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第一章 神の化粧師
走馬灯劇場 一幕
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箱の中で白黒の像が動く電動装置――テレビジョンの存在を、その神が偶然にも知った今日。おそらく日の本初上陸となる発明品が、この彩色座敷に登場した。物の構造、仕組みは関係ない。その神は像を映し音を出すこの箱を、「視たままのモノ」として用意したのだ。
「さぁて、何が映るかな?」
神は座敷に寝転がったまま、期待ひとつない目で画面を眺める。
ブラウン管を満たすのは、激しく揺れる炎。そして業火の中で叫ぶ男は、息絶えた女を抱えていた。男のものか、女のものか、判別不明な大量の液体が、二人の体を濡らしている。
『私たちは互いがいなければ、男にも女にもならないんだ……忘れないでくれ、××』
やがて男は冷たい光を宿す刃を取り出し、それをためらいなく自身の胸に差し込んだ。
箱の中に映る二つの死を、神はただ静かに見つめていた。画面と同様、色彩の褪せた目で。
「すみません、遅くなりましたわ!」
高い声が響いた途端、ブラウン管に無色の砂嵐が吹き荒れた。神が振り返った先には、薄桃ワンピースの女が、愉悦に歪んだ笑みを浮かべている。
「ご機嫌よう、我らが主神――色師さま。これは何ですの?」
女がテレビの前に塞がると、色師は小柄な女の腰を捕まえ、寝そべったまま自分の体に引き寄せた。そして女が何か言う前に、「これは遠くの出来事を目の前に映す箱さ」、と囁く。
「英吉利人の未来でも覗いたのかしら? まぁ良いわ。今日はとっても面白いものが見られるって仰っていたわね」
「あぁそうさ! キミも楽しみにしていた彼、ウチで働くことになったよ」
すると画面の砂嵐が、色彩あふれる座敷の映像に切り替わった。箪笥の上の色師を睨みつける女装の少年に、女は目を輝かせる。
「まぁ! これが『天胎(てんたい)』に選ばれし魂の輝きなのね。それにしても悪行に手を染めたというのに、とっても澄んでいるわ」
女は恍惚として、画面に触れる寸前まで指先を伸ばした。その小さな手に、色師の骨張った手が絡みつく。
「彼は一度道を間違えたけれど、二度と過ちを繰り返さないと、己に誓うことのできる人間だ。だから彼の魂は、晴天よりも澄んだ輝きを放っているんだよ」
神相手に啖呵を切る少年から、赤い着物の女へと画面は切り替わる。色師が画面から視線を逸らすと、ブラウン管は暗転し、座敷はしんと静まり返った。
「さぁ。忘れないうちに、集めた『願い』をもらおうか」
色師の手は電気の箱に夢中の女を引き寄せ、自分の半分ほどしかない華奢な体を腕の中に閉じ込めた。すると女は微笑みとともに色師を見上げ、薄紅の頬を膨らませる。
「あら、こういう時は女に成ってくださる約束でしょう? あの子と同じ形と、匂いでね。でないとアタクシ、今すぐ帰りますわよ」
強気を表した女に対し、色師の口角が引き上がる。
「ハイハイ、キミも野暮だよねぇー。代わりを演じろ、だなんてさぁ」
「それはお互い様じゃなくて?」
薄桃のスカートを探る骨ばった手を、女は優しく中へと導いた。
「さぁて、何が映るかな?」
神は座敷に寝転がったまま、期待ひとつない目で画面を眺める。
ブラウン管を満たすのは、激しく揺れる炎。そして業火の中で叫ぶ男は、息絶えた女を抱えていた。男のものか、女のものか、判別不明な大量の液体が、二人の体を濡らしている。
『私たちは互いがいなければ、男にも女にもならないんだ……忘れないでくれ、××』
やがて男は冷たい光を宿す刃を取り出し、それをためらいなく自身の胸に差し込んだ。
箱の中に映る二つの死を、神はただ静かに見つめていた。画面と同様、色彩の褪せた目で。
「すみません、遅くなりましたわ!」
高い声が響いた途端、ブラウン管に無色の砂嵐が吹き荒れた。神が振り返った先には、薄桃ワンピースの女が、愉悦に歪んだ笑みを浮かべている。
「ご機嫌よう、我らが主神――色師さま。これは何ですの?」
女がテレビの前に塞がると、色師は小柄な女の腰を捕まえ、寝そべったまま自分の体に引き寄せた。そして女が何か言う前に、「これは遠くの出来事を目の前に映す箱さ」、と囁く。
「英吉利人の未来でも覗いたのかしら? まぁ良いわ。今日はとっても面白いものが見られるって仰っていたわね」
「あぁそうさ! キミも楽しみにしていた彼、ウチで働くことになったよ」
すると画面の砂嵐が、色彩あふれる座敷の映像に切り替わった。箪笥の上の色師を睨みつける女装の少年に、女は目を輝かせる。
「まぁ! これが『天胎(てんたい)』に選ばれし魂の輝きなのね。それにしても悪行に手を染めたというのに、とっても澄んでいるわ」
女は恍惚として、画面に触れる寸前まで指先を伸ばした。その小さな手に、色師の骨張った手が絡みつく。
「彼は一度道を間違えたけれど、二度と過ちを繰り返さないと、己に誓うことのできる人間だ。だから彼の魂は、晴天よりも澄んだ輝きを放っているんだよ」
神相手に啖呵を切る少年から、赤い着物の女へと画面は切り替わる。色師が画面から視線を逸らすと、ブラウン管は暗転し、座敷はしんと静まり返った。
「さぁ。忘れないうちに、集めた『願い』をもらおうか」
色師の手は電気の箱に夢中の女を引き寄せ、自分の半分ほどしかない華奢な体を腕の中に閉じ込めた。すると女は微笑みとともに色師を見上げ、薄紅の頬を膨らませる。
「あら、こういう時は女に成ってくださる約束でしょう? あの子と同じ形と、匂いでね。でないとアタクシ、今すぐ帰りますわよ」
強気を表した女に対し、色師の口角が引き上がる。
「ハイハイ、キミも野暮だよねぇー。代わりを演じろ、だなんてさぁ」
「それはお互い様じゃなくて?」
薄桃のスカートを探る骨ばった手を、女は優しく中へと導いた。
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