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第三章 二口痛シ痒シ
四
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刹那の言葉が切れた途端、銀色に光る何かが鼻先に振り下ろされた。その「何か」に掠ったのか、前髪がはらはらと舞い落ちている。ただ全身に風を感じるだけで、状況に頭が追い付かない。そんな中、耳元ではっきりとした男の声が響く。
「こんばんは、お二方。そして――さようなら」
刀だ。東雲の朝にふさわしくない、禍々しい紫を帯びた刀が、こちらを狙って何遍も振り下ろされる。その度に瓦屋根が捲れ上がり、刹那はとんでもない勢いで跳ね回る。揺さぶられ過ぎて吐きそうになってきたが、そんなことを言い出せる状況ではない。
「突風か!?」と、朝支度をしていた地上の人たちが騒ぎだした。
「小僧、八咫とここにいろ」
「えっ、刹那さん!」
腹ばいのまま下を覗くと、刹那の前には刀を構えた男が立ち塞がっていた。黒い軍帽に軍服の、将校のような出で立ちの青年だ。さらに軍服とは相性の悪そうな、棘のついた革の首輪を身に着け、そこから長い鎖を垂らしている。
「貴様は何だ? 何故私たちを狙う?」
すると男は刀を鞘に納め、流れるような所作で軍帽を取り、深々と頭を下げた。
「これは失礼いたしました。貴女様とは最初の一振りでお別れするつもりでしたので」
情緒豊かに話す色男だが、その目には一切の光がない。
「私は執神(しつしん)、黒《こく》。そしてあちらが、対の白《びゃく》でございます」
黒と名乗った男の指先が、真っすぐこちらに向いている。
「……こんばんは」
「うわぁ!」
いつの間にか、白髪の少年が俺を見下ろしていた。純白の軍服に身を包んだ少年――白は、瞳まで白濁に呑まれた色をしている。首には黒と同じ首輪がついていた。やはり長い鎖が垂れ下がっている。
「君は……まぁいいや。こんな事聞いたって、徒……蛇足、空虚……とにかく、ムダ」
黒よりも十ほど若そうな見かけをしているが、黒の対ということは白も神なのだろう。
八咫は警戒しているのか一言も喋らず、重苦しい空気が屋根の上に漂う。
「あの赤い神は、最初の一撃で沈むはずだった。赤い神が消えれば、次は君の番」
首筋に硬い棒を突き当てられた。刀ではない。これは鞭だ。先端が首を圧迫して滑る。こちらを見下ろす白濁の瞳から、目を逸らせない。
「でも、僕じゃあ君を殺せない。ゴメンね」
ゴメン――その響きが、すうっと胸の中に溶けていく。物騒な言葉を掛けられているというのに、何だかほっとするような声色だった。
「じゃあこれ、下げてくれませんか?」
先ほどから首を圧迫している鞭を指すと、白はあっさり聞き入れてくれた。
「獣、異形……六神のうち、二柱が人に降りた。色師のせい? それとも……君が現れたせい?」
ゾッとするような気配が、突然白から放たれる。
分からない。どこか親しみのある気がした神。それが今は、拒絶する空気を醸し出している。
「あ」、と白が指す先を目で追うと同時に、高い音が東雲の空を突き抜けた。刹那の回し蹴りが、黒の顔面に決まったのだ。近くの人力車ごと吹っ飛ばされた黒の後を、修羅のごとき表情の刹那が追う。大の男へ馬乗りになった刹那は、抵抗しない相手に一方的な打撃を繰り出している。
「ちょっと刹那さん! それ以上は――」
これではどちらが暴漢か分からない。しかし、何度声を掛けても刹那は止まらなかった。首輪を掴み上げ、口角から血を流す黒に顔を寄せている。
「その形、執神という役……貴様は■■の遣いだな?」
ふだん人混みの中でも良く通る刹那の声が、一部だけ聞き取れなかった。
「何故私たちを襲う? おい、答え――」
刀を握る黒の手が、刹那の背後に回る。「危ない」、という警告は、驚愕の声に変換されてしまった。黒が刹那の頭をぐっと引き寄せた後。二人の唇が――重なった。
隣から漏れるため息を最後に、周りの音すべてが消え去る。
「……ねぇ。いつまでやってんの」
白の透き通った声に、遠ざかりつつあった五感が呼び戻された。白が、首輪に繋がっている白金の鎖を引っ張ると、黒の錆びた鎖が宙に浮いた。鎖は黒の首を引っ張り、刹那から離そうとしている。ようやく刹那から離れた黒は、目を見開いている刹那に微笑みかけた。
「躊躇いのない暴虐……貴女、最高です!」
拳の一発でも浴びせるかと期待したが、刹那はいまだに固まっている。八咫が胸元で何かを喚いているが、出してやる気にならない。
「何だこの瓦は! 突風か!?」
地上を見下ろすと、避難した住民が巡査を連れてきていた。その中には滋子の姿もある。
「いいえ突風じゃありませんでしたわ。お姉様と軍服の美丈夫が屋根に飛び乗って……」
「二階の屋根まで飛べる者があるか!」
「ああじゃない、こうじゃない」、と言い合う野次馬に気を取られているうちに、隣の白は腰を上げていた。
「騒ぎになり過ぎた。一旦引く」
やはり黒と白の鎖は繋がっているのか、白が鎖を引っ張ると黒の体が傾いた。
「おや、もう行くのですか? あと少しだけ――」
「ダメ……お咲」
振り返った白濁の瞳は、俺をはっきりと捉えている。
「色師は常世の崩壊を招こうとしてる……神粧の儀は認めない」
「貴女たちの行いは、いずれ災禍を呼び寄せるでしょう。本日は引きますが、次はお覚悟を」
すると二柱の神は、地面に溶けるように消えてしまった。
「何がお覚悟だ、ここで決着をつけていけ!」
「刹那さん、今は引きましょう」
気づかない内に黒から攻撃を受けていたのか、それとも伍にやられた分がきいているのか、刹那の足取りは見ていられない。そのことを指摘すると、刹那は鋭い舌打ちと共に踵を返した。
「お帰りーハイカラちゃん。刹那はどうしちゃったのさ」
色師は呑気にも、彩色の間で例のご友人たちと戯れていた。今日はそういう気分なのか、男の姿をしている。顔を合わせる度、色に溺れている雇い主に物申してやりたかったが、今はそれどころではない。
「刹那さんは……」
上の座敷で休んでいる。リボンを解きながら今朝のことを話すと、色師は腕を組み、頭を左右に揺らした。
「黒白ねぇ。そっか、出てきちゃったか。彼らは『執神』っていってネ、悪い神を取り締まる神さ。キミらの世では巡査、とか言うのかな?」
「でも神粧の儀は『神々への罰』っていう名目なんですよね?」
一番偉い神という肩書の色師が決めたことだというのに、何故彼らは止めようとするのか。そう問いかけると、色師は天井に向けて突き出した一本指を左右に振った。
「確かにアタシはこの国で一番偉いけれどネ、この世はもっと広いんだよ」
「色師さんより偉い神が、上にいるってことですか?」
「ご明察! というわけでぇ、黒白はアタシよりもーっと偉い◼︎◼︎に仕えている神たちさ」
今度は聞き漏らしではない。言い直すよう色師に頼んでみたが、やはりその部分だけは聞き取れなかった。
「まぁまぁ。神代の詞には、人に理解できないものもあるからネ」
頭の中の霧は晴れないが、固執しても仕方がない。それよりも今後どうなるかの方が重要だ。
「儀を止めるとか言わないですよね? 俺の償いもですけど、刹那さんのことだってあるのに」
すると、神々を愛でていた色師の手がピタリと止まった。
「そうか。刹那、咲くんに打ち明けたんだね……今回は良い感じだ」
何やら色師は嬉しそうにしている。確かに、最初のアレよりは落ち着いたと思うが。
「その通り、刹那は厄介な呪いを抱えているんだ。解くには神粧の儀を行って、六神の神力を集めるしかない」
「じゃあ儀は――」
「うん、続けてネ。■■が何て言おうと、アタシは儀を遂行しなくちゃあならない。刹那の呪解とキミの償いも果たされるし……みんなが幸せになれるんだから良いよね?」
「色」の布地の奥で、色師がニヤリと笑った気がした。本当に、この神は掴みどころがない。
「この先も黒白の妨害は続くだろうけど、頑張ってネ! アタシもここから応援してる!」
改めて黒白、と耳にした瞬間。彼らが去り際に残した言葉が反響した。
色師は常世の崩壊を招こうとしている。いずれ災禍を呼び寄せる――。
今すぐ訊きたい。訊きたいのだが。これを色師本人に尋ねてよいものか。
「はい、これ! 結果表兼種明かしさ」
威勢の良い声に、葛藤が打ち切られた。箪笥の上から降ってきたのは、例の瓦版と封筒だ。
「ご苦労様。前回渡せなかった分も合わせて、二柱分のお賃金だよ。それと今回の結果表ね。見たくないなら捨ててもいーけど」
「え……伍さん、そんなに悪いことになってしまったんですか?」
雪見の時の衝撃が瞬時によみがえり、身震いが起こった。
「別にそう言うわけじゃあないんだけどね。雪見の時、刹那に怒られちゃった。キミに余計なもの見せるなってね。だから渡したことは秘密で頼むよ」
もしかしなくとも、先日雪見のことで言い争ったからだろう。
『綺麗事をぬかせる身の程か――?』
あの時の燃え盛るような瞳が、今も瞼の裏に焼き付いて離れない。
「でも、どんな結果になろうと俺は見届けなくちゃならない……そんな気がするんです」
神粧の儀は俺に与えられた仕事だ。色師から与えられた色具を使うだけだが、自分の行いに対する結果を他人事にはできない。
神々との戯れを止めない色師を無視して、異形の瓦版を開いた。
「これは……!」
売れっ子作家の子葉――ではなく、「売れっ子作家の異形、人に降り、神力による文才を失う」、と書かれている。
「まさかの、代筆してたってことなんだよねぇ」
そうか。「矛盾」の正体はこれだ。いくら伝承に詳しくとも、異形の神の姿を知らない子葉が『二口』を書けるはずがない。『二口』を書いたのは異形本人だったのか。
「伍さんが文才に拘っていたのは、そういう……」
作品を、子葉の名で伍が書いていたとしたら。異形が神力を失うことを恐れていた理由がはっきりした。彼らは本来師弟ではなく、利害関係にあったのか。
「結局異形も、人に良いように使われちゃってたんだよねぇ」
「でも、子葉さんは言っていました。伍さんの文才なんか関係なく、友で同志だって……」
あの時の言葉が守られたか否かまでは、瓦版には書かれていなかった。
「こんばんは、お二方。そして――さようなら」
刀だ。東雲の朝にふさわしくない、禍々しい紫を帯びた刀が、こちらを狙って何遍も振り下ろされる。その度に瓦屋根が捲れ上がり、刹那はとんでもない勢いで跳ね回る。揺さぶられ過ぎて吐きそうになってきたが、そんなことを言い出せる状況ではない。
「突風か!?」と、朝支度をしていた地上の人たちが騒ぎだした。
「小僧、八咫とここにいろ」
「えっ、刹那さん!」
腹ばいのまま下を覗くと、刹那の前には刀を構えた男が立ち塞がっていた。黒い軍帽に軍服の、将校のような出で立ちの青年だ。さらに軍服とは相性の悪そうな、棘のついた革の首輪を身に着け、そこから長い鎖を垂らしている。
「貴様は何だ? 何故私たちを狙う?」
すると男は刀を鞘に納め、流れるような所作で軍帽を取り、深々と頭を下げた。
「これは失礼いたしました。貴女様とは最初の一振りでお別れするつもりでしたので」
情緒豊かに話す色男だが、その目には一切の光がない。
「私は執神(しつしん)、黒《こく》。そしてあちらが、対の白《びゃく》でございます」
黒と名乗った男の指先が、真っすぐこちらに向いている。
「……こんばんは」
「うわぁ!」
いつの間にか、白髪の少年が俺を見下ろしていた。純白の軍服に身を包んだ少年――白は、瞳まで白濁に呑まれた色をしている。首には黒と同じ首輪がついていた。やはり長い鎖が垂れ下がっている。
「君は……まぁいいや。こんな事聞いたって、徒……蛇足、空虚……とにかく、ムダ」
黒よりも十ほど若そうな見かけをしているが、黒の対ということは白も神なのだろう。
八咫は警戒しているのか一言も喋らず、重苦しい空気が屋根の上に漂う。
「あの赤い神は、最初の一撃で沈むはずだった。赤い神が消えれば、次は君の番」
首筋に硬い棒を突き当てられた。刀ではない。これは鞭だ。先端が首を圧迫して滑る。こちらを見下ろす白濁の瞳から、目を逸らせない。
「でも、僕じゃあ君を殺せない。ゴメンね」
ゴメン――その響きが、すうっと胸の中に溶けていく。物騒な言葉を掛けられているというのに、何だかほっとするような声色だった。
「じゃあこれ、下げてくれませんか?」
先ほどから首を圧迫している鞭を指すと、白はあっさり聞き入れてくれた。
「獣、異形……六神のうち、二柱が人に降りた。色師のせい? それとも……君が現れたせい?」
ゾッとするような気配が、突然白から放たれる。
分からない。どこか親しみのある気がした神。それが今は、拒絶する空気を醸し出している。
「あ」、と白が指す先を目で追うと同時に、高い音が東雲の空を突き抜けた。刹那の回し蹴りが、黒の顔面に決まったのだ。近くの人力車ごと吹っ飛ばされた黒の後を、修羅のごとき表情の刹那が追う。大の男へ馬乗りになった刹那は、抵抗しない相手に一方的な打撃を繰り出している。
「ちょっと刹那さん! それ以上は――」
これではどちらが暴漢か分からない。しかし、何度声を掛けても刹那は止まらなかった。首輪を掴み上げ、口角から血を流す黒に顔を寄せている。
「その形、執神という役……貴様は■■の遣いだな?」
ふだん人混みの中でも良く通る刹那の声が、一部だけ聞き取れなかった。
「何故私たちを襲う? おい、答え――」
刀を握る黒の手が、刹那の背後に回る。「危ない」、という警告は、驚愕の声に変換されてしまった。黒が刹那の頭をぐっと引き寄せた後。二人の唇が――重なった。
隣から漏れるため息を最後に、周りの音すべてが消え去る。
「……ねぇ。いつまでやってんの」
白の透き通った声に、遠ざかりつつあった五感が呼び戻された。白が、首輪に繋がっている白金の鎖を引っ張ると、黒の錆びた鎖が宙に浮いた。鎖は黒の首を引っ張り、刹那から離そうとしている。ようやく刹那から離れた黒は、目を見開いている刹那に微笑みかけた。
「躊躇いのない暴虐……貴女、最高です!」
拳の一発でも浴びせるかと期待したが、刹那はいまだに固まっている。八咫が胸元で何かを喚いているが、出してやる気にならない。
「何だこの瓦は! 突風か!?」
地上を見下ろすと、避難した住民が巡査を連れてきていた。その中には滋子の姿もある。
「いいえ突風じゃありませんでしたわ。お姉様と軍服の美丈夫が屋根に飛び乗って……」
「二階の屋根まで飛べる者があるか!」
「ああじゃない、こうじゃない」、と言い合う野次馬に気を取られているうちに、隣の白は腰を上げていた。
「騒ぎになり過ぎた。一旦引く」
やはり黒と白の鎖は繋がっているのか、白が鎖を引っ張ると黒の体が傾いた。
「おや、もう行くのですか? あと少しだけ――」
「ダメ……お咲」
振り返った白濁の瞳は、俺をはっきりと捉えている。
「色師は常世の崩壊を招こうとしてる……神粧の儀は認めない」
「貴女たちの行いは、いずれ災禍を呼び寄せるでしょう。本日は引きますが、次はお覚悟を」
すると二柱の神は、地面に溶けるように消えてしまった。
「何がお覚悟だ、ここで決着をつけていけ!」
「刹那さん、今は引きましょう」
気づかない内に黒から攻撃を受けていたのか、それとも伍にやられた分がきいているのか、刹那の足取りは見ていられない。そのことを指摘すると、刹那は鋭い舌打ちと共に踵を返した。
「お帰りーハイカラちゃん。刹那はどうしちゃったのさ」
色師は呑気にも、彩色の間で例のご友人たちと戯れていた。今日はそういう気分なのか、男の姿をしている。顔を合わせる度、色に溺れている雇い主に物申してやりたかったが、今はそれどころではない。
「刹那さんは……」
上の座敷で休んでいる。リボンを解きながら今朝のことを話すと、色師は腕を組み、頭を左右に揺らした。
「黒白ねぇ。そっか、出てきちゃったか。彼らは『執神』っていってネ、悪い神を取り締まる神さ。キミらの世では巡査、とか言うのかな?」
「でも神粧の儀は『神々への罰』っていう名目なんですよね?」
一番偉い神という肩書の色師が決めたことだというのに、何故彼らは止めようとするのか。そう問いかけると、色師は天井に向けて突き出した一本指を左右に振った。
「確かにアタシはこの国で一番偉いけれどネ、この世はもっと広いんだよ」
「色師さんより偉い神が、上にいるってことですか?」
「ご明察! というわけでぇ、黒白はアタシよりもーっと偉い◼︎◼︎に仕えている神たちさ」
今度は聞き漏らしではない。言い直すよう色師に頼んでみたが、やはりその部分だけは聞き取れなかった。
「まぁまぁ。神代の詞には、人に理解できないものもあるからネ」
頭の中の霧は晴れないが、固執しても仕方がない。それよりも今後どうなるかの方が重要だ。
「儀を止めるとか言わないですよね? 俺の償いもですけど、刹那さんのことだってあるのに」
すると、神々を愛でていた色師の手がピタリと止まった。
「そうか。刹那、咲くんに打ち明けたんだね……今回は良い感じだ」
何やら色師は嬉しそうにしている。確かに、最初のアレよりは落ち着いたと思うが。
「その通り、刹那は厄介な呪いを抱えているんだ。解くには神粧の儀を行って、六神の神力を集めるしかない」
「じゃあ儀は――」
「うん、続けてネ。■■が何て言おうと、アタシは儀を遂行しなくちゃあならない。刹那の呪解とキミの償いも果たされるし……みんなが幸せになれるんだから良いよね?」
「色」の布地の奥で、色師がニヤリと笑った気がした。本当に、この神は掴みどころがない。
「この先も黒白の妨害は続くだろうけど、頑張ってネ! アタシもここから応援してる!」
改めて黒白、と耳にした瞬間。彼らが去り際に残した言葉が反響した。
色師は常世の崩壊を招こうとしている。いずれ災禍を呼び寄せる――。
今すぐ訊きたい。訊きたいのだが。これを色師本人に尋ねてよいものか。
「はい、これ! 結果表兼種明かしさ」
威勢の良い声に、葛藤が打ち切られた。箪笥の上から降ってきたのは、例の瓦版と封筒だ。
「ご苦労様。前回渡せなかった分も合わせて、二柱分のお賃金だよ。それと今回の結果表ね。見たくないなら捨ててもいーけど」
「え……伍さん、そんなに悪いことになってしまったんですか?」
雪見の時の衝撃が瞬時によみがえり、身震いが起こった。
「別にそう言うわけじゃあないんだけどね。雪見の時、刹那に怒られちゃった。キミに余計なもの見せるなってね。だから渡したことは秘密で頼むよ」
もしかしなくとも、先日雪見のことで言い争ったからだろう。
『綺麗事をぬかせる身の程か――?』
あの時の燃え盛るような瞳が、今も瞼の裏に焼き付いて離れない。
「でも、どんな結果になろうと俺は見届けなくちゃならない……そんな気がするんです」
神粧の儀は俺に与えられた仕事だ。色師から与えられた色具を使うだけだが、自分の行いに対する結果を他人事にはできない。
神々との戯れを止めない色師を無視して、異形の瓦版を開いた。
「これは……!」
売れっ子作家の子葉――ではなく、「売れっ子作家の異形、人に降り、神力による文才を失う」、と書かれている。
「まさかの、代筆してたってことなんだよねぇ」
そうか。「矛盾」の正体はこれだ。いくら伝承に詳しくとも、異形の神の姿を知らない子葉が『二口』を書けるはずがない。『二口』を書いたのは異形本人だったのか。
「伍さんが文才に拘っていたのは、そういう……」
作品を、子葉の名で伍が書いていたとしたら。異形が神力を失うことを恐れていた理由がはっきりした。彼らは本来師弟ではなく、利害関係にあったのか。
「結局異形も、人に良いように使われちゃってたんだよねぇ」
「でも、子葉さんは言っていました。伍さんの文才なんか関係なく、友で同志だって……」
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