花嫁シスター×美食家たち

見早

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poisson:食

1.「ひとりっ子の兄姉」

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 自室の窓辺で、もう半刻は光を浴びているのですが。今朝の食堂で当主から言い渡されたこと――「晩餐会のメニュー8品のうち、ソルベ(お口直し)をキミに考えて欲しい」、が頭から離れません。
 マダーマム家の料理長であるマチルダのおばあ様にうかがったところ、ソルベとは通常フルーツの果汁やリキュールを凍らせた菓子だというのです。それをコース料理の合間に、口直しとして食べるのだとか。
 料理について素人などころか味覚すらまともではない私には、達成不可能な課題ではないでしょうか。その上晩餐会の日まで、もう2週間しかありません。
 そもそもですが――私は2週間後、まだこの屋敷にいるのでしょうか。

「サリーナさま、お客様がいらっしゃいました」

 いつの間にか背後に立っていたマチルダを振り返ると、乱れていた髪をとかしてくれました。マチルダが気配を消して背後を取るのはよくあることですが、私へのお客様など初めてのことです。
 急いで身なりを整え、部屋のすぐ正面にある応接室へ向かいました。

「お嬢様! お元気そうで何よりです」

 ソファから瞬時に立ち上がった、眼帯に長身の彼女――シスター・アグネスの姿に、涙腺が緩みかけました。
 鍛え上げられた豊満な胸部に抱かれると、いつもは苦しくて仕方ありませんが。今はこの圧迫感も懐かしいものです。

「シスター・アグネス! あぁお姉ちゃん、来てくれたのですね!」

 すると体を持ち上げられ、アグネスの薄い唇が耳元に寄りました。

「おい。ここでのお前はサリーナお嬢様だろ。オレは侍女って体で面会に来てるんだからな」

 そうでした。マチルダがドアの外で控えているというのに、これは反省しなければ。
 向かい合ってソファに着席したところで、アグネスは改めて調子を尋ねてきました。ですがここは潜入先。進捗をそのまま申し上げることはできません。

「ご家族の方々は、私にとても良くしてくださっています」

 ローテーブルの上に両手を置き、10本の指を用いて言葉を紡ぎました。『ヨウギ、ノウコウナモノ、アリ』、と。この位置であれば、窓の外からでも見えないはずです。

「今はお嬢様だけが花嫁修行をされているのでしょう? 選び放題じゃないですか」

 今度はアグネスからの返答が、同じく指によって紡ぎ出されました。『フカオイ、キンモツ。キヲマテ』、と。

「あちらだって、誰でも良いわけではないでしょう。認められるように、もっと頑張らなければなりません」

 機を待つうちに、新たな犠牲者が出る可能性だってあります。ボロを出さないようにしつつ、早めに調査を進めなければ。
 結局パイルからの情報は得られませんでしたが、あれは口を謹んで正解でした。もしパイルにアールのことを話していたならば、ああなっていたのは自分だったかもしれません。

「もう、お嬢様は真面目すぎますよ。こういったことはむしろ、楽しむくらいがちょうど良いのです」

 最初にマチルダが出してくれた紅茶を含み、アグネスの完璧な演技を眺めていると。『チチ、タイチョウフリョウ』、と指が示しました。

「えっ……?」

 つい口に出てしまった声に、アグネスは小さなため息を吐き出します。

「最近少し、旦那様の体調が優れないご様子なのです。ですがお嬢様を呼び寄せるほどのことではない、と仰っておりまして。『しっかり修業を積ませてもらうように』、と旦那様からの言伝です」

『カゼ? ケガ?』と素早く指を動かすと、『カゼミタイナモノ』、とだけ返ってきました。
 重症ではないようでひとまず落ち着きましたが、不安は完全には拭えません。ついこの間パイルの部屋で会った時は、あんなに元気そうだったというのに。

「とにかく、こちらのことは私にお任せを。お嬢様は花嫁修業に専念なさってください」

 紅茶をきっかり1杯飲み終えると、アグネスは教会へ帰っていきました。



 なぜビショップの体調不良を教えてくれなかったのか。夜のお部屋訪問でノットを問い詰めたところ、「ビショップに口止めされていた」と白状しました。

「それに不調といっても、風邪みたいなものです。彼はまだ40そこそこですし、老人ではないのですから……まったく、シスター・アグネスは心配性ですね」
「風邪だって、こじれれば命にかかわります!」

 思っていたよりも声が出てしまい、ふと我に帰りました。「焦りは未熟者の証」――そう、分かっているはずなのですが。今朝から不安ばかり湧いてくるのです。
 これ以上口を開けば、ノットを理不尽に責めるだけ。そう思い、膝の上で拳を握りしめていると。

「こちらのことは我々にお任せください。任務のことだってあるのですからね」

 ノットは私の両手を取ると、爪が食い込んでいた手のひらを優しく解きました。

「あぁ、血が出ています。あなたはもう少し力加減を覚えなければ」

 もう何百回と耳にしたセリフを聞き流すうちに、ノットはご自身の手袋で血を拭ってくださいました。いつもそうするように。

「さて、今夜はどういたしますか? 情けないことに、事件について進展はないのですが」

 夜のお部屋訪問もこれで何週目になるでしょうか。ノットは外で得た食人鬼(グルマン)の情報を伝えてくださいますが、私はノットに地下室へ行ったことを話せません。あれほど誤魔化されたのですから、話せば「危ないから行くな」とでも言われるに決まっています。
 それでも、「例の件」については解決策を見出さなければ。

「では、事件の『矛盾』について復習しましょうか。犠牲者は身分がバラバラと言いましたが、第1、第2とそれ以降の被害者の間には犯行後の処理に明確な違いがありまして――」

 改めてきちんとベッドに座り直し、目の前のイスに腰掛け腕組みをしているノットを見上げました。

「あのね、ノット」
「理性を本能的側面が上回った場合の……はい?」
「弱点に触れられた時、ここがおかしかったのだけれど」

 ワンピースの裾をまくり、足を開いてみせた瞬間。ノットの腕が素早く伸びてきて、太ももの内側がバチンと鳴るほどの勢いで足を閉じられました。

「まったくあなたは! 人前で易々と肌を見せるなと、幼い頃から何度も言っているでしょう」
「任務に必要なことなら仕方ないって、以前お話ししたじゃないですか。ちょっと頭が疲れてきたので、こちらの授業をお願いします」

 礼拝の時のように規則正しくお辞儀をしたところ、ノットは何かを言いかけていた唇を結びました。先ほどまで考察をしていた冷静な表情とは一変。眉根を寄せて、深いため息を繰り返し吐いています。

「ノット、ちゃんと聞いていますか?」
「聞いていますよ。それで? 誰に何をされたのですか? まさか体を許しては――」
「いません! 落ち着いてください」

 険しい表情で俯いてしまったノットに、エルと初めて会った時のことを話しました。プライベートな問題だからと言い張り、名前は伏せて。

「それで、自分の体がおかしな反応をはじめたのです」

 ノットから熱の発散方法を教えていただいた時と同じように、太ももの間が濡れていたこと。自分の意思で自分の体が制御できなかったこと。その点については隠さず説明すると、不安げに揺らいでいた碧眼がようやくこちらを向きました。

「まさか……いえ。それで、自分の体が自分の意思でコントロールできなくて不安だ、と仰るのですね?」

 神父の顔をしたノットは「生きていれば当然のことです」、とあっさり答えをくださいました。ですが今回ばかりは納得がいきません。

「ノットは以前、私が『性的に未熟』と言いましたよね? でしたら、弱点を強化して頂きたいのです」
「は……?」

 あの夜拾った指輪の持ち主はいまだ不明ですが、エルの存在が明らかになった以上。再びエルと向き合うことは避けられません。もし弱点を責められ、以前のように力が入らなくなってしまったら――次も頭突きが決まる保証はありませんから。
 一切視線の合わなくなったノットは、「分かりました」、と感情を削ぎ落としたような声で囁きました。
 意外にも早い決断に、「え?」と思わぬ声が出たところ。ひょいっと体を持ち上げられ、ノットの胸に背を預ける形でベッドへ腰かけます。
 以前熱の発散をお願いした時は大分ためらっていたようですから、もっと説得に時間がかかると思ったのですが。

「なぜ後ろからなんですか?」
「……顔が見えない方が、お互いやりやすいでしょう」

 ノットの感情が読めなくて、むしろ恐いのですが。そう抗議する前に、ノットの吐息が首筋をくすぐりました。緊張しているのでしょうか。
 やがて両手が腹部に回り、そっと抱きしめられました。手袋を脱いだ指先が、肋骨や乳房の下あたりを撫でています。

「そこは違います。もっと上の、ココですよ」
「あーもう分かってますから! 私に任せて大人しくしているように」

 たしかにノットの方が詳しいのでしたね、と両手で口を塞いでいると。すっかり肌に馴染んだ薄い夜着の上から、指が胸の輪郭をなぞりはじめました。弱点を避けて通る指をもどかしく感じるうちに、胸の頂が熱くなってきます。
「早くしてください」と言いたいところですが、大人しくしていると約束したばかりです。

「直接触りますね」

 ワンピースの紐を解かれ、意味なし下着も取り去られると。外気に晒され涼しいはずの胸元が、余計に熱くなりました。
 ノットは家族です。子どもの頃からずっと一緒で、ビショップやアグネスと同じくらい大切な、私の世界――だというのに。

「あの……あんまり見ないでください」

 ジンジンと痺れる胸の頂を両手で隠し、首だけを回して振り返ると。視線を逸らしてくれているノットは、無言で私の手を横に下ろしました。
 いよいよ、触られるだけで思考がおかしくなる弱点に到達すると思ったのですが。いつまで経っても、指はその周辺を滑ったり引っ掻いたりするだけです。

「ふっ……あ……あ、の……」
「腰、動いていますけど。下も触りますか?」

 ぼうっとする頭で頷くと。力の抜けた足の間に、ノットの手が滑り込みました。
 はっきりとした水音が、首筋にかかる熱い吐息に混じって鼓膜に響きます。

「あっ……待って! そこ撫でるの、一度やめてください」

 一瞬止めてくれたものの。息を整えないうちに、また指が動き出しました。下着越しにそこを――「聖なる場所」を指が這うたび、勝手に声が漏れてしまいます。
「痛い」でも「くすぐったい」でもない感覚が、腰全体に広がっていくのです。

「なに、これ、こんなの、知らない……」
「これが『気持ちいい』ですよ、ロリッサ。頑張って抵抗してくださいね」

 こんなの、勝てるわけがありません。
 やがて「聖なる場所」の表面をなぞっていた指の動きが止まり、下腹部に圧迫感が生まれました。今まで感じたことのない、体の内側からの鈍い痛みが込み上げてきます。

「……中はまだ無理ですね」

 唇を噛んで、更なる痛みに備えていると。圧迫感が消え、今度は突き抜けるような「気持ちいい」が一点に走りました。
 危機感を覚え足を閉じようとすると。ノットの足によって防がれ、先ほどよりも大きく足を開かされます。

「さっきの場所はダメです。何かこう、おかしくなりそうで……」
「それが弱点というものでしょう? ここと、それからここも鍛える必要があるようですね」

 焦らされ続けていた胸の頂と、「気持ちいい」が強い下腹部の一点を同時に摘まれた瞬間。目の前に白い光が点滅しました。
 おかしくなる――そう、頭と体が警告を出しているにもかかわらず。上と下を同時に襲う「気持ちいい」の波から抜け出すことができません。

「ほら、喘いでいないで抵抗なさい」

 言い返そうにも、意味をなさない音が勝手に喉から鳴るだけです。
 ようやく指が止まったかと思うと、再びあの圧迫感が下腹部を襲いました。ですが今度は痛みもなく、ノットの人差し指が半分ほど、すんなりと私の中に侵入しています。

「分かりますか? ここにある純潔の証……爪を立てたら破れてしまいそうですね」

 自分以外のものが体内で動く感触に、身震いが起こりました。思わずノットの腕にしがみつくと、胸を弄んでいた手がそっと頭を撫でてくれます。

「たとえ兄弟たちに迫られようと、この弱々しい膜だけは守らなければいけませんよ」

 もし守れなかったら、シスターではいられない――改めて言われるまでもなく分かっています。

「黎明教会のシスターでなくなれば、あなたは最早私とは何の関係もない他人です」
「えっ、そんな……教義はそこまで厳しいのですか? ビショップとも?」
「ええ。ですから、心して純潔を守り通すように。いいですね?」

 いやに他人行儀な説教が終わらないうちに、体内から指が引き抜かれました。ノットの指と「聖なる場所」との間に、赤色の混じった半透明の液体が糸を引いています。

「……守ります、から。だから、他人になるなんて言わないで」

 力の入らない腰を回し、何とかノットと向き合おうとしていると。優しい腕に引き寄せられ、厚く硬い胸に頬が密着しました。
 少しだけ顔を上げると、虚ろな青がこちらを見下ろしています。

「お転婆に見えて、あなたの性根はとても真面目で繊細です。せめてこういう時だけでも、気を楽にしてください」

 穏やかでありながら力強い鼓動を感じ、夢心地になったところ――ですが。どうしても気になることが優先され、目が冴え渡りました。

「これ、何ですか? 先ほどから足に当たっていて」

 下半身を指差すと、ノットの腕が瞬時に私を引き離しました。さらに頭を掴み、首を壁の方へ強制的に回そうとします。

「ちょっ、首がもげますってば!」

 頭を固定している親指と中指を強制的に引き剥がし、振り返ったところ。

「あぁ。この間の『熱の発散』の時みたいになっていますね。白いアレ、何でしたっけ。そう、精――」
「シスター・ロリッサ! そのよく滑るお口を一旦結んでください」

 ノットの身に起きている現象も、自分の意思とは無関係だといいます。いわく、「外的刺激に対する自然な反応」であると。

「男性は女性の裸体を見れば、大抵こうなります。この程度のことはアグネスから学んでいるでしょう?」
「でもモアは、『今さら女性の裸体を見ても何も思わない』って」
「……モアについては後で詳しい報告を願います」

 余計なことを口走った、と後悔する間も与えられないまま、ノットは大きく咳払いをしました。

「とにかく。心と体は繋がっていますが、常に連動しているわけではありません。そしてどちらも、生きている限り『本能』と『理性』の葛藤に挟まれているのです」

 理屈を話さなければ気が済まないところは、やはりいつものノットです。シーツで下半身を覆い隠している姿が、どうも緊張感に欠けますが。
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