ヒトカミ粧

見早

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第五章 濡羽ニ櫛

走馬灯劇場 三幕

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  洋式喪服の女に、黒装束の男。二柱は色彩の薄れた座敷に並んで正座し、壊れたブラウン管の上に立つ無名の位牌に手を合わせていた。

「ただ一人のために一族を捨てる……理解はできませんが、感服いたしますわ。それに、天胎の覚悟にも。人は変われるのね。どんなに深い傷を負っても、少しずつ、少しずつ」

 恍惚と位牌を見上げる女に、男はわざとらしくため息を吐いてみせた。

「それよりキミねぇ、勝手に彼に会ったでしょ? 教団の種明かしは最後って言ったのにさー」
「でも、直接会って確信したわ。彼はもうすぐ完成する……アナタの導くままに」

 カタカタと位牌が揺れる。それに気づきながらも、女と色師は互いに見つめ合っていた。

「嗚呼、そうだね。このまま粗野な誰かさんに、心を折られないことを願うけれど――」
「その誰かさんとやらは、私のことか?」

 背後の柱から、赤い衣の女が現れた。不機嫌さを隠そうとしない女に、色師は声を高くする。

「やぁ、体が大変な時によく来てくれたね! 折角だし、腹を割って話そうじゃあないか」
「……その女、やはり神だったか」

 色師が手招きをするも、喪服の女を睨みつける赤い女は柱の陰から動かない。

「どうせここでのことは、座敷を出ればすべて忘れるんだろうが。それで何の用だ?」
「いやー、本当は付喪神の後にでもすぐ呼びたかったんだけれどね。色々手間取っちゃってさ」

 色師が笑い声を響かせているうちに、喪服の女は赤い女に向けてにっこりと微笑む。

「レディに愛を告げられたのでしょう? アナタが彼をどう思っているのか、アタクシ聞きたくて仕方ないの!」
「そんな覚えはない。ただ……小僧が何かしらの想いを私に抱いていることは、分かっているつもりだ」

 俯く赤い女に、喪服の二人組は顔を見合わせた。さらに女の方は、「分かっているのなら、それをアナタはどうするのかしら?」、と続ける。赤い女は自分の手のひらを見つめながら、やがて静かに呟いた。

「私は人を愛さない。そういう風にできているはずだが……いや、貴様に話すことではないな」

 眉根を寄せる赤い女に、喪服の女は興奮混じりの奇声を上げる。一方色師は、「上出来だ」、と誰にも聞こえないよう囁いた。

「あっ、もう行くのかい? 黒白にやられた件はこの後ちゃんと対処するから、心配無用さ」

 去ろうとしていた赤い女は、ふと立ち止まった。色師の方を半身で振り返り、「貴様は何故私に手を貸す?」と探るような視線を送る。

「呪いの件もそうだが。貴様の異様な親切心は、私の本来あるべき名に関係しているのか?」

 短い沈黙の後、色師はブラウン管の上の位牌を手に取った。そして「さぁね」、と柔らかい調子で答え、赤い女に早く行くよう促す。

「座敷を出れば、ここでの話はすべて忘れる……そうだろう?」
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