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第1話 私たちの世界は全て嘘
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「心配しないで。貴女と私は恋人より美しい関係。外ではそれをちゃんと演じてみせるから。」
ショートカットの美しい少女は、吐き捨てるようにそう言った。
対して、その辛辣な言葉を投げられたロングの黒髪の美しい少女は目を逸らす。
「だから、貴女もヘマはしないで。美しいトップコンビ、それが私たちの存在意義。例え、この部屋の中ではお互い憎み合っていても。」
分かっている。
黒髪の少女は拳を握りしめた。
それは今まで何も疑問に思わず、むしろ進んでやってきた。
だか、今はそれが。
とても辛い。
全寮制私立桜ノ宮女学院。
ここには世界で一番美しい二人がいる。
通称、トップコンビ。
「ごきげんよう、みなさん。今日はいい天気ね。」
それを聞いた女学生たちは歓喜の声をあげる。“プリンス様よ!”と。
プリンスと呼ばれる少女、彼女の名は今宮のばら。ショートの髪をかき上げる仕草は薔薇香る麗人、凛としていて誰にでも笑顔で応える非の打ちどころがない美少女。
「のばらさん、お待ちになって。貴女へのお手紙を皆さんから預かったの。」
彼女を見た女学生たちは失神しそうになる。“プリンセス様もいらっしゃったわ!”と。
プリンセスと呼ばれる少女、彼女の名は、天王寺ゆりか。ロングの黒髪をなびかせ歩く姿は百合の花、凛としていて誰にでも優しく声をかける非の打ちどころがない美少女。
ゆりかは慌ててのばらに駆け寄ると、所謂ファンレターの束を渡した。
「貴女は本当に優しいのね。皆んなの声を聞いて。」
「ええ、私、皆さんとお話しするのが大好きなの。もちろん、貴女はもっと大好きよ。」
微笑みながら話し合う2人を見て女学生たちはまた歓喜の声をあげる。
“素敵!なんて素敵なお二人なの!”と。
「あら、のばらさん。指を怪我しているのね。」
そう言うと、プリンセスゆりかはプリンスのばらの指にキスをした。
それに対して、のばらは彼女の頭を寄せてこう返した。
「ありがとう、ゆりかさん。貴女に手当してもらって嬉しい。」
周りからの叫び声が止まらない。
その声を聞きながら、のばらはゆりかの耳元でこうも付け足した。
「ゆりか、調子に乗らないで。気持ちが悪い。すごく汚い。」と。
そして、ゆりかも彼女にそっと耳打ちした。
「のばら、奇遇ね。私もやったもののすごく気持ち悪いと思ったわ。吐きそう。」と。
のばらはゆりかに微笑みかけて手を差し出す。
「行きましょう、ゆりかさん。」
「ええ、そうね。のばらさん。」
ゆりかもまた彼女の手を取り、二人は手を繋いで歩き出す。
そして振り返って女学生たちに微笑む。
“ごきげんよう”と。
寮。ゆりかとのばらの部屋。
「・・・何が皆んなの声を聞いてあげる優しいゆりかさんよ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。もう私、誰とも話したくない。誰とも会いたくない。だって絶対私のこと嫌いな人いるもの。何を思われているのかしら。陰口叩かれているに決まっているわ!あぁあぁ、助けて・・・。くまきち。」
黒髪の美少女、プリンセスゆりかは壁の隅でぶつぶつ呟きながら薄汚い白いクマのぬいぐるみに話しかけている。
「大丈夫だよ!ゆりかちゃん、きっと皆んな君のことが大好きだよ!」
ゆりかはくまきちと呼ばれるぬいぐるみの手を左右に動かしながら一人でくまきちの思いを代弁する。くまきちは誰よりもゆりかの心を理解する・・・ただのぬいぐるみだ。
「そうよね!そうよね!前向きにならなきゃね、くまきち!!」
「気持ち悪い・・・。」
完全にゆりかを見下した目で言うのは、プリンスのばら。
「うっ、うるさい!貴女に、貴女に何がわかるのよ!?私は人と話すのが嫌なの!根暗なのよ!!人の目が気になって仕方ないの。なのに・・・どうしてこんなことに。」
「そんなこと私も一緒よ。何が楽しくてあんな馬鹿どもに笑いかけなくちゃいけないのよ。私が優しく微笑む?ふざけないで。何がプリンスよ、そんな恥ずかしい名前で呼ばれること自体に虫唾が走る。」
二人は不満をぶつけ合うとお互いを睨んだ。
「私は貴女とこんな関係になりたくない。この、冷徹潔癖症女と。」
「奇遇ね。私も貴女のような陰気なコミュニケーション能力皆無の女となんか・・・はぁ、やめる。言い合うのも馬鹿らしい。」
「っっ!!もう嫌!!私、ちょっと出かけてくる。一人になりたい。」
ゆりかは、くまきちをベッドの上にそっと置いて部屋を出ようとした。が、のばらは彼女の腕を掴んで引き留める。
「待って、私も行く。貴女を一人で行かせるわけにはいかない。私たちは外では絶対に二人でいないといけない。貴女と私は常に一緒。美しいトップコンビなのよ・・・。」
ゆりかはそれを聞いて立ち止まる。そして唇をかみしめて震えながらのばらを見つめた。
「・・・分かってる。じゃあ、一緒に出かけましょうよ。のばらさん。」
そうして2人は手を繋ぎながら部屋を出たのである。
学院で一番美しい二人。
のばらとゆりか。
学院トップコンビ。
彼女たちの絆は何よりも強い。生まれた時から二人は出会う運命。
お互い尊重し合い想い合う。それは何よりも美しい友人関係。いやそれ以上の関係。
誰もが羨む完璧な二人の完璧な関係。
学院中の乙女は彼女たちの関係や一挙一動に胸を高鳴らせる。
彼女たちがいる限りこの学院は美しく平和なのだ。
だが、実際はどうか。
誰でも平等に話しかける優しいプリンセス。皆に自分の幸せを分け与える存在のゆりかは誰よりも人と話すことが嫌いで、常に物事を悪い方向に導いている根暗な少女であった。
対して、誰にでも微笑みかける優しいプリンス。まさに王子の笑顔で皆に愛想を振りまく存在ののばらは誰よりも微笑むことが嫌いで全ての女学生たちを見下し触れることすら嫌がる潔癖な少女であった。
美しい友情、恋人のような関係。
そんなもの二人の間には存在しない。
どちらかというと嫌悪し合う関係。
では、なぜ二人は一緒にいるのか。いなければならないのか。
それはこの学院長が決めたこと。
二人の文武の才と美貌を見込んで無理矢理コンビを組ませたのだ。
彼女たちは一種の広告塔。
そして、何より彼女たちを盲信させることで女学生たちの不満はなくなり統制もできるといったわけだ。
ゆりかとのばらのトップコンビはこの学院においての要。
断れば即退学とまで半ば脅されている。二人とも将来のことを考えると名門校を退学するという不名誉なことはしたくない。
こうして彼女たちは、常に一緒にいて仲の良い二人を演じなければなくなった。
勿論、寮も同室。
“あぁ、お二人はお部屋も一緒なのね。いつも麗しい関係を続けているのだわ”
・・・といったところである。
だが皮肉にも、この部屋は彼女たちが唯一全てから解放される場所であった。
それゆえ、この部屋では度々口論が起こる。
いや、起こった方がましだ。
いつもはお互い関わろうとはせず、一言も口を聞かない。
ずっと。
それが三年続いていた。
先ほど二人で手を繋いで出かけた後、部屋に戻るとのばらは手を洗い始める。単に外から帰ったからするわけではない。いつも手を繋いだ後にのばらはこうする。
ゆりかと手を繋ぐ行為は何よりも汚いと思っているようだ。
のばらは潔癖なところがある。それも極度に。
何に対しても汚れたものとみなして嫌っていた。
彼女は他人にも無関心だが自分自身にも無関心だ。物事を嫌悪する以外は何に対しても心を動かすことはない。彼女が心からの感情を出したところをゆりかは今まで一度も見たことがなかった。
のばらは最低な人間だとゆりかのことを散々見下しているが、それはこっちの台詞だと常々思っていた。
まだ、自分の方が感情はある。表情は豊かだ。
彼女に喜ぶという感情なんてあるのだろうか。何に対しても嫌悪してばかりだ。潔癖にもほどがある。人間失格だ。
毎回のばらを見てゆりかはそう思っていた。
そんなある日のこと。
ゆりかは少し用事があって部屋を出た。
先生に呼ばれているのだし、一人でもこれくらいは問題ない。
でも遅くなる。
そうのばらに言って出かけたのである。
しかしこの用事が思った以上に早く終わってしまった。何が遅くなるだ、大袈裟に言い過ぎだ、とのばらに馬鹿にされそうだが無駄に一人で歩くわけにもいかない。仕方ないと、ゆりかは部屋に帰ることにした。
ゆりかは、陰鬱な気持ちで部屋に帰ってきた。気が引けたせいか、そうっとドアを開ける。
「・・・?」
すると何やら声が聞こえる。
誰が来ているのだろうか。いや、まさか。のばらがそんなことするわけがない。
ベッドの方?
ゆりかはそっと見てみる。
「あ・・・、んっ・・・」
のばら?
何をしているのだろうか。今まで聞いたことのないような声がする。
「・・・っっ!ん・・・っ。あぁっ!!」
「!?」
ゆりかは思わず手で口を抑える。
ベッドにいたのは、のばら。
裸ののばら。
一人で自分の胸や下部を触っては恍惚とした表情をしている。
髪を乱して、口からは唾液を流しながら。
一人、自慰行為にふけっている。
その表情。今まで見たことのない喜び・・・いや、悦びに満ちている。
あんなに感情のないのばらが。
汚いものを嫌っていたのばらが。
言葉数少ないのばらが喘いでは嬉しそうにしている。
彼女の表情は何よりも淫靡で美しい。いつもの偽りの笑顔よりもよっぽど美しい。
ゆりかがのばらを陰から見ていると、何かに当たってしまったらしい。物が落ちて、ガタリと音を立ててしまった。
「・・・ゆりか?・・・隠れてないで出てきなさいよ。」
ゆりかが戸惑っていると、のばらはシャツだけ羽織ってゆりかに近づくと彼女の腕を引っ張った。
「ご鑑賞ありがとう。さぞ楽しかったでしょう。」
どう返せばいいのかわからずにゆりかが目を逸らしていると、のばらは彼女の顎を引き寄せる。
「言いふらしたければ言えば?別に構わないわよ。真実なんだから。まぁ、言ったところで誰も信じないけどね。世界って真実より嘘の方が正しいもの。」
そして、のばらは今にも唇が触れそうな距離まで顔を近づけるといつもの見下した目。
「貴女にはそんなこと言う度胸もないでしょうけど?」
のばらはゆりかを突き飛ばすと、シャワー室に入っていった。
「汚れちゃった。洗わないと。気持ちいいけど、やっぱり汚い。」
ショートカットの美しい少女は、吐き捨てるようにそう言った。
対して、その辛辣な言葉を投げられたロングの黒髪の美しい少女は目を逸らす。
「だから、貴女もヘマはしないで。美しいトップコンビ、それが私たちの存在意義。例え、この部屋の中ではお互い憎み合っていても。」
分かっている。
黒髪の少女は拳を握りしめた。
それは今まで何も疑問に思わず、むしろ進んでやってきた。
だか、今はそれが。
とても辛い。
全寮制私立桜ノ宮女学院。
ここには世界で一番美しい二人がいる。
通称、トップコンビ。
「ごきげんよう、みなさん。今日はいい天気ね。」
それを聞いた女学生たちは歓喜の声をあげる。“プリンス様よ!”と。
プリンスと呼ばれる少女、彼女の名は今宮のばら。ショートの髪をかき上げる仕草は薔薇香る麗人、凛としていて誰にでも笑顔で応える非の打ちどころがない美少女。
「のばらさん、お待ちになって。貴女へのお手紙を皆さんから預かったの。」
彼女を見た女学生たちは失神しそうになる。“プリンセス様もいらっしゃったわ!”と。
プリンセスと呼ばれる少女、彼女の名は、天王寺ゆりか。ロングの黒髪をなびかせ歩く姿は百合の花、凛としていて誰にでも優しく声をかける非の打ちどころがない美少女。
ゆりかは慌ててのばらに駆け寄ると、所謂ファンレターの束を渡した。
「貴女は本当に優しいのね。皆んなの声を聞いて。」
「ええ、私、皆さんとお話しするのが大好きなの。もちろん、貴女はもっと大好きよ。」
微笑みながら話し合う2人を見て女学生たちはまた歓喜の声をあげる。
“素敵!なんて素敵なお二人なの!”と。
「あら、のばらさん。指を怪我しているのね。」
そう言うと、プリンセスゆりかはプリンスのばらの指にキスをした。
それに対して、のばらは彼女の頭を寄せてこう返した。
「ありがとう、ゆりかさん。貴女に手当してもらって嬉しい。」
周りからの叫び声が止まらない。
その声を聞きながら、のばらはゆりかの耳元でこうも付け足した。
「ゆりか、調子に乗らないで。気持ちが悪い。すごく汚い。」と。
そして、ゆりかも彼女にそっと耳打ちした。
「のばら、奇遇ね。私もやったもののすごく気持ち悪いと思ったわ。吐きそう。」と。
のばらはゆりかに微笑みかけて手を差し出す。
「行きましょう、ゆりかさん。」
「ええ、そうね。のばらさん。」
ゆりかもまた彼女の手を取り、二人は手を繋いで歩き出す。
そして振り返って女学生たちに微笑む。
“ごきげんよう”と。
寮。ゆりかとのばらの部屋。
「・・・何が皆んなの声を聞いてあげる優しいゆりかさんよ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。もう私、誰とも話したくない。誰とも会いたくない。だって絶対私のこと嫌いな人いるもの。何を思われているのかしら。陰口叩かれているに決まっているわ!あぁあぁ、助けて・・・。くまきち。」
黒髪の美少女、プリンセスゆりかは壁の隅でぶつぶつ呟きながら薄汚い白いクマのぬいぐるみに話しかけている。
「大丈夫だよ!ゆりかちゃん、きっと皆んな君のことが大好きだよ!」
ゆりかはくまきちと呼ばれるぬいぐるみの手を左右に動かしながら一人でくまきちの思いを代弁する。くまきちは誰よりもゆりかの心を理解する・・・ただのぬいぐるみだ。
「そうよね!そうよね!前向きにならなきゃね、くまきち!!」
「気持ち悪い・・・。」
完全にゆりかを見下した目で言うのは、プリンスのばら。
「うっ、うるさい!貴女に、貴女に何がわかるのよ!?私は人と話すのが嫌なの!根暗なのよ!!人の目が気になって仕方ないの。なのに・・・どうしてこんなことに。」
「そんなこと私も一緒よ。何が楽しくてあんな馬鹿どもに笑いかけなくちゃいけないのよ。私が優しく微笑む?ふざけないで。何がプリンスよ、そんな恥ずかしい名前で呼ばれること自体に虫唾が走る。」
二人は不満をぶつけ合うとお互いを睨んだ。
「私は貴女とこんな関係になりたくない。この、冷徹潔癖症女と。」
「奇遇ね。私も貴女のような陰気なコミュニケーション能力皆無の女となんか・・・はぁ、やめる。言い合うのも馬鹿らしい。」
「っっ!!もう嫌!!私、ちょっと出かけてくる。一人になりたい。」
ゆりかは、くまきちをベッドの上にそっと置いて部屋を出ようとした。が、のばらは彼女の腕を掴んで引き留める。
「待って、私も行く。貴女を一人で行かせるわけにはいかない。私たちは外では絶対に二人でいないといけない。貴女と私は常に一緒。美しいトップコンビなのよ・・・。」
ゆりかはそれを聞いて立ち止まる。そして唇をかみしめて震えながらのばらを見つめた。
「・・・分かってる。じゃあ、一緒に出かけましょうよ。のばらさん。」
そうして2人は手を繋ぎながら部屋を出たのである。
学院で一番美しい二人。
のばらとゆりか。
学院トップコンビ。
彼女たちの絆は何よりも強い。生まれた時から二人は出会う運命。
お互い尊重し合い想い合う。それは何よりも美しい友人関係。いやそれ以上の関係。
誰もが羨む完璧な二人の完璧な関係。
学院中の乙女は彼女たちの関係や一挙一動に胸を高鳴らせる。
彼女たちがいる限りこの学院は美しく平和なのだ。
だが、実際はどうか。
誰でも平等に話しかける優しいプリンセス。皆に自分の幸せを分け与える存在のゆりかは誰よりも人と話すことが嫌いで、常に物事を悪い方向に導いている根暗な少女であった。
対して、誰にでも微笑みかける優しいプリンス。まさに王子の笑顔で皆に愛想を振りまく存在ののばらは誰よりも微笑むことが嫌いで全ての女学生たちを見下し触れることすら嫌がる潔癖な少女であった。
美しい友情、恋人のような関係。
そんなもの二人の間には存在しない。
どちらかというと嫌悪し合う関係。
では、なぜ二人は一緒にいるのか。いなければならないのか。
それはこの学院長が決めたこと。
二人の文武の才と美貌を見込んで無理矢理コンビを組ませたのだ。
彼女たちは一種の広告塔。
そして、何より彼女たちを盲信させることで女学生たちの不満はなくなり統制もできるといったわけだ。
ゆりかとのばらのトップコンビはこの学院においての要。
断れば即退学とまで半ば脅されている。二人とも将来のことを考えると名門校を退学するという不名誉なことはしたくない。
こうして彼女たちは、常に一緒にいて仲の良い二人を演じなければなくなった。
勿論、寮も同室。
“あぁ、お二人はお部屋も一緒なのね。いつも麗しい関係を続けているのだわ”
・・・といったところである。
だが皮肉にも、この部屋は彼女たちが唯一全てから解放される場所であった。
それゆえ、この部屋では度々口論が起こる。
いや、起こった方がましだ。
いつもはお互い関わろうとはせず、一言も口を聞かない。
ずっと。
それが三年続いていた。
先ほど二人で手を繋いで出かけた後、部屋に戻るとのばらは手を洗い始める。単に外から帰ったからするわけではない。いつも手を繋いだ後にのばらはこうする。
ゆりかと手を繋ぐ行為は何よりも汚いと思っているようだ。
のばらは潔癖なところがある。それも極度に。
何に対しても汚れたものとみなして嫌っていた。
彼女は他人にも無関心だが自分自身にも無関心だ。物事を嫌悪する以外は何に対しても心を動かすことはない。彼女が心からの感情を出したところをゆりかは今まで一度も見たことがなかった。
のばらは最低な人間だとゆりかのことを散々見下しているが、それはこっちの台詞だと常々思っていた。
まだ、自分の方が感情はある。表情は豊かだ。
彼女に喜ぶという感情なんてあるのだろうか。何に対しても嫌悪してばかりだ。潔癖にもほどがある。人間失格だ。
毎回のばらを見てゆりかはそう思っていた。
そんなある日のこと。
ゆりかは少し用事があって部屋を出た。
先生に呼ばれているのだし、一人でもこれくらいは問題ない。
でも遅くなる。
そうのばらに言って出かけたのである。
しかしこの用事が思った以上に早く終わってしまった。何が遅くなるだ、大袈裟に言い過ぎだ、とのばらに馬鹿にされそうだが無駄に一人で歩くわけにもいかない。仕方ないと、ゆりかは部屋に帰ることにした。
ゆりかは、陰鬱な気持ちで部屋に帰ってきた。気が引けたせいか、そうっとドアを開ける。
「・・・?」
すると何やら声が聞こえる。
誰が来ているのだろうか。いや、まさか。のばらがそんなことするわけがない。
ベッドの方?
ゆりかはそっと見てみる。
「あ・・・、んっ・・・」
のばら?
何をしているのだろうか。今まで聞いたことのないような声がする。
「・・・っっ!ん・・・っ。あぁっ!!」
「!?」
ゆりかは思わず手で口を抑える。
ベッドにいたのは、のばら。
裸ののばら。
一人で自分の胸や下部を触っては恍惚とした表情をしている。
髪を乱して、口からは唾液を流しながら。
一人、自慰行為にふけっている。
その表情。今まで見たことのない喜び・・・いや、悦びに満ちている。
あんなに感情のないのばらが。
汚いものを嫌っていたのばらが。
言葉数少ないのばらが喘いでは嬉しそうにしている。
彼女の表情は何よりも淫靡で美しい。いつもの偽りの笑顔よりもよっぽど美しい。
ゆりかがのばらを陰から見ていると、何かに当たってしまったらしい。物が落ちて、ガタリと音を立ててしまった。
「・・・ゆりか?・・・隠れてないで出てきなさいよ。」
ゆりかが戸惑っていると、のばらはシャツだけ羽織ってゆりかに近づくと彼女の腕を引っ張った。
「ご鑑賞ありがとう。さぞ楽しかったでしょう。」
どう返せばいいのかわからずにゆりかが目を逸らしていると、のばらは彼女の顎を引き寄せる。
「言いふらしたければ言えば?別に構わないわよ。真実なんだから。まぁ、言ったところで誰も信じないけどね。世界って真実より嘘の方が正しいもの。」
そして、のばらは今にも唇が触れそうな距離まで顔を近づけるといつもの見下した目。
「貴女にはそんなこと言う度胸もないでしょうけど?」
のばらはゆりかを突き飛ばすと、シャワー室に入っていった。
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