天流衆国の物語

紙川也

文字の大きさ
上 下
109 / 112
8章 地徒人の少年がもたらすもの

108 最後の戦い(後)

しおりを挟む
解はコバルトブルーの断崖に視線を走らせた。
すると琥珀色の目が解の視線を追いかけてその先にあるものに気づいた。
カク・シの顔がゆがんだ。動揺のためだ。
この男が余裕を失ったのを、はじめて解は見た。
「なんだ、これは――?」

切りたった断崖には、上空から見るだけでは気づかない光景が広がっていた。

青色の骨組みがおなじ色の岩の壁に沿って組みたてられ、足場を作っていた。
足場の上に青い砂礫がまぶしてあり、上から見るだけではそこは昨日とおなじ岸壁に見えたのだ。放牧民たちが夜を徹して作りあげた偽物の岸壁だ。
偽物の岸壁の骨組みはアーチの間を三角形と四角形で補強した構造体だ。
まるで巨大な鉄橋のようだ。
橋はふつう川岸と川岸をつなぐためにかけるが、この橋梁は、川岸を延長して広げるかたちになっていた。

それは、あの本、「かたちの強さ」に載っていた写真のうちの一枚を、再現した橋梁だった。

青い骨組みのそばにはクリアドル族が浮揚していた。
もっとも、この人達はパッと見ただけではクリアドル族に見えなかった。
目立たないように派手な縞もようの服を脱ぎ、ブレバ族から借りた青い服を着ているためだ。
そして水の流れに近い岩石には白い筒袖の着物と紺袴を身につけた者たち、南流の四使が立っていた。
みな一人の男を注視している。
彼らの視線の先には南流の総帥であり、眼鏡をかけた爬中族の男がいた。

その男、凱風が片手を高く挙げた。

それを合図にしてクリアドル族の男と南流の四使がいっせいにおなじ言葉を唱えた。
声と声は響きあって一つの大きな声となった。

変幻蚰蜒カラジョル、元の姿に!」

それはあっという間の出来事だった。

橋梁の骨組みがみるみるうちに姿を変えた。
青い骨組みから、青くて大きなムカデの姿に。
クリアドル族が放牧篭コロメルで育てたたくさんの若いカラジョルが節のある身体をくねらせ無数の足を動かしてその場を離れた。
青い岸壁の一部が一瞬にして消失した。
そして巨大な雑夙ボラスコの身体が次々に落下をはじめた。

ドオオン、と岩が岩にたたきつけられるような轟音が響いた。

ドオオン、ドオオン、と音は絶え間なくつづいた。
その音に混ざって咆哮も響いた。
落下していく巨大な雑夙ボラスコが耐えきれずにあげた声だった。
川底に落下した雑夙ボラスコの上に雑夙ボラスコの身体がぶつかり、重なり、半透明の身体は次々に圧しつぶされた。
そしてそのとき、中空にどなり声が響いた。
「いまだ! 進め! 蘇石骨ベラットをとれ!」
トウィードの声だ。
放牧民たちがハッとした。
トウィードの号令で、あの声がいつの間にか消えていることに気づいた者も多いようだった。
そう、あの声はもうだれの頭のなかにも響いていなかった。
そのトウィードが真っ先に動いた。
川底へ落ちた巨大な雑夙ボラスコに向かって突進したのだ。

トウィードの後を追って上空の放牧民たちが次々に下降した。
圧しつぶされた雑夙ボラスコの身体に殺到した。
亜陸軍は動かない。動けずにいる。
放牧民とちがって彼らに迷いなく命令を下すものがいないためだ。
その立場にいるはずの亜陸候サルタン閣下は、ただ呆然とことのなりゆきを見つめるだけだった。
サシブ川へ向かって我先にと殺到する放牧民、その場でただ呆然とする亜陸軍。
二つの天流衆の群れの動きがくっきりとわかれた。

そしてなかに二つの群れとはことなる動きをする者の姿があった。

はじめその姿は、下へ向かって突進する放牧民にまぎれたが、彼らの間を縫うようにして上昇したためにしだいに群れと分離して、やがて青い断崖の上に広がる中空へと進んだ。
地徒人アダヒトの少年と少女だ。
解と花連だった。解の手を花連が引いている。
花連が言った。
「作戦より早い。」
花連のいう作戦とは、前の日に解が考えついたことをもとにみなで練った案だ。
放牧民が巨大な雑夙ボラスコを偽物の岸壁の縁、カラジョルが擬態した足場まで追いこむ作戦だったのだ。カク・シが解を狙うのは予想外だったが、そのおかげで追いこむ手間が省けたともいえる。

断崖の上まで浮上した二人を伊吹が見つけて近づいた。
そして花連のほうでも伊吹を見つけた。花連は、
「これを!」
短く叫ぶと、伊吹に向かって右手を伸ばした。
花連の動作は亜陸軍の面前で行われたために、亜陸兵の多くが花連の手のなかにあるきらめくものに気づいた。
どよめきが生じた。
それは、金のエンブレムだった。
花連はあのシェルギの影のなかで自分に誓ったことを果たしたんだ、と解は思った。
「次は待たない。」と。
みながカク・シの出方を待つなか、彼女一人が動いた。
金のエンブレムが川底に落ちるよりも花連がそれを手にするほうが早かった
あの声が聞こえたのは、カク・シの手からエンブレムが離れてから、花連が手にするまでの、ほんの短い間だったのだ。もっとも、短い時間だったとは考えられないほど残響のようにしていつまでも残る言葉ではあった。

伊吹が飛んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

悪魔図鑑~でこぼこ3兄妹とソロモンの指輪~

天咲 琴葉
児童書・童話
全ての悪魔を思い通りに操れる『ソロモンの指輪』。 ふとしたことから、その指輪を手に入れてしまった拝(おがみ)家の3兄妹は、家族やクラスメートを救うため、怪人や悪魔と戦うことになる!

ホルスタインのぼく

にゃあちゃん
児童書・童話
 ホルスタインのおすの一生について描きました。

【総集編】日本昔話 パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
⭐︎登録お願いします。  今まで発表した 日本昔ばなしの短編集を、再放送致します。 朝ドラの総集編のような物です笑 読みやすくなっているので、 ⭐︎登録して、何度もお読み下さい。 読んだ方も、読んでない方も、 新しい発見があるはず! 是非お楽しみ下さい😄 ⭐︎登録、コメント待ってます。

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

屋根裏のねずみさん

にゃあちゃん
児童書・童話
 先住民であったねずみと他の動物の話です。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

処理中です...