4 / 7
第四話
しおりを挟む
「革命を起こす日が来た。我々は皇帝の宮殿を襲う。」
悪夢はついにやってきた。
何をいまさら迷うことがあると、ミハイルは自分の頬を軽く叩いた。
ミハイルの役割はごく簡単で、宮殿の外に陣営を立てアヴェリン中将とそこで待機、仲間が皇帝一家を殺すのを待つ。といったものである。
自ら一家を手にかけなくて済む。そう思うと、決意をした身ながらもどこか安堵した。
「ムソルグスキー君だったかな?」
皇帝一家を襲う手筈の長い説明が終わった後、ミハイルは声をかけられた。
振り向くとそこには、四十代半ばの几帳面そうな男が立っていた。
「ファミィンツィ大将!?」
彼は、この革命の指導者、ヴァシーリー・ファミィンツィン陸軍大将であった。
軍人でありながら侯爵と、彼も貴族ではあったが、この悲惨な現状を憂い、財を投げ打って民衆たちに武器を与え、また時には食物も支援していた。そしてなにより演説が誠に上手く密かに街々に出向いては、民衆に訴えかけて結束力を高めていた。もはやカリスマ性は皇帝を遥かにしのいでいた。
「君は優秀だと聞いている。我々についてくれてとても心強い。」
「そんな・・・。私は・・・。」
「この革命が成功した暁には、充分な報酬を与えよう。」
「いえ、私が欲しいのは民衆の明るい未来だけです。」
「ははは、噂通りのまっすぐな男だな。そうだな、私たちはその為に戦うのだからな。気を悪くしたのなら謝るよ。」
高らかに笑うと大将は何もなかったように行ってしまった。
民衆には人気はあるようだが全く食えない男だ。我が指導者ながら、あまり好きではない。ミハイルはそう思いながらも今はただ彼の考えに従うだけであった。ただただ、希望の溢れる世を信じて。
そして二月の雪嵐の夜。
それは静かに決行された。
「赤い月だ・・・。」
空にはいつかの時と同じ赤い月が不気味に微笑んでいた。
ミハイルの手は微かに震える。
「赤い月が空を燃やすごとく、皇族一族全て燃え滅ぼすのだ。そして希望の未来を!!」
ファミィンツィン大将の号令とともに、各々が持ち場に散らばる。
もう戻ることはできない。ミハイルは震える手を握り締め深く深呼吸をした。
「ミーシャ、深く考えるな、こんな事すぐ終わる。そして俺たちは幸せに暮らせる。もちろん民衆もな。」
横でエドゥアールドがミハイルを気遣ったのかそう言った。
「あぁ、わかっている。やるさ、やるしかない。」
ミハイル一行は馬を走らせる。吹き付ける雪風に逆らうように。寒さなど不思議と感じはしなかった。むしろ心臓から熱い何かがこみ上げてきて、コートなどすべて投げ捨てたい気分である。
さらばザハロフ栄華の都アトラニチーダ、さらば我が青春よ。
ミハイルは過去を振り払うように一心不乱に馬を走らせた。
ミハイルが宮殿についた頃には革命側の陸軍先鋭部隊と皇族軍との衝突は既に始まっていた。死者は出てはいるものの革命軍はあっという間に宮殿内に突入していたようで、戦況は圧倒的にこちらに有利なものであった。あとは、この皇帝を殺すだけ。アヴェリン中将とミハイルは、宮殿外からその知らせを待っていた。だが、中々吉報は入ってこない。
気性が激しく短気で有名なアヴェリン中将は、腹を立てて部下を怒鳴り散らす。
「ええい、まだなのか、もう逃げてしまったのではないのか!?」
「そ、そんなはずはありません!あんな大人数を見逃すはずは・・・。」
「使えない奴らだ!いい、私が探しにいく。こい、ミハイル!」
「中将、危険です!」
ミハイルは止めようとしたが中将は気が立っており、聞き入れてはくれない。
「お前が私を守ればいいだろう。それに私はそんなに落ちぶれてはいない。私が自ら奴らの首を仕留めてみせる。」
予想外のことになってしまった。
だが、逆らうことは今更できない。
ミハイルは、アヴェリン中将の後を慌てて追った。
アヴェリン中将と宮殿中を探したが、皆が言うように中々見つからない。中将は苛立つばかり。ミハイルは、彼をなだめるやら、まだいる残党を片付けるやらと気は一つも抜けない。
しかし、いくら部屋数が多いからとはいえ、こんなに探しても見つからないのはどこかに隠れているのでは・・・ミハイルはそう思い、隠し扉を探しはじめた。
一番逃げるに必要な場所・・・それは執務室からか。
ミハイルはアヴェリン中将を伴い執務室に行く。もちろん革命軍もそこは探したようで、両者の遺体が折り重なっていた。
ミハイルはその遺体をぬうように歩きながら隠し扉を探す。一度、辺りを見渡してみると、不自然に倒れていない本棚がある。
ここか?
ミハイルは、中将を呼び寄せると二人で本棚を動かした。すると、ミハイルの予想通りにそこから扉が現れた。
二人は、お互い顔を見合わすと銃を構えてその中へ入る。
すると中には予想通り皇帝一族が隠れており、フョードルが妻と子供たちをかばいながら銃を構えて立っていた。
「この裏切り者め!」
「こんなところにお隠れか、陛下。全く嘆かわしいことですな。」
「黙れ!!自分たちのしたことを思い知るがいい!」
フョードルが怒鳴り銃を撃つ。その弾は中将の肩をかすめたが二発目を許すことなく次は中将が彼を撃つ。
一直線に放たれた弾丸は無残にもフョードルに命中した。
「あなた!!」
エリーナが泣き叫ぶ。
次はエレーナと子供たちさえ殺せば。
「さあ、ミハイル、撃つのだ!」
「私はどうなってもいい!!でもこの子たちに手は出さないで!まだ幼い罪のない子達です!!」
悲痛な皇后の叫びにミハイルは胸が張り裂けそうになる。
なかなか手を出さないミハイルにしびれを切らしたアヴェリン中将が銃を構えた。
そして何のためらいもなく引き金を引く。
一発の銃声が鳴り響き、血しぶきを薔薇の花びらのように舞い散らせながらエレーナは子供たちの前で倒れていった。
「お母様!!お母様!!」
ユーリはエレーナを必死に揺すり続ける。
終わる。ザハロフが終わる。
だがしかし、まだ任務は続いている。子供たちを殺さねば。
「ユーリ様、アレクサンドル様・・・。」
ゆっくりと近づくミハイルにアレクサンドルは恐ろしさで泣き叫んでいる。幼くて状況が把握しきれていないが、自分の危機だけはわかっているようだ。兄のユーリは震えながらもじっとしっかりとした眼でこちらを見据えなおしている。
そんな二人にミハイルは銃を構えるが、その意思とは反対に手がガタガタと震えだした。
撃て、ミハイル。撃たなければ。
そう思えば思うほど、照準が定まらない。
・・・さぁ、早く引き金を・・・!!
引き金にぐっと力を入れたその時、ユーリが消え入りそうな声でミハイルに言った。
「ころすの?」
ハッと、ミハイルは大きく目を見開く。
過去の彼らにまつわる全ての出来事が瞬時に頭によぎっていく。
ころす、この子達を?僕がころすのか?
そう思った瞬間、ミハイルは愕然とその場に倒れこんだ。
「・・・っ、だめだ、僕にはできない・・・!!」
しかし、そんなミハイルに時代の波は容赦なく襲いかかる。
「何をしている、ミーシャ!お前がやらぬなら私がやるぞ!!」
アヴェリン中将は銃を構えると照準を子供たちに合わせた。
「・・・やめろ、・・・やめろ・・・やめてくれぇぇっ!!!」
ドンッ。
一際大きな銃声がこだまする。
「な、なぜ・・・だ・・・、ミハイル・・・。」
どさりと倒れたのはアヴェリン中将であった。彼は倒れるとそのまま絶命した。
ミハイルは銃を震えた手で降ろす。
そして、ゆっくりと兄弟たちを見た。
「ひっ・・・!!」
びくりと彼らは体を震わした。何が起こったのか分からないといった目でミハイルを見る。しかし、それはミハイルも同じだ。
自分は何をしてしまったのだろう・・・。
だが・・・。
「・・・ろ・・・。」
「え・・・?」
「逃げろ・・・、逃げるんだ!!」
ミハイルは大声で兄弟に言う。
その時、隠し部屋にひとりの男が入ってきた。
目の覚めるような銀髪。
イヴァン・ドミトリフ中佐である。
イヴァンは部屋を見渡しその惨劇を悟るやいなや怒りの形相でミハイルに銃を向ける。
「貴様、よくも陛下を!!皇后さまを!!」
それに対してミハイルは一度銃を構えたものの、すぐさま下ろした。
「殺すなら殺せ、どうせ僕は裏切り者だ・・・。」
「何を・・・?」
「やめて!!ヴァーニャ!!この人は僕たちを助けてくれたの!!」
ユーリが泣きながら言う。
「助ける?」
イヴァンが部屋をよく見ると、そこにはミハイルの上司アヴェリンが死んでいた。
「貴様・・・、まさか・・・。」
「ミハイル!!どこにいる!!」
遠くからエドゥアールドの声が聞こえた。
「援軍が来る!!その前に早く逃げるんだ、早く!!」
敵のミハイルにそう促され一瞬呆然としたイヴァンだったが、我に返るとすぐさま皇太子二人を抱え、窓を打ち破り逃げていった。
丁度、それと同時にエドゥアールドが部屋に駆けつける。
エドゥアールドは、この光景を見て愕然とした。
息絶える、フョードル夫妻とアヴェリン中将。そして血まみれのミハイル。
「一体何が・・・あったんだ、ミハイル。」
どうするミハイル・・・。
だが真実など到底言えるはずがない。言えば何もかも終わりだ。
先程まであんなに裏切った自分は死にたいと思ったのだがここにきてそれが急に怖くなった。全てがなくなるのが恐ろしくなったのだ。
ミハイルは、グッと唇を噛み締めると、こう言った。
「隠し部屋があり、この部屋に入るとフョードル陛下が銃を構えていた。アヴェリン中将は彼の弾に当たり絶命。僕がその後、陛下を撃った。エレーナ様もだ。子供たちは既に逃げたあとだった・・・。」
「ミーシャ、お前がやったのか・・・?」
「ああ、そうだ・・・僕が・・・、僕が皇帝夫妻を殺った。」
「子供はどこだ、どこに・・・。」
「どうせ、子供ふたり。この戦火から逃げられない。どこかで野垂れ死ぬさ。」
「それもそうだな・・・。それより、皆に報告しなければな!!よくやった、よくやったぞ、ミーシャ!!アヴェリン中将の死は無念だが、お前がそれを晴らしてくれたんだ!!」
「・・・・・。」
押し寄せる罪悪感と、焦燥感。
手の震えはいつしか痺れに変わり、言いようのない感情とともにミハイルの体中を駆け巡る。今からでも遅くない真実をこの友人に話そうか・・・そうすればこの痺れはなくなるのかもしれない。
しかし・・・。
だめだ、僕にはできない・・・。
赤い月の雪荒ぶ夜のこと。
後にいう二月革命がここに終わろうとしている。
悪夢はついにやってきた。
何をいまさら迷うことがあると、ミハイルは自分の頬を軽く叩いた。
ミハイルの役割はごく簡単で、宮殿の外に陣営を立てアヴェリン中将とそこで待機、仲間が皇帝一家を殺すのを待つ。といったものである。
自ら一家を手にかけなくて済む。そう思うと、決意をした身ながらもどこか安堵した。
「ムソルグスキー君だったかな?」
皇帝一家を襲う手筈の長い説明が終わった後、ミハイルは声をかけられた。
振り向くとそこには、四十代半ばの几帳面そうな男が立っていた。
「ファミィンツィ大将!?」
彼は、この革命の指導者、ヴァシーリー・ファミィンツィン陸軍大将であった。
軍人でありながら侯爵と、彼も貴族ではあったが、この悲惨な現状を憂い、財を投げ打って民衆たちに武器を与え、また時には食物も支援していた。そしてなにより演説が誠に上手く密かに街々に出向いては、民衆に訴えかけて結束力を高めていた。もはやカリスマ性は皇帝を遥かにしのいでいた。
「君は優秀だと聞いている。我々についてくれてとても心強い。」
「そんな・・・。私は・・・。」
「この革命が成功した暁には、充分な報酬を与えよう。」
「いえ、私が欲しいのは民衆の明るい未来だけです。」
「ははは、噂通りのまっすぐな男だな。そうだな、私たちはその為に戦うのだからな。気を悪くしたのなら謝るよ。」
高らかに笑うと大将は何もなかったように行ってしまった。
民衆には人気はあるようだが全く食えない男だ。我が指導者ながら、あまり好きではない。ミハイルはそう思いながらも今はただ彼の考えに従うだけであった。ただただ、希望の溢れる世を信じて。
そして二月の雪嵐の夜。
それは静かに決行された。
「赤い月だ・・・。」
空にはいつかの時と同じ赤い月が不気味に微笑んでいた。
ミハイルの手は微かに震える。
「赤い月が空を燃やすごとく、皇族一族全て燃え滅ぼすのだ。そして希望の未来を!!」
ファミィンツィン大将の号令とともに、各々が持ち場に散らばる。
もう戻ることはできない。ミハイルは震える手を握り締め深く深呼吸をした。
「ミーシャ、深く考えるな、こんな事すぐ終わる。そして俺たちは幸せに暮らせる。もちろん民衆もな。」
横でエドゥアールドがミハイルを気遣ったのかそう言った。
「あぁ、わかっている。やるさ、やるしかない。」
ミハイル一行は馬を走らせる。吹き付ける雪風に逆らうように。寒さなど不思議と感じはしなかった。むしろ心臓から熱い何かがこみ上げてきて、コートなどすべて投げ捨てたい気分である。
さらばザハロフ栄華の都アトラニチーダ、さらば我が青春よ。
ミハイルは過去を振り払うように一心不乱に馬を走らせた。
ミハイルが宮殿についた頃には革命側の陸軍先鋭部隊と皇族軍との衝突は既に始まっていた。死者は出てはいるものの革命軍はあっという間に宮殿内に突入していたようで、戦況は圧倒的にこちらに有利なものであった。あとは、この皇帝を殺すだけ。アヴェリン中将とミハイルは、宮殿外からその知らせを待っていた。だが、中々吉報は入ってこない。
気性が激しく短気で有名なアヴェリン中将は、腹を立てて部下を怒鳴り散らす。
「ええい、まだなのか、もう逃げてしまったのではないのか!?」
「そ、そんなはずはありません!あんな大人数を見逃すはずは・・・。」
「使えない奴らだ!いい、私が探しにいく。こい、ミハイル!」
「中将、危険です!」
ミハイルは止めようとしたが中将は気が立っており、聞き入れてはくれない。
「お前が私を守ればいいだろう。それに私はそんなに落ちぶれてはいない。私が自ら奴らの首を仕留めてみせる。」
予想外のことになってしまった。
だが、逆らうことは今更できない。
ミハイルは、アヴェリン中将の後を慌てて追った。
アヴェリン中将と宮殿中を探したが、皆が言うように中々見つからない。中将は苛立つばかり。ミハイルは、彼をなだめるやら、まだいる残党を片付けるやらと気は一つも抜けない。
しかし、いくら部屋数が多いからとはいえ、こんなに探しても見つからないのはどこかに隠れているのでは・・・ミハイルはそう思い、隠し扉を探しはじめた。
一番逃げるに必要な場所・・・それは執務室からか。
ミハイルはアヴェリン中将を伴い執務室に行く。もちろん革命軍もそこは探したようで、両者の遺体が折り重なっていた。
ミハイルはその遺体をぬうように歩きながら隠し扉を探す。一度、辺りを見渡してみると、不自然に倒れていない本棚がある。
ここか?
ミハイルは、中将を呼び寄せると二人で本棚を動かした。すると、ミハイルの予想通りにそこから扉が現れた。
二人は、お互い顔を見合わすと銃を構えてその中へ入る。
すると中には予想通り皇帝一族が隠れており、フョードルが妻と子供たちをかばいながら銃を構えて立っていた。
「この裏切り者め!」
「こんなところにお隠れか、陛下。全く嘆かわしいことですな。」
「黙れ!!自分たちのしたことを思い知るがいい!」
フョードルが怒鳴り銃を撃つ。その弾は中将の肩をかすめたが二発目を許すことなく次は中将が彼を撃つ。
一直線に放たれた弾丸は無残にもフョードルに命中した。
「あなた!!」
エリーナが泣き叫ぶ。
次はエレーナと子供たちさえ殺せば。
「さあ、ミハイル、撃つのだ!」
「私はどうなってもいい!!でもこの子たちに手は出さないで!まだ幼い罪のない子達です!!」
悲痛な皇后の叫びにミハイルは胸が張り裂けそうになる。
なかなか手を出さないミハイルにしびれを切らしたアヴェリン中将が銃を構えた。
そして何のためらいもなく引き金を引く。
一発の銃声が鳴り響き、血しぶきを薔薇の花びらのように舞い散らせながらエレーナは子供たちの前で倒れていった。
「お母様!!お母様!!」
ユーリはエレーナを必死に揺すり続ける。
終わる。ザハロフが終わる。
だがしかし、まだ任務は続いている。子供たちを殺さねば。
「ユーリ様、アレクサンドル様・・・。」
ゆっくりと近づくミハイルにアレクサンドルは恐ろしさで泣き叫んでいる。幼くて状況が把握しきれていないが、自分の危機だけはわかっているようだ。兄のユーリは震えながらもじっとしっかりとした眼でこちらを見据えなおしている。
そんな二人にミハイルは銃を構えるが、その意思とは反対に手がガタガタと震えだした。
撃て、ミハイル。撃たなければ。
そう思えば思うほど、照準が定まらない。
・・・さぁ、早く引き金を・・・!!
引き金にぐっと力を入れたその時、ユーリが消え入りそうな声でミハイルに言った。
「ころすの?」
ハッと、ミハイルは大きく目を見開く。
過去の彼らにまつわる全ての出来事が瞬時に頭によぎっていく。
ころす、この子達を?僕がころすのか?
そう思った瞬間、ミハイルは愕然とその場に倒れこんだ。
「・・・っ、だめだ、僕にはできない・・・!!」
しかし、そんなミハイルに時代の波は容赦なく襲いかかる。
「何をしている、ミーシャ!お前がやらぬなら私がやるぞ!!」
アヴェリン中将は銃を構えると照準を子供たちに合わせた。
「・・・やめろ、・・・やめろ・・・やめてくれぇぇっ!!!」
ドンッ。
一際大きな銃声がこだまする。
「な、なぜ・・・だ・・・、ミハイル・・・。」
どさりと倒れたのはアヴェリン中将であった。彼は倒れるとそのまま絶命した。
ミハイルは銃を震えた手で降ろす。
そして、ゆっくりと兄弟たちを見た。
「ひっ・・・!!」
びくりと彼らは体を震わした。何が起こったのか分からないといった目でミハイルを見る。しかし、それはミハイルも同じだ。
自分は何をしてしまったのだろう・・・。
だが・・・。
「・・・ろ・・・。」
「え・・・?」
「逃げろ・・・、逃げるんだ!!」
ミハイルは大声で兄弟に言う。
その時、隠し部屋にひとりの男が入ってきた。
目の覚めるような銀髪。
イヴァン・ドミトリフ中佐である。
イヴァンは部屋を見渡しその惨劇を悟るやいなや怒りの形相でミハイルに銃を向ける。
「貴様、よくも陛下を!!皇后さまを!!」
それに対してミハイルは一度銃を構えたものの、すぐさま下ろした。
「殺すなら殺せ、どうせ僕は裏切り者だ・・・。」
「何を・・・?」
「やめて!!ヴァーニャ!!この人は僕たちを助けてくれたの!!」
ユーリが泣きながら言う。
「助ける?」
イヴァンが部屋をよく見ると、そこにはミハイルの上司アヴェリンが死んでいた。
「貴様・・・、まさか・・・。」
「ミハイル!!どこにいる!!」
遠くからエドゥアールドの声が聞こえた。
「援軍が来る!!その前に早く逃げるんだ、早く!!」
敵のミハイルにそう促され一瞬呆然としたイヴァンだったが、我に返るとすぐさま皇太子二人を抱え、窓を打ち破り逃げていった。
丁度、それと同時にエドゥアールドが部屋に駆けつける。
エドゥアールドは、この光景を見て愕然とした。
息絶える、フョードル夫妻とアヴェリン中将。そして血まみれのミハイル。
「一体何が・・・あったんだ、ミハイル。」
どうするミハイル・・・。
だが真実など到底言えるはずがない。言えば何もかも終わりだ。
先程まであんなに裏切った自分は死にたいと思ったのだがここにきてそれが急に怖くなった。全てがなくなるのが恐ろしくなったのだ。
ミハイルは、グッと唇を噛み締めると、こう言った。
「隠し部屋があり、この部屋に入るとフョードル陛下が銃を構えていた。アヴェリン中将は彼の弾に当たり絶命。僕がその後、陛下を撃った。エレーナ様もだ。子供たちは既に逃げたあとだった・・・。」
「ミーシャ、お前がやったのか・・・?」
「ああ、そうだ・・・僕が・・・、僕が皇帝夫妻を殺った。」
「子供はどこだ、どこに・・・。」
「どうせ、子供ふたり。この戦火から逃げられない。どこかで野垂れ死ぬさ。」
「それもそうだな・・・。それより、皆に報告しなければな!!よくやった、よくやったぞ、ミーシャ!!アヴェリン中将の死は無念だが、お前がそれを晴らしてくれたんだ!!」
「・・・・・。」
押し寄せる罪悪感と、焦燥感。
手の震えはいつしか痺れに変わり、言いようのない感情とともにミハイルの体中を駆け巡る。今からでも遅くない真実をこの友人に話そうか・・・そうすればこの痺れはなくなるのかもしれない。
しかし・・・。
だめだ、僕にはできない・・・。
赤い月の雪荒ぶ夜のこと。
後にいう二月革命がここに終わろうとしている。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

記憶の代償
槇村焔
BL
「あんたの乱れた姿がみたい」
ーダウト。
彼はとても、俺に似ている。だから、真実の言葉なんて口にできない。
そうわかっていたのに、俺は彼に抱かれてしまった。
だから、記憶がなくなったのは、その代償かもしれない。
昔書いていた記憶の代償の完結・リメイクバージョンです。
いつか完結させねばと思い、今回執筆しました。
こちらの作品は2020年BLOVEコンテストに応募した作品です

カラメル
希紫瑠音
BL
高校二年生である優は学園内で嫌われている。噂の的(主に悪口)である彼に、学園内で手の付けられない不良だと噂の的であるもう一人の男、一年の吾妻に「好きだ」と言われて……。
読み切り短編です。
【()無しと吾妻】後輩後輩(不良?)×先輩(平凡・嫌われ者?)
【川上】先輩(兄貴肌)×後輩(優等生)
【加瀬】後輩(強引で俺様な優等生)×先輩(ビビり・平凡)


あの日の記憶の隅で、君は笑う。
15
BL
アキラは恋人である公彦の部屋でとある写真を見つけた。
その写真に写っていたのはーーー……俺とそっくりな人。
唐突に始まります。
身代わりの恋大好きか〜と思われるかもしれませんが、大好物です!すみません!
幸せになってくれな!
ストーカーさんに攫われました
ムニエル
BL
ストーカーされている男とは、この僕の事。ピッチピチの22歳である。
それなりのお家柄だったのに父親の会社が倒産し両親は一人息子を捨て消えてしまう。
路頭に迷った僕は通り魔に刺されて……?
どうなる!?僕!?
真山亜希(まやまあき)

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる