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8章 地徒人の少年がもたらすもの
104 説得
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「たしかに。」
「全部のだれかが、うーん、変な言葉だな、とにかく、だれかという重みが変えてしまうんだ。遺言の言葉を変えるみたいに。ちがうことになる、変わっちゃう、いままでとはべつのことになります。
それで、先生、ぼくはカク・シがとてもこわいです。」
凱風が「おや?」という顔になった。急に話が変わったからだ。
そしてそのことで、凱風はいっそう興味をそそられたようだった。
解は言葉をつづけた。
「カク・シに会った人はみんなカク・シの言葉を聞きたがる。みんなカク・シに自分を変えてもらいたがるから、それがこわいんです。それはもしかしたら、カク・シの言葉もただの言葉じゃなくて、あの人全部という重みだからかもしれません。」
「ふーむ、そうかもしれないね。」
「とにかくカク・シがその重みでいろいろなことを変えようとしてるし、実際に変えちゃったと思います。それで、カク・シのはじめたことをそのままにするのは、あの大きい雑夙をそのままにするのでは、カク・シがはじめた状態、カク・シがやりたいと思っているなにか、カク・シに巻きこまれる人が、変わらないと思います。」
解はある光景を思いだした。
放牧篭の下で動きを止めた巨大な雑夙の姿だ。
吠えるように絶叫して苦しんだ姿を思いだすとビリビリと肌がふるえた。
あんな光景なんて二度と見たくないと思う。解は歯をくいしばった。
だが閉じた口がすぐに開いた。
勝手に開いた。
「カク・シがしていることを、ちがうことにする。変える。」
「私も。」
不意に背後で声がした。
解は飛びあがった。
あわてて振りかえるといつの間にか花連がそばにいた。
いや、花連だけではなかった。
離れた場所にいたはずの七人が全員近づいてきていた。
花連が解を見てうなずいた。
「私も解くんに賛成。」
四ツ谷枢が凱風を見あげた。
「いまのままでは大変なことになるのはたしかです、凱風師よ。すでに放牧民のなかで数人、死者が出ている。」
その言葉で解は手先からスッと血の気が引くのを感じた。
凱風の表情も変化した。彼は痛ましそうな顔になった。
四ツ谷枢は言葉をつづけた。
「もし本当にサシブ川が干あがったときには罪のない者が大勢害されることになりましょう。凱風師よ、それを防ぐためにお力を貸していただきたい。」
凱風は目を閉じた。
琥珀色の光が隠れると凱風の姿はますます岩石に似ていた。
解はふと、
(そういえばカク・シも彫像みたいだった。)
と思いだした。
もっとも、おなじ種族だときいても、凱風とカク・シとでは、そばにいて受ける印象はまったくちがった。
カク・シは硬くて冷たい。
凱風はちがう。
カク・シは切りつけるようだった。
凱風はちがう。
カク・シは人を誘惑した。
凱風は――。
凱風が目を開いた。そしてうなずいた。
「いいだろう。できるだけのことをしよう。もっとも、私にできることなど大したことではないが。」
メラウィがうれしそうな声をあげた。
「なんのなんの、ありがたいことです、凱風師よ。十年ぶりに南流の総帥がお出ましとあれば、それだけでみなの士気も上がりましょう。」
エルグベームが吠えた。
「士気なんぞ初めから高いわ! それより戦術を考えんかい! あのでかぶつどもをやっつける方法はあるのか!」
一同は沈黙した。解は気づいた。
(この人たちは、ぼくと凱風先生が話しているあいだずっと、『やっつける方法』を話しあっていたんだ。)
そしてその話しあいは実り少なく終わったようだった。
だれも声をあげない。
しばらくしずまりかえったあと、ようやく沈黙をやぶったのはトウィードだった。
「さきほどの連携をくり返すしかあるまい。大きいやつらは飛べぬことはたしかだ。ひっくり返して蘇石骨をとる以外に手がない。」
解にはその言葉が、発言したトウィード自身だって信じかねているように聞こえた。
アシファット族の族長はそんなことで果たして成功するのだろうか、という疑念と戦っているように見えた。
そしてその疑念はべつに彼だけのものではないようだ。
伊吹がつぶやいた。
「なにしろ、多すぎる。そして大きすぎる。」
そのあとふたたび訪れた沈黙は、伊吹の言葉への賛成のあらわれだった。
解は一同を見まわした。
どんよりと空気が重い。息苦しいほどだ。
やるべきことはわかっているのに方法がわからないのだ。
そして失敗できないのに、このままでは失敗に終わるかもしれない、いや、終わりそうだ。
そしてもしも本当に失敗で終わったときにはどうなるか――
全員が苦い表情だ。
一人残らずだ。
(あ、ちがう。)
解は気づいた。
例外がいた。タンだ。
タンは殻に足をしまいこみ、手だけだして殻のまんなかに指を突っこんでいる。鼻をほじっているんだと解は気づいた。
タン一人だけなにもわかっていないのだ。
(こういうのを日本語で空気が読めないっていうんだよな。)
と、解はあきれた。
ただし、あきれただけではなかった。
タンを見ているうちに、解は、一同の重苦しい空気から自分の気持ちが離れたことに気づいた。
そしてそのおかげでべつのことにも気づいた。
宙に浮いたときよりも地に足をつけたほうが、落ちつくのだ。
「全部のだれかが、うーん、変な言葉だな、とにかく、だれかという重みが変えてしまうんだ。遺言の言葉を変えるみたいに。ちがうことになる、変わっちゃう、いままでとはべつのことになります。
それで、先生、ぼくはカク・シがとてもこわいです。」
凱風が「おや?」という顔になった。急に話が変わったからだ。
そしてそのことで、凱風はいっそう興味をそそられたようだった。
解は言葉をつづけた。
「カク・シに会った人はみんなカク・シの言葉を聞きたがる。みんなカク・シに自分を変えてもらいたがるから、それがこわいんです。それはもしかしたら、カク・シの言葉もただの言葉じゃなくて、あの人全部という重みだからかもしれません。」
「ふーむ、そうかもしれないね。」
「とにかくカク・シがその重みでいろいろなことを変えようとしてるし、実際に変えちゃったと思います。それで、カク・シのはじめたことをそのままにするのは、あの大きい雑夙をそのままにするのでは、カク・シがはじめた状態、カク・シがやりたいと思っているなにか、カク・シに巻きこまれる人が、変わらないと思います。」
解はある光景を思いだした。
放牧篭の下で動きを止めた巨大な雑夙の姿だ。
吠えるように絶叫して苦しんだ姿を思いだすとビリビリと肌がふるえた。
あんな光景なんて二度と見たくないと思う。解は歯をくいしばった。
だが閉じた口がすぐに開いた。
勝手に開いた。
「カク・シがしていることを、ちがうことにする。変える。」
「私も。」
不意に背後で声がした。
解は飛びあがった。
あわてて振りかえるといつの間にか花連がそばにいた。
いや、花連だけではなかった。
離れた場所にいたはずの七人が全員近づいてきていた。
花連が解を見てうなずいた。
「私も解くんに賛成。」
四ツ谷枢が凱風を見あげた。
「いまのままでは大変なことになるのはたしかです、凱風師よ。すでに放牧民のなかで数人、死者が出ている。」
その言葉で解は手先からスッと血の気が引くのを感じた。
凱風の表情も変化した。彼は痛ましそうな顔になった。
四ツ谷枢は言葉をつづけた。
「もし本当にサシブ川が干あがったときには罪のない者が大勢害されることになりましょう。凱風師よ、それを防ぐためにお力を貸していただきたい。」
凱風は目を閉じた。
琥珀色の光が隠れると凱風の姿はますます岩石に似ていた。
解はふと、
(そういえばカク・シも彫像みたいだった。)
と思いだした。
もっとも、おなじ種族だときいても、凱風とカク・シとでは、そばにいて受ける印象はまったくちがった。
カク・シは硬くて冷たい。
凱風はちがう。
カク・シは切りつけるようだった。
凱風はちがう。
カク・シは人を誘惑した。
凱風は――。
凱風が目を開いた。そしてうなずいた。
「いいだろう。できるだけのことをしよう。もっとも、私にできることなど大したことではないが。」
メラウィがうれしそうな声をあげた。
「なんのなんの、ありがたいことです、凱風師よ。十年ぶりに南流の総帥がお出ましとあれば、それだけでみなの士気も上がりましょう。」
エルグベームが吠えた。
「士気なんぞ初めから高いわ! それより戦術を考えんかい! あのでかぶつどもをやっつける方法はあるのか!」
一同は沈黙した。解は気づいた。
(この人たちは、ぼくと凱風先生が話しているあいだずっと、『やっつける方法』を話しあっていたんだ。)
そしてその話しあいは実り少なく終わったようだった。
だれも声をあげない。
しばらくしずまりかえったあと、ようやく沈黙をやぶったのはトウィードだった。
「さきほどの連携をくり返すしかあるまい。大きいやつらは飛べぬことはたしかだ。ひっくり返して蘇石骨をとる以外に手がない。」
解にはその言葉が、発言したトウィード自身だって信じかねているように聞こえた。
アシファット族の族長はそんなことで果たして成功するのだろうか、という疑念と戦っているように見えた。
そしてその疑念はべつに彼だけのものではないようだ。
伊吹がつぶやいた。
「なにしろ、多すぎる。そして大きすぎる。」
そのあとふたたび訪れた沈黙は、伊吹の言葉への賛成のあらわれだった。
解は一同を見まわした。
どんよりと空気が重い。息苦しいほどだ。
やるべきことはわかっているのに方法がわからないのだ。
そして失敗できないのに、このままでは失敗に終わるかもしれない、いや、終わりそうだ。
そしてもしも本当に失敗で終わったときにはどうなるか――
全員が苦い表情だ。
一人残らずだ。
(あ、ちがう。)
解は気づいた。
例外がいた。タンだ。
タンは殻に足をしまいこみ、手だけだして殻のまんなかに指を突っこんでいる。鼻をほじっているんだと解は気づいた。
タン一人だけなにもわかっていないのだ。
(こういうのを日本語で空気が読めないっていうんだよな。)
と、解はあきれた。
ただし、あきれただけではなかった。
タンを見ているうちに、解は、一同の重苦しい空気から自分の気持ちが離れたことに気づいた。
そしてそのおかげでべつのことにも気づいた。
宙に浮いたときよりも地に足をつけたほうが、落ちつくのだ。
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