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プロローグ
マダーマム流「純潔教育」
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あぁ、愛すべき聖女さま!
目の前で行われている講義が非常に退屈で甘美のかけらもない時、あなたならばこの無意な時間をどう過ごされるでしょうか。
私はといえば、義父の目を盗んでアンティーク調のイスと手足を結ぶ鎖をこっそり外してからというものの。養子入りから12年をともにしたメイドがこぼす演技めいた喘ぎ声に加え、普段はクールな3番目の叔父の呼吸音をシャットアウトするのに必死で、あなたの麗しいお顔を思い出す余裕もありません。
「フルーラ! この不真面目娘、聞いていますか? せっかく貴女の叔父とメイド長が講師になってくださっているというのに、その無関心な態度はなんでしょう?」
目前のベッドで絡み合う銀髪の紳士に赤髪のメイド――モア叔父さまとマチルダから視線を逸らし、「ちゃんと聞いているわ、お義父さま」と生あくび混じりに義父を振り返れば。即席の食卓につく義父は、白い塊を貫いたフォークの先端をこちらへ差しだしました。あの小さな丸い夜食はおそらく義父最愛の食材、蚕の繭に違いありません。
「そのだらしないクマ、また懲りずに図書室で徹夜したのですか? 勉強熱心なのは関心ですが、徹夜は連続3日までにしなさいと言っているでしょう」
実は連続4日目だなんて正直に申告するつもりはありませんが、思わず義父の金縁眼鏡の奥から視線を外してしまいました。すると「しめた」、とばかりに青白い唇から放たれるお説教が加速していきます。
「フルーラ、これはショーではなく貴女の身を守るための技術を学ぶ場なのですよ。マダーマム家次期当主として最も重要な教養のひとつだと、貴女自身もお判りでしょうに」
次期当主に必要な教養――帝王学などありきたりなものに加え、『囚人を極楽へ導く処刑術』、『尋問対象を死に至らしめない拷問術』といったところでしょうか。家業柄、ごく一般の貴族家で行われる教育に加えて、こういった術がまったく必要ないとは言いませんが。
「ですからお義父さま、私にはこんな講義必要ないと申し上げているでしょう」
どうせ殿方を相手にすることはないのだから、と胸の内だけで続けると。読唇術に加えて読心術も修めているのでは、と日頃から疑わしい義父が「これは必須教養です」と黒い笑みを浮かべました。
「『天文塔八大貴族』のうち最も重厚な歴史と伝統を誇るマダーマム家の次期当主がこんなことでは、私も安心して隠居できません。モア、マチルダ! 貴方たちも。いつになったら『手技』の手本を見せる準備が終わるのですか? もう四半刻も退屈な前戯ばかり行っていますが」
怒りの矛先がベッドへ向いたところで、モア叔父さまがマチルダの筋肉質な双丘から顔を上げました。社交界で無駄にもてはやされるそのお顔には、「無」が張りついています。
「ショーだって勘違いしてるのはリアンの方じゃない……だって全然濡れないし、このメイド」
「やる気がなくなってきた」と表情ひとつ変えずに言い放つ叔父さまに対し、「女性とあらば誰にでも反応するお方に言われたくありません」、と同じく「無」の表情を保ったマチルダも起き上がります。
「そもそも4番目のお方が相手では、こちらもやる気が出ないのですが」
文句をこぼすマチルダには激しく同意しますが、叔父さまも負けていません。「僕、アンタの主なんだけど」と主従関係を持ち出し反論していらっしゃいます。
「恐れながら、4番目のお方は当家の偉大なる家業を放って独立なさっています。私がお仕えするのは当主リアンさま、次期当主フルーラさま。マダーマム家にて家業に励まれる方々に限りますゆえ」
「四男だから4番目って……その短絡的な呼び方、いい加減やめてくれない?」
同族嫌悪というものでしょうか。歳も近く、落ち着いた雰囲気の両者は、睦み合いから睨み合いに移行しました。ここから殴り合いに発展しては、私どころか義父でさえ仲裁できるか分かりません――実際にそうなったとしたら、むしろ講義が中断になって好都合、とあくびを噛み殺していると。
「まったく埒が明きません。フルーラさま、こちらへ」
モア叔父さまから視線を打ち切ったマチルダが、浅いため息とともにガーターベルトを外しました。
「大変おこがましいことを承知で申し上げますが……どうか『お手伝い』をしてくださいませんか? フルーラさまのお慈悲をいただけるのならば私、どんな野蛮人でも相手にしてみせます」
マチルダの凪いでいた瞳に熱が宿った瞬間。胸の中心に疼くような衝動が走り、閉じかけていた目が冴えてしまいました。
「マチルダ……私のアレの方が良いの?」
「ええ、フルーラさまが良いのです」
義父にバレないよう外していた鎖を床に落とし、こちらをじっと見上げている赤褐の瞳に近づいたところ。横から小さな舌打ちが聞こえてきました。
「もうリアンがやってくれない? それか2番目の兄貴を呼べば」
「モア叔父さま落ち着いて」
ベッドから降りようとする叔父さまの腕を捕まえ、「お義父さまが成人女性を相手にできるわけないでしょう?」と囁くと。滅多に見ないほど不機嫌だった叔父さまは、「それもそうだね」とかすかに笑ってくださいました。
「貴方たち聞こえていますからね! はぁ……フルーラ、マチルダを手伝いなさい」
「ええお義父さま。言われなくても」
こんなことをするよりも、処刑術を磨く方がよっぽど有意義だとは思いますが。義父の言う通り、叔父さまとマチルダが私のために時間を割いてくださっていることは事実――期待を込めた目で天井を仰いでいるマチルダの引き締まった胴体に乗り、肩にかかる自身の髪をひと房、マチルダの鼻先へと押しつけました。
「いい? 食べちゃダメ。その代わり少しだけ舐めてもいいわ」
そう囁くと、息を荒くしていたマチルダは「本当によろしいのですか?」と生唾を飲み込みます。
普段はこのような飴を与えないので、警戒しているのでしょうか。それでも「いいわ」と頷くと、マチルダの力強い腕に肩を引き寄せられました。
頬をくすぐるマチルダのツインテールを軽く引っ張ると。ゴーサインに興奮した彼女は、至福の笑みで髪の束に舌を滑らせます。
「はぁ……フルーラさまのお髪」
食毛家のマチルダがいつも話すように、髪から人それぞれの味がするのかどうかは長年の疑問ですが。
「ん……カラスの濡れ羽色、艶やかで美味しいです」
唾液を含ませた髪を吸いながら、マチルダは自身の手で「手技」の準備をはじめました。
ただ見ているだけも暇ですから、目の前で揺れる豊満な乳房の先端を吸ってお手伝いしていると。彼女の太ももの間から響く水音が、緩やかに部屋を満たしていきます。
「アレで興奮できるとか……」と明らかに引き気味のモア叔父さまの声を聞き流す間にも、マチルダは私の上から離れていきました。そのまま暴漢へ体当たりをする勢いで叔父さまを押し倒し、まだやる気を保っていた叔父さまの昂りを強く握ります。
「いっ、ちょっと力強すぎ」
「よくご覧になってフルーラさま」
あまり凝視するのもためらわれる場所ですが――促されるまま、甘く酸い匂いを放つ場所へ視線を遣ると。彼女は肉の割れ目から滴る粘液に、叔父さまの肉塊を擦り付けています。
「……これ、入ってしまわないの?」
「大丈夫です、ほら」
マチルダは親指と人差し指で作った輪に肉の棒を通し、圧力を調整しながら体内に入れないまま動かしはじめました。
凄まじく生々しい粘膜の接触ですが――たしかに挿入はされていません。
「ねぇモア叔父さま。これ実際に入っていないって分からないもの?」
「多分」と吐息混じりに答えてくださいましたが、叔父さまは少し悔しそうに唇を噛んでいます。
「これで有事の際も、あなたさまの貴重な純潔を守り通すことができるのです。いつも私がお守りできるとは限りませんから」
せっかく実演してくださっている2人には申し訳ないのですが。私の力と技術をもってしても敵わない殿方が、このマダーマム家以外で存在するのでしょうか。
もはやベッドではなく皿の上に夢中の義父を横目で見つつ、「フルーラさま、ご覧になっていらっしゃいます?」というマチルダの定期的な確認に生返事をしていると。妙なプライドを発揮して、ずっとマチルダの責めに耐えていた叔父さまがようやく果てられました。
「あぁ、ようやく終わりましたか。ご苦労様ですモア、マチルダ」
事務的なセリフとともに立ち上がった義父は、ちょうど食事を終えたところでした。目の前の情事にはもはや目もくれていなかった義父が満足げなのは、間違いなく蚕の繭のおかげでしょう。
「ご教授ありがとうございました、モア叔父さま、マチルダ」
「明日もスクールがあるから失礼します」、と解散の雰囲気に乗じて部屋を出ようとしたその時。
「待ちなさい、フルーラ。今夜は講義の最終日ですので、渡すものがありますから」
「早く寝たい」が顔に出ないよう注意しつつ振り返ると。義父が手のひらに乗せていたのは、漆黒のベルベッドの外張りが施された小箱です。中には義父とモア叔父さまの中指にはまっているものと同じ紋章の装飾品――マダーマム家の成人する子女に与えられる銀の指輪が、妖しくきらめいていました。
「お義父さま。私、まだ成人まで数年ありますが」
次期当主として必要な素養、技術が早期に満ちたと認められたのでしょうか。
期待を込め、ナイフとフォークの紋章から義父へ視線を上げると。
「それは承知の上です。いいですか? 今夜教えられた技術は自衛のためだけではありません。これまでの『純潔教育』で学んだ技術を駆使して、早いうちに婿候補を探しなさい」
「婿候補……?」
意味が分からない、と固まっているうちにも、義父は「間違ってどこの馬の骨か分からない連中の子を孕まないように」と続けます。その言葉で、ようやく義父の意図が見えてきました。
「あぁ、そうですか。後継者を途切れさせないためには当然の義務ですものね」
「自身の能力が評価された」と浮かれた気持ちを閉じ込めるように、小箱をそっと閉じると。満足げに頷いた義父は、遮光カーテンの隙間から漏れる朝日に視線を遣りました。
「さて皆さま、夜通しの講義ご苦労様でした。マチルダ、本日の朝の仕事は貴女のお婆様に代わっていただきなさい」
「お心遣いありがとうございます当主さま。フルーラさま、午前の授業が終わり次第、スクールへお迎えに上がります」
淡々とお辞儀をして部屋を出て行くマチルダを見送るうちにも、義父はモア叔父さまと今回の報酬について話していました。「対価は入金済み」と聞こえてきましたが、今回はいくら受け取られたのでしょう。叔父さまがスクールに納品されている制服1学年分の代金ほどでしょうか。
「さて、モア。もう朝ですし、このまま自室で寝ていったらいかがですか?」
「これから納品する仕事があるから」
「ではアトリエまで車を出しましょう。それからフルーラ。もう5時を過ぎていますが、スクールはどうしますか?」
懐中時計を確認しながら「遅めに行きますか?」と尋ねてくる義父に、「遅刻はプライドが許さない」と伝えたところ。
「さすがは私の子ですね。それでも無理はしないように、今日は早めに帰宅して睡眠時間を確保しなさい」
4徹がバレているのか、それとも純粋な心配なのか――どちらにせよ、スクールを7年間無遅刻無欠席だった義父に、この程度のことで負けるわけにはいきません。
「本当にリアンみたいにならないと良いけど」と呟くモア叔父さまに厚いお礼を残し、叔父さまの部屋を後にしました。
自室に戻り、「あと半刻は仮眠が取れる」と横になったのですが。この指輪のせいで、どうも頭が冴えてしまいます。
「婿候補……」
義父、もとい当主からの命令はマダーマム家において絶対――せめて婿探しのフリでもしなければ、どんなに楽しいお仕置きが待っていることでしょう。
「……さっさと登校しましょうか」
スクールバッグとコートを取り、玄関ホールの中央階段を下りていくと。ちょうどモア叔父さまが乗り込んでいる車が目に留まりました。「途中までご一緒させていただきます」、と強引に後部座席へ割り込んでも、叔父さまは顔色ひとつ変えず「好きにすれば」とおっしゃいます。
発車した後も、モア叔父さまは普段通り物静かでいらっしゃいました。ですが叔父さまの繊細な肩へ寄りかかって指輪を眺めていると。
「ねぇ。リアンの命令、面倒だって思ってる?」
ご自分から話題を振るなんて、滅多なこともあったものです。「いいえ」と高低差のない声色で答えたところ。
「僕たちの時よりまだマシ。15年前はよく知らない子何人も屋敷に呼ばれて、『気に入った子を選べ』って先代から命令されたんだから」
確かに私は幾分かマシなようです。「自分で相手を探せ」と自由度の高い命令を受けているのですから。
それでも面倒なことに変わりはありませんが――。
「モア叔父さま。今から言うことは絶対、お義父さまには秘密にしてくださる?」
前置きもそこそこに、「私は自分の血を後世に残すつもりはありません」と叔父さまの耳元で囁きました。また、当主を継いだら義父と自分の関係のように遠縁から養子をもらうとも。
叔父さまの目を見られないまま、薄っすら霧の立ち込める街並みに視線を逸らしていると。
「フルーラがそうしたいなら、僕はそれでいいと思う」
叔父さまは相変わらずの「無」のまま、ご自分の指輪の紋章を私の指輪の紋章へ合わせました。
「リアンはしつこいけど、『当主の命令は絶対』だから。フルーラが当主になれば、誰も文句は言えなくなるでしょ」
「それは……そうですね」
意外でした。モア叔父さまは屋敷を出られた後も、マダーマム家へ積極的に貢献してくださるお方でしたから。「血を繋ぐ」義務に関しては、義父と同じくらい重要視しているに違いないと、勝手に思い込んでいたようです。
無駄に整った白いお顔を見つめたまま、目を瞬かせていると。「スクール着いたよ」、と叔父さまは私の首元を指しました。4年生の証である真紅のネクタイが、いつの間にか複雑な波形のリボンタイに結び直されています。
「その方が可愛いし、きっと流行るから……いってらっしゃい」
「今度アトリエへ遊びに行くわ。お先に失礼します、モア叔父さま」
ひと息つける家族との時間はここで終わり――車から降りた瞬間、正門で待ち構えていた方々によって、フラッシュの嵐を浴びせられました。
「フルーラ・マダーマム先輩! 今日はいつもより四半刻も早いっすね、何かお家でハプニングでも?」
生徒のゴシップを飽きずに書き続ける新聞部の皆さまには、もうすっかり慣れたものですが。
「『殺人女王』だ……」
「マダーマムって、あの処刑屋一家の?」
誇張と粉飾がお得意のゴシップ紙のおかげで、入学3か月目の白タイ(1年生)まで私を遠巻きに見る始末なのです。まぁ、注目されること自体嫌いではありませんが。
「新聞部の方も一般生徒の皆さまも、毎朝よく飽きないこと」
周囲にはっきりと聞こえるよう挨拶をすれば、視線を逸らした皆さまは散り散りになっていきます。それでも新聞部の方々――特に緑タイの3年生(確か『ハルオミ』という極東の響きをもった名前の彼)は、ひるむことなく後を追ってくるのですが。
「待ってくださいっマダーマム先輩! 我が校に『食人鬼狩り』が潜んでるんじゃないかってウワサが立ってますけど、アレって先輩のことなんじゃないっすか?」
「まったくの無関係とだけ言っておくわ」
眠気が染みて芯がくたくたの背筋を伸ばし、クマを隠した薄化粧の顔で微笑みながら校舎までのメイン通りを歩いていくと。常人より少しばかり優れているこの耳には、引き続き『殺人女王』という曲解の悪名が入り込んできます。
あぁ、叔父さまたちも学生の時分はこんなお気持ちだったのでしょうか――家や家業には誇りをもっていると断言できますが、このような状況では都合良く口裏を合わせてくれそうな婿候補なんて現れないでしょう。
そもそも私には、愛すべき聖女さまがいらっしゃるのですが。
目の前で行われている講義が非常に退屈で甘美のかけらもない時、あなたならばこの無意な時間をどう過ごされるでしょうか。
私はといえば、義父の目を盗んでアンティーク調のイスと手足を結ぶ鎖をこっそり外してからというものの。養子入りから12年をともにしたメイドがこぼす演技めいた喘ぎ声に加え、普段はクールな3番目の叔父の呼吸音をシャットアウトするのに必死で、あなたの麗しいお顔を思い出す余裕もありません。
「フルーラ! この不真面目娘、聞いていますか? せっかく貴女の叔父とメイド長が講師になってくださっているというのに、その無関心な態度はなんでしょう?」
目前のベッドで絡み合う銀髪の紳士に赤髪のメイド――モア叔父さまとマチルダから視線を逸らし、「ちゃんと聞いているわ、お義父さま」と生あくび混じりに義父を振り返れば。即席の食卓につく義父は、白い塊を貫いたフォークの先端をこちらへ差しだしました。あの小さな丸い夜食はおそらく義父最愛の食材、蚕の繭に違いありません。
「そのだらしないクマ、また懲りずに図書室で徹夜したのですか? 勉強熱心なのは関心ですが、徹夜は連続3日までにしなさいと言っているでしょう」
実は連続4日目だなんて正直に申告するつもりはありませんが、思わず義父の金縁眼鏡の奥から視線を外してしまいました。すると「しめた」、とばかりに青白い唇から放たれるお説教が加速していきます。
「フルーラ、これはショーではなく貴女の身を守るための技術を学ぶ場なのですよ。マダーマム家次期当主として最も重要な教養のひとつだと、貴女自身もお判りでしょうに」
次期当主に必要な教養――帝王学などありきたりなものに加え、『囚人を極楽へ導く処刑術』、『尋問対象を死に至らしめない拷問術』といったところでしょうか。家業柄、ごく一般の貴族家で行われる教育に加えて、こういった術がまったく必要ないとは言いませんが。
「ですからお義父さま、私にはこんな講義必要ないと申し上げているでしょう」
どうせ殿方を相手にすることはないのだから、と胸の内だけで続けると。読唇術に加えて読心術も修めているのでは、と日頃から疑わしい義父が「これは必須教養です」と黒い笑みを浮かべました。
「『天文塔八大貴族』のうち最も重厚な歴史と伝統を誇るマダーマム家の次期当主がこんなことでは、私も安心して隠居できません。モア、マチルダ! 貴方たちも。いつになったら『手技』の手本を見せる準備が終わるのですか? もう四半刻も退屈な前戯ばかり行っていますが」
怒りの矛先がベッドへ向いたところで、モア叔父さまがマチルダの筋肉質な双丘から顔を上げました。社交界で無駄にもてはやされるそのお顔には、「無」が張りついています。
「ショーだって勘違いしてるのはリアンの方じゃない……だって全然濡れないし、このメイド」
「やる気がなくなってきた」と表情ひとつ変えずに言い放つ叔父さまに対し、「女性とあらば誰にでも反応するお方に言われたくありません」、と同じく「無」の表情を保ったマチルダも起き上がります。
「そもそも4番目のお方が相手では、こちらもやる気が出ないのですが」
文句をこぼすマチルダには激しく同意しますが、叔父さまも負けていません。「僕、アンタの主なんだけど」と主従関係を持ち出し反論していらっしゃいます。
「恐れながら、4番目のお方は当家の偉大なる家業を放って独立なさっています。私がお仕えするのは当主リアンさま、次期当主フルーラさま。マダーマム家にて家業に励まれる方々に限りますゆえ」
「四男だから4番目って……その短絡的な呼び方、いい加減やめてくれない?」
同族嫌悪というものでしょうか。歳も近く、落ち着いた雰囲気の両者は、睦み合いから睨み合いに移行しました。ここから殴り合いに発展しては、私どころか義父でさえ仲裁できるか分かりません――実際にそうなったとしたら、むしろ講義が中断になって好都合、とあくびを噛み殺していると。
「まったく埒が明きません。フルーラさま、こちらへ」
モア叔父さまから視線を打ち切ったマチルダが、浅いため息とともにガーターベルトを外しました。
「大変おこがましいことを承知で申し上げますが……どうか『お手伝い』をしてくださいませんか? フルーラさまのお慈悲をいただけるのならば私、どんな野蛮人でも相手にしてみせます」
マチルダの凪いでいた瞳に熱が宿った瞬間。胸の中心に疼くような衝動が走り、閉じかけていた目が冴えてしまいました。
「マチルダ……私のアレの方が良いの?」
「ええ、フルーラさまが良いのです」
義父にバレないよう外していた鎖を床に落とし、こちらをじっと見上げている赤褐の瞳に近づいたところ。横から小さな舌打ちが聞こえてきました。
「もうリアンがやってくれない? それか2番目の兄貴を呼べば」
「モア叔父さま落ち着いて」
ベッドから降りようとする叔父さまの腕を捕まえ、「お義父さまが成人女性を相手にできるわけないでしょう?」と囁くと。滅多に見ないほど不機嫌だった叔父さまは、「それもそうだね」とかすかに笑ってくださいました。
「貴方たち聞こえていますからね! はぁ……フルーラ、マチルダを手伝いなさい」
「ええお義父さま。言われなくても」
こんなことをするよりも、処刑術を磨く方がよっぽど有意義だとは思いますが。義父の言う通り、叔父さまとマチルダが私のために時間を割いてくださっていることは事実――期待を込めた目で天井を仰いでいるマチルダの引き締まった胴体に乗り、肩にかかる自身の髪をひと房、マチルダの鼻先へと押しつけました。
「いい? 食べちゃダメ。その代わり少しだけ舐めてもいいわ」
そう囁くと、息を荒くしていたマチルダは「本当によろしいのですか?」と生唾を飲み込みます。
普段はこのような飴を与えないので、警戒しているのでしょうか。それでも「いいわ」と頷くと、マチルダの力強い腕に肩を引き寄せられました。
頬をくすぐるマチルダのツインテールを軽く引っ張ると。ゴーサインに興奮した彼女は、至福の笑みで髪の束に舌を滑らせます。
「はぁ……フルーラさまのお髪」
食毛家のマチルダがいつも話すように、髪から人それぞれの味がするのかどうかは長年の疑問ですが。
「ん……カラスの濡れ羽色、艶やかで美味しいです」
唾液を含ませた髪を吸いながら、マチルダは自身の手で「手技」の準備をはじめました。
ただ見ているだけも暇ですから、目の前で揺れる豊満な乳房の先端を吸ってお手伝いしていると。彼女の太ももの間から響く水音が、緩やかに部屋を満たしていきます。
「アレで興奮できるとか……」と明らかに引き気味のモア叔父さまの声を聞き流す間にも、マチルダは私の上から離れていきました。そのまま暴漢へ体当たりをする勢いで叔父さまを押し倒し、まだやる気を保っていた叔父さまの昂りを強く握ります。
「いっ、ちょっと力強すぎ」
「よくご覧になってフルーラさま」
あまり凝視するのもためらわれる場所ですが――促されるまま、甘く酸い匂いを放つ場所へ視線を遣ると。彼女は肉の割れ目から滴る粘液に、叔父さまの肉塊を擦り付けています。
「……これ、入ってしまわないの?」
「大丈夫です、ほら」
マチルダは親指と人差し指で作った輪に肉の棒を通し、圧力を調整しながら体内に入れないまま動かしはじめました。
凄まじく生々しい粘膜の接触ですが――たしかに挿入はされていません。
「ねぇモア叔父さま。これ実際に入っていないって分からないもの?」
「多分」と吐息混じりに答えてくださいましたが、叔父さまは少し悔しそうに唇を噛んでいます。
「これで有事の際も、あなたさまの貴重な純潔を守り通すことができるのです。いつも私がお守りできるとは限りませんから」
せっかく実演してくださっている2人には申し訳ないのですが。私の力と技術をもってしても敵わない殿方が、このマダーマム家以外で存在するのでしょうか。
もはやベッドではなく皿の上に夢中の義父を横目で見つつ、「フルーラさま、ご覧になっていらっしゃいます?」というマチルダの定期的な確認に生返事をしていると。妙なプライドを発揮して、ずっとマチルダの責めに耐えていた叔父さまがようやく果てられました。
「あぁ、ようやく終わりましたか。ご苦労様ですモア、マチルダ」
事務的なセリフとともに立ち上がった義父は、ちょうど食事を終えたところでした。目の前の情事にはもはや目もくれていなかった義父が満足げなのは、間違いなく蚕の繭のおかげでしょう。
「ご教授ありがとうございました、モア叔父さま、マチルダ」
「明日もスクールがあるから失礼します」、と解散の雰囲気に乗じて部屋を出ようとしたその時。
「待ちなさい、フルーラ。今夜は講義の最終日ですので、渡すものがありますから」
「早く寝たい」が顔に出ないよう注意しつつ振り返ると。義父が手のひらに乗せていたのは、漆黒のベルベッドの外張りが施された小箱です。中には義父とモア叔父さまの中指にはまっているものと同じ紋章の装飾品――マダーマム家の成人する子女に与えられる銀の指輪が、妖しくきらめいていました。
「お義父さま。私、まだ成人まで数年ありますが」
次期当主として必要な素養、技術が早期に満ちたと認められたのでしょうか。
期待を込め、ナイフとフォークの紋章から義父へ視線を上げると。
「それは承知の上です。いいですか? 今夜教えられた技術は自衛のためだけではありません。これまでの『純潔教育』で学んだ技術を駆使して、早いうちに婿候補を探しなさい」
「婿候補……?」
意味が分からない、と固まっているうちにも、義父は「間違ってどこの馬の骨か分からない連中の子を孕まないように」と続けます。その言葉で、ようやく義父の意図が見えてきました。
「あぁ、そうですか。後継者を途切れさせないためには当然の義務ですものね」
「自身の能力が評価された」と浮かれた気持ちを閉じ込めるように、小箱をそっと閉じると。満足げに頷いた義父は、遮光カーテンの隙間から漏れる朝日に視線を遣りました。
「さて皆さま、夜通しの講義ご苦労様でした。マチルダ、本日の朝の仕事は貴女のお婆様に代わっていただきなさい」
「お心遣いありがとうございます当主さま。フルーラさま、午前の授業が終わり次第、スクールへお迎えに上がります」
淡々とお辞儀をして部屋を出て行くマチルダを見送るうちにも、義父はモア叔父さまと今回の報酬について話していました。「対価は入金済み」と聞こえてきましたが、今回はいくら受け取られたのでしょう。叔父さまがスクールに納品されている制服1学年分の代金ほどでしょうか。
「さて、モア。もう朝ですし、このまま自室で寝ていったらいかがですか?」
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「さすがは私の子ですね。それでも無理はしないように、今日は早めに帰宅して睡眠時間を確保しなさい」
4徹がバレているのか、それとも純粋な心配なのか――どちらにせよ、スクールを7年間無遅刻無欠席だった義父に、この程度のことで負けるわけにはいきません。
「本当にリアンみたいにならないと良いけど」と呟くモア叔父さまに厚いお礼を残し、叔父さまの部屋を後にしました。
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「婿候補……」
義父、もとい当主からの命令はマダーマム家において絶対――せめて婿探しのフリでもしなければ、どんなに楽しいお仕置きが待っていることでしょう。
「……さっさと登校しましょうか」
スクールバッグとコートを取り、玄関ホールの中央階段を下りていくと。ちょうどモア叔父さまが乗り込んでいる車が目に留まりました。「途中までご一緒させていただきます」、と強引に後部座席へ割り込んでも、叔父さまは顔色ひとつ変えず「好きにすれば」とおっしゃいます。
発車した後も、モア叔父さまは普段通り物静かでいらっしゃいました。ですが叔父さまの繊細な肩へ寄りかかって指輪を眺めていると。
「ねぇ。リアンの命令、面倒だって思ってる?」
ご自分から話題を振るなんて、滅多なこともあったものです。「いいえ」と高低差のない声色で答えたところ。
「僕たちの時よりまだマシ。15年前はよく知らない子何人も屋敷に呼ばれて、『気に入った子を選べ』って先代から命令されたんだから」
確かに私は幾分かマシなようです。「自分で相手を探せ」と自由度の高い命令を受けているのですから。
それでも面倒なことに変わりはありませんが――。
「モア叔父さま。今から言うことは絶対、お義父さまには秘密にしてくださる?」
前置きもそこそこに、「私は自分の血を後世に残すつもりはありません」と叔父さまの耳元で囁きました。また、当主を継いだら義父と自分の関係のように遠縁から養子をもらうとも。
叔父さまの目を見られないまま、薄っすら霧の立ち込める街並みに視線を逸らしていると。
「フルーラがそうしたいなら、僕はそれでいいと思う」
叔父さまは相変わらずの「無」のまま、ご自分の指輪の紋章を私の指輪の紋章へ合わせました。
「リアンはしつこいけど、『当主の命令は絶対』だから。フルーラが当主になれば、誰も文句は言えなくなるでしょ」
「それは……そうですね」
意外でした。モア叔父さまは屋敷を出られた後も、マダーマム家へ積極的に貢献してくださるお方でしたから。「血を繋ぐ」義務に関しては、義父と同じくらい重要視しているに違いないと、勝手に思い込んでいたようです。
無駄に整った白いお顔を見つめたまま、目を瞬かせていると。「スクール着いたよ」、と叔父さまは私の首元を指しました。4年生の証である真紅のネクタイが、いつの間にか複雑な波形のリボンタイに結び直されています。
「その方が可愛いし、きっと流行るから……いってらっしゃい」
「今度アトリエへ遊びに行くわ。お先に失礼します、モア叔父さま」
ひと息つける家族との時間はここで終わり――車から降りた瞬間、正門で待ち構えていた方々によって、フラッシュの嵐を浴びせられました。
「フルーラ・マダーマム先輩! 今日はいつもより四半刻も早いっすね、何かお家でハプニングでも?」
生徒のゴシップを飽きずに書き続ける新聞部の皆さまには、もうすっかり慣れたものですが。
「『殺人女王』だ……」
「マダーマムって、あの処刑屋一家の?」
誇張と粉飾がお得意のゴシップ紙のおかげで、入学3か月目の白タイ(1年生)まで私を遠巻きに見る始末なのです。まぁ、注目されること自体嫌いではありませんが。
「新聞部の方も一般生徒の皆さまも、毎朝よく飽きないこと」
周囲にはっきりと聞こえるよう挨拶をすれば、視線を逸らした皆さまは散り散りになっていきます。それでも新聞部の方々――特に緑タイの3年生(確か『ハルオミ』という極東の響きをもった名前の彼)は、ひるむことなく後を追ってくるのですが。
「待ってくださいっマダーマム先輩! 我が校に『食人鬼狩り』が潜んでるんじゃないかってウワサが立ってますけど、アレって先輩のことなんじゃないっすか?」
「まったくの無関係とだけ言っておくわ」
眠気が染みて芯がくたくたの背筋を伸ばし、クマを隠した薄化粧の顔で微笑みながら校舎までのメイン通りを歩いていくと。常人より少しばかり優れているこの耳には、引き続き『殺人女王』という曲解の悪名が入り込んできます。
あぁ、叔父さまたちも学生の時分はこんなお気持ちだったのでしょうか――家や家業には誇りをもっていると断言できますが、このような状況では都合良く口裏を合わせてくれそうな婿候補なんて現れないでしょう。
そもそも私には、愛すべき聖女さまがいらっしゃるのですが。
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※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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