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第三話
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悩めるミハイルと時を同じくして。
皇后のために、夫・フョードルが建てた離宮。
やや小さめではあるが、金を基調とした壮麗な作りで、豪華さにおいては本宮殿よりも秀でているかもしれない。
無論、その莫大な建設費は、すべて民衆から搾取した税から成り立っており、民衆たちは怒りの宮殿と影で囁いていた。
雪荒ぶある夜、皇帝も訪れ、ザハロフ一家は居間でくつろいでいた。だがしかし、エレーナはどこか浮かない顔である。
それを見たフョードルが心配して声をかけた。
「どうしたのだい、エレーナ。」
「この頃、民衆たちの生活がひどく困窮していると聞きます。」
「ああ、なんだいそんなことかい。大丈夫、ファミィンツィン大将が新しい政策を打ち出すと言っていたし、私たちの気にすることではないさ。」
「そうかしら・・・。」
なおも不安そうな顔をするエレーナに子供ながらに気になったのか兄のユーリは駆けつけた。
「お母様どうしたの?悲しそうな顔をしているよ。」
「いいえ、ユーレチカ。大丈夫。そうだわ、お母様にキスしてちょうだい。そうすれば悲しさなんてなくなるわ。」
ユーリは、かがんだエレーナの頬にそっとキスをした。エレーナは微笑みユーリにキスを返した。
「こうするとね、みんな幸せになれるのよ。」
「あー!!僕も僕も!!」
それを見たアレクサンドルも駆けつける。
「ふふ、おいでなさい、サーシェンカ。」
「楽しそうだな、パーパも混ぜてはくれないか?」
負けじと父親のフョードルも仲間に加わろうとする。そんな風に家族で微笑ましく戯れていると部屋をノックする音が聞こえた。
「なんだ、入りなさい。」
「は、失礼します。」
「イヴァンか。」
部屋に入ってきたのは、イヴァン・ドミトリフ。皇族を遠縁にもつ軍人である。年は24歳。皇帝一族の信頼熱く、フョードルに仕えている。最も信頼できる人物と言っても過言ではない。皇族を遠縁に持つとだけあり、若いながら威厳もあり、また目の覚めるような銀髪の美青年でもあった。
「こんな夜遅くどうした?」
「いえ、宰相様がお見えです。」
「なに?わかった、すぐ行こう。」
「あなた・・・。」
「何心配するな、いつもの小言さ。」
そう言ってフョードルは部屋を後にする。
いつもの小言。
それは昼夜かかわらず最近頻繁に起こっている。
大丈夫だと言っているものの、政治は緊迫しているのはそういったことに疎いエレーナでもわかる。
「ユーレチカ、あなたはお兄さんなのだから、何かあったら、サーシェンカを守ってあげるのよ。」
ユーリは幼いながらも母親の言いたいことがわかったようで、深く頷いた。
「うん、僕は、サーシャを守る。お母様も守る!僕はザハロフの人間だから。」
誇りは大人同様あるらしい、ユーリはじっと母親の目を見ていった。
エレーナはこの幸せが続くと信じている、だがどこかで得体の知れない不安にも駆られていた。
「イヴァン、お願いです。私たちの身に何かあれば、この子達を守ってください。」
エレーナは子供たちから離れると、イヴァンにそっと呟いた。
「エレーナ様、何をおっしゃいますか!?」
「お願い、イヴァン。最近私は不安で仕方ないのです。」
「エレーナ様、この帝国は私たちが守ります、ですが、万が一、もし何かが起こるようであれば一命をとしてあなた方をお守りします。それが私の使命ですから。」
エレーナは無言で頷くと、さぁ子供を寝かせなくてはねと言って気丈に振舞った。
それをイヴァンは静かに見守る。
イヴァンもまた、時代のうねりをうっすらと感じつついた。が、何があってもこの方たちを守る、そう心に固く誓い部屋を後にしたのだった。
それから数ヶ月、民衆と寝返った軍人・貴族の革命軍は水面下で着々と準備を始めている。もういつ革命が起こってもおかしくはない中、表向きは皇族を守る軍人としてミハイルは宮殿に通っていた。通いながら宮殿内の構造もよく把握するよう中将に言われていたのである。
ミハイルは罪悪感に苛まれながらもそれを忠実にこなしていた。
そんな日々に少し疲れが出て、宮殿の裏庭で人知れずミハイルはそっと休んでいた。
「そこのぐんじん、ぼくとあそべ。」
不意に声をかけられてミハイルは驚く。見てみると、いつかの小さな殿下がミハイルの裾を引っ張っていた。
「アレクサンドル様!!」
「サーシャ、勝手に抜け出したらお父様に怒られるよ!!」
「だって、つまんないんだもの。」
弟アレクサンドルを追いかけて兄ユーリまでやってきたらしい。幼い子供とはいえ皇太子だ。ミハイルが戸惑っているとアレクサンドルがミハイルの腰から銃を引っ張ろうとする。
「殿下、だめです、これは玩具ではありません。」
「そうだよ、サーシャ、これは軍人さんの大事なもの。僕たちを守ってくれるものだよ!」
「そうなの?」
ユーリの言葉を聞いてミハイルはすぐに返事ができない。だが、なにか言わねば・・・ミハイルは精一杯の笑顔を作り答える。
「そうです、これはあなた達を守る大切なもの・・・。そう、あなた達を守る・・・。」
「つまんなーい。」
アレクサンドルは興味を失ったようで、ひとり庭中を駆け回る。
「もう、サーシャ!!」
ユーリは頬を膨らまして聞き分けのない弟に腹を立てた。だが、それは今に始まったことではないので彼はもう無視をすることにしてミハイルの横にちょこんと座った。
「軍人さん、どうしたの?なにか悲しいことでもあったの?」
「え・・・?」
「お母様と同じ目をしている。」
「僕が・・・?」
するとユーリはミハイルの頬にキスをした。突然のことにミハイルは驚き頬に手を当ててユーリを見つめた。
「ゆ、ユーリ様!?」
「お母様がね、言ってた。こうすると幸せになるんだって。」
「エレーナ様が・・・。」
「ユーリ様!!アレクサンドル様!!」
背後から大声でふたりの陛下を呼ぶ声が聞こえた。振り返るとそこには、皇帝の近くでよく見ける軍人が立っていた。
「ヴァーニャ!!」
「お父様がお探しですよ。さぁ、戻りましょう。」
二人の手を引き連れて帰ろうとする軍人をぼんやりミハイルが見ていると、彼は訝しげな顔で問い詰めた。
「貴方は・・・?」
「あ、私はミハイル・ムソルグスキー。アヴェリン中将より・・・。」
そこまで言うとまた、ぎろりと睨まれた。
「ああ、あの人の・・・。私はイヴァン・ドミトリフ中佐。いくら、中将付きの軍人だからといって馴れ馴れしく皇族に近寄るのは感心できない。」
「ヴァーニャ、この人は悪くないよ、サーシャがね。」
ユーリがそういう間もなくまたイヴァンは冷たく言い放つ。
「殿下、いきましょう。なんであろうと、ああいった人とは関わらないでください。さぁ、いきますよ。」
イヴァンに引っ張られながらアレクサンドルはミハイルに手を振り、ユーリは物言いたげに何度も振り返る。
彼らがいなくなると台風が過ぎ去ったあとのように静まり返った。
なんだったのだ・・・。
ミハイルはため息をついた。
しかし。
「この銃は僕たちを守ってくれるものだよ!」
ユーリの言葉が何度も頭によぎる。
それはいつか、貴方たち一族を滅ぼすことになるというのに。
ミハイルは大きく首を振った。
何を迷う、迷うことなどない、ミハイル・ムソルグスキー。
あいつらは敵なのだ。
情など無用。
それが希望への一歩ならば、迷いはしない。
ミハイルは銃を据えなおすと、心新たに持ち場へと戻っていった。
運命の日は近い。
皇后のために、夫・フョードルが建てた離宮。
やや小さめではあるが、金を基調とした壮麗な作りで、豪華さにおいては本宮殿よりも秀でているかもしれない。
無論、その莫大な建設費は、すべて民衆から搾取した税から成り立っており、民衆たちは怒りの宮殿と影で囁いていた。
雪荒ぶある夜、皇帝も訪れ、ザハロフ一家は居間でくつろいでいた。だがしかし、エレーナはどこか浮かない顔である。
それを見たフョードルが心配して声をかけた。
「どうしたのだい、エレーナ。」
「この頃、民衆たちの生活がひどく困窮していると聞きます。」
「ああ、なんだいそんなことかい。大丈夫、ファミィンツィン大将が新しい政策を打ち出すと言っていたし、私たちの気にすることではないさ。」
「そうかしら・・・。」
なおも不安そうな顔をするエレーナに子供ながらに気になったのか兄のユーリは駆けつけた。
「お母様どうしたの?悲しそうな顔をしているよ。」
「いいえ、ユーレチカ。大丈夫。そうだわ、お母様にキスしてちょうだい。そうすれば悲しさなんてなくなるわ。」
ユーリは、かがんだエレーナの頬にそっとキスをした。エレーナは微笑みユーリにキスを返した。
「こうするとね、みんな幸せになれるのよ。」
「あー!!僕も僕も!!」
それを見たアレクサンドルも駆けつける。
「ふふ、おいでなさい、サーシェンカ。」
「楽しそうだな、パーパも混ぜてはくれないか?」
負けじと父親のフョードルも仲間に加わろうとする。そんな風に家族で微笑ましく戯れていると部屋をノックする音が聞こえた。
「なんだ、入りなさい。」
「は、失礼します。」
「イヴァンか。」
部屋に入ってきたのは、イヴァン・ドミトリフ。皇族を遠縁にもつ軍人である。年は24歳。皇帝一族の信頼熱く、フョードルに仕えている。最も信頼できる人物と言っても過言ではない。皇族を遠縁に持つとだけあり、若いながら威厳もあり、また目の覚めるような銀髪の美青年でもあった。
「こんな夜遅くどうした?」
「いえ、宰相様がお見えです。」
「なに?わかった、すぐ行こう。」
「あなた・・・。」
「何心配するな、いつもの小言さ。」
そう言ってフョードルは部屋を後にする。
いつもの小言。
それは昼夜かかわらず最近頻繁に起こっている。
大丈夫だと言っているものの、政治は緊迫しているのはそういったことに疎いエレーナでもわかる。
「ユーレチカ、あなたはお兄さんなのだから、何かあったら、サーシェンカを守ってあげるのよ。」
ユーリは幼いながらも母親の言いたいことがわかったようで、深く頷いた。
「うん、僕は、サーシャを守る。お母様も守る!僕はザハロフの人間だから。」
誇りは大人同様あるらしい、ユーリはじっと母親の目を見ていった。
エレーナはこの幸せが続くと信じている、だがどこかで得体の知れない不安にも駆られていた。
「イヴァン、お願いです。私たちの身に何かあれば、この子達を守ってください。」
エレーナは子供たちから離れると、イヴァンにそっと呟いた。
「エレーナ様、何をおっしゃいますか!?」
「お願い、イヴァン。最近私は不安で仕方ないのです。」
「エレーナ様、この帝国は私たちが守ります、ですが、万が一、もし何かが起こるようであれば一命をとしてあなた方をお守りします。それが私の使命ですから。」
エレーナは無言で頷くと、さぁ子供を寝かせなくてはねと言って気丈に振舞った。
それをイヴァンは静かに見守る。
イヴァンもまた、時代のうねりをうっすらと感じつついた。が、何があってもこの方たちを守る、そう心に固く誓い部屋を後にしたのだった。
それから数ヶ月、民衆と寝返った軍人・貴族の革命軍は水面下で着々と準備を始めている。もういつ革命が起こってもおかしくはない中、表向きは皇族を守る軍人としてミハイルは宮殿に通っていた。通いながら宮殿内の構造もよく把握するよう中将に言われていたのである。
ミハイルは罪悪感に苛まれながらもそれを忠実にこなしていた。
そんな日々に少し疲れが出て、宮殿の裏庭で人知れずミハイルはそっと休んでいた。
「そこのぐんじん、ぼくとあそべ。」
不意に声をかけられてミハイルは驚く。見てみると、いつかの小さな殿下がミハイルの裾を引っ張っていた。
「アレクサンドル様!!」
「サーシャ、勝手に抜け出したらお父様に怒られるよ!!」
「だって、つまんないんだもの。」
弟アレクサンドルを追いかけて兄ユーリまでやってきたらしい。幼い子供とはいえ皇太子だ。ミハイルが戸惑っているとアレクサンドルがミハイルの腰から銃を引っ張ろうとする。
「殿下、だめです、これは玩具ではありません。」
「そうだよ、サーシャ、これは軍人さんの大事なもの。僕たちを守ってくれるものだよ!」
「そうなの?」
ユーリの言葉を聞いてミハイルはすぐに返事ができない。だが、なにか言わねば・・・ミハイルは精一杯の笑顔を作り答える。
「そうです、これはあなた達を守る大切なもの・・・。そう、あなた達を守る・・・。」
「つまんなーい。」
アレクサンドルは興味を失ったようで、ひとり庭中を駆け回る。
「もう、サーシャ!!」
ユーリは頬を膨らまして聞き分けのない弟に腹を立てた。だが、それは今に始まったことではないので彼はもう無視をすることにしてミハイルの横にちょこんと座った。
「軍人さん、どうしたの?なにか悲しいことでもあったの?」
「え・・・?」
「お母様と同じ目をしている。」
「僕が・・・?」
するとユーリはミハイルの頬にキスをした。突然のことにミハイルは驚き頬に手を当ててユーリを見つめた。
「ゆ、ユーリ様!?」
「お母様がね、言ってた。こうすると幸せになるんだって。」
「エレーナ様が・・・。」
「ユーリ様!!アレクサンドル様!!」
背後から大声でふたりの陛下を呼ぶ声が聞こえた。振り返るとそこには、皇帝の近くでよく見ける軍人が立っていた。
「ヴァーニャ!!」
「お父様がお探しですよ。さぁ、戻りましょう。」
二人の手を引き連れて帰ろうとする軍人をぼんやりミハイルが見ていると、彼は訝しげな顔で問い詰めた。
「貴方は・・・?」
「あ、私はミハイル・ムソルグスキー。アヴェリン中将より・・・。」
そこまで言うとまた、ぎろりと睨まれた。
「ああ、あの人の・・・。私はイヴァン・ドミトリフ中佐。いくら、中将付きの軍人だからといって馴れ馴れしく皇族に近寄るのは感心できない。」
「ヴァーニャ、この人は悪くないよ、サーシャがね。」
ユーリがそういう間もなくまたイヴァンは冷たく言い放つ。
「殿下、いきましょう。なんであろうと、ああいった人とは関わらないでください。さぁ、いきますよ。」
イヴァンに引っ張られながらアレクサンドルはミハイルに手を振り、ユーリは物言いたげに何度も振り返る。
彼らがいなくなると台風が過ぎ去ったあとのように静まり返った。
なんだったのだ・・・。
ミハイルはため息をついた。
しかし。
「この銃は僕たちを守ってくれるものだよ!」
ユーリの言葉が何度も頭によぎる。
それはいつか、貴方たち一族を滅ぼすことになるというのに。
ミハイルは大きく首を振った。
何を迷う、迷うことなどない、ミハイル・ムソルグスキー。
あいつらは敵なのだ。
情など無用。
それが希望への一歩ならば、迷いはしない。
ミハイルは銃を据えなおすと、心新たに持ち場へと戻っていった。
運命の日は近い。
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