花嫁シスター×美食家たち

見早

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hors d'oeuvre:秘匿

次男の受難:1.「誰に似たのか」

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 いつもの癖で後部座席のドアを開けると、すでに車へ乗り込んでいた兄に睨まれました。「お前は何しに来たんだ?」、という笑顔で。
 今さら助手席に移動するのも不自然だと思い、十分に間を空けて隣に座ります。これから天文塔に用があるとも言えず、重い沈黙の中、ただ出発する時を待っていると。

「ほらそこ詰めてノット! エルダー、出してちょうだい」
「母さん? 今日はオフのはずでは――」

 強引に押しやられ、リアンと肩をくっつける羽目になりました。まったくこの人は、なぜ助手席に乗らなかったのでしょうか。さすがに大人3人で後部座席は無理があります。

「急に予定入っちゃったのよ。ノットこそ、天文塔に用なんて珍しいじゃない。例の連続殺人事件関連?」

 任務について答えられないと分かっていて聞くのですから、刑務部の官僚様にも困ったものです。諦めて灰色の森に視線を移すと、「聞いてるの?」と肘鉄を入れられました。

「無駄ですよ、お母様。黎明教会の方たちは秘密主義ですからね。たとえ同じ標的を追っていようと、我々と手を取り合う気もないのです」

 あまり人のことを言えませんが、リアンにも困ったものです。私が黎明教会に所属してから12年も経つというのに、いまだそのことで突っかかってくるのですから。

「家の話でしたら、少しはまもとに口を開くのでは? たとえば……あぁ、サリーナさんのこととか」

 リアンは人を揺さぶることに喜びを見出す変人ですから、いちいち相手にしていたら気が保ちません。そう、聞き流していたのですが。

「彼女、おそらく特殊な訓練を受けていますね。あれは一般人ではありません」

 思わず「彼女に何をしたのか?」、と口走るところでした。ゆっくり、深く息を吸っていると、リアンは笑い混じりにこちらへ視線を向けてきます。

「もしかすると黎明教会(そちら)の人間なのでは?」
「さぁ、どうでしょう。教会も広いですから」

 ここは知らぬふりが賢明。ですがロリッサを置いておくには、あの家はもう――。
「ですって。どうします? お母様」

 あの母が不安要素を見逃すはずがない、と確信していたのですが。

「ひとまず泳がせておきましょう」

 予想以上にあの子を気に入ったのか。それとも、これからの動向次第で沙汰を決めるのか。
 母がこう言うということは、少なくとも父はロリッサを放任する気なのでしょう。

「悪い子じゃなさそうだし、このままあなたたちの誰かを選んでくれればいいのだけれど」
「あぁ、私は望み薄ですねぇ。嫌われるようなことしちゃいましたから」

 いつもの煽り笑いだ、と分かっていたのですが。気がつけばリアンの襟を掴んでいました。

「おや。教会の飼い犬になって、最近大人しくなったかと思えば。神でも『不良』を更生させるのには手を焼くようですねぇ、愚弟さん?」

 本当にこの男は――マダーマム家の長男としては最高の人間です。

「リアン『お兄様』。あの娘の心、体、どこか一つでも傷つけたら……殺しますよ」
「あれぇ? 彼女は貴方に何の関係もない人なのでしょう? 出会ってまだ半月も経たないというのに、どうしてそこまでムキになるのでしょうか」

「手を離しなさい」、とリアンが笑顔で頭に突きつけてきたものは、銃口でした。さらにこの男、安全装置(セイフティー)をためらいなく外しています。
 力の差を忘れるとは。彼もそこまで愚かではなかったと思うのですが。

「撃ってもいいですよ。ただしその瞬間、あなたを兄ではなく『敵』とみなしますが――」
「はい、両成敗っ」

 背後から妙に明るい声が上がったその時。目の前に火花が散り、遅れて頭が割れるほどの頭痛に襲われました。
 撃たれるよりも鈍く響くこの痛みは――リアンも同じく額を抱えているところを見ると、頭突きでしょうね。

「ほんっと、2人ともいい歳して血の気が多いんだから! きっとあの人に似たのねぇ」

 息子2人の頭をかち合わせた犯人は、骨を砕くような音を立てて指を鳴らしています。

「とにかく。あの娘がマダーマム家に害を及ぼさない限り、こっちから何かするつもりはないわ」

 天文塔に着くまで、あと数分。いっそ貝になることで、この場をしのごうとしたのですが――お喋りな母は諦めていませんでした。今度は首に掛けている指輪を目敏く見つけたようです。

「せっかくの家族の証なんだから、指にはめなさいよ」

 抵抗する間もなく、指輪をチェーンから外されてしまいました。
 なぜこの家の人間は残らず強引なのでしょうか。いえ、ひとり例外はいましたが。

「あら痩せた? でも節に引っかからないっておかしいわねぇ」
「それはそれは。ウチで一番の大喰らいが心配ですねぇ~」

 騒ぐ2人から指輪を取り上げたところで、ようやく車が止まりました。エルダーが気を遣ってくださったのか、正面階段より少し離れたところに停車しています。

「分かりました、1か月後の晩餐会でつけますから! ほら、早くしないと遅刻しますよ」

 諦め混じりに約束したところ、人間離れした怪力の手がようやく離れていきました。
 1か月後――それまでに、この指輪を返すことができていれば良いのですが。
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