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第三章 二口痛シ痒シ
走馬灯劇場 二幕
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気まぐれな神といえど、テレビジョンは夢中にさせる力がある。座敷にぐでんと転がりながらも、色師は画面の二口から目を逸らそうとはしない。
「これで獣、異形が人に降りたかぁ。いやぁ彼はスゴいねぇ、神に言うことを聞かせちゃうんだからさ」
ねぇ、と色師が同意を求めると、隣に寝そべる女は小さく笑った。女の深青の瞳は、色師でもテレビでもなく、色塗れの床に向いている。
「神の意義は人のため……雪見も、異形も、最初は己の存在を保つために人と交わったの。ですから、神粧の儀は『個人と交わりし六神への罰』っていうのは、ちょっと強引ではなくって?」
色師は画面に釘付けといった風を装うも、女は構わず滑らかな口を回す。
「時代が移って、人は神を信じなくなったわ。信仰――『願い』がなければ、神は存在できない。だから雪見は神主に、宍喰は物書きになって、信仰に代わるものを集めようとしただけ」
「おや、これはもしや抗議されている?」
静かに語る女に対し、色師の答えは冗談混じりだった。すると女はムッとして、色師の夕焼けに染まった髪を引っ張る。
「あら別に? 儀のことは、すでに同意していますから」
髪を引く手を離し、女は静かに画面を見遣る。そこには婚姻の儀を行う雪見が映っていた。
「でもやっぱり、アタシには理解できないね。神でありながら、ひとりの人間を慈しむなんて」
「神が人に心寄せていくことは、自然ではなくて? 神にも思考が存在するのですから」
「じゃあ、キミもそうなのかい?」
対の神が映し出されたブラウン管に、砂嵐が混じる。女はそれに気づかないまま、色師の「色」の字を真っ直ぐに見つめた。
「まさか。アタクシにとっては皆等しく『子どもたち』。すべてが神になるべき魂として、導くべきものなのです」
女が恭しく手のひらを合わせたその時。砂嵐の奥に三つの穴が浮かんだ。それはブラウン管をすり抜け、降り立ったのは素焼きの陶器。その頭には、丸い目と口がぽっかり開いている。
『生ヅル神ヨ』
「おや! なんとまぁ」
後に埴輪と呼ばれる太古の遺物に、色師は深々と頭を下げた。そして、「行幸用の器までこしらえて、何用で?」、と首を傾げる。
『オマエハ彼ノ者ノ魂ヲ使イ、何ヲ企ム?』
「黒白が出てきたってことは、いよいよ本気かと思ったけれどさ。まさかご本人が出てきちゃうなんてねぇ」
『答エヨ主神。オマエノ行イハ、万物ヘノ反逆。則チ災禍ヘノ道』
すると返事の代わりに、色師は畳に飛び散る色を束ねた。色の帯は塊に変化し、埴輪の胴体を粉々に砕いてしまう。勢い余り、後ろのブラウン管までも。途端、沈黙を守っていた女の目が大きく見開いた。
「五月蝿いなぁ。止められるもんならやってみなよ」
床に散乱した欠片に向かって、色師は舌を出してみせる。
『ヤハリ貴様ラハ、欠陥……スグニ黒白、ガ、ショブ、ン、シテ……』
埴輪の欠片が沈黙した後。短い呼吸を繰り返した色師は、隣で固まる女の腕を引き寄せた。
「あらまぁ! こんな暴力的悲劇《カタストロフィ》の後に、よくやる気になりますわね」
「……時間がないんだ。あの通り、ヤツには供給を絶たれているからね。今のアタシには、キミから受け取る分しか力がないんだよ」
喋る間も惜しんで洋服をまくる手に気づくと、女はこの日一番の笑みを見せた。
「まぁ良くってよ。色欲も、情念も、慈愛もないアナタが、いったい何処へ行きつくのか――アタクシ見たいもの」
「これで獣、異形が人に降りたかぁ。いやぁ彼はスゴいねぇ、神に言うことを聞かせちゃうんだからさ」
ねぇ、と色師が同意を求めると、隣に寝そべる女は小さく笑った。女の深青の瞳は、色師でもテレビでもなく、色塗れの床に向いている。
「神の意義は人のため……雪見も、異形も、最初は己の存在を保つために人と交わったの。ですから、神粧の儀は『個人と交わりし六神への罰』っていうのは、ちょっと強引ではなくって?」
色師は画面に釘付けといった風を装うも、女は構わず滑らかな口を回す。
「時代が移って、人は神を信じなくなったわ。信仰――『願い』がなければ、神は存在できない。だから雪見は神主に、宍喰は物書きになって、信仰に代わるものを集めようとしただけ」
「おや、これはもしや抗議されている?」
静かに語る女に対し、色師の答えは冗談混じりだった。すると女はムッとして、色師の夕焼けに染まった髪を引っ張る。
「あら別に? 儀のことは、すでに同意していますから」
髪を引く手を離し、女は静かに画面を見遣る。そこには婚姻の儀を行う雪見が映っていた。
「でもやっぱり、アタシには理解できないね。神でありながら、ひとりの人間を慈しむなんて」
「神が人に心寄せていくことは、自然ではなくて? 神にも思考が存在するのですから」
「じゃあ、キミもそうなのかい?」
対の神が映し出されたブラウン管に、砂嵐が混じる。女はそれに気づかないまま、色師の「色」の字を真っ直ぐに見つめた。
「まさか。アタクシにとっては皆等しく『子どもたち』。すべてが神になるべき魂として、導くべきものなのです」
女が恭しく手のひらを合わせたその時。砂嵐の奥に三つの穴が浮かんだ。それはブラウン管をすり抜け、降り立ったのは素焼きの陶器。その頭には、丸い目と口がぽっかり開いている。
『生ヅル神ヨ』
「おや! なんとまぁ」
後に埴輪と呼ばれる太古の遺物に、色師は深々と頭を下げた。そして、「行幸用の器までこしらえて、何用で?」、と首を傾げる。
『オマエハ彼ノ者ノ魂ヲ使イ、何ヲ企ム?』
「黒白が出てきたってことは、いよいよ本気かと思ったけれどさ。まさかご本人が出てきちゃうなんてねぇ」
『答エヨ主神。オマエノ行イハ、万物ヘノ反逆。則チ災禍ヘノ道』
すると返事の代わりに、色師は畳に飛び散る色を束ねた。色の帯は塊に変化し、埴輪の胴体を粉々に砕いてしまう。勢い余り、後ろのブラウン管までも。途端、沈黙を守っていた女の目が大きく見開いた。
「五月蝿いなぁ。止められるもんならやってみなよ」
床に散乱した欠片に向かって、色師は舌を出してみせる。
『ヤハリ貴様ラハ、欠陥……スグニ黒白、ガ、ショブ、ン、シテ……』
埴輪の欠片が沈黙した後。短い呼吸を繰り返した色師は、隣で固まる女の腕を引き寄せた。
「あらまぁ! こんな暴力的悲劇《カタストロフィ》の後に、よくやる気になりますわね」
「……時間がないんだ。あの通り、ヤツには供給を絶たれているからね。今のアタシには、キミから受け取る分しか力がないんだよ」
喋る間も惜しんで洋服をまくる手に気づくと、女はこの日一番の笑みを見せた。
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