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第四章 イチヤ乱痴気
二
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今――。
「ピ、ピ、ピ――ピアノから男の声が!」
『咲お前、吾の時も同じことやってなかったか?』
今更驚くことでもないだろう、と横の刹那に小突かれた。
『私はそちらのランプと同じ、付喪神でございます。どうぞ緊張なさらずにお話しください』
確かに驚くのも今更だ、と神粧の儀について話すことにした。こうなったら色師のことも伏せてはいられない。
『ええ、ええ。主神より、確かにお達しが来ておりました……しかし私は、主人を残してここを去るわけには参りません』
「ここにはすでに誰もいないようだが?」
刹那の苛ついた声色に、こちらの背筋が冷える。すると加納は、『存じておりますよ』と弱々しくこぼした。
『この屋敷には、主人の魂が囚われたままになっております。あのお方は、最期の宴を楽しむことのできないままお亡くなりになりました。きっと、この場に未練が残っているのでしょう』
「幽霊ってほんとにいるんだ……」
放心していると、薄闇から伸びてきた刹那の手に背中を叩かれた。
「それで。貴様は主人をこの館から解放すれば、儀に応じるというのだな?」
『前向きに考えさせていただきましょう』
返答は曖昧だが、加納を説得するには従うしかなさそうだ。どうすれば未練が消えるのか問うと、加納は『宴(パーティー)』と力を込めて言い放った。
『まずはきらびやかな衣装! 次に流行りの音楽! そして優雅な舞踏……これらが主人の宴に対するこだわりなのでございます』
衣装の在り処について声高く話す加納に、刹那は呆然としている。俺も思うところがあるが、今は刹那が暴走しないよう注意しておかなければ。
「まぁまぁ! 穏便に済みそうですし、良いじゃないですか。衣装は衣裳部屋にあるとして、音楽はどうしましょう?」
三味線なら父のツテがありそうだが、舶来の楽器が弾ける人は聞いたことがない。八咫はもちろん、刹那に当てがあるはずは――。
「私が当たってやろう」
「雅楽じゃなくて洋楽ですよ?」、と念押しすると、懐にしまっていた八咫をひったくられた。
「分かっている。お前、私をよほどの馬鹿だと思っているな?」
ただでさえ人に疎そうなのに、刹那が洋楽の奏者を手配することなどできるのか――?
まろび出そうになった言葉を呑み込み、苛々を隠そうとしない背中を見送った。
かつて栄華を誇った洋館が、蜘蛛の巣だらけの幽霊屋敷に変わり果てた理由。それを以前この屋敷に住んでいたランプの付喪神は、『知らないし、知りたくもない』と一蹴した。
『ぼくが売られる前は、こんな風じゃなかったもん』
薄暗い廊下をランプ一つで進みながら、上階へと続く階段を探す。刹那がどうやって音楽を手配するつもりか気になるが、俺も自分の仕事をこなさなければ。
「洋装(ドレス)は、奥方の衣裳部屋にあるんでしたね。もしかして加納さん、それを俺たちに着ろって言うんじゃ……」
『アレ、なんだろう?』
ランプを前に掲げると、待望の階段が現れた。しかし一段目に何か黒いものが落ちていることに気づき、足を止める。
『人の子、これ人形だよ』
ランプにもっとよく見せろとせがまれ、少女の形を模した綿入りの人形を持ち上げる。その瞬間。雷鳴が止み、真昼のように廊下が明るくなった。
「これは、また……?」
よく磨かれた手すりを伝い、五、六歳ほどの子どもが階段を降りてくる。その手には、俺の手にあるはずの人形が抱かれていた。子どもはこちらを素通りし、角を曲がろうとする。隅の卓に乗っているのは――俺の掲げているランプと同じものだ。駆け出した子どもの足に当たり、ランプは卓の上から落下した。つまみが折れて転がったのを、子どもは気にせず駆けていく。
「あっ、待ってください!」
追いかけると、子どもはある部屋の中に入っていった。中にいる女は主人の奥方だろうか。大きめの洋鞄に荷物を詰めているところだ。
『さぁ、病院までパパをお迎えに行きましょうね。今晩はあの人の楽しみにしていた宴だもの』
一時帰宅、と奥方は言った。主人は闘病中だったのだろうか。
『今夜はあの人のお気に入り、淡藤の洋服を着なくっちゃ』
微笑む夫人と、その膝元に寄り添う子ども。温かい空気を、突然の来訪者が破る。
『奥方様!』
入ってきたのは、人の姿の加納だった。加納が夫人に耳打ちすると、舞踏会は急遽中止になり、子どもたちを連れた夫人は病院へ向かっていった。
夫人が部屋の戸を閉めた途端。辺りは元の真っ暗闇へ戻った。廊下にいたはずだが、いつの間にか洋室の中にいる。
「ここは、衣裳部屋……?」
ランプは答えなかった。沈黙してしまったランプのことはひとまず置き、天井まで高さのある衣装箪笥を開ける。独特な臭いの漂う中には色とりどりの洋装が並び、夫人が言っていた淡藤色のものもある。触れてみると、すぐ横のベッドに夫人の影がぼんやりと現れた。
『ねぇあなた、このドレス……『淡藤色がお前の黒髪に映える』って、覚えていますか? 嫁いで間もない頃、です、よ……』
真っ黒の洋装に身を包んだ夫人は、淡藤色の洋装を抱きしめ震えている。やがて夫人は、洋鞄に下着と必需品のみを詰めていった。
『遺言通り、売れる物はすべて売りましたよ、あなた……』
思い出のドレスを箪笥に残したまま、夫人は戸を閉めた。軋む音が響いた途端、再び部屋は真っ暗闇に包まれる。
「……あの、ランプさん」
洋館の主人は死期を悟り、館の物を売るよう手配していた。このランプも、その中の一つだったのだろう。
静まり返った戸を見つめていると、化粧箱を俺に託してくれた母のことを思い出す。
「大切な品物を、もう一度誰かに使って欲しい……ご主人は、そう思ったのかもしれませんね」
またもランプは答えなかった。ただ今度は、微かに光が強くなる。行く先を照らしてくれていた光とはまた別の、淡く優しい光だ。
ランプを床に置き、淡藤色のドレスにもう一度触れてみる。
「これを、俺たちが着てもいいんでしょうか?」
この洋装には、あの夫人の想いと思い出が詰まっている。迷っていると、『使ってもらうことが物の本懐だよ』、と穏やかな声がした。
『人の子、お願い。敷島の未練を晴らしてあげて』
優しい明りは、希望を灯す光へと変わる。部屋中に眩い明りが満ちる中、ランプに向けて深く頷いた。
迷った。絨毯の付喪神に悪戯されているのでは、と思うほどに廊下が長い。いっそ窓から外に出てやろうか、と画策していると、向かいからぼうっと白いものが寄って来る。
「まさか、主人の魂……?」
ランプを前に掲げて身構えていると、暗闇の中から見覚えのある顔が現れた。
「あなた、ど、どうしてここに!?」
軍服の少年は、白濁した瞳を怪訝に細めている。こいつは確か、白という神だ。つい先日、学生街で俺たちを襲ってきたばかりだというのに。そしてどういうわけか、黒は一緒にいない。
「俺たちの邪魔をしに来たんですか?」
一歩ずつ下がっていくと、白は深くため息を吐いた。そして溜めに溜め、「そうだけど何?」と低い声で言う。さらにこちらの返事を待たず、白はこちらに向けて腕を伸ばしてきた。
「ちょっと、何するんですか!?」
抵抗する間もなく、白の肩に担がれた。暴れるとランプを落としてしまうかもしれない。
「見て、足元。絨毯の付喪神。こいつがバレないようにキミを引きずってる」
やはり、と同時に何故、が頭に浮かんできた。邪魔をしに来たと言いながら、何故俺を助けるのか。問いかけるも、白は構わず歩き出す。
「『色師は常世の崩壊を招こうとしている』……先日そう言っていましたよね。それは、神粧の儀が何か不味いことを引き起こすということですか?」
「……このままだと、災禍が起こることは確か。僕は◼︎◼︎の命に従うだけから……色師と君らは敵。分かった?」
分からない。神粧の儀をすることで、六神は人になる。そうなれば神の世の力は弱まってしまうのかと思っていたが、色師は「そうではない」と言う。神粧の儀とその『災禍』に、一体何の関係があるのか――。
ランプの明かりを見つめて頭を働かせている間、白は口を閉じていた。
「そういえば、黒さんは一緒じゃないんですね」
「アレは単独行動中。赤い神を追ってる」
一瞬にして肝が冷えた。黒と言えば、前回のアレ――接吻が思い起こされる。
「刹那さん大丈夫かな……」
好戦的なだけではなく、そういう意味でもあの神は危険だ。落ち着かない指を何度も握っていると、白がこちらに首を回してきた。
「慕っているの? あの女神のこと」
白濁の瞳から目が逸らせない。しばらく経って、ようやく白の言葉を噛み砕くことができた。
「俺が? 刹那さんのこと……?」
頼りになるし、和解できたとはいえ、刹那が暴力神であることは変わりない。しかも神だ。
「ええと……考えたこともなかったです。ないない、絶対にありません」
言い切ると、白は小さなため息と共に前へ向き直った。そもそも、敵を公言する白が何故そのようなことを訊くのか。それきり白は、黙々と廊下を進んでいった。
「着いたね、舞踏室。ここへ来たかったんでしょ?」
「……ありがとうございました」
神粧の儀を止めに来た、と言ったクセに、白は闇に溶けていく。
「どこへ行くんですか?」
「もう付喪神の決意は固まっているみたい……僕らは帰る」
どういうことなのか。早口に問いかけるも、白の気配はなくなってしまった。
「おい」
突然暗闇から現れた物体に、大きく飛び退いた。ランプを掲げてみると、目の前には鋭い目つきの刹那が立っている。
「神を幽霊扱いとは、良い度胸だな?」
「慕っているの?」――白の言葉を改めて思い出す。
すると急に息が苦しくなり、刹那の顔を見ていられなくなった。
「おい、貴様今失礼なことを考えたな?」
この苦しいのは、きっと反射だ。これまでの暴力を体が覚えているから、胸を打つ音が速くなるのだろう。舞踏室へ逃げようとすると、刹那は「おい待て!」、と早足で追いかけてきた。
「ピ、ピ、ピ――ピアノから男の声が!」
『咲お前、吾の時も同じことやってなかったか?』
今更驚くことでもないだろう、と横の刹那に小突かれた。
『私はそちらのランプと同じ、付喪神でございます。どうぞ緊張なさらずにお話しください』
確かに驚くのも今更だ、と神粧の儀について話すことにした。こうなったら色師のことも伏せてはいられない。
『ええ、ええ。主神より、確かにお達しが来ておりました……しかし私は、主人を残してここを去るわけには参りません』
「ここにはすでに誰もいないようだが?」
刹那の苛ついた声色に、こちらの背筋が冷える。すると加納は、『存じておりますよ』と弱々しくこぼした。
『この屋敷には、主人の魂が囚われたままになっております。あのお方は、最期の宴を楽しむことのできないままお亡くなりになりました。きっと、この場に未練が残っているのでしょう』
「幽霊ってほんとにいるんだ……」
放心していると、薄闇から伸びてきた刹那の手に背中を叩かれた。
「それで。貴様は主人をこの館から解放すれば、儀に応じるというのだな?」
『前向きに考えさせていただきましょう』
返答は曖昧だが、加納を説得するには従うしかなさそうだ。どうすれば未練が消えるのか問うと、加納は『宴(パーティー)』と力を込めて言い放った。
『まずはきらびやかな衣装! 次に流行りの音楽! そして優雅な舞踏……これらが主人の宴に対するこだわりなのでございます』
衣装の在り処について声高く話す加納に、刹那は呆然としている。俺も思うところがあるが、今は刹那が暴走しないよう注意しておかなければ。
「まぁまぁ! 穏便に済みそうですし、良いじゃないですか。衣装は衣裳部屋にあるとして、音楽はどうしましょう?」
三味線なら父のツテがありそうだが、舶来の楽器が弾ける人は聞いたことがない。八咫はもちろん、刹那に当てがあるはずは――。
「私が当たってやろう」
「雅楽じゃなくて洋楽ですよ?」、と念押しすると、懐にしまっていた八咫をひったくられた。
「分かっている。お前、私をよほどの馬鹿だと思っているな?」
ただでさえ人に疎そうなのに、刹那が洋楽の奏者を手配することなどできるのか――?
まろび出そうになった言葉を呑み込み、苛々を隠そうとしない背中を見送った。
かつて栄華を誇った洋館が、蜘蛛の巣だらけの幽霊屋敷に変わり果てた理由。それを以前この屋敷に住んでいたランプの付喪神は、『知らないし、知りたくもない』と一蹴した。
『ぼくが売られる前は、こんな風じゃなかったもん』
薄暗い廊下をランプ一つで進みながら、上階へと続く階段を探す。刹那がどうやって音楽を手配するつもりか気になるが、俺も自分の仕事をこなさなければ。
「洋装(ドレス)は、奥方の衣裳部屋にあるんでしたね。もしかして加納さん、それを俺たちに着ろって言うんじゃ……」
『アレ、なんだろう?』
ランプを前に掲げると、待望の階段が現れた。しかし一段目に何か黒いものが落ちていることに気づき、足を止める。
『人の子、これ人形だよ』
ランプにもっとよく見せろとせがまれ、少女の形を模した綿入りの人形を持ち上げる。その瞬間。雷鳴が止み、真昼のように廊下が明るくなった。
「これは、また……?」
よく磨かれた手すりを伝い、五、六歳ほどの子どもが階段を降りてくる。その手には、俺の手にあるはずの人形が抱かれていた。子どもはこちらを素通りし、角を曲がろうとする。隅の卓に乗っているのは――俺の掲げているランプと同じものだ。駆け出した子どもの足に当たり、ランプは卓の上から落下した。つまみが折れて転がったのを、子どもは気にせず駆けていく。
「あっ、待ってください!」
追いかけると、子どもはある部屋の中に入っていった。中にいる女は主人の奥方だろうか。大きめの洋鞄に荷物を詰めているところだ。
『さぁ、病院までパパをお迎えに行きましょうね。今晩はあの人の楽しみにしていた宴だもの』
一時帰宅、と奥方は言った。主人は闘病中だったのだろうか。
『今夜はあの人のお気に入り、淡藤の洋服を着なくっちゃ』
微笑む夫人と、その膝元に寄り添う子ども。温かい空気を、突然の来訪者が破る。
『奥方様!』
入ってきたのは、人の姿の加納だった。加納が夫人に耳打ちすると、舞踏会は急遽中止になり、子どもたちを連れた夫人は病院へ向かっていった。
夫人が部屋の戸を閉めた途端。辺りは元の真っ暗闇へ戻った。廊下にいたはずだが、いつの間にか洋室の中にいる。
「ここは、衣裳部屋……?」
ランプは答えなかった。沈黙してしまったランプのことはひとまず置き、天井まで高さのある衣装箪笥を開ける。独特な臭いの漂う中には色とりどりの洋装が並び、夫人が言っていた淡藤色のものもある。触れてみると、すぐ横のベッドに夫人の影がぼんやりと現れた。
『ねぇあなた、このドレス……『淡藤色がお前の黒髪に映える』って、覚えていますか? 嫁いで間もない頃、です、よ……』
真っ黒の洋装に身を包んだ夫人は、淡藤色の洋装を抱きしめ震えている。やがて夫人は、洋鞄に下着と必需品のみを詰めていった。
『遺言通り、売れる物はすべて売りましたよ、あなた……』
思い出のドレスを箪笥に残したまま、夫人は戸を閉めた。軋む音が響いた途端、再び部屋は真っ暗闇に包まれる。
「……あの、ランプさん」
洋館の主人は死期を悟り、館の物を売るよう手配していた。このランプも、その中の一つだったのだろう。
静まり返った戸を見つめていると、化粧箱を俺に託してくれた母のことを思い出す。
「大切な品物を、もう一度誰かに使って欲しい……ご主人は、そう思ったのかもしれませんね」
またもランプは答えなかった。ただ今度は、微かに光が強くなる。行く先を照らしてくれていた光とはまた別の、淡く優しい光だ。
ランプを床に置き、淡藤色のドレスにもう一度触れてみる。
「これを、俺たちが着てもいいんでしょうか?」
この洋装には、あの夫人の想いと思い出が詰まっている。迷っていると、『使ってもらうことが物の本懐だよ』、と穏やかな声がした。
『人の子、お願い。敷島の未練を晴らしてあげて』
優しい明りは、希望を灯す光へと変わる。部屋中に眩い明りが満ちる中、ランプに向けて深く頷いた。
迷った。絨毯の付喪神に悪戯されているのでは、と思うほどに廊下が長い。いっそ窓から外に出てやろうか、と画策していると、向かいからぼうっと白いものが寄って来る。
「まさか、主人の魂……?」
ランプを前に掲げて身構えていると、暗闇の中から見覚えのある顔が現れた。
「あなた、ど、どうしてここに!?」
軍服の少年は、白濁した瞳を怪訝に細めている。こいつは確か、白という神だ。つい先日、学生街で俺たちを襲ってきたばかりだというのに。そしてどういうわけか、黒は一緒にいない。
「俺たちの邪魔をしに来たんですか?」
一歩ずつ下がっていくと、白は深くため息を吐いた。そして溜めに溜め、「そうだけど何?」と低い声で言う。さらにこちらの返事を待たず、白はこちらに向けて腕を伸ばしてきた。
「ちょっと、何するんですか!?」
抵抗する間もなく、白の肩に担がれた。暴れるとランプを落としてしまうかもしれない。
「見て、足元。絨毯の付喪神。こいつがバレないようにキミを引きずってる」
やはり、と同時に何故、が頭に浮かんできた。邪魔をしに来たと言いながら、何故俺を助けるのか。問いかけるも、白は構わず歩き出す。
「『色師は常世の崩壊を招こうとしている』……先日そう言っていましたよね。それは、神粧の儀が何か不味いことを引き起こすということですか?」
「……このままだと、災禍が起こることは確か。僕は◼︎◼︎の命に従うだけから……色師と君らは敵。分かった?」
分からない。神粧の儀をすることで、六神は人になる。そうなれば神の世の力は弱まってしまうのかと思っていたが、色師は「そうではない」と言う。神粧の儀とその『災禍』に、一体何の関係があるのか――。
ランプの明かりを見つめて頭を働かせている間、白は口を閉じていた。
「そういえば、黒さんは一緒じゃないんですね」
「アレは単独行動中。赤い神を追ってる」
一瞬にして肝が冷えた。黒と言えば、前回のアレ――接吻が思い起こされる。
「刹那さん大丈夫かな……」
好戦的なだけではなく、そういう意味でもあの神は危険だ。落ち着かない指を何度も握っていると、白がこちらに首を回してきた。
「慕っているの? あの女神のこと」
白濁の瞳から目が逸らせない。しばらく経って、ようやく白の言葉を噛み砕くことができた。
「俺が? 刹那さんのこと……?」
頼りになるし、和解できたとはいえ、刹那が暴力神であることは変わりない。しかも神だ。
「ええと……考えたこともなかったです。ないない、絶対にありません」
言い切ると、白は小さなため息と共に前へ向き直った。そもそも、敵を公言する白が何故そのようなことを訊くのか。それきり白は、黙々と廊下を進んでいった。
「着いたね、舞踏室。ここへ来たかったんでしょ?」
「……ありがとうございました」
神粧の儀を止めに来た、と言ったクセに、白は闇に溶けていく。
「どこへ行くんですか?」
「もう付喪神の決意は固まっているみたい……僕らは帰る」
どういうことなのか。早口に問いかけるも、白の気配はなくなってしまった。
「おい」
突然暗闇から現れた物体に、大きく飛び退いた。ランプを掲げてみると、目の前には鋭い目つきの刹那が立っている。
「神を幽霊扱いとは、良い度胸だな?」
「慕っているの?」――白の言葉を改めて思い出す。
すると急に息が苦しくなり、刹那の顔を見ていられなくなった。
「おい、貴様今失礼なことを考えたな?」
この苦しいのは、きっと反射だ。これまでの暴力を体が覚えているから、胸を打つ音が速くなるのだろう。舞踏室へ逃げようとすると、刹那は「おい待て!」、と早足で追いかけてきた。
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