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第六章 生ヅレバ去ル
走馬灯劇場 四幕
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「深青」、「唐紅」、「晴天」――三色の色具を畳に並べ、八百万の神は青銅鏡に笑いかけた。
「さぁ、定めの時だ」
かすかに光る鏡面には「色」の一字だけが浮かび、神の体は映っていない。
『なぁ色師よぉ。これ以上やったら、お前が消えるぜ? 分かってやってるよな』
鏡の心配に耳を貸すことなく、色師は三枚の平皿に右手を掲げた。すると粉末状の色が鮮やかな輝きを発し、沸々と煮えるように泡を立てる。
『魚の分はアレとして、まさかお前がアイツの分まで用意するたぁな……おっと』
色師の背後に、ふらりと丸い影が現れた。それが馴染みの女だと分かると、色師は消えかけていた体を取り繕う。
「おやキミ、どうしたんだいそのお腹! まるで身重じゃあないの」
薄桃の布に覆われた腹は、女の体の倍ほどまでに膨れていた。色師の大袈裟な反応に、女は頬まで膨らませる。
「分かっていてからかうのね? 彼女はちょっと大きくて、仮の姿だと収まらないんですの!」
「ごめんネ、色々と」
色師の神妙な口調に、女は「今更ね」、と頬を緩める。
「それより、ついにこれからあの子が来るのね。ワタクシの役割は、天胎が完成するための試練……きっと完璧に演じてみせるわ!」
変化した体型をもろともせず、女はワンピースを翻し回ってみせる。そのまま「ご機嫌よう」、と深くお辞儀をし、女の姿は空中に消えていった。
「さて……と。キミにもお願いがあるんだ、八咫」
三段目――「鍵」。二段目――「唐紅」。一段目――「晴天」。箪笥に道具を仕込みながら、色師は八咫にその使い方を説明する。
『八咫』
隅の襖から、恨みのこもる呼び声がした。すると色師は、八咫を白黒熊の描かれた襖の前まで連れて行く。
『貴方様は私たちと同じ、彼の神に仕える身であるはず。何故その神に力を貸すのです?』
『オマエのしていることは、災禍を引き起こすことになる……』
黒、白、対の神の疑問と叱責に、八咫は割れんばかりの爆笑で答える。
『吾ぁただの鏡だ。持ち主がどう使うかで、吾の在り方は変わるからなぁ。■■が色師に吾を渡した時点で、吾はコイツの鏡ってだけだよ』
「八咫……そうか。キミは本当に、優しいね」
色師は今にも眠りそうな調子で、ゆったりと呟いた。半透明の体は、少しずつ霧散していく。
『吾はオマエのしようとしてることが、アイツらのためだって信じてるぜ』
崩壊する「色」の一文字に向けて、八咫は早口で言った。それでもまだ名残惜しそうに伸びる手に、一言加える。
『なに、いざとなりゃあ、吾本来の力でアイツらの役に立ってやるよ』
「さぁ、定めの時だ」
かすかに光る鏡面には「色」の一字だけが浮かび、神の体は映っていない。
『なぁ色師よぉ。これ以上やったら、お前が消えるぜ? 分かってやってるよな』
鏡の心配に耳を貸すことなく、色師は三枚の平皿に右手を掲げた。すると粉末状の色が鮮やかな輝きを発し、沸々と煮えるように泡を立てる。
『魚の分はアレとして、まさかお前がアイツの分まで用意するたぁな……おっと』
色師の背後に、ふらりと丸い影が現れた。それが馴染みの女だと分かると、色師は消えかけていた体を取り繕う。
「おやキミ、どうしたんだいそのお腹! まるで身重じゃあないの」
薄桃の布に覆われた腹は、女の体の倍ほどまでに膨れていた。色師の大袈裟な反応に、女は頬まで膨らませる。
「分かっていてからかうのね? 彼女はちょっと大きくて、仮の姿だと収まらないんですの!」
「ごめんネ、色々と」
色師の神妙な口調に、女は「今更ね」、と頬を緩める。
「それより、ついにこれからあの子が来るのね。ワタクシの役割は、天胎が完成するための試練……きっと完璧に演じてみせるわ!」
変化した体型をもろともせず、女はワンピースを翻し回ってみせる。そのまま「ご機嫌よう」、と深くお辞儀をし、女の姿は空中に消えていった。
「さて……と。キミにもお願いがあるんだ、八咫」
三段目――「鍵」。二段目――「唐紅」。一段目――「晴天」。箪笥に道具を仕込みながら、色師は八咫にその使い方を説明する。
『八咫』
隅の襖から、恨みのこもる呼び声がした。すると色師は、八咫を白黒熊の描かれた襖の前まで連れて行く。
『貴方様は私たちと同じ、彼の神に仕える身であるはず。何故その神に力を貸すのです?』
『オマエのしていることは、災禍を引き起こすことになる……』
黒、白、対の神の疑問と叱責に、八咫は割れんばかりの爆笑で答える。
『吾ぁただの鏡だ。持ち主がどう使うかで、吾の在り方は変わるからなぁ。■■が色師に吾を渡した時点で、吾はコイツの鏡ってだけだよ』
「八咫……そうか。キミは本当に、優しいね」
色師は今にも眠りそうな調子で、ゆったりと呟いた。半透明の体は、少しずつ霧散していく。
『吾はオマエのしようとしてることが、アイツらのためだって信じてるぜ』
崩壊する「色」の一文字に向けて、八咫は早口で言った。それでもまだ名残惜しそうに伸びる手に、一言加える。
『なに、いざとなりゃあ、吾本来の力でアイツらの役に立ってやるよ』
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