかかりました。
強引に手を動かすくせに、唇を無理やり奪おうとはしてきません。妙なところでも真面目を発揮しているジルを「イヤ」と切り捨てると、苦し気に目を伏せた彼はぴたりと動きを止めます。
不本意な快感を与え続けられていた体が冷えていく最中――わずかな沈黙の間にかすかな足音が響き、停止しかけていた思考が急加速しました。
「誰か来たわ」
まずは固まっているジルを突き飛ばし、乱れた上半身の服を整えます。足の汚れをハンカチで拭い立ち上がろうとしましたが、下半身に力が入りません。
「……仕方ないわね」
光る粘液を最低限拭い、床に座ったままドアの方を振り返ると。
「マダーマム先輩、特ダネっす!」
どうやって私の居場所を知ったのでしょうか。制服姿のハルオミが、ドアを破る勢いで飛び込んできました。
「て、あれ? どうして床なんかに座って――」
さすが自称洞察力に優れる記者さんです。すぐに何かを察した様子で、こちらとジルを交互に見てきます。
「まーたやってる! それもこんなところで! いくら恋人だからって、スクールでは控えてくれません? 入ってきたのがボクじゃなかったらどうするつもりだったんすか」
「ひと月前までは、あなたに見られるのが一番のスリルだったのにね」
まだ元に戻り切れていないのか、ジルは顔を隠したまま俯いています。
「ほんと、退学にならないよう気をつけてくださいよね」
少し離れたデスクに腰かけたハルオミへ、「それで特ダネってなに?」と尋ねたところ。
「マダーマム先輩、叔父さんのことが知りたいって前に言ってましたよね? それだけじゃなくて、もしかしたらアンタの実のご両親のことが分かるかもしれない手がかりを掴んだんです!」
「え……?」
頭が真っ白になると同時に、行事終了を知らせる鐘が校舎に鳴り渡りました。
「あ~やっと終わったんすね、お遊戯会」
生徒だけでなく見学に来ていた保護者の方々が帰り始めたのか、表が一斉に騒がしくなりました。
「ええ。今年も何とか乗り切れたようね」
ようやく動くようになった足で窓辺のデスクに上ると。正門に並ぶ迎えの車の中、見覚えのある白タイのご令嬢とご婦人が目につきました。どうやらご令嬢の方は、いつまで経っても来ない兄に苛ついていらっしゃるご様子です。
「ジル、お義母さまと妹さんがお待ちのようですよ」
「ありゃ、タイムリミットっすね。特ダネはまた明日ということで」
実の両親――ハルオミの言葉が頭の中でこだまする中、ジルとハルオミと校舎の外へ出て行きました。
先ほど上階から見た限り、マチルダはまだ来ていないようです。
「ひとまずここでさようならね。ご機嫌よう」
「また明日~」と手を振るハルオミ、それから何かを言いかけたジルに背を向け、校内へ戻ろうとしたその時。
「あなたがフルーラさん?」
穏やかな声色に振り返ると、そこにはレースの日傘を差したご婦人――ハーモニア夫人がいらっしゃいました。顔を背けているジルを引き連れ、さらにどういうわけか片方の手はハルオミと仲良く繋いでいます。ハルオミの顔からは生気が抜けていますが。
「先日はお家のパーティーに息子をご招待いただき、ありがとうございました。娘からあなたのことを少しうかがったのだけれど、ウワサ通り素敵なお方ね」
よく見ると、夫人の背後にはレア嬢の姿もありました。前に少し脅かしてしまったせいか、隠れながらこちらの様子をうかがっています。
「もし良かったら、これからウチにいらっしゃらない? 気軽に遊びがてら、一緒にディナーはいかがかしら? もちろんハルオミくんも」
チラッとジルを見ると、彼は相変わらずそっぽを向いたままでした。
夫人の顔か私の顔、どちらを見ないようにしているのでしょうか。
「ぜひお邪魔させていただきます。ハルオミ、あなたも当然一緒でしょう?」
何より先ほどの特ダネについて、一刻も早く聞きたいというのが本音ですが。
「まぁボクは迎え来ないんで、自分の予定は好きにできますけど」
「お家の方にはウチの電話で連絡するといいですよ。さぁ行きましょう」
すでに到着していたマチルダに「申し訳ないけれど」、と後でハーモニア邸へお迎えに来てくれるよう頼みました。
絶望的な表情のジルに笑いを堪えながら、車に揺られること四半刻。豪華な中にも品がある、洗練された「白」のハーモニア邸に到着して間もなく、不思議な面子のディナーが開始しました。
ご年配ながら気さくなハーモニア家当主、物腰柔らかな美しい夫人、こちらへの警戒を怠らない頼もしいご令嬢――ハルオミが持ち前の話術で場を和ませていますが、ジルは車内からここまで一言も発していません。
「それにしても失礼いたしました、フルーラ嬢。本来であれば、こちらからすぐご挨拶へうかがうのが筋というものですが」
ワインで少し頬を染めていらっしゃるハーモニア伯の言葉に、一瞬固まったものの。すぐに「恋人」の件だと理解しました。
「いいえ、突然のことでしたもの。義父は大変よろこんでいまして、後日ハーモニア伯へご挨拶なさりたいと」
「そんな、ご足労いただくなんてとんでもない! ぜひこちらから、マダーマム候の元へうかがわせていただきますゆえ」
先ほどからご両親が何かおっしゃる度、隣のジルは静かに悶えています。
嘘が加速する様子に罪悪感を覚えているのでしょうか――実に愉快な光景です。
やがてディナーが終了し、仮の恋人の部屋へ初訪問することになりました。
「なーんかボクお邪魔じゃないっすかねぇ」
ハルオミの軽い調子に、ジルは切実な様子で「ぜひ居て欲しいです」と久々に顔を上げます。
ソファにハルオミと並んで腰かけ、ジルが正面のひとり掛けに落ち着いたところで。
「それで、叔父さまのこともそうだけれど。『実の両親のことが分かるかもしれない』ってどういうこと?」
「あぁ、特ダネの件っすね! そうそう」
するとハルオミは、『伝説の処刑人』という言葉を口にしました。
「金持ちの最下層死刑囚が、『天にも昇る心地』の処刑術で有名な処刑人を指名したそうっす。今のマダーマム家にそんな人いないでしょう?」
聞いたことがあるような、ないような――記憶を探っていると、ハルオミは「それで」と先を続けます。
「指名されるほどの処刑人なら、マダーマム家の親戚かOBかもしれないっすよね? その人なら叔父さんとかフルーラさんのご両親について知ってるかもって思いません?」
「会ってみたらどうっすか?」とハルオミは興奮気味に勧めてきますが。
「伝説の処刑人……」
天文塔に召集される処刑人は、マダーマム家の筋の方のみ。それに本家にいない処刑人となると、遠縁もしくは隠居して本家から出た方。もしかするとアール叔父さまを知っているかもしれないですが――今のマダーマム家には、アール叔父さまについて話してくれそうな方はいらっしゃいませんし。
「叔父さまのことは聞きたいけれど、父母のことは今さら」
「迷うなんて、らしくないですね」
久々に口を開いたかと思えば。随分な物言いに、「喧嘩なら言い値で買いますが?」とお返したところ。ジルはいつかのように微笑んでいました。
「実の父母をもうどうでもいいと思っているのなら、そんなに悩みません。話を聞くだけでもしてみたらどうですか?」
先ほどまで沈んでいたくせに――まっすぐな深緑の瞳を見ていられなくなり、暗い窓の外へ視線を移しました。
彼には以前、ドア越しの母について話したことがありましたが、正直余計なお世話です。それでも同じ境遇だからこそ、ジルはご両親の顔も消息も知ることができないからこそ、後悔のないよう私に勧めているのでしょうか。
「でも……マダーマム家外から指名された処刑人は、刑執行の瞬間までどこにいるかも分からないわ。執行後だって、身バレを防ぐためにすぐいなくなってしまうの」
「それじゃあ、伝説の処刑人が姿を現すのは刑の執行中以外ないってことっすか?」
ハルオミの疑問に、ふとある考えが浮かびました。
「ならば刑の執行中に会うしかないわね」
そう、最初から選択肢はそれしかありません。
微笑みつつ振り返ると、「嫌な予感がする」とジルは眉をひそめました。
「そうと決まれば、さっそくモア叔父さまに連絡を取らないと」
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